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『月刊・魔王』編集部  作者: 井戸正善/ido
ある魔王の悩み
8/23

7.ある魔王の悩み(7)

7話目です。

よろしくお願いします。

 盛大によだれの湖を作った翌日、ユッカは出社直後に編集長に呼ばれた。

 ちなみに、寝入ってから小一時間で目を覚ましたユッカは昨夜、自分がどんな状況であったかを湿ったタオルで知り、赤面しながら走って帰った。

 初めて見た柔らかなタオルについては、誰のものかわからないまま持ち帰って手洗いして、家に干している。


「お呼びですか?」

「ユッカ君か。まあ、そこにかけてくれ」

 編集長は何かの書類にサインをすると、ユッカと向かい合うように応接セットのソファへ腰かけた。

 トロールらしくでっぷりとした身体がソファをきしませるが、作りが良いらしいがっしりとした骨組みはしっかりと巨体を受け止める。


「昨日は大変だったようだね」

「いえ。私はまだまだ入りたてですから」

 正直に言えばうんざりするほど歩かされ、コポポのマッサージがなければ今頃まだベッドで呻っていた可能性もある。

 しかし、ユッカのプライドがそれを口にさせなかった。


「そうか。謙虚で勉強の姿勢があることは素晴らしいことだ。私も、この編集部を立ち上げて最初の雑誌を作ったころは手探りの作業ばかりで、毎日クタクタになるほど歩きまわったよ」

