3.ある魔王の悩み(3)
3話目です。
よろしくお願いします。
「……またあんたか」
玉座の前に立ちはだかる魔王グラファン。
その後ろに立っているヒロトの姿を見て、挑戦者のリーダーは苦い顔をした。
「早かったですね」
「三回ここにたどり着いて、なおかつ生還できた者には近道を通る許可証を発行しておる」
年間パスや特別優待チケットなどの概念を聞いた魔王グラファンのアイデアらしい。
「ということは、彼らはそれなりに実力者なのですね」
「馬鹿にしているようにしか聞こえないぞ!」
ヒロトが頷くと、リーダーは声を上げた。
「ひぃい……」
神官の女性が、ヒロトの顔を見てからずっとスタッフを握りしめて膝を震わせている。
「……あの子に何したの?」
「なにもしていない。本を汚されたから、仲間の方はのしたけど。……では、グラファン様。私たちは見学させていただきますので」
「うむ。頼む」
堂々たる肉体を見せつけるように大剣を掲げた魔王グラファンは、口を開いた。
「よくぞやってきた勇気ある者たちよ! 何も知らずにのこのことやってきた身の程知らずだが、その力、その正義感に免じて、苦しまぬようにしてやろう!」
ダンスホールのように広い謁見の間に、低い声が響く。
その言葉の内容を、ヒロトは素早くメモしていく。
「書くの速いわね」
「このくらいは慣れだ。話の中から必要な部分をしっかり聞き出すことができるようになれば、書くことは意外と少ない」
そして同時に頭にも声と情景を叩きこむ、とヒロトは驚いているユッカに説明した。
「同じ言葉でも、その時の表情や声が沈んでいるか弾んでいるか、もしくは手を使って何かの形やポーズを作っていることもある。それを見逃したり聞き逃してはいけない」
ふむふむ、とユッカが頷いている間に、戦闘が始まろうとしていた。
「この世界の自由を取り戻すため! お前を倒す!」
リーダーが宣言すると、魔王は満足げに頷いている。
「ノリノリね」
「両方な」
冷めた目で見ているユッカを尻目に、魔王は再び大音声を上げた。
「お前たち程度の腕でそれが叶うと思うのであれば、試してみるが良い。その命を賭けて!」
「ファイアストーム!」
魔王の言葉が終わる前に、魔法使いの女が火炎魔法を放った。
得意な魔法なのだろう。本来この世界での魔法発動には必要無いはずの魔法名まで宣言し、巨大な炎のうねりが魔王へと向かう。
「はい。一旦止めまーす!」
「ちょっと!?」
強烈な熱をまき散らす火炎の前へと身軽に飛び出したヒロトが手を振ると、業火はあっさりと叩き落され、床の上でじりじりとくすぶるだけになった。
驚いている魔法使いの声を無視して、ヒロトは魔王を見上げる。
「台詞が雑誌に掲載していたのを少し変えただけなのですね」
「流石にわかるか……そうなのだ。どうもわしの部下にはそういう才が無くてなあ」
玉座に座りなおした魔王は、挑戦者たちに小休止を伝えた。
「またか……」
「一体何なのよ、もう!」
戦士と魔法使いが悪態をつき、リーダーは呆然としている。
「もう一つ気になったのですが、彼ら以外の挑戦者に対しても同じセリフを?」
「その通り。一つだけしか用意しておらん」
魔王の返答を聞いて、剣を鞘に戻したリーダーも手を叩いた。
「言われてみれば、毎回同じ言葉を聞いているような……」
「そういうことですか。これは問題ですね」
そう言ってヒロトはむむむ、と口を引き締めた。
「ユッカは、何か気付かなかったか?」
「えっ、私?」
急に水を向けられたユッカは、ヒロトを真似て走り書きをしていた魔王の言葉を見直した。
「ええっと……ああ、この部分ね。“何も知らずにのこのこと”ってところ。何度も挑戦している相手に言うのは不自然……かな?」
「言われてみればそうじゃのう。受付で相手の名前もわかっていることだし」
「受付って……」
自分たちが通ってきた受付を挑戦者も通っているのは知っていたユッカだが、馬鹿正直に名前を書いて入ってきているのか、と呆れた。
「つまり、ある程度のバリエーションが必要なわけです。敵の人数とか性別、戦い方によっても変えた方が良いですね。そうじゃないと、飽きられてしまうかも知れません」
「ヒロトが言っていることも充分におかしい気が……」
「なるほどのう。挑戦者が飽きて減ってしまうのは困る」
ユッカの言葉は無視され、魔王は大きく頷いている。
