61.白い抹消者
月明かりだけが唯一の光源となった森の中。軟らかい地面を踏み締める、湿った音が耳に届いた。
「ルイが話したかどうかは分かりませんが、一から説明しましょうか。私とルイはね。同じ大学、同じ学部に所属していました。今は行方不明……。いえ、それは表向きですね。実際の話にするならば、今は亡きが正確ですかね。楠木教授。そう、そこの怪物の祖となった存在を見つけ出した者。彼のゼミ生でした」
拳銃を構えたまま、汐里は淡々と語りながら、ゆっくりと歩を進める。
「私とルイが教授のゼミに入ったのは、大学二年の半ば頃。その時既に、教授は怪物を見つけ出し、その存在を研究していました。表向きは生物学の教授として。裏では、怪物の研究を進める準備を、着々と整えながら、ね」
汐里の手から、蜘蛛糸が放たれる。僕や叔父さん、怪物が隠れる大木の横に、巨大な蜘蛛の巣が形成されていく。
僕が怪物を抱えたまま、慌てて反対側へ逃げようとすると、叔父さんの太い腕が道を塞ぐ。
「動くな。ありゃ脅しだ。反対側に逃げた途端にズドンだぞ?」
叔父さんが低い声で警告する。だが、このままでは退路が限定されていく。そこを狙われたらどのみち終わりだ。
僕が途方に暮れた顔をしていると、叔父さんは「焦るな」と、呟いた。
「おい、唐沢。お前が言ってる楠木教授ってのは、鷲尾大学の楠木 正剛教授の事か?」
叔父さんがそう訪ねると、木の向こう側から喘息のような荒い息遣いが聞こえた。
「おや、ご存知でしたか。さすがは刑事さんですね」
「確か二、三週間前にも未だ見つからない的なニュースが流れた筈だ。あんたの口振りだと、見つけたくても見つけられない場所にいるらしいがな」
大木に身体を半身でくつけたまま、叔父さんは嘆息する。
二、三週間前……。僕は必死で記憶を手繰り寄せる。あった。
そうだ、汐里やルイと初めて会った時。車椅子の汐里に追いかけ回されて、駅のホームに辿り着いた際に見たニュースがそれだ。
「やがて時は流れ、私は大学院に進み、ルイは卒業しました。教授が動き出したのは、そこから更に二年後。あれは……そう、私が大学院の卒業を間近に控えた頃でした」
話し続ける汐里。すると、叔父さんが僕に向けて小さく手招きし、そっと僕に耳打ちする。
「左右は塞がれたが、幸い後方には余裕がある。お前はその娘をつれて、後ろに下がれ。熊と出会った時みたいに後ずさりだ。お手のものだろう?」
この非常時に叔父さんは軽口を叩くかのように笑う。だが、その首筋にはぐっしょりと汗をかいていた。
「叔父さんは?」
「武器を持っているのは俺だけだ。この銃弾ぶち込めば、あの女の得体の知れない超能力は消えるんだろう?」
拳銃の残弾を確認しながら、叔父さんが苦い顔で、「あと五発か……」と、呟く。
「とにかく行け。ここは俺が……」
「せっかく話しているのに、無視しないでくださいな」
僕達のすぐ横から、溜め息交じりの囁きが聞こえた。
ひっ! という、短い悲鳴が漏れる。そこにいたのは、蜘蛛だった。その辺にいる、小さな蜘蛛などでは勿論ない。真横に作られた巨大な巣に相応しい、脚を含めれば二メートルほどにもなろうかという、化け物蜘蛛だった。
間髪いれずに、叔父さんは拳銃を発砲する。
怪物殺しの銃弾が放たれたその刹那――。僕が見たのは、大蜘蛛に組み敷かれ、うつ伏せに倒された大輔叔父さんの姿だった。
「叔父さ……!」
「動かないで頂きたい」
大蜘蛛は叔父さんにのし掛かったまま、その醜い姿に見合わぬ、綺麗な声で僕を制止する。
「その声……君は、汐里なのか?」
叔父さんに駆け寄ろうとした身体に急ブレーキを掛けたまま、僕は大蜘蛛に問い掛ける。
「……ええ。そうですよ」
