18.機械とダンジョン(8)
18話目です。
よろしくお願いいたします。
「それで、一体何が起きた?」
「うむ。そろそろ攻略予定というのをヒロトから聞いたので吾輩は魔王ミハマンやミハル殿と茶を楽しみながら踏破を待っていたのだが、気付けば身体がしびれていて、倒れると同時に強烈な睡魔に襲われてしまった」
かすむ視界には、テーブルに突っ伏している魔王ミハマンの姿が見えたとジョージは言う。
「ミハル殿の姿は見えなかったな」
「茶を用意したのは?」
「ミハル殿が手ずから淹れていた……と思うが、何しろ茶が入ったポットとカップが乗った盆を抱えて奥から出て来たところしか見ておらん。おのれ、ミハル殿が……」
人狼形態へ変身したジョージは、悔しそうに歯を食いしばっている。
「でも、それって……」
「ユッカ、言うな」
四足で走るジョージの上にのるユッカが何かを言おうとしたが、ヒロトが止めた。
「推測をするのは重要だが、口にするべきは真実がわかってからにするべきだろう」
それが記者としての務めだ、と続ける。
「……わかった」
ぎゅ、とユッカが力を入れてジョージの首筋の毛を掴む。
「痛い、痛い! もう少しソフトに掴んでくれ!」
「ナイフで刺されても平気なくせに!?」
「刺されるのは平気だが、毛皮を引っ張られるのは耐えられん! なんというか、こう……思い切りやられるのは問題ないが、チリチリ痛いのは駄目なのだ!」
理由がわからん、とユッカが反論しようとしたところで、ジョージは突然立ち上がった。
「ひゃあっ!?」
後ろ向きに転がったユッカが二回転ののちに立ち上がると、ヒロトとジョージが立ち並ぶ前に一人の女性が立っていた。
「やっぱり……」
ユッカが呻る。その女性はユッカの予想通り、ミハルだったからだ。
「ミハル殿!? ご無事であったか!」
「まて、ジョージ!」
「ぎゃん!?」
思い切りヒロトがジョージの背中を掴む。ユッカとはけた違いの握力で握られた毛がぶちぶちと抜け、ジョージは悲鳴を上げた。
「少し落ち着け。彼女は倒れているわけでも拘束されているわけでもない。不自然だと思わないのか」
「痛たたた……。では、操られているとでも言うのか? み、ミハル殿!?」
「いいえ。私は正気ですよ」
ミハルは『週間・はじめての機械人形』のバインダーを小脇に抱え、ニヤリと笑った。
「お父様は温い! この技術があればもっともっと素晴らしい機械兵と機械人形が作れる! そうすれば……そうすれば、貴方方に頼る必要などないのです!」
「なんと! ……ん?」
最初は機械兵製作者の自分を指していたのかと思ったジョージだったが、ミハルの視線が少しだけ横にずれていることに気づいた。
「え? 私ですか?」
ミハルの指はまっすぐヒロトへ向けられている。
困惑するヒロトに、ミハルは舌打ちをする。
「自覚も無いのですね……問題はこの雑誌です!」
バインダーに挟んでいたらしい雑誌は、先日ミハマンに手渡した最新号の『月刊・魔王』だった。
「はじめての機械人形を購入した時点で、貴方方との協力は特に必要なかったのです! このような雑誌など、解約すべきでした!」
「いや、しかしですね……」
「言い訳は聞きません! 高価にもほどがあるし、内容は低俗じゃないですか! 何が女幹部ですか! こんな……」
グラビアを開き、ボンテージ衣装のきわどい服を着た美女のページを指差し、ミハルはさらにヒートアップする。
「こんな痴女の姿絵なんて掲載して! お父様はこれを見て、わたしを見て、それから婿がとれるかの心配を話したんですよ! こんなもの有害です!」
「そこはそれぞれの魔王様のご家庭の事情ですし……」
初めてのタイプのクレームに、ヒロトは言葉に迷っていた。変に口を開けば、余計にミハルは激高するだろう。
ユッカは焦りながらもペンを走らせ、ヒロトの隣にいたジョージは、泣いていた。
「その通りだ!」
「お、おい?」
突然同意を表明したジョージは、拍手をしながらミハルへ向けて大きく頷いた。
「吾輩も同じことを考えていた! 記事の種類を増やしたいのはわかるが、どうにも浮ついた内容が多い気がするのだ! もっと機械兵の構造や運用について研究すべきであり、有用な情報を増やすべきなのだ!」
「ジョージ……さん?」
