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4.不憫な綿菓子(3)

 ちっとも楽しくなさそうなライカが、無理をして『楽しい、楽しい』と言うのが、おかしくてたまらなかったのだ。


「あー、お腹痛い」


「ひっでぇな、そんなに笑うことないじゃん。ひとの楽しそうな顔でそこまで笑うなんて……」


 むくれたライカを見ていたらさらに笑ってしまう。どうも彼は真面目に言っているように見える。だから必死で堪えるのだが、瑠衣はやっぱり笑ってしまうのだった。

 すぐ側の簡易ベンチを指差して「買った物を食べよう」と誘う。不満げな彼はさらに顔を歪めて「瑠衣はずっと食い続けてるじゃんか」と口答えばかりだが、それをいなして並んで座ると、ラムネを回し飲みした。甘いものが好きなライカはどんどん飲んでしまう。「ちょっと! 少しは残しといてよ!」と、ラムネと引き換えに先ほど買った焼きそばを押しつける。すると彼は、綿菓子片手にそれをじっと見下ろしている。


「……どうした? なんか変なものでも入ってる?」


「いや、最初に瑠衣にもらったのも、焼きそばだったなって思って。焼きそば率が高いっていうか……」


「あぁ……。まあ、夜店っていったら、たこ焼きか、焼きそばだからねぇ」


 言われてみれば確かに、ライカと初めて会った日、間に合わせの食材でそれらしきものを作った。肉を買っておいてよかった、と呟いたことを思い出す。自分のためだけなら、わざわざ、肉の入った焼きそばなど作らなかっただろう。


「なんか……すごく昔みたいな感じがする」


「そう?」


「……なんでだろうな」


 呟いて、しばらくじっとしていたライカだが「持ってて」と綿菓子を瑠衣に渡し、おもむろに箸を動かし始めた。取り敢えず、あまり食事をしたがらない彼が食べてくれさえすればいい、と瑠衣は綿菓子をかじる。それは湿気のせいでずいぶん溶けてしまっていた。

 そして、先ほどからふたりの間を行ったり来たりする綿菓子を、少し不憫(ふびん)に思う。綿菓子に対してそんな気持ちになるのはおかしいと分かっていたが。


「思ったより、腹減ってるや」


「そっか、よかった。全部食べちゃいなよ、それ」


「ん」


 遠くから、阿波おどりの音頭が聞こえてきて、瑠衣は顔を上げる。何とも懐かしい。駆け回っていた子供の頃の情景が、脳内を一瞬で支配した。

 思わず「あ、やっとさー、やっとやっとー……」などと口ずさむと、ライカが通りの奥を覗き込む。


「阿波おどり……? あぁ、そうか、瑠衣の地元のやつか。マスターが言ってた。『瑠衣は徳島出身だ』って」


「あぁ、そうなのよ。最近行ってないなあ。今年も帰らなかった」


 故郷のことなど考えてもいけない気がしていた。自分の未来のことなど、目もくれなかった。必ず弟を見つけて、家に連れ帰る──帰れる。そんな夢のようなことを、何の根拠もなく信じていた。目の前を通過する踊り子たちを、ぬるりとした視線で見送っていた瑠衣に、ライカはそっと声をかけてきた。


「……どうなの? 本場のひとから見て」


「まぁ……普通、かなぁ? あっちのひとがアホなのよ。いい意味で」


「踊るアホか見るアホか、踊らんとそんそん、だっけ」


「踊るあほうに見るあほう、同じあほなら踊らにゃソンソーン、よ」


「……なんか微妙に違った……」


 真面目な顔で顎に手を当て、ブツブツ反芻(はんすう)しているライカを目の当たりにして、こうやって色々覚えていくんだ、と瑠衣は感心した。自分がこれくらいの歳のとき、どうだったか──記憶を探っていくと、思わず「偉いなあ」と間の抜けた声が口から漏れてしまう。


 ライカが一体、いくつなのか。それは本人から聞いたわけではないが、見た目で受ける印象よりも年下なんだろうな、という予測はついていた。彼があれほど必死に年齢を隠したことを考えると、おのずと答えが出てしまうのだ。そんなことを考えていると、隣のライカが何か言っている。「ごめん、なに?」と聞き返すと、彼は口に入れかけた焼きそばをいったん止める。


「いや、なにが偉いの?」


「あぁ。わざわざ覚えるんだなぁって思ったの。知ってること自体偉いし」


「そう言われると、なんで覚えたいんだろ……。間違ったままなの嫌なんじゃないかな。確か、前にテレビかなんかで見たんだよね。それで知ってた。すごく楽しそうだった」


「おぉ、ライカも踊る?」


「いや、無理。おれはいいから、瑠衣が踊ってよ」


「えーっと、そのうちねー」


 気恥ずかしくて言葉を濁すと「そのうちっていつだよ」とライカは呟いた。

 拗ねたような横顔は、何だか幼気(いたいけ)ない。その表情と、いつの間にかほとんど飲まれてしまったラムネとが、等身大の彼を見せてくれているような。そんなことを思うと、なぜか瑠衣の胸はどこか痛むのだった。


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