 そう言って、編集長は手ずから熱い紅茶を淹れてユッカの前に置く。

「ありがとうございます。……その、良いのですか?」


「問題ない。これは過去の話ではあるが、編集部ができてからのことだからね。まあ、それ以前のことは、聞かずにおいてくれないか」

 自分の分のカップを手に取り、トロールに似つかわしくない優雅な手つきで口を付ける。

「……ヒロトは、ちゃんとやっていたかね?」

 編集長の問いに、ユッカは首を傾げた。


「はは、いや、これは私の聞き方が悪かった。彼は仕事に対して熱心だ。実力もある。それは共に世界を巡ってきた私が一番よく知っている」

 言い直す、と編集長は笑った。

「彼が誰かに指導するのはこれが初めてでね。正直に言って、ちゃんと指導役が務まっているかが気になるんだよ」


 君の評定がどうとかいう話ではないよ、と付け加えた。

「まだ一日だけですから……かなり濃い一日でしたが」

 ユッカの言葉に、編集長は手を叩いて笑った。

「はっは! 彼は仕事熱心に過ぎるところがあるからね。付き合わされて、随分と疲れただろう?」

「いいえ、問題ありません」


 それよりも、とユッカは微笑む。

「この仕事の楽しさをたった一日で知ることができました」

「それは良かった」

 編集長は幾度か頷いた。

「理解される……それはとても嬉しいことだよ。彼にもそう言ってあげると良い。とても喜ぶだろう」


 雑談を交わし、ユッカが自分のデスクへ戻るとヒロトはもう来ていた。代わりに、コポポは帰ってしまったらしい。

「そういえば、スライムってどんな“家”に住んでいるのかしら?」

 巣と言った方が合っているような気がしなくもないが、それはそれでコポポに対して失礼な気もする。


「さあな。コポポの家に行ったことは無いし、俺も誰かを招待したこともないな」

「案外、みんなドライなのね」

「いや、俺の家は散らかっているし、コポポの家は……人間が入れるかわからないし」

「そういわれると……」

 ユッカは、コポポが身体を伸ばして入れる程度の穴が開いた洞窟を思い浮かべた。ヒロトも同じようなものを想像しているのかも知れない。


「フィニの家は?」

「……行きたいか?」

「全然」

 家に入った途端に全裸を強要される可能性もある。それくらいユッカはフィニを信用していなかった。


「馬鹿なことを言っていないで、仕事だ」

 ヒロトは鞄から取り出した大量の書類をどさり、とユッカのデスクへと積み上げた。

「昨日の聞き取りをまとめた。が、ユッカが聞いて印象に残った分もあるだろう。それも書き足して整理してくれ。フィニが作った誌面はこれ。書き込みは文字数制限だ」

 書類は書き込みをするための一覧表と、ヒロトがとったメモだった。


「これが終わったら、魔王グラファンのところに行って、実際にやってもらおう。思ったよりもスムースに資料が集まったから、早いうちに試してもらった方が良い」

「貴方は?」

「俺は最新号の分の原稿を作る。前後編の記事にして、聞き取りの内容を今回の記事、実践してみたというドキュメンタリー形式で後編だ」

 他にも書かねばならぬ原稿がある、と言うとヒロトは自分のマグカップにコーヒーを注ぎ、デスクに座った。


「そうだ。忘れていたな」

「なに?」

「おはよう。今日もよろしく」

 ヒロトの言葉に目を丸くしていたユッカだが、すぐに頷いた。

「ええ、おはよう。今日もご指導のほど、よろしくお願いします」


 こうして穏やかに始まった仕事だったが、決して和やかな雰囲気で進んだわけではなかった。

『文字数には制限があるんだぞ。こんな冗長な表現は駄目だ』

『小説じゃないんだ。余計な憶測は要らない』

『お前の趣味で発言をピックアップするな』


「うぅ……」

 度々ヒロトのチェックを受けるのだが、その都度反論のしようがない注意を受けてユッカは早速心が折れそうになっていた。

「あまり厳しくしちゃ駄目よぉ」

 いつの間にか来ていたフィニが注意するが、ヒロトは止まらない。


「最高の雑誌を魔王を始めとした読者に提供しなければならない! そのために手抜きは許されない!」

「熱くなりすぎ。原稿を見るのも良いけれど、ユッカのこともちゃんと見てあげなさいな」

「う……」

 泣きそうな表情で原稿を書き直しているユッカに気付いたヒロトは、自分が熱くなっていることにようやく気付いた。


「わ、悪かった。すまない……」

「ううん、大丈夫。私がまだ未熟なのは良くわかってるから。ただ、もう少し時間を頂戴。ちゃんとやってみせるから!」

 ぐぐっ、と拳を握って強がりを言うユッカを見たヒロトは、自分が立ちあがっていることに気付いて座りなおした。


「だから、ちゃんと教えて。憶えるまではしっかりと教えて欲しい。そうしないと私はいつまでも一人前になれないわ」

「……はは、わかった。だが、また熱くなっていたら言ってくれ」

「ええ。それじゃ、続きを書くわね」

 再び原稿に向かったユッカは、涙の跡は残っていても微笑みを浮かべていた。


「やれやれ……で、フィニ。何やってる?」

 座ったヒロトの肩に、フィニの豊かな胸が乗っている。

 そして、すらりとした両手がヒロトのジャケットを脱がしにかかっていた。

「服なんて着ているから熱くなっちゃうのよ。ほら、脱いで脱いで」

「ふんっ!」


 がっしりとフィニの顎を掴み、ヒロトは編集長のデスクへと引きずって行った。

 すぐにヒロトだけが戻ってきて、何事も無かったかのようにデスクへと座る。

「……フィニは?」

「編集長から説教中。二時間コースな」

 カップに入ったコーヒーを飲み、ヒロトは再び原稿へ向き直った。


「あいつ足音がしないから、気を付けろ」

「それも指導なの?」

「とても……とても重要な注意点だ」

 原稿に関する話と同じくらいに真剣で力強い言葉に、ユッカは大きく頷いた。

「気を付けるわ。とても」


 四時間後、原稿執筆作業に一区切りついた二人は、再び魔王グラファンの下へと向かう。

「じゃあ、取材に行ってくる」

「……いってらっしゃい……」

 かなり絞られたらしい、やつれた様子で呟くフィニに見送られて、次元移動の門をくぐった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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