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6 お局様、父親に配置換えの相談をする。

「おおっ、セレーネ! 昨日は大変だったな! お前が死んでしまったら、私たちは生きる希望を失ってしまう! 本当に無事でよかった!」


 食堂の扉をくぐるなり、父・パトリックが立ち上がり、颯爽と近づいてきた。そして、機敏な動きでセレーネの頬にキスをする。

 銀髪に美しい青い瞳を持つ彼は、セレーネとよく似ていた。


「セレーネ、寝ていなくて大丈夫か? 無理してはいけないよ」

 続いてやってきたのは長兄のアレク。セレーネの頬に少し長めにキスをした後、髪を撫でてくれる。金髪に緑色の瞳は、母エリザベスによく似ていた。


「大丈夫か? 頭を打ったんだろ? 頭は怖いんだぞ。少しでも気分が悪くなったら、すぐに言えよ」

 次に来たのは次兄イクス。チュッと小さく音を立てて頬にキスした後、おでこをツンッとつついてくる。

 長兄と同様、金髪に緑の瞳を持っているが、アレクが柔らかな雰囲気を持っているのに比べ、精悍で男らしい印象が強い。


 そして、最後にやってきて、優しくハグをしてくれたのは母エリザベス。

「セレーネ、本当に無事でよかった。もうこんなに心配をかけさせないでちょうだいね」

 金髪と緑の目がキラキラと美しく、まるでそこだけ暖かな日差しがさしているようだ。

 誰もが一目見ただけで、好感を持つだろう。まるで春の女神のようだった。


 父に似た外見が嫌いなわけではないが、この母エリザベスに似て生まれていたら、人生イージーモードだったんじゃないか? とセレーネはちょっと遠い目をしてしまう。

 これで性格がいいのだから、天は二物も三物もあたえたもうものだ。


 ――まあ、自分の家族が性格悪いよりはいいけどね。


 セレーネは気を取り直し、家族に向かい小さな礼をした。

「おとうさま、おかあさま、アレク兄さま、イクス兄さま、ごしんぱいをおかけして、申し訳ありません。おかげさまで、セレーネはすっかり元気です」


 そして、にっこりと笑った――つもりだったが、笑いなれていないせいで、ちょっぴりひきつった。


 ところが家族はそんなセレーネに目を見開き、食い入るように見てくる。


 ――まずい、なにか不信感をあたえちゃったかな。


 セレーネが冷や汗をかきそうになったその時、一斉に反応が返ってきた。


「ま……まあ! まあまあ! なんて可愛いの、セレーネ! まるで美しい月がわたくしたちに微笑みかけてくれたかのよう!」


「セレーネー! だめだ、そんなに可愛く笑っては! こんなに可愛くては攫われてしまう! どこぞのボンボンに目をつけられてしまうー!!」


「セレーネ、ぼくのお姫様。微笑むと、いつもの何十倍、何百倍と可愛いね。でも、君が微笑むのは僕だけでいいんだよ?」


「一見クールそうな表情から、一転、天使の微笑み。ギャップ萌えだな……」


 ――怖いって!


