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『月刊・魔王』編集部  作者: 井戸正善/ido
ある魔王の悩み
5/23

4.ある魔王の悩み(4)

4話目です。

よろしくお願いします。


※本日二回目の更新となります。

 前話を先にご確認ください。

「あら、お帰りなさい。その子が例の新人さん?」

 次元の扉を越えて編集部へと戻ってきたヒロトとユッカは、到着するなり声をかけられた。

「フィニか」

「ゆ、ユッカよ。よろしく」


「あたしはフィニよぉ。よろしくねぇ」

 フィニと呼ばれた女性は、にこやかに笑ってユッカが差し出した右手を握りしめた。

 細い指に似合わず力は強く、がっちりと握りしめられたユッカは少し痛いと思ったが、それよりも気になることがある。

「……どうして服を着ていないの?」


 フィニはナーガ族と呼ばれる半獣人であり、腰から下は蛇の胴体になっており、蒼い表皮がぬらぬらと輝いていた。

 上半身は人型で、人間でいえば二十代後半くらいの妙齢の女性の容姿だった。整った顔立ちに緩いウェーブがかかった豊かな銀髪だ。

 そして、その上半身には一糸もまとっておらず、豊かな胸がむき出しになっている。


 ハッと気づいたユッカがヒロトを見たが、彼は何の関心も無いかのように自分のデスクに座り、先ほどメモを取ってきた内容を清書していた。

「……なんだ?」

 ユッカの視線に気づいたヒロトが顔を上げる。

「えっと……。み、見なくて良いの?」


 自分でも何を言っているんだろうか、とユッカは赤面したが、ヒロトの反応は冷たい。

「はあ? ……ああ」

 何の話かと思ったヒロトは、ユッカがチラチラとフィニの胸を見ていることに気付いた。

「見慣れた。露出狂にいちいち反応していたら喜ばせるだけだぞ」

 そういうと、ヒロトは自分の作業に戻る。


「露出狂って何よ!」

「その通りの意味だと思うけど」

 ユッカが言うと、フィニは口をへの字に曲げて鼻を鳴らした。

「美しいものは人の目に触れなければならないのよ。……まあ、貴女程度の大きさだと、恥ずかしくて人前に出せないのはわかるけれど」


「なっ……!」

 胸元を隠す様に腕を組み、ユッカは距離を取る。

「恥ずかしいのはそっちじゃない! 変態!」

「変態……それはオンリーワンの称号であり、誰にも真似できない者のことを言うのよ。最高の褒め言葉だわ」


 両手で髪をかき上げ、豊かな胸を強調しながら蛇の下半身でゆらゆらと上下に動くフィニは、何故かしてやったりの顔をしていた。

「あああ……」

「あんまり見るな。精神をやられるぞ」

「け、結局、貴女は何の仕事をするのよ。そんな格好で取材に行けるはずもないでしょうに」


 ユッカが叫ぶと、フィニとヒロトは顔を見合わせた。

「何にも教えてないの?」

「自己紹介は自分でやってくれ」

「しょうがないわねぇ」

 ぐい、ととぐろを巻いていた身体を伸ばして応接セットに置かれていた最新刊を手に取ったフィニは、あるページを開いて指さした。


「あたしも取材に行くわよ。記者兼誌面構成を担当しているのよ」

 フィニが指さした場所には“フィニの直撃インタビュー:ゲスト『ガデム始祖魔王さん』”というタイトルがシンプルながら強調されたデザインで印字され、幼い容姿ながら威圧感のある不思議な少年の写真が添えられていた。

