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4.不憫な綿菓子(2)

 「そうだよねぇ」と答えながら、瑠衣は考える。こちらに危害を加えるつもりがまるでなかったとしても、そんなものはライカから見たら関係がなかっただろう。彼は警察に行きたがらなかったが、逆にあの状態で逃げ込んで訴えられでもしたら、瑠衣の人生が終わっていたような気がして、ずいぶんと危ういことをしたものだと自分に呆れた。ライカが現れてからというもの、そんなことばかりのような気もする。


「……そういえば、確認したいことがー、みたいに言ってたけど、それもちゃんと納得出来たの?」


「うん」


「そっか。……よかったね」


 会話の流れで、何があったのか少しでも分かればいいな、と切り出した言葉だったが、彼の答えはいつものように『うん』で終わってしまった。内心、どうでもいいか、と思いながら、瑠衣は相づちを打つ。言いたくないことは何も言わないのがライカであって、別にそのままでいたっていいじゃないの、と彼女は肩をすくめる。


 瑠衣の自宅から目的地まではさほど遠くない。繁華街を越えた辺りに、こぢんまりとした商店街がある。ライカの話を総合すると、場所はそこで合っているはずだった。


「みんな……浴衣って着るんだな」


 前方を歩く女子たちをぼんやり眺めていたライカが呟き、瑠衣も辺りを見回してみる。意中のひとを見つめる目だったり、友人同士のグループだったり、そういったもので周りは溢れていた。自分と違って、彼女たちはキラキラしているし、若くて希望に満ちている──瑠衣はそんな風に思ってしまう。私はどうなんだろう、と瑠衣はふと思う。デートでもなく、一緒に来て欲しいと頼まれただけなのに、喜び勇んで浴衣を着るなど、滑稽(こっけい)でしかないだろう、と。


「ほらぁ、だから『正装だ』って言ったでしょう? ……まぁ、あの子たちはデートだろうから、おめかししないとね」


「……ふーん」


 ライカは淡々と言うと黙ってしまった。特に話すことも思い浮かばない瑠衣は、ぼんやり足下を見下ろした。瑠衣の草履の黒い鼻緒は、日焼けしていない素足には何だか似合っていなかった。子供の頃の好きな配色でこの色を選んでしまって、失敗したかもしれない。そして、どうして今日はこんなにも元気が出せないのだろうか、そんな風に思う。久しぶりに出した浴衣が悪いのだろうか。瑠衣は嫌なことばかり思い出してしまうのだ。


「なんか、昨日と別の場所みたいだ……」


「ん?」


 ライカの呆然とした呟きに自然と落ちていた顔を上げると、賑わった商店街が目に入る。年に一度の祭り、といった騒ぎで、商店街の店たちはそれぞれの敷地の前に出店を作っていた。


「わあ。始まってるねー」


「……人間が湧いて出てきたみたい。どこから来たんだ」


「きっと私たちみたいに家から出てきたのよ。さあ!」


 落ち込んでいても仕方がない。そもそも、落ち込む理由すら分からないのだ。気にすることはない、と無意識に袖をまくり上げた瑠衣が「どこから行こうか?」と問いかけると、彼は「うーん」と唸ったきり、うんともすんとも言わなくなった。そんなライカは放っておくとして、瑠衣は彼を置いて駆け出した。たまには置いていったっていいはずだ。


 久々の夜店の雰囲気に、先ほどまでの元気のなさはどこへ行ったのが、瑠衣のテンションは上がり続けた。まさか、こんなに楽しいとは瑠衣自身も思っていなかった。こんな気持ちになれるのならば、虚しかろうと何だろうと、ひとりだとしても来ればよかったんだ、と思いつつ、瑠衣は焼きそばやラムネを買い、牛串を食らい、ヨーヨー釣りまでやった。


「……いくらなんでも……買いすぎ、じゃね?」


 瑠衣に差し出された買ったばかりの綿菓子を受け取りながら、ライカは呆れかえった表情で呟く。問われた瑠衣は、口いっぱいに綿菓子を突っ込んでしまっていて、上手く喋ることができなかった。「そう?」と言いたい瑠衣が「ふぉお?」と返すと、さらに苦笑いを浮かべて、ライカが口を開く。


「ふぉお……って。子供じゃねぇんだから」


「ん。だって、美味しいじゃない? 祭りに来たら綿菓子食べるでしょ? ライカも食べれば?」


「綿菓子の話してんじゃないよ。全体的に、だよ」


 ライカは指で摘まんだ綿菓子を、顔の前で軽く振ってから口に放り込んだ。祭りに行きたいと言ったのはライカだったはずなのに、なぜ自分だけが楽しんでいるのか、瑠衣はそれが不満だった。


「ライカが来たいって言ったんじゃない……。全っっ然楽しくなさそうだけど?」


「楽しいよ」


「うそ。楽しそうに見えない!」


「……楽しいよ。遊んでるし」


 そう言うと、千切るのが面倒臭くなったらしいライカは、綿菓子にかぶりつきながら、瑠衣が釣り上げたヨーヨーを左手でバシャバシャ振り始める。


「なにその、無理やり楽しんでるって感じ! やめてやめて! 顔がおかしい!」


「顔がおかしいってなんだよ! っつーか、楽しんでんだよ。ほら、楽しそうだろ?」


 瑠衣が吹き出すと、ライカは真顔でさらにヨーヨーを振った。恐らくムッとしているのだろうが、その顔がさらに瑠衣の笑いを誘った。


「私、ライカの楽しそうな顔なんか見たことないよ。ホント、おかしい」


「だから楽しそうな顔してるだろ、今! おれは楽しいんだよ!!」


 瑠衣は我慢が出来なくて、腹を抱えて笑った。

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