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名前のない怪物  作者: 黒木京也
第三章 白い抹消者
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40.夜其ノ二――来訪者

 突然現れ、唐突に自己紹介を始めたアルビノの少年。明星(みょうじょう)琉生(るい)と名乗るその来訪者は、まるで元からずっとそこにいたかのように堂々と佇んでいた。

「え? ……お?」

 理解が追いつかず、意味をなさない言葉が口から漏れる。

 何故ここに?

 元からいたのか?

 だとしたらどうやって入ってきた?

 頭の中をあらゆる疑問や推測が走り抜け、あり得ないという結論だけが残る。そんな混乱する僕の様子をまじまじと見ながら、明星琉生は楽しげに微笑んだ。

「さぁ、いつまでもそんな固い床に座ってないで、リビングへ行こうよ。ここじゃあ話も出来ないだろう? そう――」

 勝手しったる雰囲気で明星琉生はリビングの方へ身体を向けながら、視線だけをこちらへ向ける。赤い瞳が僕と、僕の後ろにまとわりついている存在を見据えている。その瞬間、白銀の少年は血色の双眸(そうぼう)を細めながら、破顔(はがん)した。

「〝その子〟も一緒にね」

 ドアが開く音と共に、明星琉生はズカズカと人の部屋の奥へと入り込んでいく。図々しいことこの上ない所業だが、今の僕に怒りを感じる余裕はなかった。

 困惑とはまた別の、疑惑の感情が沸々とこみ上げていく。この今までに感じた事のない違和感は何だ?

 僕が必死に考えを巡らせていると、不意に肩に適度な重みが加わった。見ると、怪物が後ろから抱きつくような形で、僕の肩に顎を乗せていた。こいつはこいつで、いつになくマイペースというか、緊張感がないというか。ここまでくると羨ましくさえ思ってしまう。

 思わずこぼれた苦笑い。少しだけ固くなっていた頭が解れるのを感じながら、僕は怪物の顎を肩から外し、ゆっくりと立ち上がる。

「とりあえず、いこう。ヤバイ人だったら二人がかりで抑えつけて警察に……っ!?」

 警察。その単語を自分で口にした瞬間、僕の身体を電撃が走ったかのような感覚が襲う。

 まて。おかしい。やっぱりおかしいぞ。僕は必死で無い頭を精一杯働かせた。

 部屋に不法侵入している時点で、ヤバイ人だとは思う。だが違う。それもそうだが、僕が感じるべき違和感はもっと別の場所だ。もっと身近で、根本的なもの。思い出せ。今までと明らかに違う点があるだろう?

 めぐまるしく思い起こされる今までの記憶。そうだ。この部屋に人がいる。この状況は前にもいくつかあったんだ。

 京子が来た。

 大輔叔父さんが来た。

 そして、警察も来た。

 あの時と今。違うところは……。


 僕は思わず、明星琉生が入って行ったリビングと、僕から引き離されて、何となく不服そうな表情な怪物を交互に見た。

 そうだ。怪物だ。〝何故こいつがここにいる〟? こいつは僕以外の誰にも、極力その姿を見せないようにしてはいなかったか? 姿を表すにしても、絶対に他人に悟られないようにしてはいなかっただろうか? なのに……。

 僕は思わず、床に座ったままこちらを見上げてくる怪物に視線を向ける。

「いいのか? 消えなくて。見られちゃうよ?」

 思わず問いかけてしまう僕。だが、当の怪物はキョトンとした表情のままだ。

 結局というべきか、予想されていた事でもあったが、怪物からの返答は皆無だった。


 ※


「前衛的な部屋だね」

 部屋に戻った僕に対して、明星琉生が最初に浴びせた言葉がそれだった。

 無理もない。何せ天井は蜘蛛の巣だらけで、変な血染めの繭まで吊るしてあるのだ。頭のおかしい人と思われても仕方がないだろう。これに慣れてしまった僕も僕だけれど。

「部屋は気にしないでくれると助かるよ。それより君、どうやって僕の部屋に入ったんだ?」

 僕の問いかけに、明星琉生はクスクスと笑いだす。……どうやら今日は、人を喰ったような笑いを浮かべる人によく会う日らしい。

 夕方に対峙した車椅子の女を思いだし、僕は思わず嘆息する。すると明星琉生は、少し困ったような表情を浮かべた。

「あまり溜め息を漏らさない方がいい。幸せが逃げるよ」

「逃げるほどの幸せなんか、持ち合わせてないよ」

「ああ、それは良いことだ。幸せは両手に納まる位が丁度いい。あまり大きいと、こぼれ落ちてしまって勿体無い。最も不幸な事は、それがこぼれ落ちていることに気がつかない事だけどね」

