33.歩み寄った夜
結局。あの後から一夜明け。病院から出た僕は、そのまま部屋に荷物だけを取りに帰った。
純也の葬儀が、目前に迫っていたので、帰宅の余韻などに浸っている場合ではなかったのだ。
純也の実家がまさかの島根だったという事実にも面食らったりしたが、葬儀は滞りなく終了した。
こうして、純也は家族のいる地にその骨を埋めることになったのである。
葬儀の雰囲気は未だに過去を掘り起こし、僕に暗い陰を落としてくるのだが、その日はそんなものに囚われる程、自分の事ばかり考えてはいられなかった。
溢れそうになる感情を抑えるだけで精一杯だったのだ。
誰もが純也の死を悼み、彼がいかに愛されていたのかを思い知る。
こんなに早く死んでいいような男ではなかった筈なのに。
そういったやり場の無い想いが、その時の僕に再び沸き上がってきていた。
藤堂や京子に目先の快楽で殺された純也。それは受け入れがたい事実ではあった。
がその現場はどうしようもないくらい現実からかけ離れたような状況だった。
だからこうして惜しまれながら送られる純也の様子を見ると、ようやく彼は残酷な事件から解放されたのだと実感できる。
そう思った瞬間、少しだけ込み上げるものがあり、僕は必死でそれを堪えていた。
因みに、いつもは僕につきまとい、外出を阻止する怪物は、病院を出る頃にまた何故かへ消えてしまい、ここまでついてくることはなかった。
どういう心境の変化だ? とも思ったが、でもその時ばかりはそれに感謝した。
今この場で、アイツが誰かに見られるのではないかというハラハラとした感覚にまで苛まれていたら、僕は切なさと緊迫感で、平常心を保ってなどいられなかっただろうから。
そうして、翌朝の出立前。
純也にもう一度顔を見せてから、僕は元の日常に戻っていった。
特に騒がしくもなければ、楽しくも愉快でもない。
彩りもなく、ただ明日へと沈んでいくような……。そんな灰色の生活へと。
だが。
「おい、どういう事だこれ」
久しぶりに部屋に帰った僕は、そのあんまりな惨状に思わず絶句した。
頬をひくつかせる僕を、怪物はキョトンとした顔で見つめてくる。
僕はゆっくりため息をつきながら、様変わりした部屋を見渡す。
「君がまた居着いてるのは……この際もういいよ。どうして僕の部屋が蜘蛛の巣だらけになってるのか、説明してくれるかな?」
正確には灰色の生活なんてものじゃない。真っ白だった。いろんな意味で。
その元凶たる蜘蛛糸は、主に天井に張られている。
糸はそこからベッドとカーテンの方まで勢力を伸ばし、ちょっとした天蓋のようになっていた。
少し豪華な装飾のようには……間違っても見えない。
何より、僕が一番気になっているのは、張り巡らされた蜘蛛の巣に、どこかで見たような握り拳大の白い繭が三、四個吊るされていることだった。
ちくしょう、やっぱりアレは現実だったのか。てことはあの中身は……。
「僕の血……。なのか?」
恐る恐るその繭に指を触れる。玩具屋で売っているスライムのような手触りだった。
よく見ると、僕の触れた所が少しだけ赤黒い染みになっている。やはり中身はゼリー状にした血らしい。
臭いがしない辺り、この繭……というか糸は脱臭効果的な役割もあるようだ。
もしかしてだが、これは非常食のようなものなのだろうか? 蜘蛛にも餌を貯蔵する習性のあるやつが……いたようないなかったような。
いや、そんな現実の蜘蛛とコイツを比較するなんて無意味なことはこの際止めておこう。要するに……。
「これを構えたという事は……君はいよいよここに居着く気なんだね?」
今までもちょくちょくこの部屋を抜け出していたということはわかっている。
夜な夜なあの棲み家へ行ってはこれを持って帰り、ここで貪り喰っていたのだろう。
その棲み家をここに移動させた。
すなわち、コイツはここから出ていく気がゼロになったということを意味している。
最初からここに棲み家を構えなかったことは謎だが、少なくとも純也の葬儀に僕が遠出した時、ついてこなかった理由はハッキリした。
コイツは文字通り〝お引っ越し〟をしていたのだ。
そして。怪物はまたしても、いつぞやのように我が物顔で、ベッドに腰掛けている。
これはもう、糾弾したところで意味をなさないだろう。
肩をすくめつつ、僕はいつものようにベッドの前に移動した。
テレビのチャンネルを付けると、ちょうど連続猟奇殺人をまとめた特集が組まれていた。
画面には京子の顔写真が写し出されていた。
『恐ろしいのは彼らが被害者の遺体を色々な形で加工していたことでしてね……』
流石に内蔵で絵を描いていた。なんて報道はされなかったか。僕はそんなことを思いながら、複雑な気分で京子の写真を眺める。
京子……。君は今何処にいるんだろうか?
