表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前のない怪物  作者: 黒木京也
第三章 白い抹消者
66/221

64.託された選択

 暗い森の中を、必死に走る。負傷していない方の手で怪物の手を引き、一直線に。

 息が上がり、足が疲労を訴えつつあるが、関係ない。今の僕は、走ることでしか恐怖を掻き消す事が出来ないのだから。

 倒木を避け、草花を蹴散らし、何度もつんのめりそうになりながら、夢中で走る。やがて、前方に見覚えのある建物が見えてきた。

 楠木教授の、『第四実験棟』だ。

「つい……た……」

 息も絶え絶えになりながら、僕はその建物を一瞥し、後方を見る。

 京子やもう一匹の怪物が追って来る様子はない。それに安堵しつつも、一抹の不安が僕の胸を過る。

 ルイは、大輔叔父さんは無事だろうか?

 そこまで考えて、僕は慌てて頭を振る。

 大丈夫だ。叔父さんが京子に遅れをとるとは思えない。

 ルイだって、怪物の事を知り尽くしているし、彼自身だって、幾多の修羅場をくぐり抜けて来ている。だから、きっと大丈夫だ。

 僕は自分にそう言い聞かせ、再び歩き出す。

 錆び付いた階段を上りながら、僕はルイのさっきの言葉を思い出していた。


 ※


 鉤爪を閃かせ、ルイはもう一匹の怪物と。拳銃を構え、大輔叔父さんは京子と対峙する。その最中、ルイがゆっくりと口を開いた。

「レイ君。今から君に、全ての真実を知ってもらう。本当は僕が語りたいんだけど、どうもそれは厳しくなってしまった」

 何でこう、ことごとく邪魔が入るかな? と、ぼやきながら、ルイは苦笑いを浮かべる。

 語りながらも、ルイは油断なくもう一匹の怪物を警戒していた。

「楠木教授の第四実験棟。あの地下室には、もう二つの隠し部屋がある。一つは教授の部屋。もう一つが、実験棟を監視するための部屋だ。これから君には、そのうちの一つ。教授の部屋に行って貰いたい――っと、危ない」

 話が中断され、ルイの腕が振るわれる。蜘蛛糸が周囲に広がり、木々を繋ぐ。今まさに動こうとしたもう一匹の怪物は、目の前で障壁に阻まれ、行動を静止させる。そして、苛立ったように大顎を鳴らした。

「そこに教授の残した手記と、研究レポートがある筈だ。そこに今日へ至るまでの顛末と、地球外生命体の全てが記されている」

 ルイの言葉に、僕は思わず生唾を飲み込む。真実がそこにある。だけど、それは、ルイや大輔叔父さんを残して、僕だけが安全な所へ逃げる事を意味していた。すると、そんな僕の内心を察したのか、ルイは笑いながら鉤爪の状態で指を振る。

「ここにいれば、君は十中八九、〝彼〟の餌食になってしまう。それでその子まで暴走したら、間違いなく絶望だ。それだけは、なんとしても避けたいんだよ。出来るなら大輔さんにも逃げて欲しいけど……」

 ルイは僕、怪物、大輔叔父さんと、順番に視線を向ける。すると叔父さんは拳銃を構えたまま、男臭い笑みを浮かべた。

「おいおい。そしたらあの自称『血の芸術家』な痛々しい女は誰が抑える? こっちの身はこっちで守るさ。レイの身の安全も確保できるなら御の字だ」

「でも……」

 僕の不安気な視線に気づいた叔父さんは、僕の頭にポンと手を乗せる。

「心配すんな。俺は刑事(デカ)だぞ? あんな犯罪者に、やられると思うか?」

 僕が憧れてやまなかった大きな手。無償の安心感に包まれながら、僕はゆっくりと首を横に振る。

「レイ君。ここで君が真実を知ることは、何も君の命を助けるためだけじゃない。明確な意味があるんだ。真実を知った時、君は大きな選択を迫られる」

 そう言いながら、ルイはいつの間にか手にしたのか、大降りなサバイバルナイフを僕に手渡す。

「汐里が持っていたものだ。オリーブオイルがたっぷり塗り込んである。もしかしたら、必要になる……かもしれない」

 一瞬だけ、悲しげな表情を見せてから、ルイはまたいつものアルカイックスマイルを浮かべる。

「どんな選択をしようと、君の自由だ。どんな結末だろうと、僕は君を尊重する。だから、レイくん。全てを知った後で、もし僕と顔を合わせてくれるのなら……また会おう」

 僕は何か返答しようとした。が、声がでなかった。

 ルイの真意や目的は、最後まで分からないままだ。それもこれから真実に触れるとき、分かるとでもいうのだろうか? 