「なるほど。そんな考えもあるんだね。でも幸福論を語るのはこれくらいにしよう。そろそろこっちの疑問に答えてくれると有り難いな」

 せっかちだなぁ。と、再び彫像のような笑みを浮かべる明星琉生は、部屋の本棚に寄りかかる。本当に図々しい奴だ。

 そんなちょっと神経質な事を考えながら、僕は明星の横を通り抜けて、自分のベッドに腰掛ける。怪物も後からついてきて、僕のすぐ後ろにゆったりと寝そべった。

 明星には一瞥もくれることもなく、部屋で寛ぐその様は、いつもの怪物そのものだ。マイペースにも程がある。まさかとは思うが、こいつには明星が見えていないとか、そういうからくりではなかろうな? 僕が一抹の不安を抱えながら明星の方を見ると、当の明星は、怪物の態度に気分を害した様子もなく、どこか楽しげに怪物を眺めていた。

「そうそう、先ずは君の名前を教えておくれよ」

「いや、話聞いてたかい? こっちの質問に答えてくれよ」

 僕が話す体勢になった事を確認し、明星はのんびりと此方の自己紹介を求めてくる。まさかそうやって話を切り出してくるとは思いもしなかった僕は、慌ててその流れに制止をかけた。

 どうやらこいつもマイペースな奴らしい。すると、明星は僕をからかうように人差し指を立て、左右に振る。

「いや、要求は僕の方が先だよ。言ったじゃないか。まずは自己紹介をしようって」

「……屁理屈を」

「でも、真実だ」

 勝ち誇った顔になる明星に、苦々しげな眼差しを送りながら、僕は仕方なく彼の要求から片付ける事にした。名前くらいは……減るものではない筈だ。

「僕は、黎真(れいしん)遠坂黎真(とおさか れいしん)。一応宜しく」

 この名前は気に入っている訳でも、気に入らない訳でもない。ただ、十中八九分かっているのは、ほぼ必ずあるコメントが返ってくる事だ。そう――。

「珍しい名前だね」

「よく言われるよ」

 予想通りの反応に、僕が肩を竦めながら答えると、明星はどんな字を使うのか? 由来は何か? 何てことまで聞いてくる。一通りの疑問に答えてやると、妙に満足したように、うんうん。と、頷いた。

「ありがとう。でも呼びにくいから……そうだね。とー君。いや、シン君。何か違うな。えーと……」

 おい、勝手に渾名を付けるくらいなら、何で字や由来まで聞いたんだ。そんな僕の非難を無視して、明星は首を捻り続ける。

「レイ。レイ君。ああ、これがいい」

 よりにもよってその名前で呼ぶか。ガックリと肩を落とす僕に、明星は「僕の事もルイと呼んでくれたまえ」と、にこやかに告げる。

 いけない。こいつのペースに飲まれかけている。そもそもこっちは不法侵入された側だ。もっと強気で行かなくてどうする。

「さぁ、次はそっちだよ。どうやって僕の部屋に入ってきた?」

 僕がそう言うと、ルイは腕組みをしたまま、そんなの聞くまでもないよ。と、不敵な表情を見せる。

「頑張って侵入したのさ」

 ルイは、至極大真面目にそう答えた。

「……ふざけてるのか?」

「ふざけてなんかないさ。君がその子とイチャイチャしている時に侵入したんだよ。あの大学には他に〝それらしい人〟は見当たらなかったからね。あり得ないなんて言った手前、少し恥ずかしかったけど、君が当たりなんじゃないか。って思ってさ。慌てて追いかけて来たんだ」

「それにしたっておかしいよ。帰ってきたばかりだったからドアの鍵は……まだかけてなかったけど、君が侵入したなら、ドアが開く音くらい聞こえる筈だ」

 つい先程の状況を思い出しながら、僕はルイの発言を否定する。断言できる。こいつは何らかの手段を持って前もって部屋に侵入していたとしか思えない。

「いや、ちゃんとドアから入ったよ? キスに夢中になりすぎて気付かなかったんじゃないかい? 舌入りのとびっきり濃厚なのを交わしていたじゃないか。ただいまのキスとはいえ、ちょっと熱すぎやしないかと思うんだけど、どうだろう?」