びっくりしているのはミハルも同じだったが、ジョージが味方に付くと分かった途端に笑顔が戻る。
「そ、その通りです! このような雑誌ではなく、もっとこの機械人形に関する情報を出すべきなのです! くだらない女性の絵姿など不要です!」
「そうだ、そうだ!」
素早くミハルの隣に移動したジョージは、彼女とは主張が少しずれていることには気づいていない。
「吾輩はミハル殿の気持ちは良くわかる! 御父上もミハル殿の気持ちをもっと汲んでおくべきだったのだろう!」
「ジョージさん……」
ニカッと笑うジョージを、ミハルは涙目で見上げた。
「そのような雑誌は吾輩が預かっておこう。さあ、機械兵について大いに語り合おう。なんなら、製造について手ほどきもしようではないか!」
差し出されたジョージの手に、ミハルは『月刊・魔王』ではなく自分の左手を重ねた。
「分かっていただいてありがとうございます。でも、これは私がやらなくちゃならないことなんです!」
左手を離したミハルは、バインダーを脇に挟んで、両手でしっかりと『月刊・魔王』を握りしめた。
「やばっ!」
ミハルが何をしようとしているか気付いたユッカは、ヒロトへ視線を向けながらもメモ帳をポーチへ押し込み、背負っていた魔法杖を掴んだ。
「ま、待ちたまえミハル殿! それはいかん! とてもいかん!」
ジョージが慌てて止めようとするが時すでに遅く、紙がまとめて引き裂かれる音が響いた。
流石は魔王の娘と言うべきか、二十ページ程度の薄い雑誌とはいえ、丸ごと引き裂いた膂力はすさまじいものがある。
だが、問題はそこではない。
先ほどから黙っていたヒロトは、血が流れるほどに拳を握りしめ、その口の端からも鮮血が流れていた。
「俺の本を……。月刊・魔王を……」
「ま、待て、落ち着けヒロト! 彼女に手をあげるのはまずい!」
ジョージが慌ててミハルをかばうように前に出る。
その直後には、離れていたはずのヒロトがジョージの目の前に迫っていた。
「嘘……」
ヒロトの身体能力を初めて目の当たりにしたミハルは、自分を守るように立っていたジョージの巨体が、拳一つで錐揉みしながら吹き飛ばされていくのを見た。
ジョージが壁に激突した時、ユッカの魔法が発動した。
「魔法は効かないって言ったけど、これなら……!」
それは植物を操る魔法である。対象に直接作用するものではなく、植物の種を急速に成長させ、そのツタで相手を絡めとる。
しかし、ほんの数秒でヒロトは植物の拘束を振りほどいた。
「……っもう! 馬鹿力なんだから!」
杖を放り出して走り出したユッカは、怯えてすくんでいるミハルの前に滑りこみ彼女の楯になる。
「どけ!」
「どかないわ! どうしてもそうしたいなら、私を殴ってからにして!」
ヒロトの拳は止まったまま、二人のにらみ合いが続く。
「……ミハルさん。貴女の気持ちもわかるけれど、雑誌は悪くないでしょう? それだけは、わかって欲しい」
「……はい。すみませんでした……」
泣きながら腰を抜かして謝るミハルに微笑み、ユッカは改めてヒロトを見た。
「もう良いでしょ?」
「……はあ、わかったよ」
拳を下したヒロトに、ユッカは大きく息を吐いて破られた雑誌を拾いあげた。
「私だって、こんな風にされるのは腹が立つわ。でも、だからと言って女性に手をあげちゃ駄目よ。よくよく話を聞けば、雑誌じゃなくて父親に不満があるのはわかるでしょう?」
記者として、見抜ける部分だと思うけど、とユッカに雑誌を押し付けられると、ヒロトは頭を掻いて受け取った。
「悪かった。その通りだが、どうもな……」
「それにしても、問題は別に発生したみたいよ」
ユッカがジョージを見ると、ヒロトから逃げるようにして走って行ったミハルが、気絶から回復したジョージの下に膝を突いて、しきりに心配していた。
ジョージの方も、優しく介抱されてまんざらでもない、という様子だ。
「味方になってくれて、守ってくれて……まあ、そういう始まりもあるかもね」
ユッカが言うと、ヒロトは頭を抱える。
「魔王ミハマンが、どう思うやら……」
「まあ、良いじゃない」
ポーチからメモとペンを取り出し、ユッカは笑う。
「これも良い記事になる……でしょ?」
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