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名前のない怪物  作者: 黒木京也
第四章 真実の深淵
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78.真意

「やっと捕まえましたよ。さぁ、子ども達を返してもらいましょうか」

 とある野山にて、明星ルイはついに教授を追い詰めていた。

「……幼生を取り戻して、どうするつもりだ。よもや、お前が育てるとでもいうのか? 個体Aは死んだ。お前がいかにアモル・アラーネオーススの力を濃く受け継いだとはいえ、限界もあろう……」

 蜘蛛糸により、大木に磔にされた教授は、嘲るような声を出す。教授の身なりはボロボロで、浮浪者のようだった。無理もない。ルイに捕捉されてから三日三晩もの間、追い回されてきたのだ。

 一方、鍵爪を構え、教授に冷ややかな眼差しを向けるルイもまた、ここ数日の弊害か、流石に疲労の色を見せていた。

「さぁ、あの箱を出してください。全てが嫌なら、せめて僕の子どもだけでも……」

「いない、よ」

「……は?」

 掠れた声を上げるルイを、教授は無表情なままで見つめていた。

「一匹は、唐沢に殺された。個体Bの、子どもの一匹だ。もう一匹は、私の隠し子だが……肉体共有者を見つけた瞬間、また唐沢に殺されてしまった。あいつはアモル・アラーネオーススの、皆殺しを目論んでいるようだな」

 忌々しげに語る教授。一方のルイは、動揺を隠せない。

「汐里が……?」

 頭の中で、何度も彼女の行動を思い返す。生きる方法を探す。これが彼女の答えだとしたら……。

 ルイは思わず、眉間に皺を寄せる。

「そうか……そうだよね。確かに君は、そういう女性(ひと)だ。好きでもない相手の元に、いつまでも囚われていることは良しとしない、か……」

 そもそも、あの汐里が人ならざるものになり、普通の状態を保っていた事自体に、違和感を持つべきだったのだ。そう納得したように頷くルイの表情には、どこか悲痛の色が見て取れた。

「探すならば、急ぐがいい。個体Bの最後の幼生は、肉体共有者を得た。既に欲求対象者に接触している頃だろう。お前と個体Aの間に生まれた幼生達は、まだ生まれて間もないのでな。肉体共有者を捕捉は出来ても、成り変わるには、まだ時間を有するだろう。それまでは、肉体共有者候補の部屋で大人しくしているだろうなぁ……」

 愉快そうに笑う教授。ルイは神妙な顔のまま、尋問を続けていく。

「場所を……教えてはくれませんか?」

「言うものか。お前が味方だと、私には確証がない。唐沢と同じ考えかも知れぬではないか。それに、私はもう……もたない、よ」

 ぐったりと、頭を垂れながら。教授は息を整える。

「お前に、唐沢。年寄り相手に容赦ない奴らよ……だが、これでいい。私は、人の溢れるあの場所で、アモル・アラーネオーススの繁栄を願う。私の血族の、はん……え、い……を、ねが」