 結局。僕に出来たことは、ただ無言で頷くことだけ。それだけだった。

 それを何処と無く嬉しそうに見てとったルイは、そのまま目の前のもう一匹の怪物に視線を戻す。

「さて、〝彼〟も痺れを切らしたみたいだ。そろそろリングに上がるとするかな」

 鉤爪を閉じたり開いたりしながら、ルイは一歩前に出る。

 放たれた蜘蛛糸は、今やルイの前方――、至るところに張り巡らされ、即席のコロセウムを造り出していた。

「レイ、後ろは振り返るなよ。あっちの化けもんは真っ白が何とかしてくれる。俺はあの女をしょっぴく。とにかくお前は走れ。簡単だろうが?」

「……おじさんじゃなくて、あたしはレイくんとその女に用があるのにな」

 拳銃を構えた叔父さんを心底嫌そうに見ながら、京子はゆらゆらとその場で身体を揺らす。こちらも臨戦態勢をとっているようだ。

 刹那の静寂が到来し、そして――。


 もう一匹の怪物が、奇声を上げながら跳躍した。それは、まさに開戦の狼煙となった。

「行け! レイ!」

 叫びながら、叔父さんは銃を発砲する。後ろでルイがジャンプするのを感じながら、僕は怪物の手を取り、一気にスタートダッシュを切る。

 京子は銃弾を避けるため、木の後ろに隠れている。今なら、追って来れない。

「そう、また……あたしから離れるのね。その女を選ぶんだぁ……」

 憎しみに満ち満ちた京子の声を背中に感じながら、僕はその場を離脱した。


 ※


 第四実験棟に再び入った僕と怪物は、リネン庫から地下へと続く長い階段を下りていた。

 その道すがら、僕は心臓があり得ないくらい高鳴っているのを、否応なしに感じていた。

 ルイが言っていた選択。怪物の秘密と目的。それに向かって、僕は今歩んでいる。当然の反応かと言えば、当然の反応かもしれない。

 真っ暗な道を、壁づたいに慎重に進む。片手に伝わる、怪物の手の温もり。こいつは今、何を思いながら僕の鼓動を感じているのだろうか?

「どうなるんだろうね? 僕達は」

 何となく、僕は怪物に語りかける。こいつには言葉は通じないのに、語らずにはいられなかった。

 真実を知る。それは、僕と怪物の間に、今までにない変化をもたらす事に他ならない。

 夏に出会い、歩み寄り、秋まで一緒に過ごした。そして、これからは――? 僕達は、何処を目指す?

 考えが纏まらないうちに、前方にかざした手の平に、堅い感触が出現する。

 地下室に到達したのだ。

 心を落ち着けるべく、大きく深呼吸する。いよいよだ。

「行こう」

 そう怪物に呼び掛け、地下室の扉を開ける。灯りはつけたままにしてあったため、光が徐々に溢れてくる。急な明るさの変化で、思わず顔を背けると、丁度怪物と目があった。

 その時、僕の中の時間が停止した。

 いつからそうしていたのかはわからない。もしかしたら、暗闇の中ですら、ずっとそうしていたのかもしれない。

 怪物は、光も。広がる地下室も無視して、真っ直ぐに僕を見つめていた。

 吸い込まれそうな漆黒の瞳。いつ見ても慣れない、並外れて美しい顔立ち。

 僕は暫くの間、何もかも忘れて、彼女に魅入っていた。

 初めて出逢い、口付けを交わしたあの夜のように。恐怖し、魅了され、そして捕らえられた夜。どうして今、それを思い出したのだろう。

 暫しボーッと佇む僕。すると怪物は、行かないの? とでも言うかのように、首を傾げた。

 そうだよ、何をして入るんだ僕は。行かなきゃ。

 振りきるように前に出る。カビ臭くて埃っぽい地下室の床を踏み締め、僕は目的地へと歩を進めていった。


 ※


 かくして、探索の秋は終わりを告げる。僕は遂に

、求めてやまなかった真実の深淵へと到達したのだ。

 それが何を意味して、何をもたらすのか。この時の僕は、当然ながら知るよしもなかった。


 だからこそ、僕は気付かない。いや、気付けなかったのだろう。

 僕を見つめる怪物の目が、いつもと違うことも。チロリと小さく舌舐めずりをしていたことも。何一つとして……。

黒椋鳥です。 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました !

以前にも述べましたが、この小説は四部構成です。次回より最終章へと入らせて頂きます。


ちなみに、第一部が主人公と怪物の出会いを語るものならば、第二部は主人公と怪物の歩み寄りをテーマに。そして第三部は、怪物の正体と謎をテーマに執筆いたしました。

故に怪物の正体と、その秘密が断片的に語られる事になりましたが、謎すべては匂わす程度で明かさないという形になっております。

四部。最終章は、全ての謎の解答と、レイと怪物――その行く末をテーマに執筆して行きます。

予想していたものが当たっていたりしたら、密かにガッツポーズなどして頂ければ幸いです。


また、結局三部も予想以上に長くなってしまった事には謝罪を(汗)

四部は一部程ではないにしろ、二部三部に比べれば短くなる予定です。……多分。


最後に。改めまして、いつも読みに来ていただいている皆さん! 評価・感想をくれた皆さん! お気に入り登録やレビューを書いてくださった方々! 本当にありがとうございました! 応援して頂いている全ての皆さんに感謝を。

完結まで頑張って執筆していく所存です。今後もどうぞ宜しくお願いいたします!


ではまた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他の物語も、覗いてみませんか?
実は世界観を……共有してます
[渡リ烏のオカルト日誌]
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