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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ四 愛憎の最終紛争
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78.絶望包囲網

 気がつけば、星空が広がっていた。

 夜風が髪を靡かせる。僕は、まるでジェットコースターに乗った後のような、奇妙な浮遊感を覚えたまま、大地に手足を投げ出していた。

 僕は……どうなったんだっけ?

 そうだ。京子が増えて。何とかエリザが助け出してくれて。そのまま外へ行ったら囲まれて………。

 少しずつ、事態を思い出していると、不意に鼻を甘くて濃い香りに気がついた。

 ……血の匂いだ。

「……っ、エリ、ザ……?」

 恐る恐る、名前を呼ぶ。

 あの後、銃声が響き渡るなかで、僕の身体は凄まじい重力の嵐に曝されていた。

 右へ。左へとジグザグに飛んでいるのだけが辛うじてわかっていて。そこから、今度は緩やかに、下り坂を直進しているような感覚に陥った。

 もしかしなくても、墜落してる? そんな予感がした瞬間。爆発したような衝撃に身体がシェイクされ、僕はエリザの服の中から、外に投げ出されたのだ。

 彼女の性格からして、そんな優雅じゃない着地は不本意な事がない限りは行わないだろう。つまり……。

「レイ……ああ、ケガは……ないみたいね」

 その姿を見た時、僕は無意識に拳を強く握りしめてしまう。

 彼女はすぐ隣で、うつ伏せに倒れ伏していた。

 片腕が……ない。片足も、繋がってはいるけど、曲がってはいけない方に捻れている 。

 露出した背中は血にまみれ、猛禽類の翼は付け根からへし折られ、骨がむき出しになっていた。

「……っ!」

「参ったわ……流石に無傷で突破は無理だった。翼に五発。足に二発。腕に四発。お腹に三発……。無理やり再生してたけど、流石に限界がきちゃって……」

 あのガラクタコプター共、いい仕事するわぁ。と呟きながら苦笑いするエリザ。

 それだけ撃ち込まれたにもかかわらず飛んでいたという辺りが、もう普通じゃない。僕なんて、いつかにいいのを一発もらっただけで気絶したというのに。そもそも……。

「……何でだよ」

「え?」

「何で、僕を助けた」

 お前、生きたいんじゃなかったのか? そう吐き捨てるように言う僕を、エリザはキョトンとした顔で見つめていた。

 だってあの時、僕は京子に追い詰められ、完全にエリザから鎖を手放していた。逃げるには絶好のチャンスだった筈だ。

 僕がそう言えば、エリザは何とも言えない顔でため息をつく。説明するまでもないだろう。と、その顔は語っていた

「……意味ないじゃない。貴方が死んじゃったら、誰が私の旦那様になるのよ」

「……自分より、僕を優先したの? バカなのかい? 大体、旦那だとか、僕ら出会ってからまだそんなに……」

「私は、ずっと前から貴方を知ってたわ」

「それにしたって……!」

 ここまでする事はなかった筈だ。こうなってしまったら、僕にこの場で切り捨てられるんじゃないか。とか、考えなかったのだろうか。

「…………ああ、そっか。そんな事も想定できるわねぇ。私はもう、あの大群や松井さんに対しても、役立たずだし」

「……僕も似たようなものだ」

 京子が怖くて怖くて仕方なくて、何も出来なかった。あの時僕も戦えてたら。エリザだって、ここまで深手を負わなくて済んだだろう。するとエリザはクスリと笑いながら、アレは仕方ないわよ。と言いながら、ケポッ。と、血の塊を吐く。