「一週間程時間をください。他の世界にいる魔王様方の口上を改めて集めてみます。それを参考にしましょう」
「ふむ。それは良いアイデアだ。手間をかけて済まんが、頼む」
「お任せを。その代わり……」
「わかっておるとも。しっかりと定期購読契約は更新するように部下に命じておくとも」
顔を見合わせて怪しく笑う魔王とヒロトに、ユッカは何とも言えない表情で立っていた。
「何やってんだか……」
営業ってこれのことなのか、とユッカが考えている間に、ヒロトは振り返って挑戦者たちの方へ歩き始めた。
「貴女、ちょっと良いですか?」
「あ、あたし!?」
指名されたのは魔法使いだった。
「口上の途中で攻撃しましたが……」
「そ、それが悪いの!?」
卑怯だとでも言うのか、と魔法使いは数十日前に頭部に受けたチョップの痛みを思い出し、涙目で抗弁する。
「いえいえ。それは良いのです。問題は魔王の口上が中断される原因なのです」
「それは、実戦だから仕方ないんじゃないの?」
「いや、できれば互いの口上はしっかりと終わらせておいた方が良い」
ユッカの反論に、ヒロトは首を振る。
「よく考えてみろ。用意していた台詞を全て言う前に、あるいは聞く前に攻撃されて戦闘が始まったとして、その後を」
首をかしげるユッカに、熱のこもったヒロトの言葉が続く。
「折角練習した内容を発揮できず、勝っても負けても微妙な空気が漂うのは明らかだ。しっかりと意見をぶつけて、それぞれの立場を表明してから戦うのは大事なことだ」
「それは理解できる」
リーダーが頷いていた。
「僕も最近、魔王と何度か会ってお互いの考えがちゃんと伝わっていないような気がしていたんだ」
「何を言い出すんだよ、おい!」
「変な影響受けないで、しっかりしてよ!」
戦士や魔法使いに止められたが、リーダーは話を聞いてくれ、と諫めた。
「僕は魔王という強大な存在が、力による支配をしているのはおかしいと言う立場で、モンスターたちを従える邪悪な存在として魔王が存在していてはいけない、と思っている」
「そうであったか。要するに、わしの存在はモンスターを代表する悪のシンボルだと考えておるわけじゃな」
納得した、と魔王は頷く。
「対して、わしの方は単純なものだ。魔王として生まれ、モンスターを統べるのは運命。そしてわしに挑戦する者がいれば、その相手をするのも運命。それだけのことよ」
「隠棲する気はないか?」
「……無い。モンスターだという理由で人間たちに襲われる可能性がある以上、わしはここに座り、挑戦者を待つ」
魔王グラファンと挑戦者が見つめ合う。
「やはり、意見は合わぬか」
「そのようだ。……少し、残念だな」
しんみりとした空気が流れる。
そんな沈黙を引き裂くかのように、ブザー音が鳴り響いた。
「な、何?」
ユッカや挑戦者たちがあたりを見回すと、挑戦者の入口側、高い天井の近くにある窓から、先ほどのヒレ型の耳をした女性が顔を出した。
「魔王様、次の挑戦者が間もなく到着します! 次は新規で六名のお客様です!」
「おお、そうなのか。今日は忙しいのう」
というわけだから、と魔王グラファンは立ち上がり、リーダーから順番に大剣の側面で叩きのめしていった。
「ちょ……」
「雑にもほどが……」
不満を言いながらも、不意を突かれた上に本気で迫る魔王に対して碌に抵抗もできず、再び神官だけを残して全員が気絶した。
「またおいで。次はもう少し改善しておくから」
「……はい」
力なく倒れている仲間を運ぶゴブリンたちに続いて、『退場門』と書かれた扉から神官の女性は出ていく。
その背中は小さく、力なく肩が落ちていた。
「可哀想に……」
哀愁漂う後姿を見て、ユッカは目頭が熱くなるのを感じた。
それは力ある者たちに振り回される、ちっぽけな人間の姿そのものだったからだ。
「私はエルフだけど」
早速に取材に行く、と息巻いているヒロトを見て呟く。
「同じ人間のヒロトより、心情的にはあっちを応援するわ」
直後、ユッカはヒロトに手を引かれて次元の扉を潜った。まずは編集部に戻って調査の準備をするのだ。
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次話は今日中に公開予定です。
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