2.ある魔王の悩み(2)
2話目です。
よろしくお願いします。
※本日22時にプロローグと1話目を公開しております。
未読の方はそちらを先にお読みくださいませ。
魔王グラファン。
とある世界の半分に及ぶ地域を支配し、人間を含めた多くの種族を配下に従える強大な魔王の一人であり、その世界において並ぶものはいないとされている。
一つの町と言ってよいほどの大きさを誇る居城には、モンスターなどを含めた戦闘員や侍女などの非戦闘員を含めて、四十万人がいると言われていた。
「グラファン様にお会いしたいのですが。アポは取っております」
「身分証をお願います」
城の入口には窓口がいくつも並び、その一つに座る女性にヒロトが話しかけた。
「……どうなってるの?」
少々お待ちください、と窓口で尖った耳をした女性が何かの確認のために通信魔法を使っている間に、ユッカはヒロトに耳打ちした。
「この城はでかいだろう? 魔王グラファンは挑戦者を受け入れていて、挑戦者はそれなりの難関があるルートを通ることになっている。そして俺たちのような訪問者もいるから、それぞれで入口が違うんだ」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
受付嬢がいることもそうだが、係員としてたすきをかけたゴブリンたちが入場者を整理して並べていることにも、ユッカの理解が追いつかない。
「いいから、大人しく並べよ。ほら、今も挑戦者が入っていくぞ……と、あの人たちか」
ヒロトは見覚えのある四人組が、受付を済ませて挑戦者専用入口から入っていくのを見た。彼らはこれから、モンスターの襲撃や罠を掻い潜りながら魔王グラファンが待つ城の最奥を目指すのだ。
「知り合い?」
「お客様」
魔王の相手にも売るのか、とユッカが棒立ちになっていると、受付嬢がにこやかに口を開いた。
「お待たせいたしました。グラファンはすぐに応対すると申しておりますので、VIP入口からどうぞ」
言葉と同時に、屈強なゴーレムたちが重い岩石の扉を持ち上げて大きな入口を開いた。
「ヒロト様には特にお世話になっているということで、グラファンは特別に送迎車も用意いたしました」
ヒロトたちのすぐ横に、大量の骨を組み合わせて作ったオープンカーのような乗り物が止まった。運転手は見当たらず、車そのものがモンスターの一種らしい。
これが出てくるのは余程珍しいのか、従業員列や訪問者列に並んでいた者たちから歓声が上がった。
「注目されるの、慣れてないんだけれど」
「歓待されているんだ。我慢しろ」
ヒロトとユッカがいそいそと乗り込むと、いつの間にか受付スペースから出てきた受付嬢が、手に大きな鈴を持って立っていた。
「それでは、出発でーす!」
わざとらしいまでに可愛い声と共に、爽やかな鈴の音が響く。
周囲では別ブースの受付嬢たちが拍手を始め、列の人々もつられて手を叩いていた。
「これは……」
遊園地のアトラクションを彷彿とさせる出発シーンには、流石にヒロトも赤面した。彼が隣を見ると、ユッカも耳を赤くしている。
どこからか音楽が流れ始めると共に、ゴーレムが開いた入口へと車は滑らかに滑り込んでいく。
建物内に入り込み、背後で扉が閉まる重々しい音が聞こえると、広い通路には眩しいほどの燈火が瞬いた。
「魔力を使った灯りみたいね。見える範囲だけでも、相当な手間とお金がかかってる」
感心するユッカは、くるりと首を回してヒロトを見た。
「ところで、ここまでされる程、魔王グラファンに何をしたの?」
「……助言を少々」
これは質問禁止事項ではないだろう、としつこく聞いてくるユッカに、ヒロトはとうとう口を開いた。
「私の方が後輩で部下みたいな扱いになるけれど、隠し事はなるべく無しでお願いしたいわ」
「わかった、わかった。……魔王グラファンからは、定期購読を十冊ずつやってもらう代わりに、絶えない訪問者の整理方法について助言を求められたんだよ」
久々の大口契約に狂喜したヒロトは、徹夜で頭をひねり、多くの訪問者を分類ごとに分けて受付をする方法を考え、整理は大型テーマパークを参考にした案を出した。
工事を伴う大掛かりなものであったが、以降は非戦闘員が挑戦者に襲われることもなくなり、挑戦者と商用などの訪問者が住み分けできるようになった。
商人たちも危険な場所を通らずに済む道ができ、リスク軽減がなされたことで城内運営に関する仕入れ費用が二十パーセントは下がったという。
「それって、編集者とか記者の仕事と違うんじゃない?」
「何を言う」
ぐぐっ、とヒロトは右の拳を握りしめた。
「全ての読者のために、特に魔王という肩書を持つ人々が、快適に魔王ライフを過ごすための一助となるのが『月刊・魔王』の勤め! この程度のアフターサービスは当然だろう! 成功例として記事にもできたし、一石二鳥だ」