「必死だったんだもん。いちいち細かいこと、考えてなかったわ」

「…………なんだよ、それ」

 チクチクとしたいがらっぽさが喉を突き、鼻がツンと痛くなる。僕はそれに耐えるように唇を噛み、そのまま自分の周囲を見渡した。

 場所は、まさに振り出し。

 大神村から少しだけ離れた、森島の私有地たる山の麓だった。

 耳をすませば、遠くから地鳴りのようなざわめきがする。京子達とキノコに侵された人間達が、此方に向かって来ているのだろう。

「……エリザ。君、再生は?」

「しようとしてるんだけど……この通りよ」

「僕らでいう、血の繭みたいな、回復手段は?」

「ない、わね。元々私は、そんなに傷を負わない。そういう前提の生き物なんだと思う」

 栄養源も、麦とお酒だし。と、大真面目に宣った。

「あんなに身体を再生させたのも、手傷を受けたのも初めてよ。正直……これが治るのかすら分からない」

「……そんな」

 ノロノロと彼女を見る。見ているこっちが痛みを覚えるくらい、酷い有り様だった。

「…………レイは? 戦えそう?」

 問いかけるエリザ。僕は無言で己の手を見る。

 まっさらな人間の手がそこにはあった。

「怖いよ……」

「そうでしょうね」

「でも、戦わなきゃ」

 きっと彼女達は、地の果てまでも追ってくる。そうしてきっと、狙うのも僕だけじゃない。

 怪物を。汐里を。叔父さんを……。僕の大切な人達に牙を剥くに違いないのだ。彼女達が世界を脅かせる程のものだとは思えない。けど、確実に僕の世界を破壊しつくす事は出来るだろう。

 体勢を立て直す時間は出来た。怪物の元に、憂いなく帰るなら……。京子達は野放しに出来ない。

 拳を作り、開き。心へ力を込める。この身を再び、怪物に作り替えるルーティンは、僕をゆっくりと、戦う身体へと作り替えて……。

「……あれ?」

 くれなかった。身体は変わらぬ人間のまま。

 どうして? と、燻るような気持ちを振り払うように再び手を振る。だが、やはり身体は切り替わってはくれなかった。

「ぐ……なん、で……! この……!」

 まだ、恐怖が残っているとでもいうのだろうか。

 確かにそれは否定しない。けど、震えて祈ったところで何も変わらない事はわかっているのだ。

 なのに……!

「……ねぇ、レイ。ちょっと私の方を見て」

「は? いや、エリザ。悪いけど今は……」

「真面目な話よ。ねぇ、レイ? 何か感じない?」

「……は?」

 真剣な顔で此方を真っ直ぐ見上げてくるエリザ。僕が怪訝な顔で彼女を見つめ返せば、エリザは少しだけ青ざめた表情で、「まさか……」と、唇を噛む。

「ねぇ。本当に? 〝何も感じないの?〟 貴方の身体、弱った私から見ても明らかにおかしいのに」

「だから、何の話、を……して……」

 そこまで来て、僕はようやく事の深刻さに思い当たった。

 うなじが。超直感が……。近くに京子達がいるにもかかわらず、何の反応も示していないのである。

 何より、今の僕だ。エリザによって、強制的に蜘蛛にされた。そこまではいい。僕はいつ、何の働きかけもせずに人間に戻った? 蜘蛛への変身や、人間への回帰は、全て僕の意志に基づいて行われるというのに。

「……嘘、だろ?」

 色々と試してみる。

 糸が出せない。服も作れないから、今は一糸まとわぬ裸だ。

 適当な近場の蜘蛛を呼び出してみようとするが、全く集まらず。

 それどころか、獲物を捕らえ、血を吸ったり、体液を流し込むための口内器官も出せなくなっていた。

「エネルギー切れ? いや、ならお腹が空く筈だし。何で……」

「……レイ。先ずは落ち着いて。……脇腹と、二の腕辺りを見てみなさい」

 僕が途方にくれていると、エリザが何故か声を震わせながらそう言った。

 何で? と、思いつつ、言われるがままに自分のそこに目を向ければ……おぞましいものが〝生えていた〟

「ひ、ああぁあ!?」

 思わずそこを手で払い、かきむしる。

 かいわれ大根を思わせる、細く小さな薄緑色のキノコが、そこに群生し、小さなコロニーをいくつも作っていたのだ。

「何で、こんな……!」

「恐らく、さっき微妙に間に合わなかったのね。完全に貴方の理性を塗り潰しはしなくても、怪物としての能力は封じている……といったとこかしら」

 嫌な感じだわ。と、僕に生えたキノコを見ながら、エリザは目を細める。

 僕はといえば、少しでも気を抜けば立ち上がれなくなりそうだった。

 まさか、もう戻れないのか?

 このまま身も心も侵食されて……。いずれはここから京子が出てくるか、僕の心が京子になる……?

