5.リンゴ飴とやぐら
ライカの "納涼祭りに行きたい" という要望は、あっという間に果たし終わってしまった。歩きながら「もう帰ろうか?」などと問いかけていると、道すがら何かを見つけたらしいライカが、「あ」と呟いて立ち止まる。
「どうしたの?」
「あれ……買って欲しい」
珍しく、ねだるライカが見つめる先にリンゴ飴の屋台が見えた。先ほどの綿菓子もそれなりに食べたというのに、まだ甘いものを食べるのか、と瑠衣は不思議に思う。
「え? いいけど……胸焼けしない?」
「……食べたい」
何だか、いつにも増して堅い表情をしたライカが、ゆっくりと言う。その様子には、肩をすくめるしかなかった。ライカのことはだいぶ分かってきた瑠衣だったが、それでも彼の言動はよく分からないときがあった。今もそうだ。
そんなに食べたいのなら、と瑠衣はやる気のないテキ屋のお兄さんに歩み寄る。ついでに自分の分も買おうかと思ったが、何しろお腹がいっぱいだった。
「はい、どうぞ」
購入してすぐに、真っ赤な色をしたリンゴ飴をライカに向かって差し出した。しかし彼は、受け取ったそれをじっと見つめたまま食べようとしない。
「え、いらないの?」
「……いや、食う」
瑠衣に言われて、スイッチが入ったように動き出すと、それを口にする。何とも言えない表情で一口目を飲み込むと「なんか……思ってたのと違った」と呟いた。
「あれ? 好きだから食べたかったんじゃないの?」
「…………食ってみたかったんだ。初めて食べた」
妙に長い沈黙のあとで、吐き出すように彼は呟いた。瑠衣は「ふぅん」と唸ることしか出来なかった。取り敢えず、ライカの顔色を見ている限り、別の話をした方がよさそうだ、と瑠衣は考える。
「あのさー。お祭り気分味わいたいなら、やぐらあるとこ行く?」
「……やぐら?」
「知らない? ほら、太鼓とか置いてあってさ、盆踊り踊ったりするやつ」
「……あーぁ。なんとなくはわかる」
「前に行ったときね、確か立ってたと思うのよね。小さい神社があって、その奥に」
「……こんなとこに神社とか、あるの?」
「あるよー。土地としては古いじゃない? まあ私ここの出じゃないから詳しくは知らないけどね」
「ここら辺って古いんだ……意外だ」
ライカは、少し考えたようにリンゴ飴を見つめたあと、残り四分の一を口に突っ込んだ。『思ってたのと違う』と言っていた割に、彼は残さずに食べきった。「残りはあげる」などと言われるものと瑠衣は予想していたが、そうはならなかった。
神社があるよ、とは言った瑠衣だったが、詳しい場所は覚えていなかった。しかし、盆踊りの音頭が聞こえるので、今年もやぐらは立っているようだ。
きょろきょろと見回すと、ぼんぼりがついた鳥居が見えた。瑠衣は「あれかもしれない」と、ぼんやり光る灯りを指差しながら彼をを手招きする。リンゴ飴が刺さっていた割り箸を指先で回していたライカは、瑠衣に呼ばれているとこに気付くと、すたすたとついてくる。
草履を鳴らしながら石段を昇る瑠衣は、目を凝らす。やぐらが立っている辺りは煌々と明るいのに、境内は歩くのもおぼつかない。別の世界みたいだな、と瑠衣は思う。
不確かな足取りで辿り着いたやぐらの周りは、ひとで賑わっていた。オバQ音頭が大音量でかかっていて、想像以上に騒がしい。
「やだ、思ったよりうるさいわね」
「いいんじゃない、夏っぽくて」
「そうね。夏っぽいかもね」
ライカが先ほどよりも楽しそうにしているのが何だか嬉しい瑠衣は、やぐらがよく見えるお社の階段に腰掛ける。
「それにしても、ボリューム大きすぎ。……ねぇ、これは炭坑節だっけ?」
「おれに聞かれてもわかんねぇけど……。おれ、阿波踊りの方が好きかもしれない」
「そう?」
こくり、と頷いたライカは、せっかくやぐらの近くに来たというのに、ずっとうつむいたままだった。