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名前のない怪物  作者: 黒木京也
外伝 Monster Days
99/221

名も無き者共の再来≪前編≫

番外編です。時系列は四章終了と、エピローグ開始の間です。

今後暫くはユルい話が連続しますので、気を抜きながらどうぞ。

 それは、箒星が煌めく夜空の元、僕達が旅立ってからすぐの出来事だった。


 ※


 とあるロッジの一室で、手拍子がよく合うであろう、軽快な音楽が流れている。どこかで聞いたことのあるようなそれは、今では珍しい、電池式のコンポから流れてきていた。

「さて、レイ君。ちゃんと歯は磨きましたか? お風呂には入りましたか? まぁ、不潔な男と、清潔でも無駄に彫像のような笑顔を浮かべる男は私的にNGですが。さて、始めましょうか」

 ある特定の男を容赦なく罵倒しながら、汐里は僕の前で仁王立ちのまま、腰を機転に上体を回している。彼女曰く、「有酸素運動は切らしてはいけません!」とのこと。スーツと白衣が通常装備だった彼女は、今は黒いタンクトップと、赤いジャージを着用していた。勿論、蜘蛛糸による手作りだ。普段スーツで押さえられていた、彼女のとある部位が、身体を動かす度に揺れる。揺れる。……元健全な大学生である僕には、正直目に毒だ。

「さて、準備運動です。両腕をまっすぐ伸ばし、円を描くように回しましょう。飛行機ブンブンです。まず十セット。スイング! スイング! スイング! ワンモァセッ!」

 突っ込んではいけない。というか、僕は散々突っ込んだ。チラリと横を見ると、黒いジャージ(蜘蛛糸製)に身を包んだ怪物が、どこか楽しげに腕を回していた。

 端から見たら、僕らはただエクササイズ体操をしている三人――。に、見えることだろう。

 ところがどっこい。汐里の言葉をそのまま借りるならば、僕が今やるこれは、怪物の能力を使用する上での、重要な訓練なのだという。……いや、本当に。

「さぁ、膝蹴りの要領で腿上げ体操です。しつこい天才の頭蓋骨にヒビを入れるような勢いで!」

 ちょくちょく私怨が絡んでいるような気もするが、僕はもう、それを受け流して、腿上げに勤しむ。躍動感に溢れる訓練の中で、頭に浮かぶ事はただ一つ。

「……どうしてこうなった?」

 思わず僕が漏らした呟きに答える者はいなかった。


 ※


 話は、二日前まで遡る。

 汐里に導かれるままに、僕らがたどり着いたのは、山奥の寂れたキャンプ場だった。夜の闇に乗じて部屋を出て、そこにたどり着いた頃には、夜はすっかり明けていた。昇り行く朝日に、思わず目を細めながら、僕は周りを観察する。

 キャンプ場中央に、キャンプファイアーにでも使うのだろうか、仰々しい台が鎮座していて、木の燃えカスらしきものが、白く変色して残されていた。そこから五十メートル程離れた東西南北それぞれに、少し大きめのコテージが建てられている。

 周りに雑草こそ生えてはいるが、何年も放置されていた場所というわりには、随分と小綺麗に見えた。

 まるでここ一年くらいの間に、誰かが使っていたかのような……。

「ああ、それはそうですよ。ここは、楠木教授の第三実験棟ですから。四方にあるロッジは、ルイ達がそれぞれ、ペアで使っていたものです」

 僕の内心を見透かしたかのように、汐里が答える。

 第三実験棟。確かルイ達が、怪物にされる前に、連れて来られた場所だ。表向きは心理的実験。真の目的は、アモル・アラーネオーススのつがいを作る為の、布石として。

 突然連れて行かれて、どこへ案内されるのかとは思ったが、どうやら怪物に関する出来事は、僕らにいつまでもついて回る運命らしい。……遠坂黎真は静かに暮らしたい。何て考えは、贅沢だろうか? いや、今は考えまい。

