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名前のない怪物  作者: 黒木京也
第二章 内臓実食
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7.疑惑の朝

 フワリと柔かな感触を覚え、僕は意識を覚醒させた。

 朝の日差しがカーテン越しに射してきて、外からは雀の囀りが聞こえる。

 さて、爽やかな朝に見えるだろうが、僕の目覚めは頗る最悪だった。

「…………」

 現在進行で僕の顔を撫でる白くて細い指。

 目覚めた僕のすぐ傍で寄り添うように寝そべり、無言且つ無表情で僕の頬を弄くり回しているのは、昨晩に僕を身も心も捕らえた美しい怪物だった。

 身も心も僕を捕らえた。勿論、断じて〝そういった行為〟には及んでいない。ただ単に、僕がコイツから逃げられなくなった。

 そういう事だ。

 どういった原理かは分からないが、こいつは一定時間、僕の身体を意のままに操れるらしい。ご丁寧に心は残したまま、身体だけ動かす。

 昨日の夜、僕は嫌と言うほどそれを味わう羽目になった。

「……やぁ、おはよう。気持ちの悪い朝だね」

 皮肉をたっぷり込めて、僕は怪物に話し掛ける。が、怪物は無言のままだ。そして何が楽しいのか、僕の顔をじっと見つめたまま、今度は僕の頬を突っつき始めた。

 まとわりつくその手を退け、ベッドから起き上がった僕は、取り敢えずテーブル一つを挟んで怪物との距離を取る。

 怪物はベッドにうつ伏せに寝そべったままこちらへ目だけを向けてくる。

 感情の読めない、無機質な瞳だった。

「……君、どこから来たんだ?」

 取り敢えず会話を試みようと、僕は質問を投げ掛けてみるが、怪物は無言だった。

「どうして僕の部屋にいるんだ?」

 無言。

「いや、そもそもどうやって入ってきたんだ?」

 無言。

「君は何者だ?」

 無言。

「……しゃべれる? 言葉わかる?」

 無言。

 ……考えてみれば、コイツは昨日の夜から言葉はおろか、声すら発していない。どうやら意思疏通は不可能らしい。

 僕は短く溜め息をつくと、テレビを点ける。ともかく……朝ごはんを食べようか。僕はそのままキッチンへ向かい、朝食の準備を始めた。今日は特に大学の講義があるわけではない。ある意味で丁度いいといえば丁度いい。これからの事、いかにしてあの怪物に出ていってもらうかを、考えた方が良いだろう。

 挽きたてのコーヒー豆の粉を、理科の実験で使いそうな上下で取り外せるガラス器具の上部に入れる。その後、下に置いたアルコールランプに点火。これにより、お湯の入ったガラス器具の下部を暖める。僕愛用のコーヒーサイフォンは今日も絶好調。その間に、パンをトースターに突っ込み、取り敢えず一呼吸。

 暫くして出来上がったコーヒーとトーストを手に、僕はリビングへ戻る。怪物は相変わらずベッドにうつ伏せに寝そべったままだったが、僕が戻ってきたのを見ると、ムクリと起き上がった。

 僕がテーブルに朝食を乗せて、怪物の反対側に座ると、怪物は無表情のまま、マジマジとトーストとコーヒーを見つめていた。

「……あげないよ? お腹すいてるなら家に帰りなよ」

 怪物に家があるかどうかは甚だ疑問だが、僕は冷たく突き放す。

 が、怪物は特に傷付いた様子は見せない。どうやら、本当に珍しくて見ているだけらしい。

 この場面だけを見ると年相応の少し大人しめの少女だ。だが……。

 笑うんだ。ゾッとするくらい綺麗に笑って……そして。

 昨日の夜を思い出した瞬間、首筋が熱くなる。対照的に冷えていく背中を振りきるように、僕はトーストにかぶり付く。

 マーマレードの酸味がいい感じだ。なんて考えながらトーストを咀嚼していると、ニュースのアナウンスが耳に飛び込んできた。

『……、行方不明となっておりました、雁ノ坂市在住の白鷺女学院二年生。米原侑子(まいばら ゆうこ)さん十七歳が、昨夜遺体で発見されました』

 どうやら、昨日のニュースで報道していた女子高生失踪事件の結末らしい。まだ人生これからだったろうに……などといったお決まりの反応をしながら、僕は何の気なしにテレビを見る。

 テレビの画面には、被害者となった少女の顔写真が映し出されていた。


「…………は?」

 僕はポカンとした顔でその映像を見る。

 続けて怪物の顔に視線を向け、またテレビへと戻す。

 テレビに映る、昨夜死体で発見された少女の顔は、今まさに僕のコーヒーを無表情で見つめる怪物と瓜二つだったのだ。

「偶然……なのか?」

 自分を見つめる僕の視線に気が付いたらしく、僕と怪物の目があう。

 瞬間、僕の心臓が緊張と警戒でドクン! と大きな音を鳴らした。

『不可解なことに遺体からは脳を含む全ての臓器が持ち去られており、警察は極めて悪質な殺人事件の線で捜査を進めていく方針を……』

 もう僕には、ニュースの音声など耳には入らなかった。

 頬を汗が伝うのが分かる。縫い付けられたかのように、僕はそこから動く事が出来なかった。

 目の前の怪物は、昨夜僕に襲いかかってきた時と同じように、妖艶で美しい微笑みを浮かべていたのだ。


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