8.ある魔王の悩み(8)
8話目です。
よろしくお願いします。
注)本日二度目の更新です。
「またか! またあんたか!」
ダイレクトパスを貰って、再び魔王グラファンの謁見の間へと踏み入れた挑戦者たちは、重々しい扉を開いて勢いよく踏み込んだ。
そして、すぐにヒロトとユッカの姿を見つけ、思わず叫んでいた。
「今日はご協力をお願いしたいと思いまして」
近づいてきたヒロトは、鞄から付録の飴を四つ取り出した。
「これを差し上げますので、しばらくお付き合いいただけませんか?」
「この飴……」
それは『月刊・魔王』の基本付録である飴であり、舐めると一定時間身体能力が向上し、適性によっては魔力も増加する。
「先日ご購入いただいた時の分は、もうお試しいただけましたか?」
「いや、一つしかないし……」
効果が不明で恐ろしいというのもあったのだろう。まだ使っていないらしい。
「では、ご協力いただいた後で魔王グラファンと対決する際にぜひ使ってみてください。連続使用にもデメリットはありませんから、一人で連続して使うのも、全員で分けて使うのも皆さん次第です」
もはや戦士たちも口出しをすることも無く、リーダーが渋々ながら協力を了承すると他のメンバーも頷くしか選択肢は無かった。逆らったところで碌な目に遭わない、と二度の邂逅で魔王よりもヒロトの方に恐怖心を覚えてしまったのだ。
「ご協力、ありがとうございます。では、パターン1・テイク1から始めましょう」
「テイク1?」
☆
―――そこは荘厳と言うほか無い見事なホールであり、謁見の間としても使われているのだろうと思わせる流麗で堂々とした玉座がある。
重苦しい扉を開いた挑戦者一行は、頑強な鎧を付けたハンマー持ちの戦士を先頭にして慎重に踏み込んでいく。
「……良く来たな。挑戦者たちよ」
広い室内に、重々しい声が響く。
「くぅ……」
プレッシャーが、挑戦者たちの全身を震わせた。
しかし、ここまで来てすごすごと逃げ出すような彼らではない。
「魔王グラファン!」
「その通り、わしは魔王グラファン。挑戦者よ、戦いに来たのであれば余計な言葉は不要!」
ガン、と見上げるような長さを持つ堂々たる大剣を床に突き立て、巨大な玉座に見合う巨躯を勢いよく立ち上がらせた魔王グラファン。
その威風は戦士のそれであり、自信にみなぎる顔は挑戦者たちではなく、さらに広く大きな範囲を見ているような表情だった。
「武器を持て。わしを存分に楽しませてくれたならば、墓くらいは作ってやろう!」
大剣を両手に掴み、振りかぶったままで一歩目を踏み出した魔王グラファンは、見上げるほどの迫力だった。
しかし、挑戦者たちも歴戦の勇士揃いだ。
「いくぞ!」
剣を手にリーダーが叫ぶと、戦士も魔法使いも神官も、同時に答えた。
「応!」
強烈な火炎魔法がはなたれ、神官は戦士に筋力強化の魔法をかける。
力強い戦士の突進と共に、リーダーも駆けだした。
「うおおおおお!」
「はい、カットでーす」
と、ヒロトが魔王の前に出ると、飛来した火炎魔法を叩き落した。
「……あたし、もうこの職業やめるわ……」
がっくりと膝を突いた魔法使いの女性に、ユッカがそっと寄り添った。
「気にすることないわ。貴女の魔法はすごいわよ。ただ、あの男が異常なだけよ」
「失礼な。私は単に魔法が効かない“体質”なだけです。……魔法使いさん、ユッカが言う通りです。火炎魔法の威力はすごいですよ」
「そうだな。わしとてもまともに喰らえばダメージを受けるのは間違いない」
「あ、ありがとう……?」
魔王に褒められるという不思議な経験をして、魔法使いは目を点にしたまま礼を言った。
「で、如何でしたか?」
ヒロトに尋ねられ、魔王は玉座へと腰を下ろした。
その視線は、足元に空いた穴に向かっている。
「そうだな。わしはやはり挑戦者とは多少言葉を交わしたいと思う。問答無用で襲ってくるのもいるにはいるが、そうで無ければ名乗りや、意見のぶつけあいも嫌いではないのだ」