「ここで……ルイが?」

 導かれるように辺りを見渡す。かつてルイが生きていた場所に、僕がこうして降り立っている事実。何というか、不思議な感慨深さがあった。

「見てきますか? 私も準備がありますし、自由時間としましょう。ルイとあの女のロッジは、北側です」

 あの女という部分に少しの嫌悪を滲ませる汐里。今更だが、京子と汐里って、結構性質似てるよな。なんて事を僕は何の気なしに思った。アクティブさに違いがあるので、どっちが怖いかは甲乙つけがたいが、少しだけルイに同情した。

「何か失礼な事を考えていませんか?」

「な、何でもないよ!」

 汐里の目がつり上がっていくのを察知した僕は、慌ててその場を後にする。ちょこちょこ後ろからついてくる怪物と共に、僕は北のロッジへと。

「じ、地味に段差があるな」

 流石は大自然の中にあるキャンプ場とでも言うべきだろうか。

 怪物に手を貸しながら、何とかたどり着くと、ロッジの屋根で羽を休めていた野鳥達が、一斉に飛び立った。

「ここか……」

 扉を開ける。木の匂いに鼻を擽られながら、僕達はロッジの中に入り込んだ。電気のスイッチらしきものが見えたが、点けるのは止めておいた。もう充分明るいのだ。

「あ……」

 部屋の中を一望した時、僕の口からそんな声が漏れた。

 ロッジは、外観からは想像もつかないほどに、綺麗な内装だった。キッチンに、ダイニングテーブル。ソファーにテレビ。

 山奥とは思えない程、機能が充実している。更にリビングの奥には、扉が二つ。覗いて見たところ、どうやらここに住んでいた二人の私室のようだ。

 片方の部屋には、大きな本棚が二つ。ありとあらゆる本が、ぎっしりと詰め込まれている。スッキリと整理整頓された部屋ではあったが、ベッドの枕元には、本が塔のように積み上げられていて、何とも異彩を放っていた。

「ルイだ。これ絶対ルイの部屋だ」

 確信と共に、僕は小さく笑う。本を片っ端から溜め込み、積み上げてしまうのは、やはり彼の癖らしい。

 何となく懐かしい気配に、自然に顔が綻ぶ。あっという間にすら思えた交流だったけど、確かにルイはここにいて、僕の中で生きている。その再確認が、僕の心に暖かいものをもたらして……。

「……って、おい。何やってるんだよ」

 人が感傷に浸っていると、腕が強い力で引っ張られていた。

 誰の仕業かなど、言うまでもない。

「ちょ、待って。離してくれよ」

 必死でその手を振り払おうとする僕。それを無視して、怪物は僕をぐいぐい引っ張っていき。

「……何故だ」

 あれよと言う間に、僕はすぐそばの、ベッドに引きずり込まれた。

「レイ、いつもこれで休む。レイの巣。だから、休もう」

 どうやら、ベッドの事を言っているらしい。いや、確かに眠るときはそうだけどさ。でも僕はそれを住居にした覚えは……。

「それにこの上は、レイが(ワタシ)を抱いてくれるとこ」

「止めろ。その言い方だと何か誤解されそうな話になるから止めろ」

 わりと洒落にならない発言は、全力で阻止する。本当に油断も隙もないやつだ。

 ついでに言うと、抱くと言っても、怪物の方が僕にぴったり抱きつくから、行き場のない僕の手がそうなるだけだ。断じて、僕からいつも抱きしめている訳ではない。うん、そうだとも。


