17.機械とダンジョン(7)
17話目です。
よろしくお願いします。
魔王グラファンがいる世界には、ダンジョンに挑戦する“挑戦者”と呼ばれる者たちがいる。
彼らは各国が放った魔王への刺客であったり、ダンジョンに配された財宝を狙う商人などが雇い入れたものだったりするが、中には完全にフリーの立場でダンジョンを攻略し、そこで倒した魔物たちからの回収素材や財宝などで生計を立てる者もいる。
大半は魔王を倒すことは考えておらず、探索と回収がメインの目的となっており、一部の者たちはダンジョンを攻略した先にいる魔王を倒し、地位と名声を得ることを目指す。
紆余曲折あってグラファンの部下となっている彼らも、本来は魔王討伐を目指す武闘派のパーティであった。
同時に、魔王への挑戦を成し得た回数が最も多いトップランクであった。
「それが、どうしてこんなことをやっているんだか……」
ぼやきながら、戦士職の男は自分の身長よりも長い柄がついたハンマーを振るい、目の前に迫った小さな機械人形を叩き潰した。その動きは、どこか投げやりだ。
「まだ浅層だけれど、気を抜いちゃいけないよ」
「……わかってる」
リーダーに注意され、戦士は小さく答えた。
彼らは四人パーティで、それぞれ別のパーティに所属してダンジョンを攻略していたが、死んだり引退したりして、新しい仲間を探していたところをリーダーが声をかける形で出来上がった。
そのリーダーはまだ二十そこそこといった青年で、流れるような青い髪を軽く撫でつけた状態で金属製のヘッドリングをしており、涼やかな目元を持つ好青年の風貌だ。
名はアレクシ。魔王の非道な噂を聞いて、田舎から出てきて身体を鍛え、剣術を学び、ダンジョンへ挑戦しに来たという。ダンジョン探索の経験はパーティで一番短いが、戦闘力は最も高い。
顔立ちに似合わず両手剣を使った身体ごとぶち当たるような激しい攻撃を得意としており、持っている剣も祖父の形見らしいが見事な切れ味を誇る。
戦士はオラヴィという名で、筋肉の塊のような体躯をした典型的な近接戦闘専門の戦士職の男性だ。
アレクシよりも十程年上だが親友のように仲が良く、ダンジョンから出たあとの打ち上げでは二人は夜中まで酒を酌み交わす。
仲間がダンジョンで殺され、どうにか戻ってきたものの自信を失っていたところでアレクシに出会った。
「機械相手に火が効くのかしら?」
「やってみるしかないでしょう。慣れないダンジョンですし、手探りでやらなくては」
「……なんか、じめじめして嫌なところよね」
男性二人が進む後ろを、女性二人が付いていく。
一人は魔法使いであり、一人は神官職だ。
魔法使いの女性はシグネという名で、炎系の魔法が得意であり地元では“炎嬢シグネ”と呼ばれていたらしい。女性だけのパーティで魔王城攻略を進めていたが、パーティメンバーが全員短期間で結婚して引退してしまい、やけ酒中にアレクシに出会った。
凄まじい火力を誇る彼女の魔法はパーティの魔法攻撃を一手に担っても余りある威力であり、アレクシたちは非常に頼りにしている。
神官職の女性はクラーラ。所属している宗派の修行としてダンジョンでの経験を積んでいたのだが、魔王城内で所属しているパーティの男性から襲われているところをアレクシたちに助けられた。
本来ならば修業期間は終わっているが、それは仲間達には秘密にしている。
仲間の動きをサポートしたり回復したりという補助魔法が専門であり、パーティでは常に後方にいる。
「ようやく地下三階か……」
「全部で何階層あるんだ?」
オラヴィは振り向く。
そこにいる女性陣のさらに後ろで、戦闘の様子を見ているヒロトとユッカへ向けた言葉だ。
「全部で十階層しかありません。床面積で言えば魔王グラファンの居城と然程変わりません」
「そりゃ、良かった。これが二十も三十も階層があるんじゃ、手持ちの食い物で足りなくなるからな」
「心配するのはそこじゃないでしょ」
シグネが文句を言うと、クラーラも同調する。
「湿度が高いので、健康面も心配です。私の魔力にも限界があるので……」
不安げなクラーラに、アレクシはしばらく考えた末で結論を出した。
「ならば、できる限り敵は避けるか動きを封じるだけにとどめて、なるべく速く進むことを優先しよう。罠もあるが、それは僕に任せてくれ」
オラヴィから交代し、アレクシが先頭に立つ。
「行こう。見学者もいることだし、僕たちの実力を見せようじゃないか」
色々とあったパーティだが、アレクシを中心としてまとまった動きができるのは変わりなく、魔王グラファンの配下となっても訓練は続けていた。
アレクシは勘が鋭く、観察眼も良いようで、罠や潜んでいる敵のほとんどをかなり早い段階で看破した。
地面と壁の形状や色に不自然な部分があればすぐに感づいたし、魔物の足音や息遣いも聞き逃さない。
