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『月刊・魔王』編集部  作者: 井戸正善/ido
ある魔王の悩み
10/23

9.ある魔王の悩み(9)

9話目です。

よろしくお願いします。

「貴様らは何のために戦うのだ」

 挑戦者たちがようやくたどり着いた―――という芝居をして―――謁見の間に入ると、ダンスホールのように広いその場所は、天井も高く、差し込む光は柔らかだった。

 とても魔王が待つ場所、そして決戦の舞台には似つかわしくないほどに神々しい光をたたえた室内に、一人の人物が待っている。


 もう一人玉座の後ろに見えるが、そこには目を向けない。努めて視線を逸らす。

「僕たちは、僕たちと同じ人間のために戦ってきた。モンスターが、そしてその上に立つ魔王グラファン。貴様が人間と敵対する以上は、放っておくわけにはいかない」

「ふむ。では貴様は人間のために他者を虐げることを認めるというのか?」

「虐げるのではない。危機に対して抵抗をしているだけだ」


 リーダーが一歩前に進み、剣を抜いた。

 それに合わせて戦士が、魔法使いが、神官が、それぞれ戦闘態勢に入る。

「魔王グラファン。お前の存在は人間にとって危険だ。だから、倒す!」

「そうか。では、わしも自らの身と同胞を守るために戦おう!」

 話は終わった、と魔王はその巨躯をおもむろに立ち上がらせた。


 同様に、両手に掴む大剣は高々と掲げられ、見事な体躯は強靭さと同時に意思の強さをも感じさせる。

「では、始めようではないか!」

「来い!」

 最後の戦いが、始まる。


 というところまでで、ストップがかかった。

「はい。オーケーでーす!」

 お疲れ様でした、とヒロトは魔王に声をかけた。

「如何でしたか?」

「ふむ。わしとしては今くらいの会話はやっておきたいところだな」


 しかし、相手の意見によって内容は変えねばならない。

「今回の挑戦者は、はっきり自分の立ち位置を認識して来ていますからね。他の挑戦者がどのような目的で来ているのかによって、いくつかパターンは用意しておきましょう」

「だがなぁ……」

「何か、気になりますか?」


「それだけのパターンを憶えるのは大変だのう。まして相手によって変えるとなると、中々難しいものがある」

 魔王としてはそこが心配だ、とグラファンは語った。

「折角来てくれるのだから、たどたどしい話で終わらせたくはない。場合によってはここで命を落とすのだ。せめて、その最期を飾るに悔いのない魔王でありたいな」


「……そうか」

「どうしたの?」

 魔王の言葉を聞いていたリーダーは、話しかけてきた魔法使いへ笑みを向けながら剣を鞘へと納めた。

「もう、帰っても良いかい? 折角もらった飴も試しておきたいし、準備をして今度こそは戦いをしっかりやりたい」


「よかろう。次は期待しておると良い」

 ニッ、と歯を見せて笑う魔王に、リーダーは複雑な笑みを見せた。

 そして、それ以上は何も言わずに背を向け、退場門へと歩き出した。

「戦わずに帰るのか?」

「ああ。今はそういう状況じゃないし、今からやって、どんな結果になったとしても空しいだけだよ」


 戦士の言葉に笑顔で答えるリーダーを先頭に、挑戦者たちは退場していく。

「……魔王様」

 彼らの背を見送ったヒロトが口を開いた。

「例の挑戦者のレベルアップの件、解決の糸口がありそうです。それと、パターンが増える件についても、案があります」


「そうか、そうか」

 嬉しそうにグラファンが頷く。

「では、頼む。この世界の魔王として、良い形を期待しておる」

「ええ。私も、これで良い記事が書けそうです」

 戻ってきたユッカは話の内容がわからず、ただただ首をかしげていた。



 数日経って、挑戦者一行は再び魔王の城へとやってきていた。

 パスを持っている彼らは、地道に攻略を進めるパーティーを尻目に特別な入口を使って車での送迎が行われる。無論、車と行ってもヒロトたちが乗った骨車だが。

「……今回の戦いが終わったら、勝っても負けても引退する」

「えっ?」


 突然の話に、メンバー全員が驚いて引退宣言をしたリーダーの肩に手を置いた。

「何考えてるんだ! 他の挑戦者に比べても、俺たちは頭一つ抜けた実力があるのは間違いない! 俺たちが諦めたら、他の連中じゃ……」

「その、頭一つ抜けた僕たちですら碌に戦いにならないじゃないか」

「……それでは、魔王がはびこる現状は、まだ長く続くことになってしまいます」


 悲し気に語る神官の女性に、リーダーは一言だけ謝った。

 しかし、引退を撤回する気は無い。

「この戦いが終わったら……そうだな。普通に仕事を探すよ。もう生まれた村はモンスターにやられて残っていないからね。幸いお金に余裕はあるから、しばらくはのんびりさせてもらおうかな」