 教授の言葉は、最後まで続かなかった。残されたのは、物言わぬ亡骸のみ。風に白髪を揺らすそれの死に顔は、どこか歪んだ笑みを浮かべていた。


「最後まで、アモル・アラーネオーススの、奴隷でしたね。彼は」


 いつからそこにいたのだろうか。気がつけば、少し離れた場所に、唐沢汐里が佇んでいた。

 一瞬、ルイは目を見開き、すぐにまた、悲しげな表情に戻る。この対峙は、必然だった。自分と彼女は、どうあっても衝突する。と、無意識に感じ取っていたのだ。

「汐里。僕は……」

「聞きたくありません」

 何かを言いかけたルイを、汐里は遮る。その目には、揺るぎない決意が見て取れた。

「ルイ。私は、怪物を殺します。貴方と、霜崎さんの子も、すべて」

「僕は……無理だ。守ると決めた。あの子達は、生きようとしている」

「人が死んでも?」

「……うん。僕達は、人としての枠から外れてしまった。だからといって、生きることを放棄は出来ない。狂っているかもしれないけど、僕は、あの子達に生きて欲しい」

 きっぱりと言い切るルイを、汐里は憎しみすら交えた目で睨む。

「貴方は、愛を育んだから……! 霜崎さんと共に生きた時間があったから、怪物があの女だったから、そんな事が言えるんです」

 ギリギリと、歯軋りまじりに汐里は言う。

「突然こんな身体にされて。好きでもない男に犯されて。そんな私に、恨みを捨てろと言うのですか? 何とかする方法を、共に考えろと?」

 汐里は静かに、唸るように話す。押さえつけていたものが決壊したかのように、ルイに言葉をぶつけていく。

「認めます。私と同じ者が出ないように、なんて、殆ど建前です。私はただ、こいつらを殺してやりたかっただけです。出来るなら、あの女も、私の手で引き裂いてやりたかった。死んでも貴方を虜にする、あの女が、憎い……! 怪物になる前から、妬ましかったんです」

 内に秘めた心情を、汐里は衝動の赴くままに吐露していく。それを黙って聞いていたルイは、静かに口を開く。

「君の憎しみは……もっともだと思うよ。誰かを愛して気づいた。逆の立場だったら。アリサが僕で、君が僕だったら……と思うと、想像しただけで心が砕けそうだ」

 そう言いながら、ルイは自分の両手を見る。

「君の友人としてなら、君に賛同し、共に在り、協力するところなんだろうね。けど、僕は……」

 ルイは顔を上げ、真っ直ぐ、汐里の顔を見据える。その表情に、彫像のような、それはない。真剣そのものだった。


「僕は……アリサとの絆を取る」

「……〝どっちのアリサ〟です?」

「両方さ」


 迷いないルイの目を見た汐里は、ため息をつきながら、頭を振る。

「いいでしょう。残された道は、蜘蛛の喰い合いという訳ですね。つがいを失い、未来の無い貴方が、どこまで足掻けるのか。せいぜい楽しませて貰いますよ。最期は、親子共々、あの女の元へ送ってあげようではありませんか……!」

 悪意を滲ませた笑みを浮かべながら、汐里は跳躍し、あっという間に、ルイの前から姿を眩ました。

 その場に残されたのは、木々のざわめき。そして――。

「すまない。でも……僕も譲る訳にはいかないんだ……!」

 独り残された、白い怪物だけだった。


 ※


「後はただ、戦いだけだった。各地で子ども達を探しつつ、消耗を狙って差し向けてくる、汐里の刺客を退けながら、僕はその子と、その子の姉を探して回っていた」

 病室の窓に目を向けながら、ルイは、話を続ける。

「慎也の最後の娘も、やがて汐里に見つかり、殺された。その欲求対象者もろともね。そして、暫くの時を置いて、ようやく見つかった子――。先に肉体共有者を見つけたから、その子の姉に当たる子も、汐里に殺されてしまった。一手、間に合わなかったんだ」

 意気消沈した様子で、ルイは肩を落とす。いたたまれなくなり、思わず隣の汐里を見ると、彼女もまた、僕の方を見つめていた。

「その、欲求対象者も、殺したの?」

「いいえ。生きていますよ。まだ幼かった事。完全に怪物化していなかった事。何より、ショックにより記憶の混乱が見られましたからね。怪物も殺したので、放置しておいたのです。万が一真実を話したとしても、姉が殺されたショックで、おかしくなってしまった……としか見られないでしょうしね」

 間を繋ぐべくして投げ掛けた質問に、汐里は丁寧に答える。すると、今まで黙っていた大輔叔父さんが、眉を吊り上げ、反応する。

「……待て。今、姉が殺されて、弟に記憶の混濁が見られる。と言ったか?」

「……ええ」

 汐里が一瞬だけ、めんどくさそうな表情になったのを、僕は確かに見てとった。

「白いの。……いや、明星。つかぬことを聞くが、そこの女の子の姉……? に当たる怪物が殺されたのは……いつ頃だ?」

「……僕と汐里がその子の姉を巡って戦ったのは、八月の半ば。そう、丁度――」

 ルイの目が、怪物を捉える。

「その子が米原侑子の身体を手に入れて。世間を連続猟奇殺人事件が賑わわせていた頃だよ」

 本当ならば、すぐに探したかった。だが、ルイも汐里もそれどころではなかった。

 いつかにルイが言っていた、すぐに怪物の元へ来れなかった理由。探す以前に、先に現れた姉の方にかかりっきりだったからなのだろう。僕が純也の死を嘆き、京子が暗躍していた裏では、二匹の怪物が刃を交えていたのだ。

