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14 お局様、家庭教師を選考する。(2)

 セレーネは、セバスから候補者のリストを受け取ると、テーブルと椅子、そして羽ペンを用意してもらう。

 簡易版の面接ブースだ。


「じゃあ、セバス。ひとりずつ呼んで面接をしたいから手伝ってくれる?」

「はい、お嬢様」


 頷きつつもセバスは少し意外そうな顔をしていた。おそらく、セレーネが選考をまるなげすると思っていたのだろう。


 まずは、候補者全員にあらかじめ注意事項を伝えてもらう。


『お集まりの皆様、これから選考のため、セレーネ様ご自身が皆様とお話になります』


 拡声器をつかったかのようにホールに響きわたるセバスの声に、びっくりする。

 思わずキョロキョロするセレーネだが、他には誰も驚いていないようだ。

 セレーネが知らない、マイクのような機械があるのだろうか。


『名前を呼ばれた者は、一人ずつ前に出て、セレーネ様の質問に答えること。質問に対する回答はくれぐれもわかりやすく、簡潔にお願いいたします。なお、お嬢様が面接の終了を伝えられた場合、それ以上の延長は認められません。すみやかにその場を離れてください。また、結果に対するいかなる質問も受け付けません。上記について、ご了承いただける方のみ、お残りください』


 この注意事項、セレーネが決めたものである。

 なんだか現代日本の採用試験みたいになっているが、まあよしとしよう。

 候補者の反応を見てみたが、退出する者は誰もいないようだ。


「セバス、セバス。実際に打ち切って退出をさせると問題になるような、影響力のある方は候補にいるかしら?」


 小さな声で尋ねると、セバスは首を横にふった。


「いえ、基本的にはヴィクトリア侯爵家よりも下位の家の子息や平民が中心です。あらかじめ注意事項として伝えていますし。万が一、それを無視した場合、力ずくで追い出しても問題がないでしょう」

「わかったわ、ありがとう」


 にっこりと笑ってうなずくと、セレーネはさっそくリストに目を落とした。

 候補者にリストには、その人物の名前、実家の爵位、簡単な経歴、事前におこなった試験の点数が書いてある。


 ――これ、作るの大変だっただろうな……


 分厚いリストを作ったであろうセバスに同情の目を向けるが、不思議なことに彼の顔に疲れは欠片も見えない。


 ――さすが万能執事。……いや、待てよ。


「ね、ねえ、セバス。この候補者のリストって誰がつくってくれたのかしら……」

 セバスが非常にいい笑顔で答えた。

「旦那さまでございます」


 ――おとーさまあっ! 張り切りすぎです!


 セレーネは思わずのけぞった。

 今日、朝食時に見たパトリックがよろよろしていたのはそのせいか。


「ま、まあ、おとうさまにお礼を言わなくてはね。……じゃあ、セバス。この方から呼んでくれる?」


 気を取り直して、リストの一番上の名をセバスに示す。

 セバスは大きくうなずくと、ふたたびホールの皆に向かって声を上げた。


『ジュリアン・ミシス氏。こちらへお越しください』


 名を呼ばれただろう青年が早足で近づいてくる。

 十代後半ぐらいの青年だ。身なりもよく、顔だちも悪くない。


 セレーネの座るテーブルの前まで来た青年は、彼女に向かって優雅に一礼した。


「はじめまして、セレーネ・ヴィクトリアと申します。おなまえと、かんたんな自己紹介をお願いできますか?」

「はじめまして、セレーネ様。ジュリアン・ミシスと申します。ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。セレーネ様の愛らしさは美の女神レーネを超えるという噂を常々耳にしておりましたが、こうして目の当たりにしまして、噂などというものは真実の美を一寸たりとも表せないものだと実感いたしました。その青い瞳はさえざえとした水の精霊のごとく澄み渡り、その銀の髪は冴えわたる夜の月のごとき清らかさ。わたくしの胸は早鐘のごとく――」


「はい、けっこうです。ありがとうございました。――セバス、次の方を呼んでくださる?」

「かしこまりました。セレーネ様」

 セバスが一礼し、次の候補者の名を呼び上げる。


 ポカンと口を開けて固まっていたジュリアン・ミシスとやら。

 が、我に返ったのか、慌てた様子で訴えかけてきた。


「セレーネ様! まだわたくしの自己紹介が途中です!」


 セレーネは困ったように眉を下げ、口を開いた。


「もうしわけございません、ジュリアンさま。ですが、選考がつまっているので、次の方のお話をおうかがいしたいと思いましたの」


「そ、そんな! いったい何がいけなかったのです!」


「おこたえしかねますわ」


 控えていた二人の使用人が、ジュリアンの腕をつかみ、ずるずると引きずっていく。


「セレーネ様! お待ちください、今一度チャンスを~……」


 その声は次第に遠ざかっていき、やがて扉が閉じる音とともに完全に掻き消えた。


 一方、ホール内はざわめきに包まれる。


「今のいったい、何がだめだったんだ?」

「セレーネ様を表現する言葉が、ちょっと冷たいイメージだった。もっと柔らかい雰囲気のもののほうがよかったんじゃ?」

「柔らかいか……」


『ローランド・ウィル氏。いらっしゃいませんか? いらっしゃらないようでしたら、次の方に移らせていただきますが』


「い、います! いますぐ行きます!」


 半ば青ざめた顔で出てくる青年。

 ジュリアンの何が悪かったのか、わからなかったのだろう。

 しどろもどろで話し始め、彼もまた途中で打ち切られたのだった。


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