12.機械とダンジョン(2)
12話目です。
よろしくお願いします。
「やはりか……」
ダンジョン最下層。全ての罠と機械人形を完全に無視して突っ切ってきたヒロトは、魔王ミハマンと向かい合う。
ヒロトの報告を受けたミハマンは、大きく頷いた。
「以前から何度かお主のところの商品を使っていたが、こういう状況は初めてだな」
「正直に言いまして私にとっても初めての状況です。機械人形は全て本来の動きをしておらず、罠はどうにも実用性が……」
「罠は私が作ったんだが」
「……すみません」
気まずい空気が流れ、肩に担いでいるユッカがぶるりと震えた。地下にある魔王の間は、寒い。
「まあ、良い。それも含めて問題というわけだな」
魔王ミハマンは息を吐いた。
彼は身長も身体つきもヒロトと大差なく、見た目は人間の男性だった。初老に見える痩せた顔には、モノクルが光っている。
彼はグラファンとは違い、自らが戦うタイプの魔王ではない。ダンジョンに罠を配して侵入者を苦しめ、部下を使ってとどめを刺す。
魔王の中でも肉体派の一面が薄いタイプの人物で、月刊・魔王の以前からの読者でもある。
「あの罠は機械人形や部下たちがとどめを刺すための単なる補助でしかないんだが……なるほど落とし穴のサイズは小さすぎたか。しかし、それらも含めてなるべく早く対策を打たねばな。負けるとは言わんが、このままでは侵入者が易々とここまで来てしまう」
「そういえば、以前見た魔物たちの姿がかなり少なくなっていたのですが」
「……どうにか撃退したが、妙に強い連中が入ってきてな。結構な数の部下がやられてしまった。激減した分、機械人形を増やすことで補おうと思ったのだがな」
この体たらくだ、とミハマンはヒロトをまっすぐに見据えた。
「原因追及をやってもらいたい。まさか断りはすまいな?」
「当然です。私どもが提供した商品の不具合ですから」
会話の途中で、一人の女性が魔王ミハマンが座るごつごつとした大きな椅子の後ろからひょっこりと顔を出した。
「お客様ですか、お父様?」
「おお、ミハルか。丁度良い。こちらに来て挨拶をしなさい」
女性は、ミハマンに促されて前に出てくると、ヒロトへと一礼する。
シンプルなワンピースを着ているが、首飾りやピアスは強力な魔法が付加されている一品だろうと思われる。
顔つきはミハマンと同様に細面だが、やや垂れ目気味の目が、柔和な雰囲気を感じさせた。
「初めてだったな。娘のミハルだ。彼は『月刊・魔王』のヒロト君だ」
「ああ、あの雑誌、の……」
と言いながら近くで挨拶をしようとしたミハルは、前に出たかと思うとすぐに足を止めた。
言葉が途切れたミハルの視線は、ぐったりと抱えられているユッカへと向けられている。
「……拉致?」
「違います」
がっくりとうなだれながら、ヒロトが状況を説明するとミハルも納得したらしい。
「そうだったのですか。大変でしたね……」
「いえ。この程度はどうということはありません」
ミハルと改めて挨拶を交わしたヒロトは、ミハマンに向き直って、改めて調査について確約した。
「サンプルとして数体を持ち帰らせてください。今回ご注文の分はこちらにあります」
ユッカと反対の肩に担いでいた鞄をおろしたヒロトが商品の確認を求めると、ミハマンは首を横に振った。
「不要だ。ヒロト君のことは信用している。差し当たってはこの機械兵を配備することで対応するとしよう。ミハル、配置についてはお前に任せる」
「わかりました、お父様」
失礼します、とミハルは置かれた鞄を抱えて出て行った。
中身は機械の塊のようなもので重量は百キロ近くあるのだが、軽々と持ち上げて運ぶあたりは魔王の娘だ。
「後継者、ですか」
「ふむ。そうあってもらいたいものだが……まだまだ私も現役だからな」
ヒロトに向かってにやり、と笑ったミハマンは「ところで」と手を差し出した。
「今月号があるんだろう?」
「もちろんです」
ヒロトから渡された最新号を早速開いたミハマンがページをめくっていく。
ふと、ある場所でその指が止まった。
「統率、か」
「どうかされましたか?」
ヒロトが問うと、ミハマンは『本拠地の魔物は統率すべき? 放牧でOK?』というページを指差した。
「面白い題材だ。同時に魔王という立場であり、拠点で待ち構える私のようなタイプにとっては永遠の課題でもある。統率できる程度の知能があり、かつ反逆を考えない程度の知能であってくれれば、一番楽なんだが」
それはそれで、問題が発生した時に対応ができない、とミハマンはぼやく。
ヒロトは素早くペンを取り出して、ミハマンの言葉を書き留めた。
「……器用なものだな」
