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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ四 愛憎の最終紛争
209/221

91.貴女の心を壊してやる

 世界が一瞬で、狂気に包まれていた。合図と共に生えてくる、京子、京子、京子。

 もはや疎遠な親の顔よりみた顔にげんなりしながらも、僕は怪物のそばに寄り添った。

「……大丈夫?」

「うん。平気。それより、早くあの女殺してかえろ」

 そう言って、怪物はふらつきながらも鉤爪を構える。それを見た僕は、そっとその手を取り、優しく手首に噛みついた。

「んっ……レイ? どうしたの?」

「保険。悪いけど、合図が来たら従って欲しい」

 僕がそう言うと、怪物はじっと僕を見つめ……唇を尖らせた。

「また……(ワタシ)を騙して……一人だけ危ないことするの?」

 暗い眼差しが、僕を責め立てるように向けられる。あらぬ誤解が芽生えそうだったので僕は慌て首を横に振りつつ、こっそり怪物に概要を耳打ちした。

 すると、怪物は珍しく困惑したようで、何とも言えない表情を浮かべながら、コテンと首を傾げた。

「……それだけ?」

「うん。君を巻き込まないためだよ。一応、僕がやることを頭の片隅にでも留めておいて。それが……君を守ってくれる」

「……わかった。(ワタシ)が嫌なこと。しないでね」

「了解だ」

「……騙さない?」

 噛まれた手首を愛しげに撫でながら、怪物は僕と背中合わせに立つ。

 相手の数は多い。けど……。

 つんざくような奇声が周囲から上がる。京子達が目を血走らせ、僕らの方へ殺到してくる。

 手足による暴力を主体とした、原始的な暴力の波。

 たが、それらには集団かつ群体とはいえ意志がある。それがたとえ量産された劣化コピーであってもだ。

 だから……。こんな裏技が出来る。

「〝少し黙れ!〟」

 叫ぶのは、怪物と交わした秘密の合図。念のため、操りの力も彼女に働きかけておくが、それよりも前に、怪物が素直に目と耳を閉じたのを感じた。

 腕を振り上げる。頭上の目立つ位置で両手を勢いよく重ね合わせると、「パン!」という乾いた音が鳴り響いて……。

 直後。核の京子以外の群れが膝から崩れ落ちるように倒れ込み、身体をバターのように溶かし始めた。

「は……? え?」

 目を丸くする京子。隙だらけなその顔に、僕は〝あえて〟拳で殴りかかる。見た目は一応愛くるしい顔立ち。だが、残念ながら僕に躊躇は微塵も存在しなかった。

「あぐっ!?」

 綺麗に拳が入り、相手の鼻か頬の骨が砕けたのを感じる。だが、京子はその直後、素早く鬼のような形相で僕に掴みかかる。

「舐めんじゃ……ないわよぉ!」

 物凄い力が僕の手首にかけられ、嫌な音を立てながらねじ曲げられた。目の奥がキーンとなるような気の遠くなるような激痛が走る。だが、悶えてる余裕はない。それを割り切り、折れた手首を構わず引き寄せ、彼女の体勢を崩す。

 そのまま片足を振り上げ、渾身の力で京子を蹴り飛ばす。身体をくの字に曲げた京子の口から血が噴き出した。

 それは僕の脚にぬちゃりと絡み付き……その瞬間、京子は凶悪な表情で歯を剥き出しにする。

「じ……ね……」

 痰が絡んだような声を出しながら、京子は吹き飛んでいく。だが、その軌跡にうっすらと透明な紐。いや、菌糸が追従し……。直後、僕の脚が謎の痙攣を起こし始めた。

「なっ……、くそ……!」

 無数の房を思わせる茸が、わさわさと生えてきていた。それらは侵食するかのように僕の身体に食い込んでいき、気味悪く蠢いている。よく見ると、茸には小さな京子の顔が密集していて、それらの目は、一様に僕を見つめていた。