 意味をなさない言い訳を考えていると、怪物は嬉しそうに身を擦り寄せてくる。柔らかすぎる感触は、やっぱり慣れなくて、僕は無意識のうちにため息をついていた。

 まぁ、いいか。汐里は自由時間と言っていたし、探索は後でも出来るだろう。

 僕はそう結論づけ、静かに目を閉じる。そう言えば、真夜中に部屋を出て、今の今まで一睡もしていなかった。

 そう自覚した時、僕の身は急速な睡魔に襲われていく。怪物になっても、僕は単純なままらしい。

 何故か二つある枕のうち、キャラクターが描かれていない方の枕を引き寄せる。

 触ってみて分かったが、無駄に低反発だった。


「やっと……二人きり」


 軽いキスと共に降ってくる、幸せそうな怪物の声。透明感のあるそれを聞きながら、僕はゆっくりと、微睡みへと身を委ねた。



 ※


 痺れるような、痛みがある。何かに引っ張られているかのようなそれに、僕は思わず顔をしかめた。

「い、いひゃい……」

 声が、上手く出せない。というか、これは……。

「おはようございます。よくお眠りでしたね」

 重たい瞼をゆっくり上げると、目の前に赤い瞳があった。

「う……わ……」

 意図せずそんな声が出る。すると、汐里は心外と言わんばかりに目を細めた。

「女性の顔を見るなり、その反応はどうかと」

 ヒラヒラと手を振りながら、汐里は鼻を鳴らす。真紅の瞳が、僕と眠る怪物を順番に流し見た。ピンッと、手袋付きの指が、僕の額を弾く。その瞬間、再び僕の頬に痺れが走る。

 そこで僕は、今更ながら、汐里に頬をつねられている事に気がついた。

「へっと……ひゃにをしへるんだ?」

 頬の突っ張りのせいで、声が上手く出せない。そんな中、汐里はどこか面白くなさげな顔を見せている。

「ああ、気にしないで下さいな。これはただの八つ当たりです。帰ってくる気配がないので来てみたら、いつかのアルビノと泥棒猫のように貴方達が身を寄せ合ってましたので。つい」

 ベッド横に置かれた椅子にゆったりと腰掛けながら、汐里は短くため息をつく。よくわからないが、とばっちりという奴だろうか。汐里は汐里で、「嫌なことを思い出しました」と、ブツブツ漏らしている。

 君も今見た目はアルビノだよ? って一言は……言わない方がいいだろう。

 僕がそんな事を考えていると、汐里は無言で腕時計を見ていた。辺りはもう真っ暗だ。随分と寝てしまっていたらしい。こんな闇の中でも、汐里の一挙動がしっかり見えるのは、僕がもう人間ではなくなったが故だろうか?

「さて、予定より遅くなってしまいましたが、早速始めましょうか」

「へ?」

 突然の提案に、僕は思わずポカンとする。「言ったでしょう? 貴方に怪物の力の使い方を教える……と」

 アレはやはり、本当だったらしい。しかし、本当にどういった心情の変化だろうか?

 無防備に眠っていた自分を叱責してやりたくなる。汐里の目的が見えていないのに、僕は何をやっているのだろう。

 グッと、拳を握り締めながら、僕は静かに起き上がる。怪物は、僕に引っ付いたまま、まだ寝息を立てていた。

 以前は眠りもしなかったのに、随分と変わったものだ。苦笑いを浮かべる僕の横で、汐里は僕の頬を捻る。

「痛い痛い痛い痛い痛い! 取れる! 頬っぺた取れるぅ!」

 悲鳴を上げる僕に、汐里は静かに。の、ジェスチャーを送る。目が笑っていなかった。

「癒されたような顔してないで、さっさと起きて下さいな。寝てる女の寝顔を見てそんな顔だなんて……。変態ですか?」

 何だか分からないが、地雷を踏んだらしい。頬を擦りながら僕が立ち上がると、汐里は既に部屋の入り口に佇んでいた。

「あ、それから、その子は起こさなくて結構です。いると色々と面倒ですし。取り敢えず、レイ君、向こうのリビングに移動してください。で……」

 赤い瞳が爛々と光る。妖艶な眼差しが僕を居抜き、無意識のうちに身構えてしまう。そして――。


「申し訳ありませんが、服を脱いではくれませんか?」


 そうして、僕は一気に脱力した。


「……はい?」


 この時、僕は気付けなかった。後に待ち受けるであろう惨劇を。

 京子に汐里。怖い女性とは何度も対峙してきた。だが、僕にとってはどこまで行っても、〝あいつ〟以上に怖い存在なんているはずもなかったのである。


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