「いいえ、違うわね。これには、もう強い意志は感じない。寧ろ、少しずつ死滅していってるような……多分これ、一時的な枷なのよ。貴方の操りに本質は似てるのかもしれないわ」

 ゆっくり上体を起こし、片手でそっと僕の患部に触れながら、エリザはそう分析する。

「血の繭はある? あれを食べれば、何とか出来るかもしれないわ」

「……もう打ち止めだよ。手元にはない」

 僕が俯きながらそう言えば、エリザはそう……と、呟きながら顔を伏せる。

 考えうる限りで、最悪の状況だった。

 エリザは満身創痍。僕は現状、ちょっと丈夫な人間だ。これであの数を相手にするなんて……。

「片手と片足だけは……まだいけるわね。精神干渉は無理そう。精神観測も……切った方が良さそうね」

 絶望が沸き上がる。そんな中、エリザは辛うじて無事な部分を梟の爪に変え、よろめきながら立ち上がった。喧騒が大きくなる。京子達は、もうすぐそこまで迫ってきているようだった。

「……エリザ?」

「逃げなさい。レイ。私が時間を稼ぐわ。そのキノコが抜けきるまで、とにかく遠くへ。森の中なら、ドローンだって機能しにくいし、向こうの人間だって、簡単には追い付けない筈」

 握りしめた拳が軋みを上げた。彼女が何を考えているか。それは直感を失った今ですら、手に取るようにわかってしまう。

「……死ぬ気なの?」

「……二人で逃げても、共倒れがオチよ」

「だからって……」

「あら、心配してくれるのかしら?」

「――っ、誰が……!」

 僕が慌て反論すれば、エリザは困ったように笑う。

「そうね。いい機会だから……ここで証明してあげるのも悪くないわね。私の想いは本物だって。貴方の為なら、本当に命も惜しくないってことを」

「……エリザ。そんなことしても僕は」

「分かってるから。何も言わないで」

 ゆっくりと、エリザはまるで守るように僕の前へ立つ。華奢な背中ごしに見る彼女は、随分と小さく見えた。

「……これが最後の命乞いよ。レイ。もしもう一度逢えたなら。その時こそは、私を……信じて欲しい」

 それは命乞いじゃなくて遺言だ。そう思いながら、ぐらつく視界のなかでエリザの背中を見つめる。震えているのはどちらだろうか。心に去来する気持ちを言葉にすることができなくて、僕は唇を噛み締めた。

「……ちょっとぉ。何か言ってくれてもいいじゃないのよぉ」

「……心を読めばいいだろ」

「能力もう切ってるんだってば」

「戻せ」

「嫌よ」

「なんでさ」

「貴方を守る力が……削れるわ」

 こいつは何処まで……という声が漏れかけた。

 エリザの泣きそうな声が耳に痛い。同時に、もしも読めていたとしたら、幸せのハードルがバカみたいに低いコイツの事だ。きっといつも通りの反応をしながら。内心ではにへーっと笑うのだろう。

 仕方がないのだ。嫌いだし。怖いし、胡散臭い。警戒は解けないし、やはり今も、傍にはいないべき。万全を期すなら殺すべきだという気持ちは変わっていない。こればかりは、隠しようがないのだ。大体僕は、使えるだけ使い潰して、ぼろ雑巾みたいに彼女を捨てると公言していたのだから。