一瞬の静寂の後、大蜘蛛――。否、汐里はそう答えた。喋る度に、鋏のような大顎が、カシャカシャと音を立てる。黒曜石のように光る、八つの目。ずんぐりとした胴体と、八本の鉤爪付きの脚。それはまぎれもなく、あの夜、怪物が僕に見せた姿だった。身体の力が抜け、僕はその場にペタンと座り込んだ。
「クソが……なんだそりゃ?」
組み敷かれたまま、大輔叔父さんが悔しげに声を漏らす。四肢は完全に蜘蛛の脚で押さえつけられている。あれでは動けそうにない。
「これ、実は動きにくいんですよね……。でも、貴方相手なら、人間の姿よりは、こっちの姿の方が効果的だと思いましてね。いくらなんでも、怪物を相手どるなんて経験はしていないでしょう?」
蜘蛛糸が叔父さんの身体を拘束して行く。やがて、叔父さんを完全に拘束した汐里は、一瞬で人間の姿へと変貌した。
「痴女が……!」
「む、酷いですねぇ。一応見られて恥ずかしい身体はしていないつもりですが」
ひきつった顔になる大輔叔父さん。その背に腰を下ろした汐里は、生まれたままの姿で叔父さんに拳銃を突きつける。月下に曝された汐里の裸身は酷く神々しい。括れたウエスト。艶かしい脚のライン。たわわに実った乳房の谷間には、握り拳大の黒い匣のようなペンダントが……。
不意に、背後から刺すような視線を感じた。弱々しく握られていた服の裾は、今は僕の腕をつねるような形で捕まれている。……爪が食い込んで、正直痛い。
誰の仕業かなんて確認するまでもない。怪物よ。お前今の状況分かっているのか? 自惚れでないならば、これは嫉妬か焼き餅の類いなのか。それともただ単に女の裸体をそう見つめるなという警告なのか。
そんな僕の内心の混乱は置き去りにして、汐里は腕の一振りでパンツスーツ姿に戻る。どうやら汐里の服も怪物のセーラー服と同じく、蜘蛛糸で作られたものらしい。
「さて、話の続きです。教授は私に言いました。『人知を越えた生物を研究したくはないか?』と」
汐里は銃口を叔父さんに擦り付けながら、僕と怪物を見る。瞳は虚なままで、汐里は下唇を噛み締める。
「愚かな学徒だった私は、その誘いを快く承諾してしまった。好奇心が勝ってしまったのです」
「待ってくれ。腑に落ちない事がある。大学院卒業? ルイと同じ学部にいた? てことは、君やルイは怪物であることを隠しながら学生をやっていたのか?」
僕の質問に、汐里は少しの間沈黙した後、席を切ったように大笑いし始めた。
「レイ君、どうやらルイからは、本当に肝心の部分は聞かされていないんですね。成る程。それならその怪物を拒絶しないのも頷けます」
一頻り笑い転げた後で、汐里は大輔叔父さんに腰かけたまま、こちらへ向き直る。
「私とルイは、純粋な怪物ではない。元々人間だったんですよ。教授の研究に巻き込まれて、こんな力を手にしましたがね」
脚を組み換え、汐里は話を続ける。
「好奇心に負けた私は、他の四人のメンバーと共に、教授の元で怪物の研究を開始しました。教授曰く、皆が信頼の置ける、優秀な人材だったそうです」
「……ルイもその中の一人だった?」
そうだったのならば、怪物の知識に精通しているのも頷ける。
「いいえ。ルイも確かに研究には関わっていました。ですが、それは研究する側ではありません」
しかし、僕の予想は汐里によってあっさり否定された。
僕の胸中で、とんでもなく嫌な予感が広がっていく。研究には関わっていたのに、研究する側ではない。なら、残された答えは……。
「お分かりになりましたか? そうです。ルイは教授が用意した、四人のモルモット。そのうちの一人です」
実験用モルモット。つまりは、人体実験の被験者。告げられた真実は、あまりにも暗く、重たいものだった。ルイのあの彫像のような笑み。あれは、その時に自然に身に付いてしまったものなのだろうか?
