21.弱気竜と美人秘書2
三話同時更新二話目です。
「あらあら、まぁまぁ!」
とにもかくにもホーネンと話をして対応を決めないと早晩全滅するだろう、と踏んだヒロトとユッカ。
二人がホーネンのもとへと戻ると、一部の傷ついたモンスターたちを前に、一人の女性が頬に手を当てて悲しそうに首を振っていた。首を振る度に豊かな髪と豊かな胸が揺れる。
「みんな、こんな大怪我を負うなんて! そんなに頑張らなくても良いじゃない!」
女性が叫ぶように言うと、ユッカはぐるりと首を回してヒロトへと目を向けた。発言の内容もそうだが、美貌にホーネン以下モンスターたちがデレデレとしていることにも苛立ちを覚えたのかも知れない。
「そういえば、ユッカには誰もあんな反応はしなかったな。やっぱりむ……」
「む……?」
冷たい視線が自分へ向いたのを察して目を逸らしたヒロトは、ホーネンのところへと近づこうと足を踏み出した。
「説明して。彼女はなに?」
裾を掴まれて引き留められたヒロトは、しっかり話を聞かないと納得しないだろう、と持っていた鞄から今月号の『月刊・魔王』を取り出した。
「ユッカも見たはずだぞ。この人だ」
見た目に反して人間じゃないけれど、とヒロトが指差したのは巻頭グラビアだ。
「魔王の副官……カネーア?」
グラビアにはキリッとした表情で魔王大竜ホーネンに報告を行う姿や、モンスターたちの前に立って語る姿が写っていた。
ぴったりとしたミニスカートタイプのスーツは豊満な身体のラインを隠すどころかむしろ強調しているようですらある。紫色の妖艶な瞳を持つカネーアは、物腰も優しくホーネン以下モンスターたちにも人気が高いらしい。
ヒロトの説明を聞いて、ユッカは嘆息する。
「人気の秘密は、何も胸だけじゃなさそうね」
先程から、モンスターたちを前にカネーアは甘やかすような発言を繰り返している。
「敵が強いなら逃げなくちゃ。たった一つの命だもの。あら、貴方は血が出ているじゃない。大丈夫?」
かすり傷程度で滲むほどの血が出ている部下に、甲斐甲斐しく布を当てて寄り添う。その優しさにモンスターといえど感動するらしい。
「その程度、かすり傷でしょう。唾でもつけておけば治るわ」
「あら、貴女は?」
我慢できずにユッカが声をかけると、カネーアはにっこりと笑って前に立つ。
至近距離で向かい合った二人は、カネーアの方が頭半分ほど身長が高く、胸のサイズは比較にならない。
つき出すように胸を張っているカネーアに対し、ユッカも負けじと背伸びをするかのようにして視線を合わせた。
「月刊・魔王の記者ユッカよ。さっきから聞いていたけれど、あんまりだわ」
「あら、なにかご不満のようですね」
ユッカが何かを言おうとしていることに気付いて、ヒロトは止めようとしたが遅かった。
「不満よ。ここのモンスターたちは自分たちの王や居場所を守ろうって気概が全然感じられないわ。彼は相手に届きもしない場所から目を閉じて剣を振っていたし、その彼はそれすらせずに逃げ出した。自分達がなんのためにここにいるのかわかってないとしか思えない!」
ユッカの言葉にホーネンも頷いていた。
「確かに、守ってもらえないのは困るッスね」
情けないことを言うホーネンに対し、ユッカと同時にカネーアも厳しい視線を向ける。
「魔王様、何を言っておられるのですか? この子たちは貴方の子供のようなものではありませんか。それを犠牲にしても良いと言うのですか?」
「えっ、いや、そういうわけじゃ……」
「責任者として強いモンスターを育てたり罠を作ったり、配置の工夫をして敵を撃退するものでしょう。犠牲とかそういう話にすり替えないで」
うろたえるホーネンを尻目にユッカがさらに語気を強めた。
「まあ、罠だなんて恐ろしい! もしこの子たちが間違えて罠にかかってしまったらどうするのですか!」
「そうならないようにしっかりと訓練するんでしょうが!」
「モンスターというのは本来自由に生きているのです。ただでさえこんなところで働いてくれていると言うのに、さらに訓練なんて!」
「こんなところ、って……オレの家なんだけれど……」
カネーアの言葉に傷ついたホーネンは、助けを求める視線をヒロトに向けた。
肩をすくめたヒロトは、ため息混じりの言葉を吐く。
「ホーネン様。貴方と一緒に部下の主だった者たちだけでも訓練をしましょう。正直に言って、このままだと全滅しますよ」
「ぜ、全滅……」