「ええ、メモの機会を逃すのは記者としての恥ですから」
肩の上にユッカを乗せたまま上手くバランスをとり、両手でメモをとるヒロトは褒められて光栄だと笑った。
「記事にも書いておりますが、末端と魔王様の間に信頼できる現場指揮官がいれば良いのですけれど」
「現場指揮官か。それは、機械人形では難しい話だな」
娘さんではどうですか、とヒロトは言いかけたが、敵と直接相対する現場に娘を出せと言っているのと同様だと気付き、言葉を飲み込んだ。
☆
「は、恥ずかしい……」
次元転移門で編集部へ戻ったヒロトがソファに寝かせていたユッカは、ほどなく目を覚まし、顔を真っ赤にしてデスクに突っ伏していた。
「取材の機会を逃したうえ、初めて会う魔王に寝てる後頭部だけ見せるとか……起こしてくれても良かったのに」
「催眠ガスで眠った奴が、そう簡単に起こせるわけないだろう」
そう簡単には、と復唱して、ユッカは自分の身体を抱きすくめた。
「変なコトしてないでしょうね?」
「馬鹿なことを言ってないで、起きたならお前も一緒に来い」
「どこに?」
「編集長の部屋」
部屋、と言っても編集長のデスク周辺がパーティションで囲まれているだけなのだが、何かの魔法のせいか音は聞こえなくなっている。
ユッカが目を向けると、すりガラスになっているパーティションの一部から薄っすら見えるそこには、二人分の人影が見えた。
「お客さん?」
取引先だよ、と答えるヒロトと共に中を覗き込むと、体格の良い一人の男性が編集長と話し合い……というより、怒鳴りあっていた。
「吾輩の作った機械人形や機械兵が誤作動など起こすはずがないだろう!」
「実際にクレームが来ている、と言っているのだ。実態は調査をせねばなんとも言えないが、君は自分の責任を回避する言葉を羅列する前にやるべきことをやりたまえ!」
「ぐ……」
編集長の声は、相手の数倍は大きく、重く響く。
内容にも反論できる部分が見つからなかったようで、ヒロトたちに背を向けて編集長と相対している男性は黙ってしまった。
「ジョージ。お前の負けだ、大人しく調査に協力しろ」
「ヒロトか!? お前ならわかってくれると思ったのに!」
「うぷっ……」
ジョージと呼ばれた男性が勢いよく振り向くと、その顔を見たユッカが思わず噴き出しそうになったのをかろうじて堪えた。
筋肉質な身体にがっちりとした顎に髭が生え、頭は短く借り上げている。そして真っ青なアイシャドーに真っ赤な口紅を引き、頬にはハートマークのシールが貼られていた。
「その小娘はなんだ? 人の顔を見て、失礼な!」
「彼女はユッカ。編集部の新しいメンバーだが……お前、自覚が無いのか?」
「何がだ?」
「前々からおかしいとは思っていたが……まあ、そのことは別に今は良い」
ヒロトが編集長に目配せすると、全員がソファに腰かけて向かい合う形になって話し合いが始まった。
「でかいのが二人並ぶと壮観だな」
目の前に編集長とジョージと呼ばれた男が並び座ったのをヒロトが苦笑交じりに評すると揃って睨みつけられた。
「新人がいるなら、まず自己紹介しておこう。吾輩はジョージ・ザ・ラッド! 不世出の天才技師である!」
「私はユッカ。見ての通りのエルフで記者兼編集の新人よ。……ラッド?」
ジョージの力強い言葉に、ユッカが握手を交わしながら首を傾げた。
「ヒロトに教わった言葉だ。少年という意味らしい! 非常に気に入ったので、もう何年も使っているのだ。どうだ、良い響きだろう?」
「少年……」
ユッカは改めてジョージの顔を見つめた。
ケバいにもほどがある化粧をした髭面のマッチョ中年にしか見えない。
「こいつはフィニとは方向性が違う変態だから、細かいことは気にしない方が良い。それよりも、例の機械人形の件だ」
「編集長から聞いた。実際に見て来たんだろう? 吾輩の作業を中断させてまで呼びつけるような内容でもないだろうに」
どうせ何か変な魔法付与でもして壊したんだろう、とジョージは腕を組んで言葉を待った。
隣にいる編集長は、ただじっとヒロトの言葉を待っている。
「サンプルを借りて来た。クレームの通り、確かに通常とはまるで違う動きをしている」
ごとり、とテーブルに置かれた機械人形は、水を撒いて回っていたものだ。
「……あくまで俺の見立てでしかないから、ジョージにはこいつの中身を確認して欲しいんだが」
機能を停止した機械人形。
その頭部を指先で叩きながら、ヒロトは言葉を続けた。
「何か人為的な操作がされている、と思う」
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