生きているのか、死んでいるのか。いや、僕ですら不可解な理由で死の淵から生還したのだ。
彼女も何らかの方法であの場から脱出していてもおかしくはない。
近くにいるのか、遠くにいるのか。
誰かの隣にいるのか。誰にも見つからない場所にいるのか。
全ては謎のままだ。ただ、何となく予感めいたものがある。
彼女はいずれ、僕の前に現れるのではないか。あの狂気と、メスを携えて。
また、いずれ……。
ふと、襟首を軽く引っ張られる感覚で振り向いた。
怪物の仕業だった。
「……なんだよ」
いつものように怪物は、僕の問いに答えない。
部屋に張られた蜘蛛糸の説明も、あの夜に行われた血の口移しも、そもそも何故僕に付きまとうのかも、米原侑子と同じ顔をしている理由も。何一つ。
視線をテレビに戻す。相変わらず京子の写真が画面右横に映されていた。
当事者の知り合いにしか分からないことだが、こういった写真のチョイスっていちいち悪意があるよな。何てことを思う。
画面の京子の写真は、普段の彼女を知る僕から見ても随分人相が悪い写真が使用されていた。
僕の前で本性を現した時の顔ではない。たまたまタイミングと写真うつりが悪いものが選ばれたかのような。そんな感じ。
こんな風な顔で殺人を実行していたなら、僕も少しは楽だったのにな。何て思う。
あの能面のような無表情は……。しばらくは頭にこびりついて離れなそうだ。
再び襟首を引っ張られた。そちらを振り向いても、怪物は黙ってこちらを見つめてくるのみ。
テレビに視線を戻す。また引っ張られた。
構わず無視。引っ張られる。
無視。引っ張る。
無視。引っ張る……。
「ああ〜! もう! 何だよ! 何がしたいのさ」
結局、僕の方が折れて怪物の方に向き直る。
が、怪物はこちらを見るのみ。……心なしか満足気な表情をしてないか?
些細な違いも見分けられるようになってしまった自分にげんなりしながらも、僕は怪物の言葉を……待っても意味はないので、取り敢えずベッドに腰掛ける。
すると、待ちわびていたかのように怪物の腕が伸びてきた。
フワリと柔らかい感触が僕を包み込み、甘い香りが僕の鼻腔をくすぐる。
気がつけば、また怪物に抱きすくめられていた。
「おい、離せ。テレビが見れない……っぶ」
思わず起き上がろうとする僕を押さえ付け、まるでテレビを見せまいとしているかのような振る舞いをする怪物。
何だよ。本当に何がしたいんだコイツは?
疑念に眉をひそめる僕の耳に、テレビの音声が流れ込んでくる。
『そして、現在最後の犠牲者となっております、阿久津純也さんですが……』
その名前が出た瞬間、僕の肩がピクリと跳ね上がる。
『阿久津純也さんは、山城京子・藤堂修一郎容疑者らと同じ大学に所属していたようでしてね。いやはや居合わせた相手が悪かったといいますか……』
ゲストの名も知らぬ芸能人。
解説者ぶるその人の言葉が、僕に容赦なく突き刺さった。
まるで見ないようにしていた事実を掘り起こされるかのような。そんな陰鬱とした気持ちが僕の中に広がっていく。
居合わせた……そうだ。あの時、純也に会わなければ。
好奇心で公園に行かなければ。
もっと穿った言い方をしてしまえば、純也が僕と知り合ってなければ。
彼は死なずにすんだかもしれない。
今さら何をだとか、それを考えても仕方がない。と、事情を知る人がいたら怒ることだろう。
でも、僕はそれを考えずにはいられなかった。 そんな考えをすれば、何よりも純也が怒るであろうことを、僕は分かっているのに。
不意に視界が歪んできた。喉の奥に酸っぱいものがつっかえているかのような。そんな感覚が襲い掛かってくる。
一息入れる間もなく色々な事に巻き込まれていたからなのか、神経がずっと張りつめていたからかは知らない。
だが、今僕に降りかかって来ているのは、間違いなく純也の葬儀中や、その帰りの電車の中で押さえ付けていた感情の波だった。
それに引きずられる形なのか、あんな仕打ちを受けた京子の事でさえ頭に浮かんできた。