 でも……それでも。

 感謝の気持ちと、少しは信じたいという心が芽生えはじめていることだけは、事実だった。

「僕なんかの為に命をかけるなんて……」

 ぼやきながらも、僕はゆっくり目を閉じる。

 もう一度だけ怪物の力を使役しようとするが、やはりダメだった。本当に、肝心な時に役に立たない。だからこうしてまた一つ。僕はこの手から滑り落としてしまうのだ。

「なぁ、一緒に……」

「何度も言わせないで。私の意志は、私が決めるわ」

「……変なとこで頑固だな」

「いい女でしょ?」

「…………さぁね」

 説得は無駄だと分かってしまう。こうなればきっと、テコでも動かないだろう。

 ああ、なんて……。

「バカだ。付き合ってらんないよ。僕は逃げるぞ。考えてみたら、君は終わったら切り捨てるつもりだったから、丁度いいや。最後も役立ってくれたしさ」

「でしょ? 私役に立ったでしょう? なら最後にとびっきり熱いキスをして、エリザちゃん愛してるって言ってくれたら……」

「言わない」

「ケチぃ」

 軽口を叩き合いながら、僕もまた、エリザに背を向けた。

 そうだ。帰るんだ。どんな手を使ってでも……。だから、使える道具を所持し、使った結果がこれ。それだけのこと。

 黒い髪を靡かせた、黒衣の少女を思い浮かべる。今はただ、彼女に逢いたかった。

「……さよならだ。エリザ」

「……うん。ばいばいレイ。ずっと……死んでも愛してるわ」

 それに返事をせず、僕は走り出す。

 これでいい。これが最善策にして生きる残るための最適解。

 先ずは、おもいっきり遠くへ。そこで身体の回復を待つ。どれくらいかかるかは分からないが、そこまで逃げ切れるかが、勝負の分かれ目になるだろう。

 一歩踏み出す。心が裂ける音がした。

 身体を前に。自分の中で、何かが悲鳴を上げている。

 大地を蹴る。両足が鉛のように重い。

 感情を圧し殺して進んだ距離は、五十メートルにも満たず。僕はその場で急ブレーキをかける。

「…………っ」

 バカなことは止めろ。そう誰かが叫んだ気がした。

 それと同時に、また誰かが嘲笑を浮かべた気配も感じる。

 どちらも……僕自身だった。

『どんな選択をしようと、君の自由だ。どんな結末だろうと、僕は君を尊重する』

 いる筈もない、ルイの声が聞こえた気がした。いつかの選択を迫られた夜。そこで言われた言葉が思い起こされる。最後に従うのは心。そう自分に投げ掛けて、僕はあの日選択した。

 なら、今は?

 後ろを振り返る。

 追い付いて来たらしい、京子や人間が七、八人。それぞれが武器を携えてエリザに攻撃をしかけていた。

 これから彼処には、更に人が増える。相手は京子だ。エリザは最後の最後まで、度を越えた苦痛に苛まれて死ぬのだろう。誰一人にも理解されることなく。愛情を向けられることなく、たった一人で。

 それを想像した時、僕はかつての一人だった頃の自分を思い出し、得体の知れぬ寂しさに襲われた。同時に、自分の中に芽生えたどうしようもない衝動を。心を知り――。

「――っ、がぁあああぁああぁ!」

 気がつけば、雄叫びを上げながら引き返していた。

 声を聞き、京子や他の人間の動きが少しだけ止まり。

 僕を見た瞬間、その顔が嗜虐的なものに変わる。

「レイくん、み~つけたぁ!」

「あは、何で裸なのぉ? すごーい! たのしー!」

「露出狂になったの? わぁお。これは酷い……」

「やかましいぃ!」

 再燃しかけた恐怖を吹き飛ばすように、僕は吠え、そのまま京子の一人にドロップキックをかます。

 僕に似合わぬ原始的手段。これには流石に驚いたのか、彼女達は固まってしまう。

 好都合だ。

 流れるように、倒れた京子の顔面を踏み潰す。相手が女の子だなんて思うまい。足に捻りを加えてから、近くにいたもう一人の名も知らぬ男性の膝に、爪先蹴りをお見舞いし、体勢を崩したところで、手にしていた武器を奪い取る。長めな刺又(さすまた)。これを振り回し、突き出し、周りの人間を牽制しながら、適当な京子一人を押さえ込む。

「エリザ!」

 声を張り上げる。手負いの彼女はそれだけで意図を察したのか、ひとっ飛びに此方へ来ると、そのまま鉤爪で、京子の頭部を捉える。

 スイカに棒を叩きつけたような鈍い音がして。先ずは一人が、脳漿をぶちまけながら、地面に倒れた。

 それに目をくれることもなく、京子の頭部を破壊したエリザの横で、再び僕は刺又を振るう。二人目の京子を弾き飛ばしつつ、遠くを見ると、人が増えてきていた。もう……走っても逃げれるか怪しくなってしまった。