 何かさっぱりした表情を見せて、リーダーはメンバーの顔を見回した。

「この戦いでは、本当に死力を尽くす。僕も……みんなも、今度こそは命を落とすかも知れない。嫌なら、今ここで降りても良い」

 リーダーの言葉に、三人のメンバーは誰もが同行を希望する旨言葉を返した。

「わかった。ありがとう」


 そんな話をしている間に、車は止まる。

「ようこそおいでくださいました!」

 魚のヒレのような耳をした女性が出迎え、降りて来た挑戦者たちに一礼した。

「では、こちらへどうぞ! 魔王グラファンが待っております!」

 妙に明るくはきはきとした話し方は、挑戦者たちの重苦しい雰囲気とはまるで対照的だ。


「では、頑張ってください!」

「あ、はい」

 他に答えようが無く、リーダーは案内の女性に一礼して、開かれた扉から中へと踏み込んでいく。

 幾度目の挑戦だろうか。まともな戦いになることの方が少ない気もするが、今回は特に全員の顔が引き締まっていた。


「……行くぞ!」

 踏み込んだところで、見慣れた謁見の間が広がっており、奥には見覚えのある巨体の男性がどっかりと玉座へかけて待っていた。

「よくぞ来た。挑戦者たちよ! まずは問おう。お前たちの目的を。なぜ戦う? なぜわしらを滅ぼそうとする?」


 概ね内容は変わっていないが、アレンジされた台詞を魔王は口にした。

 リーダーはすでに剣を抜いており、メンバーたちもそれぞれに武器を構えている。

「……わからなくなった。正直、魔王はモンスターのトップだと思っているし、それは変わらない。だが、僕たちが戦う理由はもう、わからない」

「……そうか。あー……」


 想定外の答えだったのか、魔王の視線は泳いでいる。

「これで本当に最後の挑戦にするつもりなんだ。遠慮なく、全力で戦って欲しい。僕たちもそうする。お前を殺すつもりで、全力で戦う」

 そう言うと、リーダーは懐から取り出した身体強化の飴を口に放り込む。

 メンバーたちは一瞬驚いたが、彼に倣ってそれぞれに飴を食べた。


「ちょっと待ってくれ……ふむ」

 魔王の視線が妙に上を向いていることに気付いて、リーダーはちらりと後ろを振り返った。

 そこには窓があり、誰かが身を乗り出して布を開いている。

「……あんたか」


 脱力感を感じるリーダーが見つけたのは、ヒロトの姿だ。

 どうやら布に台詞を書いたものをいくつか用意しているらしく、ユッカや係員らしき人物と共に布を選んでは広げて見せている。

「……良かろう! では、存分にかかってくるがよい!」

「もとよりそのつもりだが……」


 バシッ、とリーダーは空いている手で頬を叩いた。

「気にしたら負けだ! みんな、最初から全力で行くぞ!」

「応!」

 掛け声と共に、戦いは始まった。

 うねる火炎魔法を魔王の大剣が叩き切るとその頭部に戦士のハンマーが迫る。


「ぬぅん!」

 魔王が拳で強引にハンマーを振りほどいた隙を逃さず、懐に潜り込んだリーダーの剣が横なぎに振るわれた。

 身体を引いて避けた魔王だったが、その胸にはうっすらと傷がついている。

「ふふん、なるほど……確かにこれまでとは違うようだ。存分に楽しませてもらうとしよう!」


「始まったわね。彼ら、本当にこれで最後のつもりみたい」

 そんな戦いを上から見ながら、窓枠に肘を突いてユッカは呟く。

「そうだな。敗れて死ぬことも覚悟した戦い方だな」

「……良くわかるわね」

 後ろから聞こえたヒロトの声にユッカが振り向く。


 ヒロトはすでに背を向けていた。

「昔、そういうのを見ただけだ」

 ほどなく、戦闘は終了した。

 魔王の圧倒的な勝利ではあったが、多少なり傷はつけている。

「あれほど怪我されたのはいつ以来でしょうか……」


 係員は急いで治療師を呼ぶために走っていく。

「私たちも下りましょう。まだ間に合うはず」

 ユッカが指しているのは、血の海に倒れている四人の挑戦者たちだ。このままいけば、間もなく死が彼らに訪れるだろう。

「治癒魔法は得意なのよ。それに、彼らも私たちの取材に協力してくれたもの。このまま死なれたら寝覚めがわるいわ」


 ヒロトは何かを言おうとしたが、ユッカの好きにさせるようにした。

「……まあ、これで記事も書けるし、例の件も話がしやすくなるか」

 小さくため息をついて、ヒロトもユッカの後を追って謁見の間へと向かった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次の更新で第一話は終了となります。よろしくお願いします。

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