迷いに迷ったホーネン立ったが、結局はヒロトの提案を受けることにした。
彼としても、このまま部下たちを失って終わりたくはないのだろう。そして、カネーアも一歩進み出る。
「わたしも参加します。魔王様やこの子たちばかりに苦労はさせられませんもの」
最終的に、ホーネンとカネーア、そして約五十名のモンスターたちがヒロトによる訓練を受けることになった。
「それで、ここでもう始めるの?」
手伝いを申し出たユッカに、ヒロトは転移門を開きながら首を答えた。
「俺が昔、訓練のために籠っていた場所がある。そこへ行こう」
大きく開かれた門へと、ホーネンが巨体を折り畳むようにして入っていく。それに続くモンスターたち。そして、最後にカネーアが残った。
「うちの子たちは繊細なんです。あまり厳しいのは困りますわ、ヒロトさん」
ヒロトの腕を取り、服の上からでも弾力がわかる柔らかな胸を押し付けるカネーア。
「ちょっと!」
困惑気味ながら振りほどこうとしないヒロトの代わりに、ユッカが両手を使って無理矢理カネーアを引き剥がした。
「あんたも抵抗しなさいよ!」
「いや、しかしなぁ……」
歯切れの悪いヒロトの態度に、ユッカは不満げに頬を膨らませた。
「胸!? やっぱり胸なのね!?」
「落ち着けユッカ。とにかく、カネーアさんもどうぞ門を潜ってください。……急がないと、向こうで早々に戦闘になっていると思いますから」
「戦闘?」
☆
「ねぇどうなってんのコレ! ちょっと、ヒロトっち!?」
大きな身体で地面を揺らしながら暴れまわっているホーネン。その周囲では彼の部下であるモンスターたちの他に、何頭ものドラゴン系モンスターがひしめいていた。
ドラゴンたちは突然現れたホーネンたちに対して驚きはないようで、新たな餌が現れたといった反応を見せている。ようするに、食らいつこうとしていた。
「ぬおおっ!?」
同じドラゴン系ではあるが、理性があるホーネンと違い、ここにいるドラゴンたちは人語を解すどころかコミュニケーションなど考えることもない。とにかく目の前にいる獲物を食らうことに必死だ。
一体のドラゴンが大きな口を開いてホーネンへと襲いかかる。まるで亀のようなフォルムだが、決して鈍重では無い。むしろホーネンですら戸惑うほどの俊敏さで、鋭いくちばしでホーネンの身体を削り取ろうとかじりついてくる。
「おっと。あいつの相手はまだちょっと厳しいか」
亀型ドラゴンとホーネンの間に割って入ったヒロトは、文字通り首を伸ばしているドラゴンの顎を横から殴り付け、昏倒させた。
「こいつは防御が硬くて手強いが、肉は美味いんだ」
続けて周囲に集まっていた敵を一掃し、手についた埃を叩き落として振り返ったヒロトは、呆然としているホーネンたちへと声をかけた。
「ここは『竜の谷』と呼ばれる場所で、名前の通り強力なドラゴンたちがそこらじゅうにいる。今日から……そうだな、五日くらいここで訓練を行う」
ホーネンをはじめとしたモンスター軍団から不満が漏れるが、ヒロトはあえて無視する。
彼らの問題は精神面にあって、戦闘能力そのものは問題ないはずだ。昼夜問わず強制的に戦わされるこの地で、否応なしに敵の命を奪い、喰らうことで彼らも精神的にタフになるだろう。
「で、ここは何なの?」
「さっき説明しただろう」
ユッカの質問にヒロトが答えるが、そうじゃない、とユッカは首を振る。
「どうしてこんな場所を知っているのか、ということよ」
「ああ、なるほど」
質問の意味は理解した、とヒロトは谷を取り囲む山々を仰ぎ見て、その中でも特に峻険であるのが人目でわかる、鋭くとがった山を指差した。
「俺はあそこで修行をしていて、その〆の場所がここだったんだ。敵は大量にいて、すべて間違いなく強い。ホーネンが緊張する相手を大量に用意するにはもってこいの場所なんだよ」
絶句するユッカを尻目に、ヒロトはホーネンたちに指示を出した。
「まずは食料確保だ! 全員五人一組になって獲物を捕まえてこい!」
ドラゴンを殺して食べるなんて可哀想だ、という言葉も出てきたが、ヒロトはさっくりと無視した。
「捕まえないと飯抜きだぞ!」
追いたてられるようにして走り始めたモンスターたち。
中にはホーネンもいたが、彼はグループではなく一人で獲物を捕まえるように言われている。
「さて、俺達も行こうか」
ヒロトはユッカを伴って動き始めた。ホーネンや部下のモンスターたちがうっかり死なないように、監視しなくてはならない。