「何を……何をしてるのよ! このおバカ!」

 目に涙をためながら、エリザが金切り声を出す。その後ろに京子が取りつき、肩にナイフを突き立てているが、エリザは顔を痛みに歪めながらも、京子の頭を握り潰した。

「やめてよ! せっかく……覚悟も決まったのに……! 何で……どうして……!」

「どうして? ああ……そんなのわかんないよ! 気がついたら戻って来ていたんだ……! 捨てるって、何度も自分に言い聞かせたのに……! なのに、なのに……!」

 地に落ちたカオナシの姿が。又聞きしたエディの散り際が。二度目となった親友(ルイ)の死が。眠るように逝った優香ちゃんの顔が、次々と思い出される。

 ああ。腹いせや仕返しが始まりとはいえ。誰かを道具同然に使うなんて、慣れないことをするものじゃなかった。結果、こんなにも中途半端な采配になってしまう。

 話など、するべきではなかった。行動を共にするべきじゃなかった。向こうを恐るべき存在として。僕もまた、怪物としてふるまっていればよかったのだ。そうしたら……エリザが抱える孤独だとか。意外に真っ直ぐで、愛情深い一面があるだなんて、知ることもなかったのに。

「クソッ! エリザが京子から僕を救い出したりするから、余計に……! 何もかもお前のせいだ!」

「な、なによう! 私がいなかったら、貴方BL小説もかくやな酷い目にあってたのよ? 感謝しなさいよ! 褒めてよ! 愛してよ!」

「黙れ痴女ぉ!」

 やけくそに刺又を振り回す。「べげっ!」という京子の汚い悲鳴が耳に心地よい。

 背中合わせにエリザと立ち、周囲の京子を牽制すれば、エリザが此方へ余分に体重をかけてくる。

「なんで……。これじゃレイまで死んじゃうじゃない。どうせ貴方に殺されるなら、貴方を生かした女として死にたかったのに……。どうして……!」

「目覚めが悪いんだよ。助けられてっぱなしは……! 大体、冷静に考えて、君の死体があっちに渡る方がマズイだろ! 君まで増えてみろよ! 胃が穴だらけになる自信があるぞ!」

 吠えながら、僕はエリザの片手を引く。一ヶ所に留まるのはマズイ。二人いるなら、背中を守り、逃げ回りながら奇襲をかけた方がいいだろう。

「僕の意志は、僕が決める! 勝手に死ぬな! エリザ! 聞きたいことは沢山あるし、僕はまだ君に仕返ししきれてない!」

 ふぇ……と、エリザが涙ぐむのが見えた。腹が立ったけど無視。今は生き延びる道を考えろ。

 もう、誰一人も死なせてたまるもんか……!

 強い意志を持って刺又を構える。並みいる京子を薙ぎ倒し、先ずは森に……。

「……ああ、ダメね」

「レイくん。……調子乗っちゃダァメ」

「そんな棒切れと手負い女だけで、あたし達に本気で勝てると思ってた?」

「甘ぇんだよ」

 地の底から響くような声がする。

 あまりにも殺意に満ちた彼女達の声に、思わず戦慄を覚えた時――。僕は、視界に二つの黒い影が飛び込んで来たのが見えた。


「失礼。それほど弱っているなら、精神干渉は使えないでしょう?」

「骨がある人……私は好きですよ?」


 それは、一瞬の出来事だった。手に電流が浴びせられたかのような衝撃が来て、僕の刺又が弾き飛ばされる。

 声もあげられなかった。そのまま僕は身体の中心線に、流れるような打撃を三打叩きこまれ、走っていた方向とは反対に、エリザごと吹き飛ばされる。

 背中で地面をこすりながら、やがて遅れて来た痛みに眉を潜める。今のは? 一体何があったと顔を上げて……。

 僕はそこに、二人の死神を見た。


「先程はどうも。そういえば、名乗っていませんでしたね。私は竜崎沙耶と申します」

「レイ君、久しぶりね。……一応聞きたいのだけど、警部は何処かしら?」


 二人の黒髪美女が、そこに立っている。

 一人は強襲部隊の女。

 もう一人は叔父さんの相棒、雪代さんだった。

 二人は鋭利な刃物を思わせる瞳で僕らを見下ろしている。見たところ、不幸なことにキノコによって正気を失ったようには見えなかった。つまり、僕らの現状は……。

 後ろに京子達。前には素の戦闘力を保持した、対怪物戦の専門家が二人。これらに囲まれた事になる。

 それは想像する限り、今の僕らにとって最悪の布陣だった。

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