1.ある魔王の悩み(1)
※Prologueを同時公開しておりますので、そちらを先にお読みくださいませ。
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今月の『月刊・魔王』は!
・グラビア:戦闘中も気になっちゃうかも? 女魔法使い特集!
・一手御指南:罠の位置、ちょっと工夫でこの効果
・決戦バト論:テーマ『手下の機械化 あり? なし?』
・フィニの直撃インタビュー:ゲスト『ガデム始祖魔王さん』
・連続小説『追憶 第38話:悲恋の行方』
etc…
「新人ですか」
月刊・魔王の編集部は、とある世界の田舎町にひっそりと建っている一軒家だ。
次元移動ができるヒロトが出社すると、準備中に編集長から呼ばれた。
「うむ。“オーナー”が連れて来た人員なんだが、私からは簡単に編集作業と雑誌の内容について教えておいた。今日から取材と営業に同行させてくれ」
「あのオーナーがですか……」
「不服かね?」
トロール独特の歯並びの悪い口元から、渋いバリトンの声が響く。編集長はトロール族としては異例の頭脳派であり、欅で作られた重厚なデスクの上で手を組み合わせ、丁寧に手入れされたダークスーツを着ている。
対して、ヒロトの方はスキニージーンズとぴったりしたTシャツを着て、細身のライダージャケットといういで立ちだ。
「不服なんて。ただ、急な話でしたので」
そう言いながらも、ヒロトの目には不満が浮かんでいる。
「ヒロト……。お前がオーナーに対して思うことがあるのはわかっている。だが、新人には関係のないことだ」
「わかっています」
「まして相手はレディーだ。充分に注意したまえ」
「……レディー?」
両手の人差し指を向けてにやりと笑ってから、編集長はデスクにある電話の受話器を取り、内線をつないだ。
「私のデスクへ。君の先輩と教育係を紹介する」
「編集長」
「これは業務命令だ、ヒロト。お前もこの仕事について五年。そろそろ後輩がいても良いだろう」
受話器を戻し、編集長が小さなため息と共にヒロトをなだめる。
「我々の目標は……」
「出版五千部達成です」
言葉をかぶせるヒロトに、編集長は肩をすくめた。
「その通りだ。そのために多少強引な営業も悪くないだろう。お前がいた日本という世界の法はここには通用しない」
「日本は国の一つで、世界全体ではありません」
「細かいことは良い。数多くある異世界を渡れるのは“今のところ”お前だけだ。気負うのは仕方ないが、もっと落ち着いて、肩の力を抜いて仕事を楽しめ」
自分は仕事を楽しんでいる、とヒロトは反論しようとしたが、一人の女性が編集長のスペースへ姿を見せたことで、口を閉じた。
美しい、と振り向いて彼女を見たヒロトは素直な感想を持った。言葉にはしなかったが、数秒見とれてしまったことは編集長にも本人にも気づかれた。
「何か?」
「いや、エルフを久しぶりに見たもので。失礼しました」
視線を戻すと、編集長がにやりと笑っていた。
「ユッカ君だ。ヒロト、ちゃんと挨拶をしたまえ。レディーに失礼だぞ?」
「わかっています」
いつかやり返してやろう、と編集長を一睨みして、ヒロトは再びユッカへと向き直った。
「営業兼編集のヒロトです。よろしく」
「黒い髪に黒い目……珍しいけれど、どこの出身かしら? ああ、敬語はお互いにやめにしない?」
長く腰まで伸びた輝く金の髪。そして青い瞳から受けるのはみなぎる自信。美しさを強調するような白磁の肌に、ピンク色の唇がつやつやと輝いている。
OL然としたタイトスカートのスーツが、スレンダーな身体に良く似合っていた。
「わかりました……いや、わかった。それと、出身に関する質問は、この編集部ではNGだ。俺だけじゃない。他の誰にも」
「その通りだ。編集部の決まりはいくつかあるが、一番大きなのはその点だな」
ヒロトの言葉に、編集長も頷く。
「……じゃあ、あの小さな女の子については」
「オーナーについては、触れない方が良い。変に探りを入れても、碌な目には遭わない」
