5 お局様、第一印象を検討する。
翌日。セレーネは前世の記憶を取り戻してから、初めての朝を迎えた。
両親や兄たちと顔を合わせることになるが、セレーネとしての記憶がないわけではないので、大きな問題はないだろう。
玲子の記憶が戻ったことで大人びた言動が増えてしまうかもしれないが、アンナに話したように、今回の事故を経ていろいろと学んだ、という形で突破したい。
それよりも、もっと大きな問題がある。
昨日立てた人生設計を達成するための一番の難関。
将来、実家を没落させないために、今のうちから清く正しい一家に更生させる必要があるのだ。
「まずは、実家がどういった不正をおこなっているかを調べる必要があるわね」
セレーネは呟いた。
ゲームの世界では、ルネッサンス国の機密情報の流出、および不正な貿易によって私腹を肥やしていた、とあった。
だが、あまりにも漠然としている。
ヴィクトリア侯爵家は、国を支える大貴族「四柱」のうちのひとつ。
国の情報はほぼ正確に入ってくると考えて、間違いない。
だが、その反面、「貿易」と呼べるほどの商売は行っていないはずだ。
――それとも、見えないところで父上が何かをされている?
禁制品――麻薬や毒物、稀少動物などを扱っているのならば、おおっぴらにできない理由もわかる。
――まずは、そのあたりを探らないとね。
そのとき、ドアがノックされた。
「どうぞ」
「おはようございます、セレーネ様。そろそろご朝食のお時間ですよ」
柔らかな声とともに、アンナが入ってきた。
「まあ、もうお着替えも済まされたのですね! セレーネ様は本当にしっかりなされて。でも、だめですよ。お着替えはアンナや侍女にお手伝いさせてくださいませ」
やんわりとたしなめられて、小さく肩をすくめた。
玲子としての記憶が残っているせいか、普段の着替えをわざわざ誰かに手伝ってもらうのは、気が引ける。
本当なら、「今後はひとりで着替える」と言い切ってしまいたい。だが、こんなことですったもんだと揉めるよりは、ここは大人しく受け入れて、他のところを押し切ろう。
「ごめんなさい、アンナ。わたくし、じぶんで着替えてみたかったの。つぎからは気をつけるわ」
「ええ、ええ、そうしてくださいまし。さ、それでは髪をお結いしましょうね」
昨日よりも少しだけしっかりとした口調で話す。やはりひらがなっぽく話すのは、しんどいのだ。
アンナによって鏡の前に座らされる。
映りだされたのは、銀の髪と青い瞳をもつ美少女。髪は緩やかに波打っている。
美しいことは間違いないが、髪や瞳の色のせいか、どこか寒々しい雰囲気を与えた。
――うん、可愛い。可愛いけど……これじゃあ、第一印象があまりよくないんじゃないかな。
しかも、なぜか無表情だ。
自分が無表情である自覚がなかったため、自分の顔を見た瞬間、ちょっとビクッとしてしまった。
意識して口角を上げてみる。
かなりぎこちない動きになった。顔の筋肉が使い慣れていないようだ。
どうやらセレーネはあまり表情が変わるタイプではなかったようだ。
――あと血色が悪い!
これはまずい。
人にあたえるイメージは、第一印象で8割が決まるといわれている。
たとえば、前世での玲子はひとめでお局様とわかるように、髪をきっちりとアップにし、嫌味な感じな眼鏡をかけ、きっちりとスーツを着込んでいた。玲子と顔をあわせた人は、ほぼ10割「お局様」というイメージをもっただろう。
そう考えると、今のセレーネにあった人は、絶対に「冷たそうな人」という印象を持つ。下手をすると、子どもだということさえ認めてもらえないかもしれない。
逆に、これだけ冷たそうな外見であるにもかかわらず、ユーナに舐められていたことを考えると……相当、セレーネは人がよかったのだろう。
「ねえ、アンナ。かみかざりは、いま持ってる銀のものじゃなくて、リボンをつけたいわ」
「リボンでございますか? お嬢様が髪飾りにご要望をおっしゃるなんて、お珍しいですね」
アンナが小さく驚いた顔をしつつも、髪飾りの入ったボックスを持ってくる。傾けるようにして見せられたそこには、様々な飾りがきれいに収まっていた。
リボンを数が多いわけではないけれど、いくつか入っている。が――
――うーん、寒色系ばかりね。
銀や青、澄んだエメラルドグリーンなど、綺麗だが、寒々しい色が多い。
セレーネには確かに似合うだろうが、クール度が50%ぐらいアップしそうだ。
「これがいいわ」
比較的やわらかい雰囲気の臙脂のリボンを選ぶ。
それをハーフアップにした髪につけてもらう。
あらためて鏡を見て、再び口角を上げる。
――さっきよりはマシね。
なるべく微笑みを意識するようにしよう。第一印象を良くするに越したことはない。
セレーネは大きくうなずくと、アンナに促され、朝食をとるために部屋を出た。