「ああああ!」

 判断は、すぐに下した。奥歯が砕ける勢いで顎を噛み締め、太腿から下を鉤爪で切断する。痛いという感覚を殺すが、それでも身体は確かなダメージを受けているらしく、気の遠くなるような虚脱感に襲われた。

 再生に集中しつつ、打ち捨てられた脚を見る。それは蜥蜴のしっぽのようにビチビチと跳ねまわって、やがて土にまで侵食していった。

 自分の脚が苗床に利用される様は、ちょっと気持ち悪かったが……感傷に浸っている暇はない。京子は既に体勢を立て直し、僕の方へ突進してきていた。

「おかえし……、ぐっ!?」

「見え見えだ」

 菌糸をドリルのように束ねて槍のように突き出す京子。

 それをあらかじめ読んでいた僕は、梟の翼で飛翔しつつ、発達した鳥の脚で彼女の頭部を鷲掴みにする。片足ながら、その馬力は充分で、京子の頭蓋骨が軋みを上げた。

「あっ、ごのぉお!」

 怒声を上げながら、僕の脚を引っ掻き回す京子。それを上下左右に振り回し、最後は体重をかけながら再生した片方の脚で胴体を押さえ、地面に叩きつける。

 獣の断末魔を思わせる濁った声が響き渡り、踏みつけた肉の奥で、骨と臓物がシェイクされる手応えが生々しく律動する。

「京子……〝僕を見ろ〟」

 鉤となる命令を下す。だが、返答は血混じりの唾だった。

 彼女はまだ、折れていない。

「あの女をレイ君が殺したら……考えてあげるぅ!」

 泡を口から漏らしながら、京子は叫ぶ。四方から、荒い息づかい。また、コピーされた京子が僕に襲いかかってきていた。ザクリ、ズプリと、身体中に触手が突き立てられ、ヌラヌラと光る女達が僕の身体に群がってくる。

 不快なことこの上なく。そして……。


「レイにぃ……触らないで!」


 正直おっかない。目のハイライトを消し、血まみれ臓物まみれの髪を振り乱しながら、般若の形相で虫の凶器を振るう怪物は、ふらつく身体にむち打ち、ただ僕を守るために身を狂わせていた。短い命に終わった生まれたての京子達の死体が積み上がっていく。地獄絵図とはまさにこのことだった。

「――っ、無理を……!」

「してないもん! レイがとられるの……やだ……」

「どこも行ったりしな……」

「冥土にいくのよぉお! アンタ達はぁ!」

「君もぉ……! しつこい! 〝少し黙れ〟!」


 わめき散らしながら再び京子はコピーを作る。心なしか顔に疲弊の色が見え、一部の肉が腐り落ち始めていた。

 当然だ。いかに茸とはいえ、これだけの数をこの速さで産み出すのにノーリスクはありえない。彼女もまた、身を削っているのだ。

 頭上で激しいクラップ音を鳴らす。怪物は目を閉じて、頭を抱えるように耳を塞いでいた。仕草が可愛らしい。

「ああっ!」

「ひぎぃ……!」

 京子達が崩れていく。核の京子はその様と怪物の仕草を見て、ギチリと歯を鳴らした。

「まさか……いえ、でも……!」

 何かに気づいた京子。だがもう遅い。この極限状態で対策なんて立てられまい。その前に……!


「京子ぉ!」


 決着をつけねばならない。ただ殺すのではなく、完全に京子を……!

 地面を蹴る。だが、僕が京子の元にたどり着いた時、周囲が完全な闇に包まれた。

「――っ?」

 夜目はきく。一瞬面食らったが、僕の身体はすぐに環境に適応し、周りの情報を僕に伝えた。

 それは……ドーム状の空間だった。まるで人間の体内を思わせるヌラヌラとした壁と床は……茸で出来ていた。

「こんな広範囲にとか、くっそ疲れるわ……これ」

 そうぼやきながら、京子はため息をつく。時折茸ドームがぶるりと不自然に揺れていた。怪物が、多分外でこれを壊そうと躍起になっているのだろう。身体が危なそうだったから、無理はして欲しくない。まだ僅かに彼女の中に残った支配の力でそう呼び掛けるが、返ってきた返事は「やだ」だった。どこまでもブレない奴だ。

