9 お局様、気を取り直す。
ずーんと落ち込んでいたセレーネだったが、沈んでいても何も改善しないことは前世で勉強済みだ。
「まずは、気持ちを立て直そう」
セレーネはため息を大きくつくと、勢いをつけてベッドから飛び降りた。
落ち込んだ状況で何かを考えても、碌な発想はでない。
そして、気持ちを立て直すために前世でセレーネがやっていたのは――
「寝よ」
セレーネは髪をほどき、ドレスを脱ぐと、先ほど脱いだばかりの寝巻きを着直し、布団を捲ってベッドに入った。
***
よく寝て、よく食べれば、とりあえず辛いことは少し過去のものとなる。
今回は食事が抜きになっているので、寝ることしかできなかったけれど、前世の記憶を取り戻したせいで興奮状態が続いていたのだろう、驚くほどよく眠れた。
翌日の朝、母エリザベスが自らセレーネの部屋を訪れた。
「セレーネ。もう罰は終わりよ。お父様は三日と言ったけれど、その後変更になって一日になったから。一緒に朝ごはんを食べましょう?」
ぎゅっと抱きしめられながらも、セレーネはうーんと首をひねった。
あの父が、期間を短くしようなどというだろうか?
ちょっと顔を合わせただけだが、自分の言葉の重さを自覚している分、それを翻すことなどなさそうだ。
「おかあさま、おとうさまは本当に一日にするとおっしゃったのですか?」
セレーネがエリザベスを見上げて尋ねると、エリザベスはにっこりと笑ってうなずいた。
「わたくしがそうすると決め、あの方が否定をしなかったのですから、お父さまがおっしゃったも同然です」
どうやら押し切ったらしい。あれだけ頑固そうなパトリックを押し切るとは、さすがである。
だが、それに甘えてしまっていいものか……
「おかあさま、わたくし、きちんと三日間、バツを受けます。わたくしが悪いことをしたのですから」
「まあ、セレーネ! あなたったら!」
エリザベスが感極まったようにエリザベスを抱きしめる。力強すぎて、苦しい。
「いつのまにこんなにしっかりした子になったのかしら。ユーナのことも庇って……あなたは強い責任感と思いやりをもった、素晴らしい淑女よ。わたくし、誇らしいわ」
引き続き苦しいのだが、エリザベスはセレーネがモガモガ暴れていることにすら気が付いてくれない。
「でもね、あなたは子どもなんだから、今からそんなに完璧でなくていいのよ」
そう言ってセレーネを引きはがし、顔を覗き込んでくる。
正直、死ぬかと思った。が、頭を軽く振って、立て直す。
「でも、おかあさま。おとうさまのおっしゃることはもっともです。わたくしが発することばには、さまざまな責任がはっせいします」
「そうね。でも、その子どもの発言に責任を持つのは、わたくしたち家族よ。お父さはあなたを非難したけれど、最終的に非難されるべきは、あなたを育てたわたくしであり、お父さまになる。――わかる?」
部下の責任は、上司の責任か。確かにそれは正しい。けれど、それを部下側――つまり、セレーネが口にしていいことではないことも知っていた。
セレーネも前世で、若いOLが「斉藤さん、私の指導係なんですよね? 私が失敗したのなら、斉藤さんが責任を取るべきなんじゃないんですか」と言われた時にはブチぎれた。
仮にそうだとしても、失敗をしたお前が言うな。ギリギリと歯ぎしりをしすぎて、後日、噛み合わせが悪くなったほどである。
とはいえ、セレーネのためを思ってくれたエリザベスの顔もある。
「――じゃあ、もういちにちだけバツを受けます。あしたから、朝食をご一緒してもいいですか?」
エリザベスはセレーネをじっと見つめた後、深いため息をついた。
「あなたは、妙にお父様に似ているわね。わかりました。それでは、明日の朝、楽しみにしているわね」
「はい」
エリザベスが出ていくのと入れ違いになるようにして、アンナが入ってきた。
扉を閉めるなり、深々と頭を下げる。
「お嬢様、このようなことになってしまい申し訳ありません」
おそらくセレーネが罰を受けることになったのは、自分にも責任があると思ったのだろう。もともとアンナはセレーネに甘い。
そのせいで、ゲームの世界での悪役令嬢が生まれたのかもしれないが。
「いいえ、アンナのせいではないわ。わたくしが不用意だっただけよ」
そう言って小さく笑う。
「あのね、アンナ。あす、ご飯をたべたら、いろいろ相談があるの。時間をくれる? あと、ユーナがいま、どういう状況か、しらべておいてちょうだい」
「かしこまりました」
アンナが頭を下げ、水差しを替えると再び部屋を出ていく。
セレーネは深く息を吐き出すと、再びベッドに入った。
とりあえず、寝よう。
すべては明日からだ。




