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名前のない怪物  作者: 黒木京也
第三章 白い抹消者
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42.深夜――見えない真意

 ルイの思いがけない提案に、僕は暫く開いた口が塞がらなかった。こいつは、今なんと言った? 部屋に置いてくれ? 何故そうなる?

「ほら、君がどういう人間か知るためには、近くにいた方が何かと都合がいいだろう? 勿論、その子の情報を少しずつ伝える事も出来るし、君にとってもいいことずくめだと思うな」

 笑顔でメリットを述べるルイ。その表情には、僕が断るなんて事を想定していない、絶対的な自信が見てとれた。だが、悲しいかな。こいつはある事を忘れている。

「だからって、今日会ったばかりの君を部屋に置くとでも?」

「ダメなのかい?」

 そんな馬鹿な。といった表情で目を見開き、こちらを凝視するルイ。こいつ……想定してなかったのか。僕が頭を抱えていると、ルイはこちらを覗き込むようにして手を合わせる。

「お願いだよ。君に拒否されてしまったら、僕は今夜、そこのベランダで野宿する事になってしまう!」

「ちょっと待て! まさか君、僕に四六時中はりつく気なの?」

 気が休まらないってレベルではないぞ? 僕が慌てたようにルイに問いかけると、ルイは至極真面目な表情で、「そうしなきゃ君を見れないし、知れないじゃないか」と、さも当たり前のように呟いた。一理ある。一理あるのだが、何だろう? この腑に落ちない感じは?

「やっぱり通報してもいいかな?」

「おや、仲良く一緒に捕まるかい?」

「こいつを一時的にここから離れさせる」

「この子を? どうやって?」

「君がいると……何故か姿を現しているけど、他の人が来たら違うかもしれない」

「かもしれない。だね。かけてみる?」

 沈黙が流れる。嫌な静寂だった。臓物に絡み付いてくるかのような。この感覚は知っている。怪物から逃げられないと。そう悟った時と似ているのだ。

「僕には時間がない。だから、少しでも早くレイくんの事を知って、今後の方針を決めなければならない」

「……だからどうやっても、つきまとうと?」

「知りたいんだろう? その子の事を」

 足元見やがって……と、悪態がつきたくなる。ついたところでどうにもならない事は目に見えているけど。

 改めてルイの顔を見る。彫像のような笑み。真意は読めない。

「話はわかった。何個か質問してもいいかい?」

「いいとも。答えられる範囲なら」

 頷くルイは、再び本棚を背もたれにその場に座り込んだ。さて……。

「君は、何処から来た?」

「プロフィールかい? 元は、鷲尾大学の学生だったんだ。今はしがない……家なきフリーターかな」

 いきなり胡散臭い回答が帰ってきて、挫けそうになるが、何とか持ち直す。いちいち突っ込んでいたら、こっちの精神がもたなそうだ。

「怪物の事は、どうやって知ったんだ?」

「それはまだ話せないな」

「怪物……。こいつとの関係は?」

「まだ話せない」

君の言う、目的。全部教えて欲しいな」

「まだ話せない」

「……つかぬことを伺うけど、ルイ。君は本当に僕の部屋に置いてもらう気はあるのかい?」

「む。何度も言ってるじゃないか」

 僕の最後の問いに対して、ルイは心外だと言わんばかりに口を尖らせる。質問の殆どを黙秘しといてよくもぬけぬけと……と、一瞬思ったが、考えてみれば、ルイはルイで事情がある。現段階でこちらになかなか情報を開示出来ない以上、この後の問答は殆ど意味を成さないだろう。

 僕はため息まじりに膝元を見る。

 いつからそこにいたのか、怪物は僕の膝に頭を乗せ、のんびりとした様子で寝転んでいた。

 こいつは普段殆ど他人に干渉しない。とはいえ、ルイに対してここまで無関心というのも、何だかおかしい。やはり何か関わりがある……のだと思う。

 なんとなく、怪物の髪に手を触れる。黒絹のように滑らかで、ビックリするほど指通りがいいそれを優しくとくと、怪物はうっとりしたように目を細め、僕の首もとに手を這わせる。柔らかい指が僕の首筋から鎖骨へと滑るように動く。

 ゾクゾクするような感覚に翻弄されながら、僕は怪物の整った顔立ちを正面から見つめる。

 こいつを知りたい。それは紛れもない本心だ。そしてつい今朝がた、自分一人では完全な解答を導き出すのは非常に難しい。そういう考えに至ったのではなかったか?

