16.機械とダンジョン(6)
16話目です。
よろしくお願いします。
魔王ミハマンは、目の前にずらりと並べられた瀕死の男たちをちらりと見やった。
「妙な商売を考えるものだな」
中でも酷い怪我を負っている小男は細かな事情まで全て白状しており、すでに話すことも難しい状態であったためにヒロトが代わりに説明したのだ。
それによると、バインダーを最初にダンジョン内で拾ったのは挑戦者のグループらしい。
「その挑戦者がダンジョンの帰り道、浅い層で何かのミスか怪我でも負っていたのか死亡していたようですね」
魔物が少ない浅い層で死体の荷物を漁って生計を立てていた小男は、たまたまその時にバインダーを見つけたらしい。
文字の読み書きができた男は、その内容の高度なことに気づき、商売に使うことを考えた。
「ダンジョンを踏破できる者が増えてきたのは、そのせいか」
金を貰っては機械人形や機械兵を無力化させてきた小男は、随分と儲かったらしい。
特に、ダンジョン深層の魔物は死体でもかなり良い金になることもあり、それなりに実力はあるが罠や機械関係に弱いパーティは良く利用していたらしい。
今回、小男と共に捕まったパーティも常連であるという。
「それで、彼らはどうしますか?」
瀕死の者たちだが、まだ息はある。
魔王ミハマンは彼らの状況を見て、小さく息を吐いた。
「今回の件は、娘のミハルが原因でもある。わかっているな?」
玉座に座るミハマンの隣で、肩を落として立っていたミハルは小さく頷いた。
「であれば、こやつらをここで処分するのは酷というものかも知れんな」
「お父様……」
「反省せよ。言うべきはそれだけだ」
甘いだろうか、とミハマンが笑うと、ヒロトは同じように笑みを浮かべた。
「いえ。魔王様のお気持ちはわかります。後継者への指導の一環として、私も魔王様の結論に同意するものです」
「じゃあ、こいつらは無罪放免か」
ジョージが言うと、男たちはわずかに安堵の表情を見せた。
しかし、ヒロトは首を横に振る。
「そのまま、というわけにもいかないな。魔王様の方はそれでも良いとして、俺たちの技術が漏えいするのは避けたい」
「では、吾輩たちで口封じを?」
そうなると魔王ミハマンの決定を覆すことになってしまう、とヒロトはジョージを止める。
「記憶だけ飛ばす」
「ひえっ……」
小男の悲鳴は短く終わった。
横殴りの手刀をヒロトから叩き込まれ、がっくりと気絶したのだ。
「……これで、起きたらここ一年の記憶等々を失っているだろう」
「器用なもんだなぁ」
ジョージはすんなり納得しているらしいが、ユッカは無言で「良いのだろうか」と考えていた。
「では、彼らは帰りにでも私どもでダンジョンの外に放り出しておきますので」
「う、うむ。任せる。ところで、等々ということは……いや、やはり聞かずとも良い」
何かを聞こうとして止めた魔王ミハマンは、咳ばらいをして居住まいを正した。
「礼をしたいところだが……」
「とんでもない! 今回の一件は私どもの雑誌が原因でもあり、また記事にもなる貴重な出来事でございました」
「そこで提案なのだが!」
話が終わろうとしたところで、ジョージが大声を上げた。
「吾輩の機械人形や機械兵が原因ともいえる。それに、今回の件で色々と吾輩も反省した! できることなら、この経験を活かしたものを作り、すぐにでも試したい!」
さらには罠にも興味が出てきたと言い、ジョージはミハマンへと勢いよく頭を下げた。
「無茶な要求であることは重々承知ではあるが、どうか、このダンジョンのプロデュースを吾輩に任せてはもらえないだろうか? 無論、金など要らぬ!」
「お、おい……」
「気に入った!」
ヒロトは止めようとしたが、ミハマンは膝を叩いて叫んだ。
「技術については申し分ないと以前より思っていた。詫びの形ではなく、しっかりと予算も用意するので、ジョージ君が考える最高のダンジョンを作ってくれ給え」
「あ、ありがたい!」
がっしりと握手を交わす二人を呆然と見ているヒロトに、ユッカはそっと近づいた。
