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名前のない怪物  作者: 黒木京也
第三章 白い抹消者
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35.朝――現情報の整理

 怪物の秘密を解き明かす。と言っても、その存在が非常識なせいで調べるのは難航することだろう。

 なので、今わかっている事を整理してみる。

 早朝、ベッドの前――。目覚めた僕は、いつものように朝食のトーストを頬張りながら、背後を振り返った。

 ベッドの上には、もはや定位置と言わんばかりに、ゆったりと寝そべる怪物の姿があった。

 散らばる黒髪と、黒いストッキングに覆われたスラリとした脚。僕の枕を顔に埋めるように抱き締めながら、その漆黒の瞳はこちらをじっと見つめてくる。

 朝日が射すカーテンが背景にあるからか、その姿はどこか幻想的にすら見え、僕の目を釘付けに……。

 違うそうじゃない。見惚れてどうするんだ。

 雑念を払うかのように首を振り、今までの行動パターンや出来事を回想する。

 怪物の持つ能力。それはわかっている限り、全部で六つある。


 一つ目は、『吸血能力』。読んで時のごとし、相手の血を吸う能力だ。

 能力と言ったが、コイツが唯一口にするのが僕の血であるため、どちらかというと能力というより捕食の本能に近いかもしれない。

 ただし。ここからは推測になるが、怪物はチスイコウモリ等といった吸血生物のように、血液という物質を栄養としている――。わけではなさそうだ。

 何故なら、怪物が僕以外の誰かを襲っている所は、一度たりとも見たことがないからである。そのため、人の血液というよりも、“僕の血液”を栄養としている。と言った方が正確かもしれない。

 また、吸血の際は、僕の首に牙とは違う何らかの器官が刺し込まれている。この時の痛みは一瞬で、その後は強烈な酩酊感と快楽が僕を襲ってくる。怪物が何らかの麻酔のような物質を僕に打ち込んでいるのか、器官そのものに麻酔に近いものが作用しているのかは不明。

 また、不思議なことに、器官を抜かれた時に出血することはなく、傷もうっすらと残る程度である。本当にどんなカラクリなのだろうか?

 また、打ち込まれると言えば、もう一つ重要な事がある。

 吸血が終わった後の話だ。

 その牙とも違う器官から、僕に何かが流し込まれてくることも確認している。気味の悪い話だが、今のところ害はない。

 もしかしたらこの流し込まれている物が止血などを促しているかもしれない。これもよく調べる必要がありそうだ。……悲しいことに、やり方は思い浮かばないが。

 しかし――。そんな血を吸う怪物につきまとわれているならば、逃げ出すか、色々と打開策を講じるべきだ。なんて声があがるかもしれない。

 事実、僕もそうしようとした。

 しかし。残念ながら、そんなものは怪物の能力の前では、無意味に等しいのである。


 その元凶たる二つ目の能力。それが『操りの力』だ。

 吸血能力と並んで、恐らくコイツが僕に対してもっとも使っている能力の一つ。バキンという、身体に電撃が走るような衝撃を合図に、この能力は始まり、終わる。

 原理は不明ながら、その瞬間から僕は怪物に身体の動き全てを、操られてしまうのだ。

 有効範囲は恐らく僕が怪物の視界に入っていれば確実に発動。入っていない場合は純也のアパートでの経験を考えると、約五十メートル程だろうか? もっと短いかもしれないし、長いのかもしれない。

 因みに、僕の肉体を操ることは出来ても、精神までは操ることは出来ないようだ。五感も正常のままである。まぁ、そのお陰で気味悪さは増し増しであるのだが。

 だが、真に恐ろしいのは、この能力が恐らくは僕の血を動力にしているらしい。ということだ。

 以前連続で逃亡を試みたことがあるが、結果は散々なものだった。この能力によってひたすら怪物の元に強制的に戻されるという、悪夢のような状況になってしまったのである。

 しかもその日の晩。僕はいつも以上に長く血を吸われてしまった。

 操りの力を使わせることが、下手すれば僕の死に直結するのではないか。という推測が成り立った瞬間だった。

 かくして、僕は怪物の元から逃げられなくなったという訳である。


 三つ目の能力は、『現出・消失能力』。

 これまた原理は不明だが、これは怪物自身が何処からともなく現れたり、その姿を眩ます能力である。

 主に部屋や怪物の前に僕以外の人間が現れた時に使用している。

 その性質から、僕は最初、怪物は瞬間移動や幽霊みたいに透明になる事が出来るのだと推測していた。

 しかし、そう思っていた矢先のこと――。僕は純也の部屋に行き、しばらくの間、怪物の支配下から逃れた事があった。

 後に結局は怪物に探し当てられてしまったのだが、それは今は置いておこう。

 ともかく。この事から、この能力にも操りの力と同様に、何らかの制限がある事が明らかになっている。

 何度も受けた事によって少しずつ詳細が分かってきた操りの力とは違い、シンプルながら謎の多い能力である。


 四つ目。『蜘蛛の使役能力』

 これは、ありとあらゆる蜘蛛をまるで兵隊や下僕のように使役する能力である。僕が見た限りでは、蜘蛛にブレイクダンスを踊らせたり、特攻隊の如く対象に突撃させたり……。思い出しても身の毛のよだつような使われ方しかしていない。

