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『月刊・魔王』編集部  作者: 井戸正善/ido
ある魔王の悩み
7/23

6.ある魔王の悩み(6)

6話目です。

よろしくお願いします。

 編集部へ戻ってきた時、ユッカはすでに意識が朦朧とする程に疲労していた。

 すでにフィニは帰ったようで席にはおらず、「ただいま戻りました……」と蚊の鳴くような声でつぶやくと、ユッカは自分のデスクへと突っ伏した。

「もう歩けない……」

 隣のデスクにいるヒロトへ目を向けると、メモ帳をばさばさとめくりながらノートへと整理しなおしているところだった。


「体力お化け……」

 そう呟くユッカの目の前に、白いシンプルな陶器のカップが置かれた。

 甘い香りがする湯気が上がっており、見た目だけでも暖かで穏やかな気持ちになる。

「あ、ありがとう……って、え、誰?」

 ヒロトではない。カップを持っていた何かは、普通の人間の手ではない、いつぞやのダンジョンでみたスライムのように透き通ったゼリー状の何かだった。


「ああ、ありがとう」

 ヒロトの声が聞こえてユッカが目を向けると、そこにはヒロトへと黒いマグカップを差し出すスライムの姿があった。

「す、スライム!?」

 思わず立ち上がり、しかし、膝に力が入らず再び座りなおすという間抜けな動きをするユッカを、ヒロトは冷ややかな目で見ていた。


「初顔合わせなのはわかるが……その反応はあんまりだろう」

 ヒロトはスライムへと目でユッカの前に行くように促すと、マグカップのコーヒーを一口啜った。

「顔合わせ、ということは」

「フィニが言っていた“コポポ”だ。この編集部の要で、こいつがいないと雑誌ができない」


 ヒロトの言葉に照れているのか、コポポは丸っこい大福のような体の一部から触手を伸ばし、最上部を撫でている。

「よ、よろしく……ね?」

 握手をするために手を出すべきかどうか、チラチラとユッカがヒロトへと視線を向ける。

「はあ。心配するな。問題ない」


 良かった、とユッカは右手を差し出し、コポポの触手を掴む。

「……ぷにぷにしてる」

 軽く握りしめると、液体が入ったつるつるした袋のような、少しだけひんやりとして手に馴染む感覚がある。

 不思議な感触に、ユッカはコポポの触手を一心不乱に揉んでいた。


「その辺にしておけ。コポポが困っているだろうが」

「……はっ!」

 ヒロトに注意され、初めて夢見心地で掴んでいたことに気付いたユッカは、すぐに手を離した。

「ご、ごめんなさい!」


 ふるふる、と触手を揺らして「問題ない」と伝えたコポポはそのままじっとユッカの方へ核を向けていた。

 ルビーのように赤く輝くコポポの核は、目などの感覚器も兼ねているらしい、とヒロトは作業をしながらユッカに教える。

「話すことはできないが、コミュニケーションは充分にとれる。それに、コポポは編集部で一番知識があるぞ」


 スライムなのに、とユッカが首をかしげていると、ヒロトは自分のデスクにある辞書を指先で弾いた。

「前も言った通り、世界が違えば言語も違う。言葉はそれぞれの世界で似ている物もあるが、全く同じ雑誌では通じない」

 そのために、行く世界によって見本となる雑誌も変えている、とヒロトは語る。


「え、じゃあ……どうするの?」

 編集部がある世界の共通言語はユッカも習得している。編集部員同士が交わす会話もそれで、他の世界の誰かと語るときは翻訳の魔法か薬を使っている。脳に負担があるので、薬は滅多に使用しないが。

