13.機械とダンジョン(3)
13話目です。
よろしくお願いします。
ヒロトから機械人形を受け取ったジョージは、先ほどまでとは打って変わって一言も発さず、静かに真摯な目線で人形をチェックしていく。
懐から工具を取り出してあちこちを開き、制御装置があるという頭部はもちろん、胴体や手足の部分。そして溶解液を流す個所を念入りに調べていく。
十数分の間、ヒロトも編集長も一言も発さずに見守っており、ユッカもそれに倣った。
「……なるほどな」
開けていた数か所の蓋を閉じ、ジョージは機械人形をテーブルへ置いた。
「ヒロト、お前の見立て通りだ。意図はわからんが、直接人間を襲うための行動パターンが削られ、魔力を使って周囲の水分を溶解液に変える装置が作り替えられていた」
偶発的なものや故障ではありえない、とジョージは断言する。
「はあ……ということは」
「ダンジョンの機械人形を弄り回している奴がいるな。それもこういうからくりに恐ろしく詳しい、卓越した技術がある奴だ。……まっ、吾輩にはやや劣るがな! 恐らくは水すらも止めようとしたが無理だったようだし、行動回路を無理に書き換えたおかげで自立行動に酷いエラーが出ている!」
「ヒロト。心当たりはあるか?」
「おい、無視するなよ、編集長!」
ジョージを放ってヒロトへと目を向けた編集長。その表情は厳しい。
魔王が挑戦者や敵対する国家、いわゆる“勇者”などから攻撃を受けることは当然と言って良いが、見方によっては『月刊・魔王』の存在が攻撃されたとも言える。
編集長は緊張の面持ちでヒロトを見据えている。
「もう一度、ダンジョンを調査しよう。ジョージ、今度はお前にも同行してもらうぞ」
「当然だ。吾輩の作品をこうも手荒にいじられては、さすがの吾輩も重い腰を動かさざるを得ない!」
「ヒロト。念のために言っておくが相手は顧客だ。不興を買うような真似は控え、慎重に事を進めてくれ」
わかっている、と頷くヒロトに対し、編集長はさらに言葉を続けた。
「……特に、ジョージが余計なことを言わないように、しっかり手綱を握っておくように」
「吾輩は馬じゃないぞ! さあ、ヒロト。お前の魔法でさっさと向かうとしよう!」
いきり立つジョージに向かって、ヒロトは手を伸ばして諫めた。
「まあ、待て」
ヒロトの手は、隣にいるユッカを指す。
「今はダンジョンから戻ったばかり。俺も疲れたし、ユッカもこの通りだ」
ガスの影響もまだ残っているのだろう。
ジョージがじっくりと機械人形をチェックしている間に、ユッカは再び眠りに落ちていた。よだれが落ちかかっている膝の上に、ヒロトが素早くハンカチを投げ込む。
「ジョージも準備が必要だろう? 今日は休んで、明日の朝にもう一度向かう。準備不足のまま一日に二度も訪問するのは先方にとって失礼になる可能性もある」
「ビジネスマンとして、そして紳士として当然の気遣いだな」
編集長もヒロトに同意する。
紳士として、疲れた女性を引っ張り回すのは忍びないという気持ちと同時に、彼なりにヒロトを休ませたいという気づかいもあった。
「やれやれ。では、吾輩は現場で修復をできるくらいに完璧な準備をしておく。迎えを頼んだぞ」
大きな手でがっしりと機械人形を掴み、ジョージは編集部を後にした。
☆
翌朝。
「眠気はしっかり醒めたか?」
「……大丈夫」
ヒロトに問われて、ユッカは憮然として答えた。
「あの後すぐに出発でも良かったのに。はい、これ」
文句を言いながら、ユッカは丁寧に洗濯したハンカチをヒロトへと返した。ユッカが居眠りしている時に、ヒロトがよだれ受けに使ったものだ。
「ありがとう。でも、気を遣うつもりなら次は起こして。子ども扱いされているみたいだもの」
「わかった、わかった」
ぷりぷりと怒っているユッカの前に、ジョージ・ザ・ラッドが筋骨隆々の肉体に、さらに大きなリュックを背負って立ちはだかる。
「吾輩の仕事中に寝るとは、失礼な小娘め」
「ご、ごめんなさい……。えーっと、今日はピンクのアイシャドーなのね。季節に合った素敵な色だわ」
「で、あろう? 小娘だがなかなかわかっているではないか!」
瞬時に上機嫌になったジョージに急かされ、ヒロトは次元転移門を開く。
「狭い」
「文句を言うな。しゃがんで入れ」
ぷるぷると触覚を振るコポポに見送られ、三人は魔王ミハマンのダンジョンへと踏み込む。
数時間のダンジョン走破で、ユッカだけがやや息が上がっている状態ではあったが、二度目ともなると彼女も慣れてきていた。
可能な限り罠は避け、機械人形を片っ端から捕まえては調査をしていく。
「……私って役立たず?」
回復魔法が得意なのだが、他にも一時的な速度上昇などの支援魔法も使えるユッカ。しかし、その出番はほとんどなかった。
ちょろちょろと動く機械人形の速度を緩めたり、頑丈な盾を持ち、ただひたすら通路を塞ぐ機械人形の楯を少し柔らかくした程度だ。
あとはヒロトが捕まえて機能を停止させ、ジョージがその場で簡易チェックを行う。