 家族の暴走っぷりに、ドン引いてしまう。

 そういえば、セレーネはかなり溺愛されていた。


 現在、長兄アレクは18歳、次兄イクスは17歳。

 遅くなってできた唯一の女の子に、両親だけではなく、ふたりの兄も、目に入れても痛くないほどの可愛がりようだった。


 後ろに控えていた執事のセバスが、ゴホンッとわざとらしく咳払いをする。

 ハッと我に返ったらしい四人が、素早くテーブルに戻っていった。

 どうやら、自分たちが暴走していた自覚はあるらしい。無自覚でなくて、本当によかった。


「さ、セレーネお嬢様も席にお座りください」

 セバスが子供用の少し高くなった椅子を引いてくれる。

「ありがとう、セバス」

 にっこり微笑むと(たぶん、ひきつっていたが)、セバスは驚いたような顔をした後、ふわりと微笑み返してくれた。


 セレーネが席に座ったところで、朝食が始まった。

 貴族の家では、家族で集まるようなことはなくバラバラで食事をするところも多いようだが、セレーネの家では極力全員そろって食事をとることになっている。

 なるべく家族での時間を大切にしたいという父パトリックの方針だ。


 そのおかげで、ヴィクトリア侯爵家の家族仲は極めて良好だ。

 今も、朝食をとりながら、和気あいあいとしている。


 話題も、仕事のこと、友人のこと、新しい社交界の流行のことなどなど多岐にわたっているが、どれも和やかだ。


 ――うーん、さほど問題がある家庭には見えないけど。こんな和やかさの裏で、この家が不正まみれって、ことかしら。


 人間、見た目とは違う本性を持っていることぐらい、前世でOLをやっていたセレーネにはわかっている。

 しずしずと食事を続けながらも、家族の観察をする。


 だが、見れば見るほど、美しく慈愛に満ちた家族の風景である。


 ――いったいこの家族のだれが、不正をおこなっているんだろう? それともセレーネが大きくなるにつれて、不正に手を染め始めるんだろうか。


「……ーネ? セレーネ? 聞いているかい?」


 考え事に集中しすぎていたセレーネは、ハッとして背筋を伸ばす。

「ごめんなさい、おとうさま! ぼんやりしてしまいました」

 素直に謝ると、パトリックは心配そうに眉をひそめた。


「やっぱりまだ本調子じゃないんじゃないか?」

「いいえ! だいじょうぶです! ただちょっと考えごとをしていただけで」

「考え事? なにをいったい私のお姫様は悩んでいるんだい?」

 突っ込まれてしまい、動転してしまう。


 ――家族の更生計画です……なんて言えるか!


「え、その、そう、ユーナ! 侍女のユーナの、はいちをどうしようかと!」


「配置? ユーナというと、セレーネの部屋付きの侍女だね。配置を変える必要が?」

 パトリックが眉根を寄せる。


 セレーネは、自分が出してしまった言い訳にちょっと焦った。いまこのタイミングで話すつもりはなかったのだが。


 ――とはいえ、どうせ配置換えについては相談するつもりだったし、いまでもいいか。

 そう思い直すと、大きく深呼吸をする。


 大事な場面だ。

 不信感も、わがままな印象ももたれないように、丁寧に、慈愛をもって話さねば。


「ユーナなんですが、わたくしのへやづきの侍女のしごとには、ちょっと向いていないみたいなんです」


 パトリックは真顔になり、セレーネの顔をじっと見つめてくる。

 母と兄たちも口をつぐみ、ふたりのやりとりを見守り始めた。


「どうしてそう思うんだい、セレーネ」

 パトリックがゆっくりとした口調で、けれど真摯な表情で尋ねてくる。


「ユーナはおそうじが苦手みたいで、ものをきずつけたり、お水をこぼしたままにしたり、ということが多いんです。じつは、こんかいわたくしが頭をうったのも、こぼれたままの水ですべってしまったのが理由なんです。もちろん、わたくしが不注意だったのがいちばんいけないんですが」


 ハッと息を呑む家族やセバスに、さりげなく転んだのは自分が悪いんですよ、と伝える。


 人間、他人の悪口だけを聞かされると、「こいつ、自分にとって都合のいいように、事実を捻じ曲げて話してるんじゃないか」と、その内容に不信感を持つものである。

 会話の中にさりげなく相手方を庇うことを入れると、「この人、相手のことを庇うなんて健気だな」と思われ、相手を味方に引き入れられる可能性が、ぐっと高くなる。

 これぞOLスキル!


 ちなみにお局様のときは、自分の所見は入れず、とにかく誰も文句を言えない事実関係を、これでもかというほど羅列して突きつけた。

 とはいえ、事実関係を語るときにも嫌味な感じでいうことができる。

『つまり、あなたは本来なら課長に決裁印をもらうべきところを、もらわず、誰にも許可を得ないまま先方に渡したということね。課長の決裁印ももらわず、誰の許可も得ないまま』

 という感じで、大事なことを二回言い、最後に鼻をフンッと鳴らすと、非常に嫌味な感じがしておススメである。

 これぞお局スキル!

 

 閑話休題。


「でも、わたくし以外のだれか――たとえばほかの侍女たちがころんで怪我をする可能性もあるでしょう? これまでもなんどか注意をしていましたし、ユーナもそれを気にしてさいしんの注意を払っておしごとをしているんですが、なかなか改善ができなくて」


 父の顔を見ながら、セレーネは小さく首を傾げる。


「だから、ユーナは、もともとへやづき侍女のおしごとが向いていないんじゃないかな、っておもったんです。向かないおしごとを、叱られながらやるのはつらいでしょう? もっとユーナに向いたおしごとにはいちがえをしたらどうかと思うんです」


 家族もセバスも、誰も話さず、父パトリックを見つめる。

 パトリックはしばらくセレーネの顔を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。


「つまり……ユーナは侍女の仕事を全うできていない。何度注意をしても改善されない。今回、セレーネが転んでしまったのも、もとはユーナのミスが原因ということだね?」


 心臓がキュッと痛くなる。

 こういう風に確認を取られると、「ファイナルアンサー?」と某クイズ番組の司会者に尋ねられているようで、恐ろしいな、とセレーネは思った。

 これに対する回答次第で、セレーネ自身の評価も変わるだろう。


「ええ、そのとおりです。ただ、ころんだこと自体は、わたくしの責任ですが」


 パトリックが大きくうなずいた。


「よくわかった。――ユーナは役人に突き出そう」


 父の言葉に、セレーネは目を見開いた。


 ――はい!? どうしてそうなるの!?


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