「……記事にする?」
「当たり前だ!」
ヒロトは最終的にダンジョンでの実験も兼ねるものとして、協力をすると同時に取材も行う旨、許可を得た。
「こうなったら、最後までつきあって完璧なダンジョンプランを記事として掲載してやる」
「そうね。私も隅々までチェックするわ!」
ヒロトまでヒートアップしてきたのを見て、ユッカも拳を握った。
「ミハル」
「は、はい。お父様」
声をかけられ、ミハルは肩を震わせた。
「良い機会だ。ジョージ君と共にダンジョンを改めて見て回ってきなさい。そして、できる限り彼の技術を吸収するのだ」
「お父様……でも、私は……」
「お前の失敗を叱りはしたが、怒っているわけじゃない。お前が私の跡を継ぐために努力していることを責めるはずがないだろう。ただ、やり方を間違えただけだ」
「お父様……ありがとう!」
しっかりと抱き合う親子を前に、ジョージは滝の様な涙を流していた。アイシャドーが溶けて流れ、悪魔の様な形相になっている。
ヒロトはカメラを掴むと、そっと位置を移動して写真を撮った。ジョージが映らない角度で。
☆
「というわけで、新しいダンジョンができたのでテストをお願いしたいのです」
「……はあ」
にこにことしたヒロトの“お願い”に、気のない返事を返したのは魔王グラファンの下で働き始めた挑戦者のリーダーだ。
パーティのメンバー三人も同行しており、それぞれダンジョン攻略時の装備をしている。
「ちょっと! なんであたしたちがこんな事しないといけないのよ!」
魔法使いが文句を言うと、戦士も大きく頷く。
神官の女性は、オロオロとしているだけだった。
「魔王グラファン様を通して正式に依頼をさせていただきました」
ぺらり、とヒロトが広げたのは“出向辞令”と書かれた書類だった。
「正式な仕事であるのはわかったよ」
魔法使いたちは不満があるようだが、リーダーは彼女たちを宥めてから了承の意を示した。
「ただ、聞きたいのだけれど。この世界にも魔王の打倒を目指す者たちがいるんだろう? 彼らじゃダメなのかい?」
「あー……何度か挑戦した人たちはいたんですけれどね」
ヒロトは苦笑いする。
十日ほどかけて完成したダンジョンには、各層のレベルに応じた罠がしかけられ、機械人形や機械兵たちも新開発されたものが配置された。
「その結果、深い層まで行ける者が出ませんで……」
「要するに、やり過ぎたわけか」
実力的には彼らのレベルは高いと判断していたヒロトは、グラファンに依頼して彼らを借りて来た。
「もちろん、タダでとは言いません」
そう言って、ヒロトはスッと鞄から右手を抜いて差し出した。
「これは……」
ヒロトの手には、八つの飴が乗っていた。
「丸一日は身体能力が三倍。魔力も枯渇しなくなる特注品ですよ。まず半分」
四つだけをリーダーに手渡し、ヒロトはニヤリと笑う。
「最深部到達の暁には残り半分を差し上げます」
「……そういうことなら」
受け取った飴を懐に収めたリーダーは、後ろで待っている仲間たちへと向き直った。
「さあ、仕事だ! ヒロトさんたちも困っているようだし、頑張ってやろうじゃないか!」
「……毒された感じがするわね」
「あの飴の効果もわかっているからなぁ。ほとんど中毒だ」
意気揚々とダンジョンへと向かうリーダーに、彼の仲間たちはガックリと肩を落として後に続いた。
ふと、最後尾の神官が振り向いた。
「あの……」
「ああ、私たちのことはお気になさらず。単なる密着取材ですから、一切お邪魔はしませんので」
カメラを握るヒロトと、メモを構えたユッカが続いてくると知らされた神官の女性は泣きそうな顔をしていた。
「一切邪魔しないと言うことは……」
何かあっても助けることも無い、ということだろう。
「大丈夫ですよ。皆さんなら大体ギリギリ攻略できるレベルのダンジョンです」
大丈夫という言葉の意味は何だったか、と疑問符を抱えたまま神官の女性はリーダーを追った。
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