純也と知り合ったのは一年とちょっと前。
京子と知り合ったのは半年と数ヶ月前。恋人として付き合った期間に至っては一ヶ月位のものだ。
故に三人一緒に関われたのは、ごくわずかな短い間だった。
それでも。一番の親友と、大好きな恋人との時間は、今まで孤独だった僕にとっては、夢のような楽しい時間だった。
かけがえの無いものだったのだ。
それも今は、無い。
純也は死んでしまった。もう二度と会えなくなってしまった。
一緒に遊びにいく事も、バカみたいな話で盛り上がることも、もう出来ない。
京子も、会えない。もしまた会ったところで、もう楽しくお話なんて不可能だろう。
そもそも僕と彼女の間には、最初から徹底的なズレがあったのだ。
こうして、奇しくも僕は再び大切な人を失った。
服にわずかに残った線香の香りが。京子の顔写真が。解説者の言葉が。
僕にその現実を突きつける。
その時、僕を抱き締めていた怪物の手がゆっくりと僕の背中を擦るように動き始めた。
コイツ自身は、恐らく何の気なしにやった行動なのだろう。
だけど、柔らかい指が僕の背中を優しくなぞる度に、僕は身体が震えていくのがわかった。
ここは、僕の部屋だ。
兄さんしか見なかった両親も、僕を気遣い心配する叔父さんも、親友も、その死を嘆く彼の両親も、恋人も、死神もいない。
いるのは怪物。ただそこに存在し、何故か僕につきまとう。名前もなき怪物だけ。
得体が知れないのに、気心は多少知れている。というのはおかしな話だ。しかし、だからこそ気遣いも、我慢も、片意地を張る必要もないだろう。
だから今なら、思いっきり泣ける気がする。
そう思った時が限界だった。
友人の死の実感。
多分二度と味わえる気がしない壮絶な失恋。
初めて向けられた、叔父さんからの不穏な視線。
そして言い表しようのない孤独感。
悲しみや悔しさ、寂しさや切なさ。そういった感情がごちゃ混ぜになる。
そんな、心をミキサーにでもかけられたかのような心情の中で。
いつしか僕は、涙と鼻水で無様に顔を歪めながら、ただただ泣きじゃくっていた。
怪物の胸に抱かれながら、いつまでもいつまでも。
涙が枯れ果てるまで慟哭を漏らし続けていた。
※
どれくらいの時間がたったのだろうか?
泣きつかれ、いつの間にか眠ってしまったらしい。これじゃまるで子どもだな。
そんなことを思いながら僕はゆっくり目を開ける。
その瞬間、僕の身体は硬直した。
目の前には、見慣れた黒衣の少女が……。いなかった。
かわりに大きな。
子牛か大型犬程の黒い塊がいた。
絡み合う八つの黒い脚。
磨き抜かれた黒曜石のようにぎらついた輝きを放つ、八つの目。
大きな鋏を打ち鳴らしているかのような音を立てる顎。
黒い蜘蛛がそこにいた。
とてつもなく大きな。
神々しささえ感じられる程の大蜘蛛がそこにいた。
声は……出なかった。ただ、その黒曜石の八つの瞳は、ただ僕をじっと見つめていた。
「君……なのか?」
そんな言葉が口から出たのは無意識だった。
僕がゆっくり起き上がると、蜘蛛は一瞬だけビクリと脚を震わせた。
その脚には、見覚えがある。
あの時の何倍も大きいが、まるで墨を塗りこんだかのような鉤爪付きの脚は、いつかのエアコンから伸びてきた〝脚〟そのものだった。
こんな奴に襲いかかられたら、きっとひとたまりもないんだろうな。
それが目の前にいるにも関わらず、僕はそんな事を考える。
色々な出来事がありすぎて麻痺したのか、悟りを開いてしまったのかは分からないが、不思議と恐怖心は無かった。
むしろ、謎の高揚感の方が強かった。
ヴェールに包まれていた怪物の秘密を一つ覗き込んだかのような。
それはまるで、コイツが自分の全てとはいわずとも、誰にも見せない一面を僕に見せてくれているかのようで、嬉しささえ感じるほどだ。
だけど、そんな感慨深さはすぐに引いていき、僕の思考は徐々に冷静さを取り戻す。
何故コイツは、この局面でこの姿になった?
