12 お局様、決意を新たにする。
二日ぶりの食事は、ものすごく美味しかった。
セレーネの身体を気遣ったメニューになっているのだろう。やさしい味のスープが、空っぽの胃にじんわりとしみ込んだ。
部屋に戻ったセレーネに、アンナが紅茶を淹れてくれる。
「アンナ、ユーナはいま、どうしてる?」
「ユーナはただいま自室で待機状態となっております。今のところ、セバス様から連絡はいっておらず、お嬢様が配置替えの提案をしたままの状態です」
「そう。……ねえ、アンナ。アンナだったら、ユーナのこと、どうした?」
「わたくしですか? わたくしがお嬢様だったら役人に突き出しましたね」
ふんっと鼻を鳴らして言い放つアンナに、セレーネは驚いた。
「いきなり? だって奴隷になるかもしれないっていってたのに」
セレーネが驚きを伝えると、アンナはこれみよがしに深いため息をついた。
――ちょっとイラッとする。
アンナこそ前世ではお局だったのではないかと思うぐらい、癇に障るしぐさだ。
「それだけのことをやってますよ、ユーナは。ろくに仕事もせずに、言い訳もお粗末。最後は泣き落としで終わりです。お嬢様もそれで許してしまわれるから、ますます増長する。給料泥棒でしょう? なによりもお嬢様を利用しくさって! きぃーっ、本当に腹立たしい!」
あまりのアンナの勢いに、度胆が抜かれた。
どうやらセレーネはものすごく愛されているようだ。
「でも、いきなり役人につきだすなんて……」
「そのぐらい普通ですよ。じゃあ、お嬢様はどうしたかったのです?」
アンナに尋ねられ、一瞬、口ごもってしまった。
「それは……でも、そうね、わたくしの目に入らないところに行ってもらいたかったんだと思う」
「でも、そこの部署でもお荷物になっていたと思いますよ」
アンナに簡単に返されて、ぐっと詰まった。
確かに、そのとおりだろう。
つまり、誰かが決断をしなければいけないのだ。
ユーナの職を奪い、この侯爵家から追い出す決断を。
お局様のときは、自分の部署が「シマ」だった。だから、嫌なやつは「他の部署にいってしまえ!」と内心で叫びまくっていた。そのほかの部署への被害は知ったことではなかったのだが……
確かに、受け入れを強いられる部署はたまったものではないだろう。
とはいえ、今、侯爵家を守るべきは父親の仕事だ。セレーネは気にしなくてもいいはず。
――子供って素晴らしい!
ユーナを自分付きから外したのはセレーネ自身なので、いつかは何らかの対応をしないといけないだろう。だが、今、何も知らないままで悩んだって無駄だ。
知識や情報がない段階で何かしらをやっても、いい結果には結びつかない。
「ねえ、アンナ。ユーナの件だけれど、しばらくセバスに一任できるかしら。わたくしが、てきせつな判断をくだせるようになるまで」
セレーネが小さく首を傾げて尋ねると、アンナはうなずいた。
「大丈夫だと思いますよ。もともと使用人の管理・監督はセバス様のお仕事ですからね」
「じゃあ、ユーナの新しい配置の件、セバスにお願いしてもらえるかしら。それで、しばらくのあいだ、ユーナがしっぱいしたり、それをちゅういしたりしたら、記録をとっておいてもらいたいの」
「わかりました」
アンナはうなずくと、部屋を出ていった。
さっそく、セバスに伝えにいったのだろう。
「さて」
セレーネは腕を組んだ。
今回の件で、自分の問題が明らかになった。
自分はこの世界の常識が足りなさすぎる。積極的に生きるにせよ、のんびり生きるにせよ、知識があって損はない。
「よし」
――父親に家庭教師をつけてもらおう。
セレーネは深くうなずくと、やがて戻ってきたアンナに、父親とのアポイントを取ってもらうのだった。