 だが、大輔叔父さんが気にしているのは、そういう事ではないらしい。

「八月中旬。猟奇殺人事件に隠れて、あまり取り上げられちゃいなかったんだが、とある民家に強盗が押し入った事件があった」

 厳しい表情のまま、大輔叔父さんは説明する。

「被害者は、当時中学三年生だった長女と、小学五年の長男。自宅は荒らされ、現金の盗難。更に姉弟は、何者かに誘拐された。両親が仕事で居ない時間を狙った犯行だったらしい。が、後に郊外の山中で、弟の方だけ保護された」

 誘拐……強盗。そういえば、九月頃、サイトにそんなニュースがあった気がする。楠木教授の行方不明の記事も近くに載せられていた筈だ。

「犯人は依然逃走中。姉も行方不明のままだ。……俺が聞きたいこと、ここまで言えば分かるか?」

 叔父さんの眼光が、汐里に突き刺さる。が、汐里の態度は変わらず、どこか気だるそうだ。

「さて、わかりません。私は、ただ処理しただけです。怪物と、その欲求対象者の関係なんて、私は覚えていませんよ。因みに、私は人様のお金に手を出すほど、落ちぶれてはいません。冤罪もいいところです」

 シレッと答える汐里に、うすら寒いものを感じる。

 姉弟でも、アモル・アラーネオーススはつがいになろうとするのか?

 その事実に、少しだけショックを受けながらも、僕は動向を見守る事しか出来なかった。

「……どうやって、処理した」

「欲求対象者たる、少年をお借りして、あの怪物を誘い出しました。そこにルイが追い付いてきて、ゴタゴタありましたが、最終的に処理は完了。男の子は……放置していたので知りません」

「そうだね。結果的に、その時も汐里に先を越されてしまった。ようやく追い付いた時は、少女は……ズタズタにされていたよ。僕は、男の子を山の入り口……安全なところまで送り届けた。僕と汐里の記憶を、抹消した上でね」

 少しだけ声を震わせながら、ルイは語る。

「記憶の抹消?」

「いや、抹消は……少し違うか。実際には、僕と汐里の存在をぼやかした。身体所有権の剥奪の応用なんだけど、これは欲求対象者だけが使えるものなんだ」

「……何故、そんなことをした?」

「時間が……なかった。その時僕は、汐里に敗北した。守れなかったんだ。だけど、一矢報いる事は出来た」

 車椅子に乗った、汐里を思い出す。ルイだけの固有の能力。蜘蛛の毒。あれを受けた汐里は、極端に動きを制限されたのだろう。

「嘆きながら、僕は残された娘を探した。事情を警察に説明する事も不可能だったんだ。この世にあり得ない怪物。そんな存在を信じて貰えるとは、思えないし、繰り返すけど、僕には時間がなかった」

 叔父さんは、黙って耳を傾ける。最後まで話を聞く事にしたらしい。

「そして僕は、レイ君を見つけた。最初は正直驚いたよ。その子と予想以上に友好的に接していた事がね」

 何があったか、聞いたら納得したけど。と、付け加えながら、ルイは苦笑いする。

「ともかく、今までの息もつかぬ攻防戦や、必死の探索から解放され、僕はようやく考える時を得たんだ。何せ、それまでは、見つけて即戦闘だったからね。相手の肉体共有者とコンタクトを取ることも語り合う事もままならなかった」

 確かに、探すことだけで精一杯だった。それは物凄く伝わってきた。

「コイツの幸せの為って……言ってたよね? じゃあ、僅かな時間が出来て、僕の元に留まったのは……」

「その子の幸せは、君とつがいになることだ。だから、僕は君を見たかったんだ。そして、実際に見て、思った。その子と共にあることを、願わくば、君に望んで欲しい。とね」

 思わず横目で怪物を見る。怪物は、未だに僕の方を見続けていた。もしかしたら、ずっとそうしていたのだろうか? 何となく、少しはルイの方も見てあげなよ。なんて、言葉が頭に浮かんだ。

「多くの人は、怪物になることを望まないだろう。けど、君とその子を見ていたら、僕は少しだけ、可能性を見い出せた。桐原のように力を欲したり、純平のように欲望に呑まれる事もない君なら、もしかしたら……ってね。だから、汐里の脅威を退けた上で、時が来たら全てを話すつもりだったんだ。話して、君に選んで欲しかった」