答えはすぐに出た。おぞましくも恐ろしい結論だが、僕は納得した。
僕は人間で。君は怪物だ。だからこの結末は必然なんだろう。
僕が笑みを漏らすと、怪物が顎を遠慮がちに鳴らす。
その様が何故だか可愛らしく見えてしまう辺り、僕も末期だ。
そういえば、初めてコイツに笑いかけた気がする。
そっとベッドから降りて、そばのテーブルに腰掛ける。行儀は悪いが、その方がしっかりコイツの……君の姿を見ることが出来る。
カーテン越しの月明かりに照らされる怪物。
その八つの目を見つめながら、僕はゆっくりと口を開いた。
「僕を……食べるつもりなんだね」
自分でも驚くくらい滑らかに。その言葉が飛び出した。
蜘蛛は……、怪物は答えない。まぁいつもの通りだが、僕はそれでも苦笑いを浮かべてしまう。
最期くらい話をしようよ。そんな気持ちがあったのだ。
「君から逃げられるとは思ってない。僕が泣こうが喚こうが、君はお構い無しだろうしね」
怪物は答えない。
脚が震える。これはやせ我慢だ。どうせ逃げられないなら、綺麗に死にたい。
どこぞの馬の骨に殺されたり、事故で死んでその人にまで迷惑をかけるよりずっといい。
勿論、コイツを殺すのも手だろう。
だけど、僕はもう、そんなことは出来なかった。
だってそれは、僕の目の前に知っている奴の死体が残る。
自分本意な考えかもしれないが、知り合いの死に直面するのだけは、もうごめんだった。
だから……。
しばらくの沈黙が流れる。
そして、蜘蛛はゆっくりと動き始めた。
霧がかかるように蜘蛛の姿が歪んでいる。
僕はそこで覚悟を決め、静かに目を閉じた。
視界が暗闇に包まれる中、僕は伝え忘れていた事を思い出す。
言葉は通じない。けどどうか、気持ちだけでも伝わることを願い、僕は口を開く。
「ありがとう。いっぱい泣かせてくれて。あんなに自分の感情を吐露したのは、多分君が初めてだよ」
僕は、ちゃんと笑えているだろうか?
その瞬間、ヒヤリとした手が頬に添えられた。
――そして。
ニュルリと、僕の〝瞼〟を抉じ開けるように冷たく濡れた何かが差し入れられた。
「…………は?」
何かだなんてそんなのすぐにわかった。怪物の舌だ。
目を開けると、再び少女の姿に戻った怪物の唇で、右側の視界が覆い尽くされていた。
「な、何をする……はぅあっ!?」
自分でもあり得ないくらいのとんでもない声が出た。舌がチロチロと僕の瞳の……多分すぐ横を舐めてねぶってスワープしていく。
やがて舌は目尻を舐めあげ、再び眼球を。そこから顔を離し、未だに目に残る感触に唖然とする僕の鎖骨へと這いよるように到達する。
「な、おおおお前! な、何を……!」
動揺のあまり上擦った声を上げる僕。そんな僕を怪物は熱っぽい視線で見つめてくる。
お、驚いた。まさかあんなに気持ちいなんて……ち、違う! 違う違う違う! そうじゃない! そうじゃないだろ僕!
「ね、ねぇ……さっきのシリアスな空気は? 僕の覚悟は?」
ひきつった顔で問いかける僕を怪物はゆっくりと抱き寄せ、再び僕をベッドに引きずり込む。
身体所有権の剥奪能力を使わないのは、僕が逃げないと思っているからなのか。それとも逃げても捕まえられるという自信の現れか。
いつになく蕩けた眼差しで僕に迫る怪物は、ちょっとした恐怖を感じるくらい積極的だった。
ああ、そうだよな。ここ京子もいないし、病院みたいに人の気配しないもんな。
僕の部屋だし、ちゃっかり巣も作られてるし。
てか、いつぞやの決別以来、久しぶりに僕の部屋でコイツと一緒にいるのか……。
アレ? もしかして僕、今まさに物凄い身の危険を感じなければいけないのではないか?
気がつくと、僕のワイシャツのボタンが上から三つ程、いつの間にか引きちぎられていた。
ああ、これはヤバい。
「ま、まって。待て待て待て待て、ストォオオォップ! ……んぐっ」
久しぶりに部屋に戻ってきた怪物は、病院の時とは比べ物にならないくらい、それはそれは情熱的だった。
※
「も、もう、お嫁に行けない……」
ワイシャツのボタンは、あれから更に二個引きちぎられた。くそ……弁償しろこの野郎。
ちなみに色々されたが、初めては何とか死守した。自分で言ってて悲しいが。
というか、そもそもコイツにはそんな知識は無い……。気がする。多分。
そんな辟易した僕を尻目に、現在怪物は大人しく僕の隣に寝転び、人の頬をひたすらつついてくる。
コイツ……本当にただ甘えたかっただけか。
まさかとは思うが、あの姿を見せたのも、ただ見て貰いたかったから何て理由じゃなかろうな?