「刑事の前で人体実験の経緯をカミングアウトとは……太い野郎だなぁ? 唐沢」
「レディに太いだなんて失礼ですね。ご安心を。モルモットとなった人材は、いずれも社会的に問題があったり、消えても誰も悲しまない人間ばかりでしたよ? 天涯孤独の無職。前科持ちの変態。引きこもり。ホームレス。……まぁ、こんな肩書きを持っていようが持っていまいが、消えても誰にも認識されない人間なんて、ごまんといますがね」
拘束されてなおも噛みつく大輔叔父さん。その頬を指でなぞりながら、汐里は妖しく微笑む。
「教授は、色々な人材を集めていました。私達のような協力者。ルイ達のような実験体。怪物の〝素体〟となる女性達。資産面でバックアップするパトロンの役割を果たす、そこそこ裕福な家……。森島、霧塚、山岸、赤沼、米原」
「米……原?」
汐里の口から語られる、聞き覚えのある名前。戦慄していたのは、僕だけではない。大輔叔父さんもまた、信じられないといった表情のまま固まっていた。
ルイの言っていた言葉が蘇る。怪物が米原侑子の姿をしているのは、何者かによって、人為的に会わされた可能性が高い……と。
「まさか……その家の人が、娘を差し出したのか?」
「さて? 真実は分かりません。教授はパトロンの存在を研究開始時に匂わせてはいましたが、どの家の者も、実際に実験場には来ていませんでしたからね。ただバックアップだけを頼んでいた。も、大いに有り得ます。そもそも、そこの怪物が人の肉体を手にいれたのは、実験場――。つまりは、研究チームや研究そのものが、継続不可能になった後でしたから」
研究の頓挫。怪物の事を知っている人間が、軒並み生存していない事も、何か関係があるのだろうか?
「話を戻しましょう。二年ほど前から、教授は表舞台から姿を消し、本格的に研究をスタートさせました。まずはルイ達が怪物の力を手にし、後のイレギュラーによって、私も手にすることとなった。ですが……」
汐里の表情に、暗い陰が射す。ギリギリという歯ぎしりすら聞こえてくる。
「私が怪物の力を手にした時から、私を含めた周りは、徐々に壊れ始めていきました。そうして、ある悲劇を引き金に、怪物の一匹が暴走してしまったんです」
汐里の声が、徐々に刺々しいものになっていく。
「あんな愛憎混じりの悲劇を体験したのは、後にも先にも初めてでしたよ。結果、起こったのは殺し合い。人が、怪物が、次々と死んでいきました。ルイの消耗が約束されたのも、私が怪物の抹消を決意したのも、その時です」
ルイと共に見た、血染めの地下室。思わずゾッとするような、不気味で濃厚な雰囲気。どうやらあれは、悲劇の跡だったらしい。
「消耗って……何が起きたのさ?」
僕が質問すると、汐里はおもむろにスーツの懐に手を入れると、中から何かを引っ張り出す。さっき見た、黒い匣の形をした、大きなペンダントだった。
「純粋な怪物は勿論のこと、私やルイのような後天的な怪物が、生命維持。及び、能力の行使に必要なものは、〝人の血液〟です。これはもう、貴方なら想像がつきますでしょう?」
実際にはもっと複雑なんですがね。と、呟きながら、汐里はペンダントを弄ぶ。
細い指の動きに合わせて、黒い匣がサイコロのように、汐里の手の内で二転三転する。
「実は、もう一つ。欠かせない要素がありましてね。それが、〝怪物の体液〟なんです」
そう言いながら、汐里はペンダントから手を離し、手招きするような動作をする。すると、木々の間を通り抜けて、小さな女物のショルダーバックが飛来してきた。蜘蛛糸でこちらまで引っ張ってきたらしい。なんというか、本当に便利な能力だとつくづく思う。