「……もし、僕が拒絶したら?」

「その時は……」

 ルイは言いよどんだ。苦しげな表情が見てとれて、僕は知らず知らずのうちに息を飲む。

「その時は、その怪物を殺すしか手はありません。放っておけば、欲求対象者を、無理矢理にでも捕食しだすでしょうしね。一応、オリーブオイルを身体に取り込ませる。という対策をもって、貴方に選択の自由は与えられていたようですが」

 汐里が、ルイを代弁する。

 ああ、やっぱりあの料理は、僕を一時的に人間へと戻す為だったのか。ナイフもまた、僕が自由になるための最後の架け橋だったのだ。

「本来なら、君が拒絶した時は、僕がその役をやらねばならなかった。無理矢理君を真の欲求対象者にした所で、もし、玲音と同じ道になってしまったら、あまりにも哀しいから……ね」

 ルイは弱々しく微笑みながら、目を伏せる。

「けど、桐原の……牡怪物の暴走というイレギュラーが、その機会を奪ってしまった。僕には、あの場で、君を逃がすことで精一杯だったんだ。結局、最後の重荷も、選択も、君に委ねる事になってしまった」

 ポツリと呟くようにルイは語ると、再び僕の方へ顔を向ける。紅い眼が、僕を真っ直ぐに見つめていた。焔みたいだ。なんて、その場にそぐわない事を僕は思った。

「今更許してくれ、何て言うつもりはないよ。僕は、僕の都合で、願いで、君を振り回し、危険に晒していたんだ。身を呈してでも君とその子を守る。そう誓っていたとしても、その事実は変わらないからね。僕は……」

 一度、言葉を切ってから、ルイはその言葉を告げる。僕にはそれが、懺悔するようにも、自らに刃を突き立てているかのようにも見えた。


「結果的に、君を死なせた事になる」


 真意と、想いは語られた。待ち望んでいたものが、ついに。だというのに、僕はというと、すぐにどうこう言ったり、行動に移すことは出来なかった。

 妙な脱力感が、身体を襲っていた。この感情が、僕には分からない。

 すると、次の瞬間。隣にいた大輔叔父さんが、不意に立ち上がり、ルイに歩み寄る。そして――。


 渾身の右ストレートが、ルイに炸裂した。

 乾いた音を立てて、ルイは撥ね飛ばされ、病室の壁に叩きつけられる。突然の叔父さんの行動に、僕はただ、空いた口がふさがらなかった。

「お、叔父さ……?」

「立て、明星」

 有無を言わせぬ、叔父さんの鋭い眼光が、ルイを貫いていた。

「お前には、想いがあった。怪物とやらは未だにちゃんと理解出来んが、少なくとも、実験何て馬鹿げたもんは、お前個人で止められるものではなかったんだろう。そこはいい」

 叔父さんは歯軋りしながら、一瞬だけ汐里を睨むと、「お前は後でしょっぴく」とだけ告げ、再びルイに視線を向ける。

「だから、これは刑事としてではなく、レイの叔父として、だ。なんて事してくれやがった……! コイツは、兄貴の分も生きてきた! 周りからの冷たい目に晒されながらも、後ろ向きながらも、逃げずに生きてきたんだ!」

 殆ど慟哭のような形で、叔父さんはルイの胸ぐらを掴む。ルイは、叔父さんから目を逸らさなかった。やり場のない感情をぶつけるように、叔父さんは叫ぶ。

「愛した女の為に? ああ、立派だよ! 俺にも女房、子どもが出来たら、溺愛する自信があるね! けどよ。何で、どうしてレイなんだ! 選んで貰うつもりだった? ふざけんな! 化けもんが勝手にレイを選んだ。にしても、こいつが誰かを殺せない奴だって事くらい、少し過ごしたなら分かるだろうが! 他人より自分犠牲にする奴だ! お前分かってて、見て見ぬフリしてたんだろうが!」

