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名前のない怪物  作者: 黒木京也
第二章 内臓実食
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21.引き金

 怪物についての新事実が発覚したその日の夕方。僕は朝から点け続けているテレビを凝視していた。

 理由は言わずもがな。ビデオカメラに残されていた怪物の映像。アレであいつが食べていたのが、人間の内臓だったとしたら……。

 間違いなく今日か明日に新たな犠牲者の報道が出る筈だ。そうなったならば、怪物は高い確率で黒だ。そうなったら……。

「……どうすればいいんだ?」

 僕は先程から専ら、それだけを考えていた。コイツが黒だったとして、どうすればいい?

 警察に突き出す? 無理だ。突き出そうとした所で、あっさり姿を消されるのがオチだ。

 もう殺すなと説得する? それも無理だ。コイツには話が通じないと、何度も確認してきたではないか。そもそもアレがコイツの生きる術ならば、説得等で止める事は出来ないのではないだろうか?

 現状、僕自身がコイツを何とかするくらいしかない訳だ。

 例えば、どうにかして姿が消える能力を解明し、それを封じる方法を見つけ出す。そうしたらコイツを犯人として突き出す……。それまでに一体何人の犠牲者が出ることだろう。

 他にも色々考え付いたが、結局穴がある方法ばかり。更なる犠牲者が出るのを止める事は出来ない。ならばもう……。

 僕はテレビから目を逸らし、怪物の方へ視線を向ける。怪物はいつものようにベッドに座ったまま、今は僕の部屋にある本を眺めていた。

 読んでいる訳ではないのは明白だ。さっきから本を閉じたり開いたり、ひっくり返したりと全体的に検分するかのように観察している印象だ。他にも文字を指でなぞったり、押し絵をマジマジと眺めてもいた。

 その場面だけを切り抜けば、読書に勤しむ品のいいお嬢様のように見えなくもない。

 僕はゆっくりと立ち上がり、ベッドに腰を下ろす。

 現場の死体は様々な殺され方をしていた。コイツは内臓を抜き取った後、好奇心から死体をいじくり回したのだろうか? 丁度今本を弄んでいるように……。

 何となく怪物の髪に触れる。すると、怪物は珍しく驚いたような表情を見せた。

 驚いているといっても基本的にコイツは無表情だから分かりにくい。でもよくよく見ると少しタレ目がちな目が僅かに見開かれていた。だから多分、驚いているのだろう。

 黙ってその黒絹のように滑らかな髪を指でとく。ビックリするほど柔らかく、それでいてサラサラした美しい髪だった。

 思えば僕の方から怪物に触れるのは、これが初めてではないだろうか。

 そんなことを考えながら僕はゆっくり手を下に伸ばし、怪物の首に触れる。

 ……確実に怪物を止める方法が、一つだけある。

 純也や京子、大輔叔父さんを巻き込みたくないと強く思ったあの夜に考えた事を実行すればいい。

 怪物を……殺すという方法が。

 リスクはある。コイツが死んだ後、死体はどうする? 姿を消すときのように消えてくれるならば、まぁ問題はない。

 だが、もし消えなかったら?

 死体を処理する方法など、ただの大学生たる自分が持っている訳がない。その時僕はもれなく殺人犯となってしまうだろう。下手したら連続猟奇殺人の容疑者にされてしまう可能性すらある。

 指でそっと、怪物の細い首を撫でる。怪物はうっとりするように目を閉じ、僕にされるがままになっている。

 ……今なら……。

 僕の心の中で、そんな声がした。ゆっくり手のひらを怪物の首にかける。後は力を込めればいい。そうすれば終わる。終わるのに。

 気がつけば僕の手は震えていた。怪物を見ると、いつのまにか目を開き、無表情のまま此方をみつめている。

 漆黒の瞳には、怯えた顔の僕が映し出されていた。

 ……早まるな。

 僕はゆっくりと怪物の首から手を外す。まだ証拠が出揃っていない。アイツが食べていた物を特定する必要があるし、更にその補食行動の後に必ず殺人事件の報道が出る……。この因果関係はまだ確実とはいえない。

 そんな状況で僕が殺しのリスクを背負う事は出来る訳がない。こんなことを言っては難だが、僕は正義の味方などではないのだ。

 他人のために自分を犠牲にするだなんて聖人君主のような高潔な精神は持ち合わせていない。

 だからもう少し……まだ今は、怪物に疑いがかかっている段階だ。だからもっと沢山の証拠がいる。怪物がこの殺人事件を起こしているという、明確な証拠が。

 僕はベッドから立ち上がる。そろそろ夕飯時だ。

 今日もそうだが、どういう訳か、最近めっきりお腹が空かない。殺人現場を見たからかはわからないが、特に肉が食べられなくなった。そんな訳でここ数日の食事は質素で簡単な物になっている。

「……うどんでいいや」

 誰に告げる訳でもなく僕がそう呟き、キッチンに向かってゆっくりと歩き始めた時……。

 バキン! という音と共に僕の身体が支配された。

 血は朝に吸っただろうと一瞬考えた。が、考えてみると、アレは蜘蛛達を操った分であって、今日の分では無かったのかもしれない。

 まだ早い気もするが今日の分を吸うつもりだろうか?

 僕がそんなことを考えているうちに僕の身体はベッドに腰掛け、そっと怪物の方へ手を伸ばし、その髪を優しく撫で始めた。

 …………ああ、気に入ったのね。これ。

 僕が脱力感に苛まれるなか、怪物は感触を確めるかのように目を細めている。

 ……調子が狂う。さっきコイツの首に手をかけた時の戸惑いといい、僕は一体どうしてしまったというのだろう。

 ゆっくりと心中で溜め息をつく。何はともあれ、うどんを作るのはもう少し後になりそうだ。

 その瞬間、唐突にテレビから鋭い音楽が流れた。どうやらニュース番組における、緊急速報の時間らしい。

 僕は怪物の髪を撫でながら、意識はそれに集中させる。

『ただいま入りましたニュースです。本日午後、雁ノ沢市在住の阿久津純也さんが、遺体で発見されました』

 ……………………え?

 頭をハンマーで殴られた感覚がした。

『……死体からは臓器の一部が持ちら去られており、警察では連続猟奇殺人事件の新たな被害者の線で捜査を進めており……』

 報道はもう耳に入らなかった。血が急速に冷え、それに反して体が熱くなるのを感じる。

 やがて、バキンという音と共に僕は自由の身になる。

 その瞬間――僕の理性は完全に瓦解した。

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[渡リ烏のオカルト日誌]
― 新着の感想 ―
[気になる点] 聖人君”主”のような 聖人君”子”ですね。
[気になる点] こんなことを言っては”難”だが、僕は正義の味方などではないのだ。 ”なん”だが、でいいと思いますよ。
[気になる点] ”押し絵”をマジマジと眺めてもいた 多分、”挿絵”ですね。
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