5.ある魔王の悩み(5)
5話目です。
よろしくお願いします。
ヒロトに連れられての取材行脚は、最初からハイペースだった。ユッカは最初に向かった魔王グラファンへの取材が大して歩かずに済んだこともあり、ヒール付きの靴に変えようかと思っていたが、止めて正解だったと確信した。
とにかく、歩くのだ。
それもそのはずで、グラファンのように整った場所で暮らしている魔王は存外に少なく、多くが深いダンジョンや天を衝くような山の頂、中には海底に居を置いている者もいる。
「はあ、はあ……」
「どうした? もうバテたのか」
「貴方の、方が、どうか、しているの、よ!」
険しい地下ダンジョンは薄暗く、方向感覚どころか階層すらも不明瞭になるほど道は上下左右へとグネグネと入り組んでいた。
その中をジーンズにスニーカーという軽装で足早に歩くヒロトに、ユッカはついていくだけでも精一杯だった。
「次元移動ができるなら、魔王のところへまっすぐ行けば良いじゃない!」
「そんな失礼なことできるか。あれで魔王の目の前に行くなんて、玄関を無視していきなり部屋に入るようなもんだ」
ただし帰るときは別、と付け足す。
そう言いながら、ヒロトは目の前に迫ってきた腕が三対ある巨大な骸骨型の魔物を殴り飛ばしてバラバラにしている。
「じゃあ、その魔王の部下を倒すのは無礼じゃないの!?」
「こいつは半日も立たずに復活するから大丈夫。普通の生き物タイプで話が通じないなら気絶させる」
そういう基準だ、とヒロトは言う。
「どうしても殺さないと前に進めないところもあるが、それはそれで仕方がない。魔王はそれで納得する人がほとんどだ」
「納得しない人もいるの?」
「俺の職務のための尊い犠牲だ。納得せずとも理解はしている」
そこまでして、ヒロトの訪問を受けたり『月刊・魔王』を欲しがる魔王がいるのか、とユッカは改めて自分が関わる雑誌の影響力に驚愕していた。
「第一、魔王グラファンのところみたいにしっかり管理している方が珍しいぞ」
ヒロトの言葉を、ユッカはメモし始めた。
仕事に関わる内容を覚えるためでもあり、取材の練習でもある。
首が三つある狼の喉に連続で貫き手を叩き込み、気絶させつつヒロトは語る。
「魔の属性が強い地域で過ごしやすいから強力な魔物が集まっているだけで、単にそこに魔王も住んでいるだけ、というパターンが多いな」
「じゃあ、そういう魔王たちが雑誌を読んで組織を作ったら、そこに住む人間とかエルフは大変になるじゃない」
月刊・魔王という雑誌はあくまで魔王のための情報誌であり、そこには当然、組織の在り方や統率のために役立つ情報なども乗る。ユッカは最新刊にあった“決戦バト論:テーマ『手下の機械化 あり? なし?』”という記事を思い出して、例に出した。
「ああ、あれも俺が書いた特集だな」
よく覚えている、とヒロトは頷く。
「魔王と言っても、その目的は様々だ。世界の征服であったり、同族を庇護するためであったり、ただただ戦闘を好む者もいれば、人間などその世界で最も多い種族に抵抗する目的で魔王を名乗る者もいる」
「……魔王って、その世界を破壊しようとするのが目的なんじゃないの? ……うっ」
ユッカは、ヒロトが立ち止まって自分を睨んでいることに気付いて、思わず喉から声が出た。
「そういう決めつけは危険だ」
「ご、ごめん……」
ユッカが謝ると、ヒロトは再び進み始める。
「……色々な世界があり、色々な魔王がいる。彼らは自分の目的のために戦っているが、そのやり方だって様々だ」
その助けになり、魔王が自分の在り方を確認するための雑誌でもある、とヒロトは熱弁する。
ヒロトはそれ以上言及しなかった。ユッカが言う世界を破壊しようとする魔王という言葉に、彼女が知る特定の誰かがいる気がしたからだ。
聞けば、過去を詮索しない編集部ルールに反する。
「……ん。スライムか」
「魔王がいるダンジョンに、こんな雑魚も出るのね」
「雑魚? スライムを馬鹿にするな」
鞄の中をごそごそと漁りながら、ヒロトはふふん、と鼻を鳴らした。
「その性質は世界によって多少違うが、基本的に無限に増えるし、打撃に対する耐性も高い。何でも食べてダンジョンを清潔に保ち、コストも安い……あった」
鞄から取り出した小さなビニルパックを開き、中に入っていた小さな紙を広げていく。
「それに、スライムはなかなか恐ろしいぞ。一度取り込まれれば生きたまま溶かされるか溺死させられる。うっかり踏んで気付くのが遅かったり、上から降ってきたりして対応が遅ければどんな熟練の戦士でも死を免れないぞ」