「……嘘つきだね、レイ君は」

 不意にそんな声が響く。京子がどこか楽しげに、クスクスと笑っていた。

「何の話かな?」

 てか君が言うな。と、思いながらそう返答すれば、京子はぐぐっと身体を伸ばす。血塗られたスレンダーな裸身が惜しげもなく晒されていた。危うげなラインをくねらせ、まるで誘惑するように僕に流し目を送り……直後、不満げに顔を膨らませた。

「欠片も興味ない顔されるとムカつくんだけど」

「僕が君に欠片も魅力を感じていないことを、そろそろ理解した方がいい」

 そう言い放てば、京子は目をつり上げながら自分の胸に手を当てる。

「……レイ君って、おっぱい大きい方が好みなの? あの女に、シオリンに、愛人さん」

「そんなの知らないよ。たまたまだ」

「え~ホントかなぁ? 怪しい~」

「茶化さないでくれ。今は関係ない」

「あはっ、カッコつけちゃって。おっかしいんだぁ。前は抱き寄せるだけで震えてた癖に。……ちょっと可愛かったわ」

「……あの時は、本当に君が大好きだったから」

「うん。知ってる。あたしは…………まぁ、あの時はそれほどでもなかったわ」

「うん、知ってる」

「にゃはは……今は……聞く?」

「興味ない」

「ヒヒッ、あたしも~」

 他愛ない会話をしながら、僕らは臨戦態勢を取る。

 どちらにせよ、お互いに考えているのは〝屈服〟だ。そこに気持ちなんか必要なかった。

「あたしを……〝ただ殺す気〟なんてないでしょう? さっきだって、その気になれば爪で一突きだったもの」

「……君だって、本当はあの娘を狙う気なんてなかったんだ」

 京子の標的は、今や僕一人。彼女を狙うと言えば、僕の動きが制限されると思ったのだろう。そう読み取れる。

「わかるんだ。もう意味がなくなったって。君は核で、殺せば済む話だったけど……ちょっと遅かった」

「……勘良すぎ~。気づかないで殺して安心してくれたら、もっと楽しかったのに」

やれやれといった顔で、京子は肩を竦めた。その身を撫で付けながら、彼女は僕の答えを待っている。

「……茸の規模は、もう止められない大きさになってしまった。核を潰しても、それはもう時間稼ぎにしかならない。この地は完全に……君の領域になった」

「そゆこと~。松井さん凄いよね。確かにこの全能感……調子に乗るのもわかる気がするわ」

 そうしてくれたら、どんなによかっただろうか。けど、それは期待できない。既に彼女は生き延びることに全力を傾けている。

 殺してもよみがえる。それどころかポコポコ増えて、最後にその菌糸が僕を絡めとるまで止まらないのは目に見えていた。だから……。

「僕が狙うのは、君の心だ。砕いて壊してあげるよ」

「……わかってるの? さっきの胡散臭い手品は、自我が弱いコピー達だったからこそ成功したのよ?」

 出来るかしら? という嘲りを孕んだ威圧感(プレッシャー)が京子から放たれる。それを受け止めつつ、僕は笑ってみせた。


「君こそわかってるの? 僕は怪物だ。……相手を怖がらせるのが本質なんだ」


 恐怖させ、支配して、制してみせよう。

 僕はもう、君に膝を屈するわけにはいかないのだ。

 

 





第五回ネット小説大賞にてメディア賞を復活させつつ受賞を果たした拙作は『名前のない怪物 蜘蛛と少女と猟奇殺人』というタイトルで3月6日(火)!

発売です!

長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

支え、応援して頂いたすべての皆様に感謝を。

沢山の方々に読んでもらえたら嬉しいです。


詳しくは活動報告にて。

今後もどうぞ宜しくお願いいたします!

2018.2.26 黒木京也

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