更に深まる疑惑に、僕は思わずため息を漏らすと、改めて怪物の方へ向き直る。
コイツは分からないことだらけだ。
行動は予測なんかつかないし、何を考えているかも完全には把握しているとは言い難い。
そもそもしつこいようだが、言葉が通じない。
だけど少なくとも、コイツは僕に対して一定の信頼というか、何らかの執着を抱いている。
今までの行動から見ても、それだけは確かだ。
「お前は……ここにいたいのか?」
相変わらず返答はない。ただ身体を摺り寄せてくるだけ。これが答えだとでもいうのか。
だとしたら、僕は……。
「お前が何なのかは知らない。けど、助けてもらった恩がある。それに……」
コイツが何か人間では及びもつかないような力を持っている可能性がある。それを使って僕の身体を治癒したのだとしたら?
僕に近づいた理由が、何か重大な意味を持つのだとしたら?
少なくとも、僕はあの夜に自分がやられたことを、コイツの秘密を。正体や目的を……解き明かす必要がある。
何よりそれが分かった時、僕とコイツは真の意味でわかり会えるのではないだろうか。
わかり合える。だなんて柄にもないことを考えたところでふと、いつぞやの純也がかけてくれた言葉が脳裏に蘇って来た。
人との距離を測りかねていたころにかけてもらったあの言葉。純也と本当の意味で親友となれた、僕にとって忘れられない言葉。
冷淡だと自負していた自分は、アレを機に少しは変われたんだと思う。
『お前は寂しいことの辛さや痛みを知っている。だからきっと、人一倍優しい奴な筈だぜ』
……だから僕は、ここにいたいと行動で主張する怪物に、一先ず歩みよってみようかと思う。
少なくとも、蜘蛛の姿になっていたアイツの目は、どこか寂しげに見えたのだ。
「君が飽きるまででよければ、僕が一緒にいよう。君にとって有意義かどうかはわからないけどね」」
僕のそんなシンプルな言葉の何がうれしいのか、怪物はどこか幸せそうに微笑んでいるように見えた。
さて、先ずはこいつを知り歩み寄るための第一歩として、今までの事をレポートみたいにまとめてみようか。
僕は頷きながら結論付ける。
「題名は……そうだなぁ」
僕は怪物の艶やかな黒髪を手で解かしながら思案する。
怪物は僕の頬をつつく手を止めて、気持ちよさそうに目を細めていた。
こんな少女の姿をしたやつが殺人犯を圧倒したり、僕を気ままに振り回し、黒い巨大蜘蛛にも変身する謎の怪物だというのだから、おかしな話である。
……ああ、うってつけな題名を思い付いた。
「『名前のない怪物』。うん、これで書いてみるか」
僕はそう結論付け、一人ほくそ笑んだ。
※
かくして、夏の始まりに捕らえられた僕は、夏の終わり――。本当の意味で怪物に囚われた。
それが意味することを僕が知るのは、まだ少しだけ先の話だ。
黒椋鳥です。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
これにて第二部終了となります。
章タイトルを「内臓実食」ではなく「内臓遊戯」にすればよかったと後悔している今日この頃です。
活動報告で述べているように、この小説は一応四部構成の予定です。
なので、第二部では謎のままだったものは、後の三部、四部で明らかになります。
謎がいくつか残っておりますが、実はそれらは殆ど怪物に関することのみにしたつもりです。
猟奇殺人事件パートに関しましては、最後の京子の一件を除けば、第二部で一応、終了となります。
猟奇殺人事件は元々、これは怪物が関わっているのか……? といった具合に主人公に悩んで頂く目的で描写しておりましたので。
ちなみに、第一部が主人公と怪物の出会いを語るものならば、第二部は主人公と怪物の歩み寄りをテーマに執筆いたしました。
第三部・四部は怪物の秘密や正体に焦点を当て、執筆していく予定です。ご期待していただければと思います。
活動報告での、度重なる第二部もう少しで終わる終わる詐欺には謝罪を。
結局予想以上に長い部になってしまいました(汗)
改めまして、いつも読みに来ていただいている皆さん!
評価・感想をくれた皆さん!
お気に入り登録やレビューを書いてくださった方々!
本当にありがとうございました!
応援して頂いている全ての皆さんに感謝を。
第三部も拙い文ながら頑張って執筆していく所存です。
今後もどうぞ宜しくお願いいたします!
ではまた……。
次のお話で。