 内容としては踏み込んだ質問が多いながらも、驚くほど正直な言葉を引き出しているように読める。


「わかったかしら、新人記者さん?」

「……わかりたくないけど、わかった」

 認めたくないとは思いつつも、記事として面白い内容であることはユッカも認めざるを得なかった。

「自分のもやるけれど、貴女たちが用意した原稿の量を見て、あたしが誌面に乗せるイラストや写真、それに文章の配置を設定しているのよ」


 そう言って、フィニは二枚の紙を取り出した。

「これが構成書面。ざっくり枠を引いて渡すから、そこに入れる写真と文章の整理は記者がそれぞれ自分でやるのよ」

「これが……」

「慣れが必要でしょうけれど、その辺は教育係のヒロトに聞いて」


 そして、もう一枚を指差す。

「台割……ページの順番もあたしが決めるのよ。目を引きやすいグラビアは前の方に。文字数が増える読み物は中盤から後半が基本だけれど、まあ内容次第ね」

 一覧表には表紙・裏表紙の他にページ数が割り振られ、該当ページの内容がメモされている。

「あとはこれを、コポポちゃんに渡せば雑誌が出来上がるわ」


「コポポちゃん?」

「ちょっと、ヒロト! 本当に何も教えてないの?」

 知らないという反応をしたユッカを見て、フィニは相変らず作業に没頭しているヒロトへ向けて声を上げた。

「うるさいな。まだ一件取材と打ち合わせに行っただけだ。そんな暇あるか」


 これから教える、と言うヒロトにフィニは大きく息を吐いた。

「はあ、これだからあいつは……。良いこと、ユッカ?」

「な、なに?」

「あいつは取材や記事の作成()()しか興味が無いの。自分からどんどん質問していかないと、いつまでも仕事を覚えられないわよ?」


 フィニが真剣に注意するが、ユッカはそうだろうか、と疑問を持った。

 メモをする時も取材の姿勢も、聞く前からヒロトは真剣に教えていた。もちろん、教育係として嫌々かも知れないが、それでも情熱は本物だったと感じている。

「どうしたの?」

「いいえ、大丈夫。うん、ありがとう」


 変な子、と言ってユッカは自分のデスクへと向かった。

「コポポちゃんについては、彼女が来たら直接紹介するわね」

「おい、コポポに男女の区別は無いだろう」

「あんなに可愛いんだもの。女の子に決まっているじゃない。それに“付いてない”し」

「わかった、それ以上は口を開くな。編集部の空気が悪くなる」


 メモを整理し終わったヒロトは、ぶつぶつ言っているフィニを放って立ち上がり、再び鞄を肩にかけた。

「また出るの?」

「当然だ。情報を百集めたとして、そのうち一が記事になれば良い方だと覚悟しておいた方が良い。調査・取材が九割、記事作成は一割、だ」


 これから見知っている魔王たちのところへ行って、その口上や勇者などの挑戦者に対してどのように対応しているかを直接見に行く、とヒロトは言う。

「集め終わってから、それぞれのやり方を分類分けしてグラフ化しても良い。あるいは特徴的なものをピックアップしたりするのもありだな。あとは、それらについて人気投票をするのも良い」


「やめてよ。また集計手伝わされるのは嫌よ」

 フィニが横合いから文句をつける。

 言語が違うアンケート用紙を用意するのも、またそれを回収して読むのも結構な苦労を伴う。話すことに関しては、翻訳の魔法でどうにかなるのだが。

「面白いなら、迷わずそうするのが記者の使命だ」


「〆切を考えてよね!」

 アイシャドーを塗りながら叫ぶフィニに向けて「善処する」と返したヒロトは、ユッカに尋ねた。

「で、どうする? ユッカができることは今、三つある」

 右手の指を三本立てて、一つずつ折っていく。


「ここに残ってあの露出狂と一緒に誌面作成の作業をする。今日はもう帰る。そして、俺と一緒に魔王たちの取材に回るか、だ」

 その三種類を聞いたとき、ユッカはすぐに答えを決めた。

 だが、一つ気になることがある。

「帰って良いの?」


「就業時間の決まりが無い職場だからな。フィニが今来たのも、コポポがまだ来てないのも問題無い。仕事さえやればな。普段いるのは編集長だけだ」

「あの人はここに住んでるからねぇ」

 いつの間にかマニキュアに作業が変わっていたフィニが補足する。

「そうなんだ。意外と優しいのね」


 ホッとしたような顔をしたユッカに、フィニは悪い顔で笑い、ヒロトは肩をすくめる。

「何よ、その反応」

「〆切前にわかるわよぉ」

「……そういうことだ。まあ、今のうちに覚悟しておくんだな」

 脅さないでよ、と言ってユッカは置いていたポーチを掴んだ。


「当然、取材についていく。自分がまだ何も知らないのがわかっているんだもの。勉強する機会を逃したくない」

 ユッカの言葉に、ヒロトは微笑む。

「……なによ」

 頬が熱くなるのを感じながら、ユッカは口を尖らせた。


「いや、良い相棒になりそうだと思っただけだ。行こう」

「いってらっしゃい。仲良くね」

 フィニに見送られ、二人は次元の扉へと入り込む。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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