恐ろし気な説明をしながら、ヒロトは広げた紙片をずるずると近づいてくるスライムへと放り投げた。
「そういう風に説明されると、こわ……は?」
透明な身体に小さな核を浮かせていたスライムは身体の上にぺたりと落ちた紙片を取り込みはじめたが、すぐにぶるぶると震え出す。
よく見ると、その紙片は膨らみ、スライムの大きさが縮まっていく。
「……あれ、何?」
「吸水ポリマー。いわゆる生理用ナプキン(多い日用)だな」
たっぷりと水分を吸収できる上に、一度取り込んだ水分を逃がさない。紙おむつに比べても小さくて持ち運びに便利なので、愛用しているという。
体積の数割しか吸収できないが、想定外の状況にスライムが混乱している間に、ヒロトたちは悠々と通り抜けられた。
「ごめん。便利なのはわかったけれど、結局何のための道具なのよ」
ヒロトの言葉の意味を聞いたユッカは、編集部に戻ったら在庫を分けてもらう約束を交わした。
こうして、この世界のラストダンジョンであるとは思えないほどのハイペースと軽装で、二人はダンジョンを踏破する。
「おう、ヒロトか!」
石造りの硬そうな椅子に座り、何かの肉をバリバリと骨ごと喰らっていた魔王が声を上げた。動物の皮をつなぎ合わせたような粗野な服を、筋肉の塊のような肉体に纏っている。
周囲にいた骸骨の兵たちも、ダンジョンにいた魔物とは違ってヒロトのことがわかるらしい。道を開けて歓迎するように両手を上げた。
「俺はシンプルだぞ!」
人型ではあるが腕も足も人間の倍の数を持ち、戦う時にはそれぞれの手に違う武器を掴んで振り回すというこの魔王は、ヒロトの質問に機嫌良く答えた。
「『ここがお前らの墓場だ!』とか『お前らも溶岩に放り込んでやろう!』とかだな!」
がっはっは、と笑いながら魔王が指さす先には、グラグラと沸き上がっている溶岩の湖が見える。
暑さにくらくらとしているユッカだったが、ヒロトと共に魔王の言葉をメモしていく。
「ここまでたどり着ける連中は少ないから、すぐ殺すのは勿体ない気もするけどな」
と前置きした上で、それでも挑戦者と長く話す気は無いらしい。
「戦いは命の奪い合いだ! 余計な言葉はいらん!」
ぐぐ、と四つの拳を握りしめる。
「最近は挑戦者が減って暇でなぁ。ヒロト、また相手してくれないか?」
ユッカは無茶苦茶なことを言う魔王だと一瞬思ったが、“また”という言葉に引っかかった。
「前に手合わせしたことあるの?」
「ああ。何度か」
営業活動とは何か、と真剣に悩むユッカだったが、魔王はそんなユッカを笑い飛ばした。
「難しく考えているな? 簡単なことだ。俺に勝てたら本を買ってやると条件を付けた。そして、俺が負けた」
「ええっ!?」
「いやー、強かった。だが、楽しかった! なあ、またやろうや」
「申し訳ありませんが、ちょっと今は時間がありませんので……」
「そうか、残念、残念!」
忙しいなら仕方ない、と魔王は呵々大笑して剥き出しの膝を叩いた。
「だが、近いうちに頼むぜ。俺も前よりはずっと強くなった!」
「そう言えば、足が増えていますね」
「おうよ!」
再び膝を叩いた魔王は、牙が目立つ歯を見せて笑う。
「挑戦者を二十人くらい喰らったら、生えた! 逆らった魔物も十匹くらいいたな! これでヒロトの速度にもついていけるぞ!」
「では、近いうちにまた訪問させていただきます。今日はありがとうございました」
土産だ、と何の肉かわからない塊を渡され、ヒロトたちはダンジョン最奥を辞した。
「これで一軒目だな。挑戦者が少ないなら、取り合えず今はインタヴューだけで良いだろう。じゃあ、次に……」
「待って、待って!」
「なんだ?」
ダンジョンを歩きながら次の場所への次元移動を始めようとするヒロトを、ユッカが止めた。
「今日はあとどれくらい回るの?」
「二十件」
当然のことのように言うヒロトに、ユッカは口をぱくぱく開閉するだけで言葉が出てこない。
「“今日”とか時間や日付で区切りを考えるな。必要な情報が揃うまでが取材で、それもあくまで記事を作る下準備に過ぎないんだからな」
さあ、行くぞと次元移動の門を開いたヒロトは促す。
「二十件……」
呟きながら踏み出したユッカの足取りは、鎖が巻き付いたかのように重かった。
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