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『月刊・魔王』編集部  作者: 井戸正善/ido
弱気竜と美人秘書
23/23

22.弱気竜と美人秘書3

三話同時更新の三話目です。

 訓練は昼も夜もなく続く。

 日中は巨体を誇る如何にもドラゴンという見た目のモンスターが我が物顔で歩き回り、飛竜の類いも隙あらば地上の獲物に食らいついてやろう、とぐるぐる飛び回っている。

「うわあああ!」

「こら、逃げるな! 戦え!」


 右から敵が来たら左へ、左から来たら右へ逃げ、空から来たら転げ回って地面に潜り込もうとするモンスターたちをヒロトは叱り飛ばしながら無理矢理戦闘へ参加させる。

「ひゃああ! 怖い~!」

 ホーネンだけでなく、他のモンスターたちも複数で協力すれば対抗できない相手ではないはずだが、どうにも相手ドラゴンの怖さと戦闘への忌避感の方が勝ってしまうらしい。


 ヒロトが決定的な攻撃だけは弾き返しながらホーネンたちが戦うように檄を飛ばすものの、回避の動きはしても攻撃へは転じない。

「ぐぬぬ……」

 まる一日そうしていたが、一向に進歩が見られない状況にヒロトもとうとうしびれを切らした。


「体力をつける訓練をする! もう少し自分の力に自信がつけば、多少はマシになるはずだ!」

 と、ヒロトは森の一角にある少し開けた場所で夜営を始めたホーネンたちを前に宣言した。

「マジで? 何するんスか?」

 あからさまに嫌そうな顔をするホーネンに、ヒロトは走り込みと筋力トレーニングを説明していく。


 彼が大木の幹に張り付けた予定表には、早朝からランニングが始まり、身体が暖まったところで腕立てや腹筋などの筋力トレーニングへと以降、午後からは組手をやり、その後は食料となるモンスターを狩る時間となる。

「大丈夫かしら?」

 不安そうな声をだすカネーアに、ヒロトは「問題ない」と返した。


「本来ならこの谷で生き抜くのに充分な力がある。戦うための意識付けさえできれば、問題ないはずです」

「そっちもだけれど、あの子のことですよ」

 カネーアが指差した先には、木の幹に背中を預けたまま眠りこけているユッカの姿があった。


 半日の間、ずっとドラゴンたちから逃げ回りながら記録をつけていたので疲れているのだろうが、よだれを垂らして眠る彼女の周囲には、夜行性の小型ドラゴンが音も無く近づいていた。

