11 お局様、お父さまと仲直りをする。
食堂に入るときには、少し緊張した。
震えそうになる足を一度止めて、セレーネは深呼吸をする。
前世で、同僚に仕事の失敗を押し付けられ、依怙贔屓のひどい部長に呼び出されたときみたいだ。
心を落ち着かせて、父親と対峙する心構えを作ろうとして――止めた。
――さっき、決めたばかりじゃない。
こんな幼いころから気張っていても仕方がない。もし、本当に今回の人生を悔いなく生きるのだとしても、四六時中全力で生きていたら息切れしてしまうだろう。
全力で生きるのはいい。けれど、楽しまなくては意味がない。
――子供のころしかできないことも、たくさんあるしね。
全力で楽しませてもらおう。時にあざとく生きながら。
「おはようございます、お父さま」
食堂に入り、既に席についていた父パトリックに挨拶をする。
「おはよう、セレーネ。……っ」
パトリックは何か言いたそうに、もごもごしている。母・エリザベスが、そんな父を睨みつけていた。
「お父さま」
セレーネが声をかけると、パトリックがかすかに身体を震わせる。
「このたびは、わたくしのあさはかな発言で、ご迷惑をおかけしてもうしわけありませんでした。セレーネはこれからもっと勉強して、お父さまの名にはじない、りっぱな侯爵令嬢になりたいとおもっています。だから……だから、お父さま、許していただけないでしょうか?」
涙をうっすらと浮かべて、手はスカートを握りしめ、小さく震えて――
「セレー……」
「ああ、セレーネ! そんなに謝らなくてもいいのよ」
どーん! とパトリックを突き飛ばしたのは、母・エリザベスだった。
エリザベスはそのままの勢いで、セレーネをぎゅうっと抱きしめる。
「あなたはまだまだ幼いんだもの! それなのに、あんな立派なことを言って、お母様は誇らしかったわ!」
「そうだとも、セレーネ! 私も誇らしかったよ」
「まったくだ」
アレクとイクスも頷く。
そして、三人は同時にじろりとパトリックを見やった。
「……」
無言の攻防が続く。執事のセバスが、ごほんと咳払いをした。
「なんだ、その……」
パトリックがぎこちなく話し始めた。
「セレーネ、君のおこなったことは決して正しいとは言えない。侯爵令嬢としてはあるまじき行動だ。……だが、反省しているのならば、今回はいいだろう」
セレーネは、ぐっと歯を食いしばった。
そして、「はい、申し訳ありませんでした……」と震える声で答える。目にはもちろん涙が浮かんでる。
――あれ、前世では泣くのを我慢しすぎていたせいか、死ぬ数年前から、どんなにつらいときも泣けなかったのに……
涙を浮かべたいなと思うと同時に、込み上げてきたそれに内心でびっくりだ。
セレーネの涙を見て、家族がぎょっと目をみはる。
そして、次の瞬間、母と兄たちが、ギロッと父を睨みつけた。
父パトリックが気まずそうに目を逸らした。