「私達のような後天的な怪物は、元が人間故に、自身の体内で怪物の体液を生成することが出来ません。だからこそ、常に原種の怪物と共にいなければならない」
ショルダーバックから取り出されたのは、試験管。中には無色透明な液体が入っている。
「ところが、実験場にいた原種の怪物は、例外を除けば皆が殺し、殺されて、全滅してしまいました。これにより、ルイは怪物の体液を手に入れる事が不可能となってしまった」
試験管の蓋を開け、汐里は中の液体を一気に飲み干す。
「それが……怪物の体液?」
「ええ、そうです。言ったでしょう? 例外がある、と。あの場にいた怪物は、私が所有する個体以外は死んだ」
「怪物を……所有?」
またしても告げられた、思いもよらぬ事実に、口の中がカラカラに乾いていた。ちょっと待て。じゃあ、怪物は……。
「ええ、そうです。そこの怪物とは別に、私が所有する一体。都合、現段階でこの世には、原種の怪物が二体生存しているんですよ」
肩を竦めながら、汐里は指を動かす。どこからともなく蜘蛛糸が迸り、さっきの拳銃の群れが、夜空に展開される。銃口は当然のように僕と怪物の方へ向けられていた。
「ルイと私には、与えられた力の差こそあれ、長い目で見れば私の勝ちは揺らがなかった。不本意ながら私は怪物を持ち、ルイは独り。これは大きな差となりました。現にルイは力を使い果たし、生身の人間に頼らざるを得なくなっている」
汐里は嘲るように叔父さんを指でつつく。
「怪物を抹消するって宣っている奴が、その怪物の力を使う……か。お笑いじゃねぇか」
バカにしたような口調の叔父さんの額にガツンと拳銃の持ち手が叩きつけられる。パックリと割れた額から鮮血が溢れだし、叔父さんの口から苦しげな呻き声が漏れた。
「例外は……他にもあります。あの実験場で研究されていた原種の他に、教授が秘匿していた五体。それを教授は持ち出し、逃走した」
汐里は叔父さんの傷口に指を這わせ、まるで抉るようにほじくりかえす。苦悶の表情で、叔父さんは歯を食いしばっている。
「よ、よせ! これ以上叔父さんを弄ぶな!」
操られ、傷付き、殴られ。厄日の一言では片付けられたものではない。これ以上知り合いが傷つくのが、僕には耐えられなかった。
荒い息をつく叔父さんを、汐里は満足気に眺めながら、再び口を開く。
「それらを狩るために、この力は必要でした。嫌悪はあれど、目的のために手段を選ぶほど、いい性格はしていませんしね」
指に付着した血を丹念に舐めながら、汐里はこちらに流し目をおくる。虚ろな眼窩も相まって、酷く不気味なその視線に、思わず身震いする。
「おかげで、四体は既に抹消しました。残るはそこにいる個体のみ。それを抹消したら、私の所有する怪物からありったけの体液を抜き取りましょう。この身はこの世に残る最後の怪物となり、静かに時間に殺されればいい。能力さえ使用しなければ、人並みとまではいかずとも、ある程度生き長らえる事が出来ますしね」
汐里はゆっくり腕をあげる。金属の擦れりる音とともに、拳銃が生きているように宙で震えていた。
「ついつい話し込んでしまいました。研究者志望の悪い癖ですね。嫌悪があれど自分の研究。それを語りたいという欲求には逆らえないのでしょうか?」
小首を傾げながら、汐里はおどけるように語る。
「……研究者なら、人殺さないでよ。道徳的に」
無駄とわかりながらも命乞いをしてみる。が、汐里は当然のように首を横に振る。
「そうはいきませんよ。化け物を殺すのに、モラルなど必要ない。これは……正義の銃弾とでも言いましょうか?」
「似合わないね」
「全くです」
自然と拳が握り締められる。
死ぬのか? ここで? こんな所で?
