カレン
カレンがいなくなって三ヶ月が経った
案外大丈夫じゃないか、そう思った
今何処にいるのかはわからない
けれど不安ではなかった
何故だろうな
血は繋がっていないのに
それ以上の強い繋がりがカレンとはある
そんな気がしたんだ
「おはよう」
ああ、カレンだ
これは五年前の記憶だ
カレンは16歳
この日は6月
紫陽花が咲き始める季節
「どうしたの?」
過去のカレンの声は幼くはなかった
今もきっと変わらない声だろう
優しい暖かい声をしているんだ
「慶太くん」
目を覚まさなくてはいけない
いつまでもこうやって
目を閉じて
カレンの声をきいているのではいけない
時計を見ると17時9分
二時間も何もせずこうしていた
花恋
写真立てに飾られた一枚の絵葉書に書かれた花恋という字
「夏。私はひまわりが一番すき。慶太くんは、すきな花はなに?」
「花に恋をする。私はこの名前すき。お父さんがつけてくれた名前。かれんは、慶太くんのこと、一度もお兄さんとして見たことなかったよ。だって、昔から私たちは、親友だもの。」
カレンの文字が
僕の目から頭にすっと入る
奥へ奥へと入り込んでくる
ずうっ、と音がするみたいに
心の沼にずぶずぶ埋もれていく
「慶太くん。私は」
「私は。慶太くんのことお兄さんだって思ったことはないよ」
「お父さんの名字が桐谷なのは、偶然だよ」
「私のお母さんと慶太くんのお母さんはちゃんといるでしょう?」
「慶太くん、夜になるよ」
「夏なのにな、おかしいね、もう、暗いんだね」
カレン
僕の頭の中でカレンの声がとまらない
僕は止めどなく流れ出る感情の洪水を喉から発しないよう、せき止めている
カレン
あの夏の夜、押し入れの中二人で秘密基地ごっこをして
僕はカレンの瞳もみれない
僕はカレンの声だけ
きいていられればいい
「慶太くん」
「ひまわり畑、いきたいね、いこうね」
「私がもっと元気になって、走れるようになったら、一緒に走ろう」
「慶太くん足はやいから、ついていけないかも」
「たのしみ。」
閉鎖空間だった
ふすまをあければ外の世界に繋がる
鍵なんかかからない
一度だって触れたことはない
触れなくてもいい
カレンがここにいれば。
僕はいいんだ。
「慶太くん」
「あの、ね」
「いつまでも。私はこの街には」
「いられないから」
知っていた
毎晩薬を飲んでいたことも
すぐに息切れすることも
夜中眠れないことも
学校にいけないのも
友達がいないのも
「慶太くんがいるから私は大丈夫」
僕がいること。
カレンがいること。
「夢みたいだね」
「ひみつきち。たのしい。夏も、おわっちゃうのかな」
触れなくてもいい
声がきければそれで充分
カレン
心地いいんだ
ぬるま湯につかっているような居心地のよさ
「慶太くん。」
ハッピーバースデー
僕の誕生日
カレンはどこかの病院に入院した
苦しい
きっと
カレンが
絵葉書をくれて
来年もくれて
そんな当たり前が続いて
二人がもっと遠くにいけるくらい大人になったら
知らない世界に、いこう
二人だけの世界なんてないのに
あの秘密基地は
この世で一番綺麗な場所に思えた