 僕の部屋に侵入したこの少年、明星ルイは、そんな僕が望んでいた、怪物を知る者だ。現状を打破しえる存在を、みすみす遠ざけるべきか……?

『アルビノの少年には気を付けて』

 唐突に、あの車椅子の女の言葉が脳裏に蘇る。

『遭っていないならば、それに越したことはありません。 でも、もし出遭ってしまったのでしら…… 御愁傷様。とだけ告げておきます。アレは貴方にとって絶望の象徴ですから』

 あれは、ルイの事を指していたのだろうか? それとも別の誰かか?

 違う。

 アルビノの少年なんて、そう二人も三人もいるわけがない。ましてや、怪物に関わりのあるアルビノの少年だなんて、もうそれは答えを言っているような物だ。あの車椅子の女が言っていた少年は、十中八九ルイの事だろう。女が言う絶望の象徴。それはどういう意味を導きだすのだろうか?

「レイ君?」

 黙りこくったまま思案する僕を、ルイは怪訝な表情で見つめてくる。僕には手に負えない。成る程。確かに今、僕は彼に翻弄されている。あの女が言っていたことはこれを指していた?

 ありえない。そんなしょうもないことに絶望なんて大袈裟な言葉は使わない。つまるところ、ルイにも何か秘密があるのだ。怪物の事を知っている以外の何かが。勿論、あの女の言うことを信用するならばだが。

 不意に、鎖骨を撫でていた怪物の指が、僕の頬をつつき始める。おちょくるようなその動きに、僕が怪物に呆れの視線を送ると、丁度怪物と目が合った。

 闇の底を覗き混んだかのような、漆黒。それを見た時、漠然としたものなど、自分は持ち合わせていなかった事を唐突に悟った。

 何を恐れている? 何に警戒する必要がある? 元より僕の周りは不確かなものばかりではないか。

 その瞬間、僕の決意は固まった。

「わかった」

「え?」

 唐突に答えを出した僕に、ルイはポカンとした表情のまま首を傾げた。

「いいよ。って言ったんだ。怪物の事――。教えてくれるんだろう? だったらいい。何日滞在するかわからないけど、観察なり監視なり、好きにするといい」

 流石に数ヶ月だとか、半年といった規模なら困るが、流石にそれは無いだろう。ルイ自身が少しの間と、言ってたし。

「ありがとう。ああ。ありがとう、レイ君」

 僕の承諾を得たルイは、安堵した様子で身体を弛緩させた。その表情は、最後まで彫像を思わせるような。そんな笑みを張り付けたままだった。

 何を考えているのか全く見えてこないルイ。見るからに怪しい車椅子の女。生存を仄めかされた京子。その知識量を問わず、怪物の事を知る者は、僕が考えつく限りはこの三人だ。

 誰を選んでも致命的なハズレクジにしか見えないし、京子に至っては、多分僕を殺しにかかってくる事だろう。……何だか頭痛がしてきた。

 それでも。

「危険を承知で、君をここに置くんだ。ちゃんと〝真実〟を語ってくれよ」

「勿論だ。僕が知っている事は、必ず全て話す。約束するよ」

 念をおすように言う僕に、ルイは笑顔で応えた。その曖昧な笑顔に一抹の不安を覚えながらも、僕は頷いた。交渉成立だ。

「布団、用意するかな」

「助かるよ。布団を敷いてからが座談会の本番という訳だね。修学旅行みたいでワクワクするな」

 緊張感の欠片もない言葉を宣うルイ。それに再びの頭痛を覚えながらも、僕は怪物の頭を膝から外し、ベッドから立ち上がる。

 このさい仕方あるまい。毒を食らわば皿まで。怪物(こいつ) と関わると決めた時点で、こういう厄介事が迷いこんでくる可能性も、ゼロではなかったのだ。

 そう結論付けると、未だしつこく服の裾を掴んでくる怪物を振り払い、僕はクローゼットへと足を運んでいった。まるで入ったらもう二度と戻れない、深い深い森の中へと歩みを進めているかのような。そんな感慨に身を委ねながら。