 更には操れる蜘蛛も大小様々。見たところ軍勢に毒蜘蛛はいないように見受けられたが、こいつの事だ。恐らく操れないということはないだろう。

 現在僕の前では二度しか使われていないので、分かっているのはこれくらいだ。だが、精神的な意味では一番脅威かもしれない能力である。

 いくら虫が平気な僕でも、全身に蜘蛛が群がってきたら、正気を保てるか怪しいだろう。想像したくもない。


 頭の中でそこまで整理し終えた所で、不意に僕の首に細い腕が回された。

 黙りこんだ僕が気に入らないのか、単純に暇だったからなのか、怪物は甘えるようにまとわりついてくる。

 ヒヤリとした白い手が僕の頬に触れ、僕の背中に冷たい戦慄が走る。

 怪物の手……。それは第五、第六の能力が密接に関わってくる。

 この二つの能力は、僕が実際に見てから日は浅いため、はっきりとした結論や推測を下すことは出来ない。だが、いずれも直接的な攻撃力を持った能力だということがはっきりしている。


『物質切断能力』

 あるいは蜘蛛の鉤爪とでも言うべきか。そして、ここまでくればテンプレートの如く、詳細は分からない。

 何せそれを確認したのは、京子によって拉致された時――。椅子に拘束されていた僕が解放される、ほんの一瞬しか披露されなかったからである。

 わかっているのは、怪物の手が、蜘蛛の脚を模した禍々しい五本指の鉤爪に変わること。その威力は一振りで鉄製の手錠がバラバラに切断される程であること。これくらいだ。


 もう一つ。第六の能力にして、『蜘蛛糸の精製能力』

 こちらもまた、最近怪物が使い始めた能力である。主に怪物は、これで何かを拘束したり、絡め取ったりといった用途で使用している。

 それと、たぶんこいつにとっても落ち着く装飾なのであろう、蜘蛛の巣を張る時にも、糸を作る能力が一役買っている。

 因みに落ち着く。というのは、あくまで僕の想像だ。夏の終わりに再びこの怪物と暮らすようになって以来、怪物は僕の部屋に蜘蛛糸を張るようになったからである。

 巣を張っているのは、天井――。特にベッドの上を重点的に覆っているので、僕が普段生活する分には絡まったりなどのトラブルはない。

 だが、この蜘蛛の巣を張るという行為から、怪物は完全に僕の部屋へ居着く体制を整えてしまったのは疑いようもないだろう。でなければ、定期的に部屋を掃除する人間の如く、天井の蜘蛛の巣を張り替えたり、“あんなモノ”を貯蔵するハズがない。