 叔父さんの拳が、再び振り上げられる。そして――。


「待って! 叔父さん!」


 僕は、反射的に制止の叫びをあげていた


「叔父さん、もう、いいんだ。ありがとう」

 僕なんかの為に怒ってくれて。までは、何故か言葉が続かなかった。

「レイ……コイツは、この化け物は、お前を……」

「叔父さん、今はもう、僕もその化け物なんだ」

 納得いかないような顔の叔父さんに、その事実を告げる。ちょっと卑怯なやり方かもしれない。けど、こうでもしないと、叔父さんは止まってくれそうもなかったので、仕方ないと割り切る事にしよう。

「僕は……怪物を殺そうとしたんだ」

 僕がそう呟くと、叔父さんの息を飲むような声がした。地下室に投げ捨てたナイフ。握りの感触を思い出しながら、僕は語る。

「人間として、生きようとした。ナイフを突き立てる覚悟も決めたつもりだった。けど……」

 沈黙したまま、こちらを見つめ続ける怪物。その漆黒の瞳を見つめ返すと、怪物は少しだけ顔を綻ばせた。

「殺せなかった。突き放せなかったんだ。それどころか、あのとき僕は、生まれて初めて……」

 それは、京子の本性を知る前ですら、抱かなかった感情だった。あの時はまだ、そういったものより、ただ、楽しかったという心が先行していたのだ。

 コイツと出会い、捕らわれ、歩み寄り。そして日々を重ねて。

 そうして、人間としての最後の夜。僕は初めて、コイツの声を聞いた。もしかしたら、僕を繋ぎ止めるための言葉だったのかもしれない。だけど、認めがたいが、僕は確かに――。


「愛おしいって……思ったんだ」


 叔父さんの手が、静かにルイの胸ぐらを放す。壊れたマリオネットのように床に座り込んだルイ。その血色の双眸が、今は泣き出しそうに揺らいでいるように見えた。

 脱力感の正体が、ようやくわかった。僕はどうやら、怪物として生きる事は、曖昧ながらも受け入れつつあったらしい。皮肉にも、叔父さんの怒りが、僕の背中を押して、気づかせるきっかけになった。

 詰まるところ、僕はただ単に、ホッとしていただけだったのだ。ここに来て、ルイが京子のように僕を裏切るのではないか。そんな漠然とした不安が、まだ残っていたのかもしれない。

 蓋を開けてみれば、ルイはただ、アリサさんや、怪物の為に奔走していただけだった訳だが。

「レイ……君」

「ルイ、僕は……」

 遠慮がちに僕を見るルイに、静かに歩み寄る。

 何て、声を掛けるべきだろうか? そう思い、口ごもる僕の手を、誰かの手がそっと掴んだ。


「……レイ君、割って入るようで申し訳ないのですが、少し確認したい事があります」

 正体は、汐里の手だった。僕とは視線を合わせず、ただ一点のみを見つめていた。

「貴方は今、能力を使用していますか?」

「……能力って、怪物の?」

 思わず聞き返すと、汐里はコクンと頷いた。

「いや、その……僕、使い方分からないから、使用しているかどうかすら……」

「うなじの辺りが、ざわつく感じを覚えませんか? それが、使用中の分かりやすい感覚なんですが」

「い、いや、ない。ない……よ」

 鬼気迫る様子の汐里に、僕は思わず、ブンブン首を横に振りながら答える。

 汐里の手は、冷や汗で、しっとりと湿っていた。

「ルイ、貴方は?」

「僕? いいや。この場面で何に使えっていうのさ?」

 怪訝な表情で、返答するルイ。すると、汐里の手が、小刻みに震え始めた。

「そこの娘は……有り得ませんね。使うときは、どうも腕を動かしていたようですし」

 何故か僕と汐里を不機嫌そうに睨む怪物を一瞥もせず、汐里は恐怖に耐えるように、乾いた声を絞り出す。

「おい、唐沢。さっきから何を言っている?」

 叔父さんの不思議そうな声に、汐里は腕を動かすことで応えた。

 白い指が指差す先は、僕達の後ろ。病室の天井付近の壁だった。そこに――。


 大小様々な蜘蛛が十数匹。団子のように固まっていた。


 生理的嫌悪が、じわじわと沸き上がる。

 誰もが、声を発しない中、汐里が祈るように、震えながら呟いた。


「お願いですから……お願いですから、能力を使っている方は、自己申告してください。誰です? 誰が、あの蜘蛛達を……」


 答える者は、皆無だった。


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