「そう、それが二番目に大きな注意点だ」
タイトスカートを広げるようにして足を広げて仁王立ちになったユッカは「了解」と肩をすくめた。
☆
「考えるべきは目標だ。聞いているだろう?」
編集部で隣同士の席に座ったヒロトとユッカは、取材に出る準備をしながら話をしていた。他の編集部員はまだ来ておらず、それぞれへの自己紹介は後になる。
「『月刊・魔王』を月に……この世界の基準で三十日に一冊でるのを、五千部コンスタントに売れるようにする、というやつね」
その話は聞いている、とユッカは頷く。
歩き回ると聞いて、彼女は椅子に座ったままヒールの高い靴から動きやすいシューズへと履き替えていた。
「今の平均部数を聞いてないんだけれど」
「……二千五百弱」
半数ね、とユッカは苦笑する。
「これでも、五年前に編集長と始めた時から積み上げてきた数字だ。当初と違って魔王以外にも売るようになったから、売上の伸びは良くなっている」
「あの女の子……オーナーに言われて始めたのね?」
「過去の詮索は……」
「それくらい、良いじゃない」
「……魔王向けの雑誌をやろうと提案したのは俺だ。それ以上は聞くな」
鞄に取材のための道具と販売用の最新刊を数冊入れて、ヒロトはひょい、と肩にかけた。
「でも、面白いと思うわ。この本」
編集長に渡されていたのだろう。ユッカはまだほとんど何もないデスクの上に置いていた最新刊に触れた。
「だろう? 特にこの“手下の機械化”については五十人以上の魔王に話を聞いて回って、中には俺の話で導入を決めたり、今月号を読んで興味を持ったなんて感想もあるんだ!」
ヒロトはユッカが触れていた雑誌を広げ、“決戦バト論:テーマ『手下の機械化 あり? なし?』”という表題のページを指した。
興奮気味に話すヒロトは、先ほどまでの冷静な雰囲気はどこかへ消えている。
「あの……」
顔が近いことに赤面しながらも、ユッカはヒロトが指定しているページについて思い出していた。
細かい点まで言及していて、機械関係はまったく詳しくないユッカでもわかりやすく整理されていた。図面も丁寧に描かれている。
「この仕事が気に入っているのね」
「う……まあ、そういうことだ」
自分が興奮してまくし立てていることに気付き、ヒロトは顔を離して立ち上がった。
「私も、この仕事を好きになれそうね。ヒロトがそんなにのめり込むくらいだもの」
「ぜひそうなってくれ。仕事が楽になるなら、大歓迎だ」
ただし、とヒロトの表情が厳しいものに変化する。
「俺はこれだけ全霊をかけて本を作っている。できれば、雑誌以外でも連載小説を単行本化したり、少しアプローチを変えた別冊を作りたいと思っている。それは編集長も同じだ」
ごくり、と固唾を飲み、ユッカは頷いた。
「お前の能力がどういうものかは後で良い。ただ、この仕事や作った本を馬鹿にするような真似はやめろ」
「わかってる。私だって、暇つぶしや物見遊山でここに来たわけじゃないもの。役割を果たす……貴方も、みんなも同じでしょう?」
ユッカも立ち上がり、少し背が高いヒロトの目をまっすぐに見据える。
「……その通りだ。良し、話は切り上げてそろそろ行こう。今日は会う約束をした人がいる」
「どんな人?」
ポーチを肩にかけたユッカが問う。
「水と食料が豊かな世界で魔王として君臨し、世界の半分を手中にしている人物。魔王グラファンだ」
「なんだか、怖そうな人ね」
「……まあ、会えばわかる」
答えを濁し、ヒロトは空間を歪めてグラファンがいる世界へと入口をつないだ。
「これが、貴方の能力なのね」
噂には聞いていた、とユッカは初めて見る次元間移動の魔法に目を見開いていた。
「私がいた世界には、こんな魔法は無かったわ。……貴方、本当に何者?」
「聞くな。そういう決まりだと言っただろう?」
ヒロトに手を引かれ、ユッカは恐る恐る歪んだ入口を潜った。
お読みいただきましてありがとうございます。
不定期更新予定ですが、一エピソード単位でなるべく連続更新します。