それに、と自らが剣を突き立てた穴を指差す。
「毎回こういうことをしていたら、補修費用がいくらあっても足りぬ。戦闘の結果壊れるのは仕方ないが、自分で壊すのは気が引けるわな」
「なるほど、なるほど」
さらさらとペンを走らせてメモを取ったヒロトは、次に挑戦者たちへと向き直った。
「では、挑戦者としてはいかがでしたか?」
「いかがも何も……」
と、戦士はぼやいただけだったが、リーダーは床に座り込んで魔王を見上げた。
「僕も魔王と同意見だ。話もせずにただ戦っても、それは理解へとはつながらない」
「ほう、わしを理解しようと考えるのか」
面白い、と魔王が身を乗り出す。
「しかし、わしを排除するためにここへやってきたのだろう? 敗れても何度も挑戦するのは、どうあってもわしを倒したいと言う意思の表れではないか」
「倒したいという気持ちに変わりはない。だけれど、魔王という存在を理解しないまま倒すのはおかしいとも思い始めてきた」
リーダーは立ち上がり、剣を腰に提げなおした。
「ヒロトさん、だったね。あの雑誌は面白かった。高いけど……まあ、この飴が言う通りの効果があるなら、安いかもね」
「面白かった……最高の感想です」
「魔王グラファン。この小芝居だけど、お互いに納得がいく流れになったら、そのまま戦ってくれないか」
「よかろう」
魔王はリーダーの提案に即答した。
「次の分は、予め読んだ中ではわしが気に入っているセリフだ。きっと、お前も気に入ると思うぞ」
「それは楽しみだ」
行こう、とリーダーがメンバーたちに声をかけ、彼らは再び外へと出て行った。
タイミングは、ユッカが知らせに行くことになっている。
「では、お願いします」
「ああ。わかった。……ヒロト殿」
「はい、なんでしょう?」
「ありがとう。魔王をやっていて、挑戦者を待つことに飽きて来たところだったが……魔王をやるのも、悪くないと思えて来た」
「ありがとうございます。魔王様方の在り方を知り、それを支えるのも、私たちの使命です」
「定期購読数増加の件、悪いようにはせぬぞ。ふふふ……」
「これはこれは、ふふふ……」
怪しく笑い合う二人を見て、ユッカは本当に討伐すべきはヒロトではないかと思い始めてきた。
「ヒロト、魔王様。あまり彼らを待たせるのは……」
「おお、そうであったな」
「では、準備いたしましょう。そういえば、魔王様」
ヒロトは、ふと疑問を思い出した。
「魔王様もあの飴をお持ちですよね。それもいくつも。使われないのですか?」
魔王の中には、強化の飴を使うことを良しとせず、捨ててしまったり部下にくれてしまう者もいるが、グラファンがどうしているかは聞いたことが無かった。
「もちろん持っているとも。ほれ」
懐から取り出した飴は三つ程あった。
「一度危機に陥ったように見せて、これを使って復活して見せる“演出”をやろうと思ってな。ずっと持ち歩いておる」
「それは良いお考えですね!」
「ところが、まだこれを使うまでに追いつめられたことがないのだ」
かといって手抜きもしたくないんだが、と語る魔王に、ヒロトは真剣に頷いた。
「挑戦者が弱すぎる問題、ですか。あまり聞かない題材ですが、切り口としては面白いかも知れませんね」
「で、あろう? いずれ記事にしてくれんか。他の魔王たちの意見も聞いてみたいものだし、挑戦者たちの状況を知る一助になる」
「ええ、こちらこそアイデアをありがとうございます!」
まるで大きさの違う手で握手を交わすヒロトの表情は、この上なく朗らかだった。
「……まだ?」
「ああ、ごめんなさい!」
扉を少しだけ開けて魔法使いが覗き込んできたのを見て、ユッカは慌てて走り始めた。
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