表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/87

7.夏は終わる(2)

 ライカは瑠衣をちらりと見たあと、戸惑ったように視線を外した。そして少ししてから、静かに口を開いた。


「なんか、わかんないけど……。こうなっちゃった」


「……いいんじゃない? 確かにあそこにずっといろ、ってのも酷かったわ。ごめんね」


「いや……別に」


「でも平気なの? ……働くとか」


「まぁ、多分」


「ひとりで家にいるよりはマシ、か……」


「うん。マスターカワハラも、そうしろって」


「マスターカワハラ? ……なにそれ」


「あのひとの……名前?」


「……マスターって、そんな名前だったっけ?」


 他にも色々と言いたいことはあったが、疲れていた瑠衣は「そう言ってたけど……」と首を捻っているライカに、着替えるように告げる。もう、さっさと家に帰ることにしよう、と自分もそそくさと支度をした。


 服の脱ぎ着をしていると、様々なことが頭をよぎっていく。ここのところの四日程度で、物事の流れが加速した気がしていた。


 マスターが言っていた、帰宅先ことを思い出しても、ライカの守りのようなものが(ほころ)び始めていると感じた。


「……なによ、北海道って」


 瑠衣は思わず独りごちる。彼がどこから来たのか、なんて考えたこともなかった。国内であれば、多少遠くてもここまで来ることは出来るだろう。本当に北海道から来ていたとして、一体どうやって帰るつもりなのだろうか。全く分からない。


「はぁ。もうやめよ」


 深く考えることを諦めて、瑠衣はロッカーの鏡で前髪を直した。このおかしな前髪も、店に出てみると意外と好評だった。それ以来、意図的に短くしている。その前髪が、少し伸び始めていた。


 月日が経つのは早いものだ。切りすぎた前髪を、キープするために切り直すのは、もう何度目だろうか。

 ライカの髪も伸びていることだし、一眠りしてから自分の髪を整えるついでに、少し切ってやろうと瑠衣は思う。先週、そういう話をしていたこと自体すっかり忘れていた。


「……最近物忘れが酷いわ……疲れすぎだし」


 誰もいないのに、誰かに言いたくて呟く。本当はずっと、この仕事にも限界を感じているのだ。ライカに家族の話をして、瑠衣も初めて気が付いたが、もう航を見つけようという気持ちは、ほとんどなくなっている。


 昼間の仕事に切り替えた方がいいのだろうか。それとも、地元に戻るべきか――。東京にいる意味もないが、帰ったところでどうなるのだろう。両親の小言と、世間の目と、一気に受け入れなくてはいけないだろう。


 しかし、何も考えずに家を飛び出した自分が悪いのだから仕方がない。ライカも帰ることだし、区切りとしては、ちょうどいいように思えた。


「そっか。ライカ……本当に帰るんだな……」


 着替えを終え、ロッカーを閉めながら、知らぬ間にそう呟いていた。彼女は慌ててその考えを振り払う。当たり前じゃないか。大体、しつこく帰れと言っていたのは自分なのだから。


「……やだ、私ったら……」


 何だか笑えてきた。 "いなくなったら寂しい" までは想定の範囲内だった。だが、ふと思えば、これからもずっと彼が側にいるような気がしている。


 そんなことは有り得ない。だが、頭のどこかで "そうあって欲しい" と願っている瑠衣がいるのだ。ずっと抱えてきた、ライカに対する不思議な気持ちは一体、何なのか。


 それを突き詰めてしまうと、まるで恋心だった。違うけれど、それに近い――いや、違うと思いたいだけなのかもしれない、瑠衣もそれに気付いている。弟よりも若いであろうライカにそんな感情を持つなんて、普通とは思えない。


 それとも一種の依存なのか、それとも元の(ライカ)に抱いていたようなものなのか。しかし、彼は人間であり猫ではない。そんなことは分かっているのだ。


「……おかしい、本当」


 ライカがやってきて、もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。しかし、思い返せば一瞬で通り過ぎて行ったように思える。ただただ漠然と、日々を過ごしてきた瑠衣にとっては激動の夏だった。


 だが、最近は熱帯夜も少なくなってきた。もう、夏は終わろうとしているのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