閑話1 そのころ家族は
「厳しすぎます! セレーネはまだ四歳ですよ! それをあんな厳しい罰を与えて!」
セレーネのいなくなった食堂で、エリザベスが甲高い声をあげていた。
口に出しはしないものの、アレクとイクスも同じ意見なのだろう。どこか責めるようなまなざしでパトリックを見ている。
「四歳だろうとなんだろうと、このヴィクトリア家の一員だ。陰で何かをやるのならともかく、公の場で口に出したことには責任が伴うことを自覚しなければならない」
そう答えるパトリックの表情は冷徹とも言えた。
だが、エリザベスも負けてはいない。キッとまなじりをあげると、怒りをにじませて言葉を返す。
「ええ、ええ。公的な場ではそうでしょう。ですが、ここは家族の場、私的な場所です。家族だけしかいない場でそこまで求められて、セレーネはどこで息を抜けばいいのですか!」
「ここが私的な場所だろうと、セレーネは使用人の処遇について口にしたのだ。それについては責任を持たせるべきだろう」
「セレーネが、ユーナを庇っていることなど、わかっているではありませんか! だからわたくしは早くセレーネ付きからユーナを外してほしいとお伝えしていたのに!」
「使用人の扱いは侯爵家の一員として一番初めに覚えるべきことだ。それを知らしめるのにユーナはちょうどよかった」
「あなたは!」
バンッとテーブルに手をついて、エリザベスが立ち上がった。
グラスの水が波打ち、こぼれた。
「あなたがセレーネをはじめとしてわたくしたち家族を愛してくださっていることはわかっています。けれど、どうして『責任』や『仕事』が絡むとそんなにも頑ななのですか! ひとは間違えるものです! ましてや四歳の子どもの判断が未熟なのは当然です! 一言諭せばそれで済んだのに!」
パトリックは一度目を伏せ、それから口を開いた。
「私自身、父からそのように教育された。それが侯爵家の教育だ」
その言葉に苦いものがあることに気付いたエリザベスは、怒りを収めるように一度大きく息を吐く。そしてしばらくしてから再び口を開いた。
「お義父さまとあなたが同じ教育方法をとる必要はありません。アレクのときも、イクスのときも、何度もお伝えしたではありませんか。確かに、ふたりとも立派に育ちました。けれど、もっとほかのやり方があったのではありませんか? ましてやセレーネは女の子なのです」
エリザベスはゆっくりと椅子に座り、真摯なまなざしでパトリックを見つめる。
「公明正大なあなたを、わたくしは誇らしく思います。いつでも正しく在ろうと、自分にも他人にも厳しく接せられている。誰もあなたを公には非難できないでしょう。ですが、人は弱い生き物です。間違えることもあるし、心が揺らぐこともあるでしょう。時には、それに寄りそうことも必要なのではないでしょうか?」
エリザベスは知っていた。パトリックが公明正大だからこそ、敵が多いことを。
清い水だけでは、人は生きられないのだ。
パトリックは間違えたことは言わない。その代わり、その判断は常に冷静。どんなに同情すべき点があろうと、些細なことだろうと、厳しい判断を下す。
人はそんなパトリックに面と向かって反論することはできない。なぜならパトリックは正しいのだから。
だからこそ、鬱屈した思いを溜めていくのだ。
「わたくしも、セレーネも、もちろんアレクもイクスも、貴方を愛しております。だからこそ、貴方が人に恨まれるのはつらいのです……。――無礼なことを言いまして本当に申し訳ありません」
エリザベスは今一度立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ですが、セレーネへの罰は、わたくしの独断で一日のみに減らせていただきます」
それだけ言うと、今度は優雅に礼をして、食堂を出て行った。
セレーネへの罰について、「よろしいですね?」とパトリックの判断を仰げば、彼の立場上「応」とは言えない。だからこそ「独断」という形で言い切り、出て行ったのだろう。
「……あいつにはかなわんな」
パトリックの独り言を、ふたりの息子たちは聞かなかったことにした。