「コポポはその世界の辞書や書物を吸収することで言葉を覚える。……話せないが、理解できるようになる」


 それはすごい、とユッカが手を叩いて褒めると、コポポはまた触手で身体を掻いて照れた。

 よく見ると核がぷるぷると揺れている。

「この編集部で、コポポは翻訳兼印刷担当なんだよ。だから、コポポがいないと雑誌が作れない」

「有能なのね……キャッ?」


 小さな悲鳴を上げたユッカ。

 照れていたコポポの触手が二本、タイトスカートから伸びるユッカの細く白いふくらはぎに巻き付いたのだ。

「な、何するの? ……んああ!」

 熱い吐息と共に、ユッカの艶やかな声が上がる。


 ひんやりとした柔らかな感触に包まれたかと思うと、乳酸が溜まったふくらはぎをもみほぐす様に触手がグネグネと動き始めたのだ。

 自分の声に驚いて、ユッカは両手で口を塞いだ。

 視線でヒロトに助けを求めると、彼は肩をすくめて笑っている。

「コポポはユッカを気に入ったみたいだな。たまにしかマッサージしてくれないんだが、最高だぞ」


 ユッカはヒロトの言葉を半分も聞いていなかった。

 ぐにぐにと心地好い圧迫があったかと思うと、触手の一部がツボを押さえるようにぽこぽこと凹凸を作り始めたのだ。

「……~~!」

 口元を懸命に押さえて声が漏れないようにしているが、鼻息は荒くなり、顔は紅潮していく。


「なんとかならんもんかね……」

 艶やかで甲高い、嬌声と言って差し支えないような色っぽい吐息と時折こぼれる悲鳴に、ヒロトは居心地の悪さを感じていた。

 コポポはユッカの反応が楽しいらしく、ヒロトの方は気にもせずにマッサージを続けている。


「まあ、フィニよりはマシだな」

 自他ともに認めるあけっぴろげな変態である全裸ナーガのフィニは、コポポのマッサージのファンだ。

 だが、マッサージの度に大声で「いいわぁ!」「もっとよ、もっと!」など大声で騒ぐので、編集長直々に別室でやるようにと命じられている。


「まあ、今日はかなり歩いたからな。さぞ気持ち良いだろう」

 ふぅ、ふぅ、と聞こえるユッカの吐息は聞こえないふりをして、ヒロトは作業を続ける。膨大なアンケート結果が集まったのは良いが、それをまとめるのも一苦労だ。

 パソコンが無い、昔ながらの全て手書きによるデータ整理はそれだけでも一苦労だが、ヒロトにとっては楽しい時間でもある。


 魔王たち一人一人の立場や考え方の違いは、言葉遣いや発言の内容の端々に表れる。

 ノートに並べて書いていくと、それぞれの特徴がよりはっきりわかり、質問した時の魔王たちの表情や声が頭の中に再生されるのだ。

 本になったとき、これらの情報はかなり削られてしまう運命にある。できるだけ多くを読者に伝えたいが、誌面にも限界がある。


 記者としては問題かも知れないが、ヒロトは魔王たちの生の声を自分だけが知っていることに喜びを感じていた。

 役得だ、と彼は確信していて、苦労して歩き回った自分への褒美だと感じていた。

「いや、今日は一人じゃなかったな」

 新人ながら、ユッカは懸命にヒロトについてきていた。自分でメモもとり、疑問があればしっかりと質問する。


 長く続けてくれるなら、五千部という目標もより近づく。

 個人的にはまだ知らない部分が多いが、ユッカの仕事に対する姿勢にはヒロトも感心していた。

 ふと、手元にあるノートを見る。

「まあ、まとめる作業も勉強になるか……ん?」


 ふと見ると、まだ五分と経っていないがユッカは完全にリラックスした顔で机にうつ伏せになって眠っていた。顔は向こうを向いているが、寝息を立てているのは明らかだ。

 コポポも、そっと自分のデスクへ移動している。

 たたき起こして教えようとまでは思わないヒロトは、手早くデスクを片付けて、今日の仕事は終わりにすることにした。


「また明日、出社してからでいいだろう。まだ日数はある。……さて、帰るか」

 ヒロトは、仮眠用の毛布をユッカの背中にかけてやると、小さい声で「お疲れさん」と呟きながらユッカの顔が見える位置に動いた。

「うわあ……」

 口を開き、よだれを流しながら眠りこけているユッカの顔は、きりりとした美女ではなく、やんちゃな少女のようだ。


「……コポポ、あとは頼む。お疲れ様」

 スカートによだれがこぼれないようにユッカの口元にタオルを置いてから、ヒロトはコポポに後を任せ、編集部を後にした。

 ユッカの長い出社一日目は、こうして終わった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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