 まとわりつく怪物の腕を、やんわりと引き剥がし、僕は目下最近の悩みの種。もとい、一番困惑している物質を見上げた。

 天井に張り巡らされた蜘蛛の巣。そこに吊るされるようにくくりつけられた、握りこぶし大の繭のような物体。怪物が貯蔵するモノ。

 血染めの繭。いつぞやの夜に僕が食す羽目になったモノだ。

 怪物の能力はどれもこれも非常識かつ、原理も不可解なものだが、この繭はその中でも筋金入りだ。

 詳細は例によって一切不明。わかっている事は、これが僕の血を蜘蛛糸に染み込ませたもの――。それの塊だという事。

 怪物は時々、これを食べている事。または、作っていること。この三つだ。

 作り方は怪物と生活しているうちに何度も目撃している。繭状に編んだ蜘蛛糸。怪物はそれに噛み付き、血を染み込ませていた。

 恐らくは非常食的な物だろうと思うが……。結局、分からずじまいだ。

 ……なんだよ。わからないことまみれじゃないか。

 内心で悪態をつきながらベッドに腰を下ろす。スプリングが軋み、その拍子に背後で怪物が起き上がる気配がした。


 そのまま振り返り、怪物の両頬を指で摘まみ、軽く左右に引き伸ばしてみる。さんざん振り回されているのだ。これくらいのお痛は許されていいはずだ。

「……一体何なんだろうな? お前は」

 恨み言が通じるならば苦労しない。現に無駄なくらい柔らかい頬をムニムニされても、怪物は無表情のままだった。

 分からない。

 詳細不明。

 原理は謎。

 ある程度の推測を立てても、それが正しいという保証はない。

 例えば繭。あれだって僕の血を染み込ませている物だというのも、僕個人では確かめようもない。

 医者を通じて大輔叔父さんが、「お前自身の口の中にお前の血が詰まっていた」何て情報をもたらしてくれた故に、成り立っている推論だ。

 僕があの致命傷から回復した理由も間違いなく怪物が絡んでいるのに、その手掛かりすらない。

 怪物の秘密を解き明かす。何て息巻いても、この様だ。

 難航するどころか、八方塞がりである。

「怪物の専門家とか……いるわけないよなぁ」

 あり得ない妄想に僕は苦笑いする。いたら立ちどころに僕の疑問を解消してくれるだろうが、そんな都合のいい存在がいるとは思えなかった。

 頭に浮かんだ他力本願な考えを消去し、僕は再び思考を巡らせる。

 只でさえ謎の多い怪物の能力。これに加えて、“怪物の存在そのものの謎”が関わってくる。こちらについても考えなければなるまい。


 米原侑子。京子と藤堂が引き起こした、連続猟奇殺人事件。その最中(さなか)で、何者かに殺害された少女。

 怪物と瓜二つの容姿を持つ少女。この二人の関係性は? そして何より……。

「どうして、僕なんだ?」

 引き伸ばしていた怪物の頬をはなし、僕は問いかける。

 根本的な問題。何故この怪物は、僕を選んだのだろう?

 美味しそうだから? 何か嫌だ。

 あまり知り合いがいないから? そうだとしたらどうやって知った?

 それとも……。


 携帯のアラームが鳴り響く。どうやら“時間”らしい。ゆっくりと立ち上がる僕を怪物は寂しげに見上げてくる。この後の事を予期しているのかどうかは分からないが、どのみち僕は止まるわけには行かない。

 怪物の問題も大事だ。だが、僕には大事な事がもう一つある。


「いいかい? 僕は大学に行かなければならないんだ」


 ゆっくりと。言い聞かせるように僕は怪物に告げる。

 そう。怪物に捕らえられた影響で行けなくなっていた大学。

 いつの間にか夏休みに入り、気がつけば長期休暇は殺されかけ、事情聴取を受け、挙げ句は拉致監禁未遂の末に刺されて入院……。そんなあんまりな日々で塗りつぶされていた。おかげで今の僕には大量の集中講義や補修が待っている。

 そう。今日から大学の秋学期が始まるのである。

「ちゃんと帰ってくるから、ここにいるんだよ? いいね」

 怪物の事は分からないことが多い。けど、コイツとの奇妙な共同生活も、はや数ヶ月。

 昔のコイツなら、僕が外に出ることを決して許すことはなかった。ありとあらゆる手を駆使して、僕を近くに置いておこうとしていた。

 けど、流石にそろそろ空気というものを読んではくれないだろうか?

「い、いいかい? 使うなよ? 能力絶対使うなよ?」

 鞄を持ち、怪物の方を見ながら、ゆっくりと後退りする。

 勿論、コイツに能力を使わせずに出ない方法が無い事は無い。

 けど、その方法だと、怪物も一緒に外に出ることになる。

 短時間で帰ってこられるスーパーと違って、大学は結構な時間外にいなければならない。その間、怪物が野放しになる。

 それは……頂けない。

 勿論、部屋にいても抜け出すリスクは変わらないのだが、見送られるのと、道中で突然消えられるのとでは……。主に僕の心の平穏的な意味で前者の方がいいに決まっている。

 想像してみて欲しい。万が一、大学までついて来られたら?

 敷地内で、見た目女子高生なこいつにディープキスなんてされた日には……。色々な意味でアウトである。

 だからコイツにも理解してほしい。時には我慢も必要だと――。その瞬間、身体の奥で電流に似た衝撃が走った。操りの力だ。

 ……ですよねー。数ヶ月でそうそう変わるものではないですよね。人も怪物も。

 傀儡と化した僕は、花の蜜に誘われる蜂のように、フラフラと怪物の方へ覚束ない足で近づいていく。

 やがて、僕の身体は、迎え入れるかのように腕を広げる怪物に、静かに。覆い被さるようにして、ベッドに沈んでいった。

 結局、僕が裏技――つまりは怪物の手をひいて外に出る方法――を駆使して部屋を出たのは、それから数十分後のことであった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 第六の能力”に”して まあ、”と”ですかね。 これくらいの”お痛”は許されていいはずだ。 ”おいた”か”お悪戯”ですかな。 ”何”て息巻いても ”なん”ですね。 ”補修”が待って…
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