「やはりな。昨日の機械人形と同様、他の物にも同様の細工がされていた。やり方から見て、おそらくは同一人物であろう」
休憩のために、開けた空間で輪になっての食事。
体格の割りに、可愛らしく小分けした食事を少しずつ食べながら、ジョージはそう結論付けた。
「じゃあ、誰が?」
「一番怪しいのは、魔王ミハマンの娘ミハルだが……動機がわからない」
「吾輩は、女性の可能性は低いと思うがな」
ジョージがそう指摘しながら、デザートのパンケーキを小さく千切り、指先で口に放り込む。全員に配られた、甘いバニラの香り漂うパンケーキはジョージの手作りだ。
「美味しい……なんかくやしい……」
ぶつぶつと言いながら、食べる手が止まらないユッカの隣で、早々にケーキを食べ終えたヒロトは、丁寧に指を拭っていた。雑誌を汚さないために、手は常に清潔にしている。
「どうしてそう思う?」
「改造にしても端々のやり方が雑だ。男が多少苛立って乱暴にやった感じが強いな。女性技師ってのは経験上もう少し丁寧だ。やっつけ仕事をするタイプの男性が見せる粗雑さが垣間見える」
女性目線を語るジョージに対して、ユッカはコメントに困った。
「男、か」
「じゃあ、魔王ミハマンが自分でやったってことかしら?」
それは無いだろう、とヒロトはユッカの言葉を否定しようかと思ったが、確定的な証拠は何もない状況で、可能性を狭めるのは危険な気がしてきた。
「うん。これも取材だ。あらゆる可能性を考えながら、しっかりと事実を突き止めるとしよう」
「なんだ、それは。良い子ちゃんぶってありがたみのない普遍的な正義を語るのは、少し幼すぎるであろう?」
「良いじゃないか。そういう言葉が普通に言えるのは、大事なことだぞ」
休憩を終えた三人は、再びヒロトを先頭にして進み始めた。
「さあ、あと二時間も歩けば魔王のところに到着する。ジョージ、お前は余計な口を挟むなよ?」
一言釘を刺し、ヒロトは背を向けて歩いていく。
「……ねえ」
「なんだ?」
ヒロトについて歩きながら、ユッカは小声でジョージに話しかけた。
「貴方たち、付き合いは長いの?」
「ふむ。確かにヒロトは良い男だとは思うが、残念ながら吾輩は性的には女性の方が……」
「そういう意味じゃない!」
思わず大声が出たユッカは、振り向いたヒロトに「何でもない」と慌てて伝えた。
「とにかく、私はまだ新人だし、過去のことを聞くのは禁止されてるから」
「ほほう……?」
ニヤニヤと自分を見て笑うジョージは、うんうん、と頷いた。
「惚れたな?」
「……そんなんじゃないわよ」
エルフ特有の長い耳を赤くしながら否定するユッカに、ジョージは小声で答える。
「まあ良い。若いうちに恋をしておくのは良いことだ。だが、ヒロトはなぁ……」
何か問題があるのか、とユッカが頭二つ背の高いジョージを見上げた。
「吾輩とヒロトはもう四年くらいの付き合いになるな。吾輩がとある世界の魔王から金を貰って専属の技師をしていた頃からだ」
「聞いた私が言うのもなんだけれど、そんなこと教えて良いの?」
「月刊・魔王が創刊した後の話だし、あくまで“吾輩の過去”だからな」
問題ない、と自信満々に語るジョージに、ユッカはそれ以上何も言わなかった。
「資金を提供していた魔王が滅ぼされてしまってな。どうにか脱出はできたが、路頭に迷っているところを、その魔王に雑誌を持ってきていたヒロトに声をかけられたのだ」
長年培った技術で作られた機械人形や機械兵を雑誌に広告を載せて販売しないか、と持ち掛けられ、ジョージは二つ返事で話に乗った。
「ジョージ・ザ・ラッドと名乗り始めたのも、その頃からだ。過去との決別のために、な。滅ぼされた魔王は、才能は今一つであったが、良い奴ではあった。だから、以前の吾輩の名前は、その魔王と共に滅びたのだ」
穏やかな目をしているが、その瞳には寂しさの光が揺蕩うのをユッカは見た。
ひょっとすると、魔王とは資金提供者という関係だけではない、もっと強い絆があったのかも知れない。そう思うと、ユッカは言葉も無かった。
「お前たち編集部の者たちは、吾輩のように過去を切り捨てて生きているわけでも無いのだろう。詳しくは知らないが、吾輩はそう考えている。……強い者たちだ」
だから精一杯協力する、とジョージは語った。
「あら? 出不精が過ぎて、編集長に引っ張られてようやく出て来たのに?」
「……吾輩が考える“精一杯”の範囲で、だ」
「何をコソコソ話しているのか知らないが」
ヒロトが振り返って、一つの大きな扉に手を当てた。
「着いた。ユッカはメモの用意を。ジョージはこちらから質問するまで黙っているように」
二人が頷くのを見て、ヒロトは続ける。
「それと、俺たちは別に強いわけじゃない。諦めが悪いだけだ」
ゆっくりと、ヒロトが押す扉が開いていく。
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