「……警察に通報するけど、文句ないよね?」

 小馬鹿にしたような態度をとるルイ。それを見た僕は、考えることを放棄して強行手段に移ることにした。友好的な態度をとってくるとはいえ、こいつが胡散臭い事には変わりない。

 この展開を予想していなかったのか、ルイは慌てるような素振りで両手を前にだす。

「うん、それは構わないんだけど、いいのかい?」

「なにがだよ」

 僕が首を傾げると、ルイは意味ありげに横目で僕の背後に視線を向ける。

「その子だよ。正体がなんであれ、見た目は女子高生じゃないか。逮捕されるのは、君の方では?」

「何言ってるんだよ、そんなこと……」

 ない。と、果たして言い切れるだろうか? 理由は不明だが、こいつは今、人前で姿をさらしている。気まぐれなのか、心境に変化があったのか。そこまでは判断しようがない。が、こいつは警察が来た時に、今までのように都合よく消えてくれるのか?

 そもそも、こいつの外見は、おおやけでは死亡したとされている、米原侑子そのものだ。囚われたのは僕の方で、押し掛けて居着いたのは怪物の方からだ。その真実はどうあれ、端から見た僕は、死んだ筈の女子高生を部屋に監禁する大学生にしか見えないことだろう。下手を打てば、ルイと一緒に仲良く刑務所行きにもなるかもしれない。

「多分そうなったら、僕の方が先に解放されそうだね」

 考えが顔に出ていたらしく、ルイはクスクス笑いながら「どうする? それでも通報するかい?」と、楽しそうに宣う。僕はしばらくの間、ルイの白にも金にも白銀にも見える髪を睨み付けていた。赤い瞳は、柔和な光を帯びて、僕と怪物を見つめてくる。目の光は暖かい。なのに、時折覗かせる検分するかのような視線はなんなのか。

「目的は何だ? いや、そもそも、君の話にはおかしな点が多すぎる」

「はて? なんのことやら」

 おどけるようにルイは首を傾げる。成る程。あくまでしらばっくれるか。いや、これは寧ろ、わかっているのだ。わかっていながら、僕に決定的なことを言わせる。そういった腹積もりなのだろう。なら、乗ってみようではないか。

「さっき、君は言ったね? 〝その正体がなんであれ〟って。まるで〝本当の事〟を知っているかのような口振りだったじゃないか」

 本当の事。それは、僕の背後にいる怪物の正体。黒衣の少女の中に潜む、恐ろしくも何処か寂しげな漆黒の大蜘蛛の事だ。

「ルイ。君はこいつの……怪物のことを知っているの?」

 その瞬間、劇的な変化があった。彫像のような笑みを絶えず浮かべていたルイが、ここにきて初めて、別の表情を浮かべたのだ。血色の瞳が、まるで戸惑いとも哀しみともとれる、不思議な揺らぎを見せていた。

「怪物……か。そうだね。まさしくその通りだ」

 小さな声でそう呟いた後、ルイは深呼吸してから、ゆっくりと僕の後ろへ顔を向けた。つられて同じ方を見る。

 ルイの視線。その先には、ベッドに寝そべったままの怪物がいた。

 艶やかな黒髪をベッドにちりばめ、何処か拗ねたような表情で僕を見つめている。実はさっきから意識しないようにしていたのだが、怪物の手は、僕の服の裾を掴んだまま、ひっきりなしに引っ張っている。まるで、構え。とでも言っているような仕草だった。

 何だか分からないが呆れ顔になる僕。一方、それを見つめるルイの眼差しは、何処までも優しいもので――。

「君の言う通り」

 不意に、ルイがポツリと呟く。赤い瞳は、既に真っ直ぐ僕を見据えていた。

「僕はその子を知っている。その秘密も、抱える謎も。全てではないけど、その殆どを」

 ドクン! と、僕は心臓が跳ね上がるのを感じた。それは、意外な形で真実に近づいた故の戸惑いか。あるいは、探し求めていた答えにたどり着いた興奮に近いものなのか。そんな僕の目の前で、ルイは何処かためらうような素振りを見せながらも、語り始めた。


「僕は今、色々な目的を持って行動しているんだ。その一つは、今達成された。ここに来た目的はね。その子を見つけ出す事だったんだよ」


 

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