 かくして、新たな出会いの連続と、不安や疑惑。驚愕や戸惑いに満ち溢れた、長い長い一日は、こうして幕を閉じた。

 その後、ルイと銭湯に行ったり、夜中に怪物にのしかかられたりといった出来事もあったりはしたが、後は概ね何もない。静かな夜となった。

 ただ――。

「そうだ、レイ君。一つだけ忠告しておくよ」

 深夜。怪物に寝込みを襲われ、色々な意味で疲弊していた僕の耳に、突然ルイの声が飛び込んでくる。

 ベッドからテーブル一つ挟んだ向こう側。それがルイに与えた寝床だった。

 当然ながら電気は消しているので、ルイの表情はおろか、姿を見ることも叶わない。カーテンの隙間から射すぼんやりとした明かりと、暗闇に慣れた目で、ルイが布団に寝転んだまま話しているのが辛うじてわかるくらいだ。

「忠告?」

「うん、忠告だ」

 闇の中でもよく通るルイの声色は、どことなく緊張感で張りつめているような気がした。

 暫しの沈黙を挟み、ルイはゆっくりと語り始める。

「車椅子に座った女性とは、もう会ったかい?」

 心当たりがありすぎるその質問に、僕は心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚を感じた。

「え……?」

 思わず口ごもる。すると、暗闇の向こう側からルイのため息が漏れた。

「やっぱり接触してきたか。今は何色に染めているんだろうね? 彼女は髪型や髪の色をコロコロ変える癖があったんだよ」

 それは、どこか懐かしむような声だった。まぁ、そんなことは今はどうでもいいか。と言いながら、ルイは話を続ける。

「彼女もね。その子を知っているんだ。現在、その子の秘密を知っていて生存しているのは、恐らく僕と彼女の二人だけだろう」

 やはり、あの女も怪物の事を知っていたらしい。ルイの事も知っている風だったので、これは当然の帰結(きけつ)かもしれないが。

 ルイの口ぶりからして、互いに面識もあるのだろうか?

「レイ君。恐らく彼女は、もう一度。準備を整えてから、接触を謀ってくる筈だ。今でこそ車椅子だから動きに制限はあるけど、いずれ必ず、君とその子の居どころを掴もうとしてくるだろう」

 モチモチの木でのやり取りが思い出される。

『貴方の部屋まで特定しておきたい所ですが、今日は何の準備もしてないですし、〝まだ脚がこんな状態ですからね〟。それはまたの機会とします』

 確かにそう言っていた。

「だから、彼女とその子は決して会わせてはいけない。彼女はその子の弱点を知っている。加えて、君の言葉を借りるなら、怪物を殺し尽くすこと。それに全てを賭けているんだ」

 忠告というより、これは警告かもしれないね。と、ルイは言う。僕は……何の返答も出来なかった。

「レイ君、覚えておいてくれ。彼女の名前は、唐沢汐里(からさわ しおり)。その子の……天敵になりうる人物だ」

 ルイの言葉には、有無も言わせない緊迫感があった。皮肉にも、今までで一番真実味があるように聞こえる。そんな言葉。だが……。

 僕は暗闇の中で、ベッドのシーツを握り締めた。

 言えるわけがない。その唐沢汐里に、君には気を付けろと。君は絶望の象徴だと忠告を受けただなんて。

 口に出せる筈もない。怪物の天敵。それは、ルイ。君も当てはまるのではないか? そう思ってしまっただなんて。


 深夜にもたらされたルイの言葉。それは、この先の波乱を予感させる、不吉な香りを漂わせていた。

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