「危ない!」

 慌ててユッカの近くへと駆け寄ったヒロトが、首を伸ばしてきたドラゴンを殴り飛ばして一撃で絶命させるのを見ながら、カネーアは笑っていた。


「流石は複数の世界を救ったひと。素晴らしい腕ですわね」

「……ご存じでしたか」

 ヒロトが苦い顔をするのを、カネーアは意外そうに目を見開いた。

「あら、ひょっとして……」

「秘密にしておいてください。うちの編集部は、そういうルールなんで」


「それじゃあ、私のことも秘密にしておいてくださいね?」

 わかりましたよ、とヒロトは殴り殺したドラゴンを食料にするため血抜きをしながら肩をすくめた。

「物分かりの良い人って、好きよ」

「それはどうも」


「淡白な反応ね」

「貴女の正体を知っておりますから」

 ヒロトが笑うと、カネーアも微笑む。

「本当、ヤリにくい人」



 翌朝、ホーネンはさておいても、部下のモンスターたちには疲労の色が見え始めている。

「まだまだ始まったばかりですよ」

 ヒロトはいつも通りの敬語に戻ってはいるものの、言葉の内容は厳しさが抜けない。

「でも、ここのモンスターたちも別に悪いことをしたわけではないッスよね……」

 どうやらホーネンは、このエリアにいるモンスターたちが可哀想になってきたらしい。自分たちの訓練の為に犠牲にしてしまって良いのか、などとのたまい始めている。


 竜の谷に生息するドラゴンに比べても、魔王大竜と呼ばれるだけあって、ホーネンは最上位クラスの実力がある。

 それだけにそんな考えをする余裕もあるのだろう。

 しかし部下たちはそうはいかない。

「もういやだぁ!」

 と、悲鳴を上げるオークが駈けずり回っていた。その後ろには餓えた小型ドラゴンが群れで追いかけ回しているのが見える。


「ちょっと待っててね、ヒロトっち」

 そう言い置いて、ホーネンはオークと小型ドラゴンたちの間に割って入り、「まあまあ」などと言っている。

 ホーネンが差し出した果物に首を傾げていた小型ドラゴンたちだったが、相手が自分よりもはるかに強いのはわかるのか、オークたちを追うのを止め、森の奥へと消えて行った。


「ね。話せばわかるんスよ」

「今のは違うでしょう……」

 とはいえ、多少なり部下モンスターたちも戦闘には慣れ始めている部分もあった。逃げ回っているだけでは餓えるのだから、戦って肉や果物を手に入れなければならないのだ。

 ホーネンは部下たちに食べ物を分け与えようとするが、部下の方が遠慮してしまう。


「もうひと押しが必要だな」

「でしょ。それで考えたのだけれど、ちょっと良い?」

「ユッカか……ん? なんだそれ?」

 ユッカの金髪に見慣れない髪飾りを見つけたヒロトが尋ねると、彼女は満面の笑みを見せた。


「これ、カネーアさんに貰ったの」

 えへへ、と指差した髪飾りは、一枚の気から削り出した精緻な彫刻のようで、複雑に絡み合ういくつかの輪に髪を通すことで、独特のポニーテールが作れる逸品らしい。

「エルフなら金属よりもこういう自然の素材を使ったアクセサリーが似合うからって。ねえ、カネーアさんって結構良い人ね」


 さらには髪の手入れの仕方やメイクについても色々と教わっており、昨夜から長いこと話し込んでいたらしい。

「ユッカ、お前現金な奴だな……」

 主に胸のことで一方的に敵視していた相手だったはずが、あっさりと懐柔されている様子を見て、ヒロトはがっくりと脱力した。


「それで、二人で話していた時にちょっと思いついたのだけれど……彼らにやる気を出させる方法があるのよ」

「やる気?」

「そう。カネーアさんと二人で考えたのだけれど、彼女なら問題無いと思って」

 嫌な予感を覚えながらも、ヒロトは内容を聞いた。


 そして、ユッカとカネーア二人の強い要望により、その案は実行されることになる。

「名づけて、“囚われのお姫様を救うのは貴方”作戦ね」

 何故だかノリノリのユッカから目を逸らすと、ヒロトを左右から挟むようにしてカネーアの姿があった。

「楽しそうでしょう? それとも、わたしのことが心配?」


「そんなもの、貴女には必要ないでしょう」

 ヒロトが冷たくあしらうと、ユッカは口をとがらせて不満をぶつける。

「ちょっと! カネーアさんに失礼じゃない? ヒロトはもう少し女性の扱い方を考えてよね。この前だって……」

「あら、やっぱりそういう関係なのね」


 カネーアはにっこりと微笑み、ここぞとばかりに放たれるユッカの不満に辟易しているヒロトから離れ、向かい合うように立ち位置を変えた。

「勘違いしないでくださいよ」

「そうですよ、カネーアさん。私はヒロトと同僚なだけです」

「後輩だ。多少は先輩を敬う気持ちを見せてくれ……それより、いつから始めますか?」


 ユッカの顔を押さえたヒロトから尋ねられ、カネーアは頷いた。

「今すぐ。準備は任せて」



「誰か! 誰か助けて!」

 絹を裂くような悲鳴と共に、竜の谷へと響き渡った助けを呼ぶ声。

「っ! ヒロトっち!」

「はい。わかっています。あっちでしょう!」

 食事のために集まっていたホーネン達に、ヒロトは声が聞こえて来た方向を指差した。谷に反響したせいで声の出どころはわかりにくいのだが、元から場所を知っているヒロトには関係ない。


 ヒロトに言われるがままホーネンや部下のモンスターたちが向かうと、鬱蒼とした木々を抜けた広場に、カネーアの姿があった。

「た、助けて……」

 力なく四肢を投げ出しているカネーアの身体は、モンスターが伸ばした触手にからめとられていた。


 蔦が絡まりあってドラゴンのように形を成したモンスターだ。竜の口の内側には牙というよりトゲというべきものが並び、その奥からはしゅうしゅうと音を立てて得物を溶かす酸が見え隠れしている。

 非常に危険な植物系のドラゴンなのだが、カネーアの豊満な身体が触手にみっちりと縛り上げられ、さらに強調されている姿は形容しがたい淫靡さがある。


「エロ……いや、カネーアちゃん!」

 ホーネンが何かを言いかけたことに、ユッカは彼では無くヒロトへと目を向けた。

「なんだ?」

「この非常時に……男って……」

「一緒にするな」


 カネーアの演技も“クサい”が、ホーネンたちはすっかり騙されていた。

「このまま、彼らが発奮してくれたら……ええ?」

 手を出しあぐねているホーネン達の前に、ドラゴンの足元から小型の植物モンスターがわらわらと土から這い出て来た。

 それぞれは大して強くはないが、集団となるとホーネンの部下たちでは練度的に厳しい。犠牲者が出る可能性も高い相手だ。


「やりすぎだ!」

 何を考えているのか、とカネーアを見たヒロトは、俯いた彼女の口元がうっすらと笑っているように見えた。

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