時折見抜けない時もあるが、そこはすぐ後ろにいるオラヴィが手を貸して回避する。
「……良い動きね」
ユッカが感心する声を上げた。
ダンジョンには慣れている、と豪語していたあたり、以前に同じようなパーティに所属していた経験でもあるのだろう。懐かしげな視線を向けている。
「そういえば、ジョージはどうしたの?」
「最深部で魔王ミハマンやミハルさんと一緒に待機している」
「そう……ところで」
ユッカはもじもじと膝をすり合わせながら、ちらちらとヒロトを見上げた。
「一度編集部に帰りたいんだけど……」
「ん……? ああ、トイレか。ダンジョンだし、その辺でやったら良いだろう」
慣れているんだろうし、とヒロトは言う。
「ぐぬぬ……」
デリカシーが無い、とユッカは言いたいところだったが、目の前でダンジョンを攻略するパーティにも女性陣がいて、こういうところでは男女関係無く我慢するか岩陰などで安全確認をして素早く済ませるのが慣例だった。
「あのウォシュレットとかいう設備が悪いのよ……!」
「文明の利器に毒された者が、また一人、か」
仕方ない、とヒロトは次元転移門を開いた。
「五分後に迎えに来て!」
限界が近かったのか、叫びながら転移門へ飛び込むユッカに、ヒロトは肩をすくめた。
☆
三日後。魔王ミハマンの洞窟タイプダンジョン最深部。
そこにはすっかり憔悴したアレクシたち挑戦者パーティがいた。
「はぁ、はぁ……」
「もうやだ。さっさと帰りたい……」
ダンジョンは深部へ進むほどに配置された魔物や機械兵は強くなり、足止めだけでも一体当たり十分以上を必要とするレベルになった。
シグネの魔法でも一撃で倒せないような頑丈な個体も現れ、怪我を負うことも増えて来た。治癒魔法のための魔力確保のためにクラーラも補助魔法を控えねばならず、アレクシとオラヴィの負担は増える。
罠も丁寧に偽装された者が増え、アレクシが見破れないものも出てくる。
片足だけをすっぽりと飲み込み、中の液体が瞬時に固まる小さな落とし穴や、対処しにくい斜め下からの矢など、死角を突いたものが増えて来た。
小さな傷は放って、大きな怪我を負った時だけ魔法で治癒をする方針で押し進み、眠る時間もろくに確保できぬまま、彼らはようやくダンジョンを踏破したのだ。
「おめでとうございます。そして、お疲れ様でした。この先にこの世界の魔王がおります。皆さんを待っていますよ」
「戦うのかい?」
疲労困憊ながらも目はしっかりと見開いてアレクシは問う。
懐に手を入れているのは、もし戦闘があるのであれば、ヒロトが手渡した飴を使うつもりなのだろう。
だが、ヒロトは「違います」と首を横に振る。
「貴方たちの攻略データは非常に役に立ちます。単にお礼を言うためですよ。それが終われば、魔王グラファンのところへお送りします」
安堵の雰囲気がパーティ全体を包み、クラーラなどは半べそになりながら、残った魔力でパーティメンバーの傷を片っ端から治していく。
「では、こちらにどうぞ」
と、ミハマンが待つ部屋の扉を開いたヒロトは、驚くべき状況を目にした。
「ミハマン様!? それにジョージも!」
ミハマンは自らの玉座の前で倒れて縛り上げられて倒れており、ジョージもすぐ近くでぐるぐると簀巻きにされていた。
「どうされたのですか!?」
慌てて駆け寄ったヒロトがミハマンを抱えあげ、猿ぐつわを引きちぎる。
「……はあっ……ヒロト君、娘が、娘が……」
「ミハルさんが!? 私たちが誰ともすれ違わなかったということは、奥にいるのですね?」
「ヒロト! こっち!」
ユッカの悲痛な叫びを聞き、ヒロトはミハマンを拘束する縄を素早く千切ると、倒れたまま動かないジョージの下へと走った。
「ジョージが……」
涙をこらえるように歯を食いしばっているユッカが指さす先、仰向けに倒れるジョージの胸元にナイフの柄が生えていた。
「こんなことって……」
ユッカが顔を覆っている横で、ヒロトはじっとジョージの顔を見た。乱れた様子は無く、今日はオレンジの少し派手なアイシャドーが光っている。
「おりゃ」
躊躇なく、ヒロトの蹴りがジョージのわき腹に叩き込まれた。
「ちょっと、何してるの!?」
突然の凶行に驚くユッカだったが、「うむぅ」といううめき声が聞こえて、勢いよくジョージへと目を向けた。
「うむ……? おお、吾輩はいつの間に寝ていたのか。おや?」
ぐるぐると縛り上げられた上、胸にナイフが突き刺さっているのを見たジョージは、軽い掛け声と共にロープを引きちぎり、ナイフを抜いた。
傷口からはわずかな血が流れたが、すぐにふさがる。
「一体、何が起きたのだ?」
暢気に尋ねるジョージに、ユッカは「驚いて損した」と安心と不満が混じる顔で呟いた。
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