ふと、今までの出来事が頭に浮かびかけるが、すぐに締め出す。兄さんの死。灰色の日々。純也の死。京子。ロクな思い出がない。 死んでも悲しんでくれる人なんて……。
「よせ! 唐沢! 頼む! レイは、レイだけは……!」
いた。今も昔も、僕を心配してくれるのはこの人だけだった。疑惑の視線を向けてはいても、叔父として接してくれた。素直に嬉しかった。だから……。
「汐里……大輔叔父さんを助けて貰うことは……出来ないだろうか?」
今度は、僕がこの人を守りたかった。
僕の申し出に、汐里は目を細めていたが、やがて舌舐めずりをしながら、目を輝かせた。
「いいでしょう。ですが、あくまで私の食料兼ペットとして、です。この男は知りすぎた。社会に戻すわけにはいかない」
「……それでもいい。約束だぞ。殺さないでくれよ?」
「レ、イ? 何を、何を言いやがるこの……むごっ!?」
叫ぶ叔父さんの口に、蜘蛛糸が巻かれる。もがく叔父さんを傷口に爪を立てて黙らせ、汐里はニヤニヤしながら頷いた。
ちっぽけな抵抗は、一応は形にはなった。叔父さんなら、生きている限り諦めない。脱出する機会を強引に引き込めるかもしれないのだ。バカな空想だが、今はそれにすがることでしか、叔父さんを助けられない。
背中に温もりを感じる。座り込む僕の後ろで、怪物が擦り寄るように身を寄せていた。最後の最期までマイペースな奴だ。
「ルイもバカですね。命を削り、一人でこんなものを庇わなければ、長生き位でしたら出来たでしょう。そうすれば……」
「一人じゃ……ない」
両腕を広げ、精一杯に背後の怪物を隠す。もう、僕が出来るのはこれだけ。拳銃全部が不発になるとか、都合よく汐里の脳天に隕石が墜ちるだとか。そんな間抜けな奇跡を願うだけ。
ルイは今まで、一人で戦ってきた。真意は分からない。けど、怪物に。彼女に理不尽な死が降りかかることは望まない。その点だけなら、僕達はきっと共通な筈だから。
死ぬのは怖い。ああ、やっぱり怖いのに、僕は引けなかった。僕を庇って死んだ兄さんも、あの時こんな気持ちだったのだろうか?
汐里の呆れ、感極まった溜め息が漏れる。まるで玩具に飽きた子どものような無感動な眼差しが、僕を捉えた。
「ルイだけではなく、貴方もバカだったようですね。この状況で、貴方に何が出来る……」
振り上げられた手が、ゆっくり僕達に向けられて――。
「例えば、僕のモチベーション的なものを、物凄くアップさせられる……とか?」
刹那。銀色の嵐が吹き荒れた。一陣の風と共に、夜空の拳銃は全て弾き飛ばされ、汐里の身体も宙を舞い、大木に叩きつけられる。
後に残された沈黙。そこにいたのは、絶望を払拭する存在。暗く、陰鬱とした森の中心に、白い抹消者が舞い降りた。
「何故……!」
驚愕の表情で、汐里が叫ぶ。
「やっと戻ったかバカ野郎」
口の蜘蛛糸を噛み千切り、大輔叔父さんが笑いながら声を絞り出す。
「…………」
怪物は、相変わらず沈黙したまま。漆黒の双眸は、舞い踊る蜘蛛糸を見つめていた。
「……大遅刻だよ」
「ごめんごめん。色々手間取ってね。でも、いい夢は見れたよ」
僕の一言に、現れた人物はいつものアルカイックスマイルで応対する。
金色にも銀色にも見える髪。血色の瞳。異様に白い肌。
並外れて美しいアルビノの少年――。明星ルイは、静かに汐里の方に向き直った。
「さて、汐里。そろそろ終わりにしよう。僕と君の因縁も、長い長いこの旅路もね」
怪物、魅入られし者、殺人者、二人の抹消者。刑事。全ての始まりの地というべき場に、名も無き者共は集結した。
そして……最後の幕は上がる。