「本音は?」
「たくさん買ってもらえたから調子に乗った」
「ぷっ」
「笑うな」
そのまま、無言の二人を乗せて明るい通路を車は進む。
長いスロープがぐるぐると回りながら大きな城の中を登っていく構造になっているようで、幾度か回りながら、通路の途中に設えられている窓から、どんどん高さが上がっているのが分かった。
「……なんか、気持ち悪い」
「乗り物酔いだな。高さからしてもう少しだろうから、我慢しろ」
そうして到着したところで、また別の係員女性がお辞儀をする。一見すると人間のように見えるが、耳は魚のヒレのようになっていて、手にも水かきが見える。
「水の中じゃなくて大丈夫なのかしら……」
「こら! ……失礼しました。グラファン様にお会いしたく参上いたしました。月刊魔王の記者でヒロトと申します。こちらはユッカです」
伺っております、と出迎えた女性は微笑む。
「こちらへどうぞ。グラファンはヒロト様のご来訪を歓迎しております」
大きなバスターミナルのような構造の場所から、案内についてドアを一つ潜る。するとそこは高級ホテルのような雰囲気へと一転する。
毛足の長い絨毯が中央を走り、足音は全てかき消される。
「足音がしないというのは、防犯的には問題なのではありませんか?」
ユッカが尋ねると、ヒロトはすぐに肘で突いた。
「何よ、これも失礼な質問?」
「そうじゃない。聞くならメモをしろ」
そう言うことか、と合点が言ったユッカが慌ててポーチからペンとメモ帳を取り出すと、案内の女性はにこやかに答えた。
「城内の各所には監視のための人員が隠れております。誰かが通ればすぐにわかりますし、連絡や防衛についても訓練をしております」
何度も答えたかのように、すらすらと答えるのをユッカは懸命にメモをしていく。その手元はたどたどしいが、情報を聞き逃すまいとする姿勢はヒロトの目に好ましく映った。
「グラファンはこちらでヒロト様をお待ちしております。どうぞ」
女性はノックもせずに扉を押し開く。先ほどの話の通り、ヒロトが来ていることはグラファンに事細かに伝わっているのだろう。
中に入ると、そこは謁見の間ではなく、友人同士が語らうような落ち着いた談話スペースだった。
部屋はホールのように広く、使用人たちが酒や料理を抱えて待機している。
その部屋の奥に、他の調度品とはサイズが段違いに大きな椅子とテーブルを使い、バケツのように大きなグラスを傾けている人物がいた。魔王グラファンだ。
「おお、ヒロト殿か。よく来てくれた!」
気色を浮かべて立ち上がると、その体躯の大きさがさらに迫力を持って伝わってくる。
五メートルはあろうかという長身に筋骨隆々の肉体は、マントでも隠しきれていない力強さを放つ。
「先日は、お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」
深々と頭を下げるヒロトに倣い、ユッカも頭を下げた。
「いやいや、あれもわしの怠慢が生んだ結果であるし、一冊とはいえ『月刊魔王』が売れて良かったではないか。あれからわしもしっかり台詞を憶えて、今ではすらすらと口上を述べてから戦闘に入れる」
「そう言っていただけると、ご協力させていただいた甲斐がございます」
促されるままに二人が魔王の向かいに座ると、スライムが人型になっていると思しき使用人がそっと近づいてきた。
「ヒロト殿はブラックコーヒーだったな。そちらのお嬢さんは、どうするかね?」
「あ、じゃあ、同じものを」
ユッカの答えを聞いて、スライムはするすると離れていった。
「それで、本日は取材をさせていただけると伺ったのですが」
「そう、そのことよ」
魔王は巨大なグラスを置き、ヒロトに向かって顔を突き出すと、眉を寄せた。
「この城もヒロト殿のおかげで整理ができて、わしも余裕ができた。挑戦者も増えて身体が鈍ることも無い」
良いことばかりだが、と前置きして、魔王グラファンは「一つ問題がある」と言った。
「それについて解決の協力をしてもらいたい。以前と同様、それを記事にすることを許可するということで、どうだ?」
「内容を伺いましょう」
「それがな……生き残って複数回挑戦する者たちが出てきて、名乗り口上が前と同じであることに首をかしげる者たちがでてきてな」
背もたれに巨体を預けて大きな音を響かせた魔王グラファンは、腕を組んでため息を吐いた。
「正直、わしも飽きて来た。ここは一つ、相手に合わせて数種類の口上を用意したいと思ってな」
一緒に考えて欲しい。それが魔王グラファンの依頼だった。
お読みいただきましてありがとうございます。
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