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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ四 愛憎の最終紛争
192/221

74.大神村へ

 無惨に食い散らかされた死体があるか。

 解放された女戦士が襲いかかってくる。

 そのどちらかと僕は予想していた。

 だが、現実とは番狂わせというものを好むらしかった。僕とエリザが強襲部隊と対峙した場所に戻ると、そこは既にもぬけの殻。人影は存在せず、あるのは……。

「……人間止めてるの、叔父さんだけじゃなかったんだ」

 思わずそんな感想が漏れる。そこにあったのは、にわかには信じがたい光景だった。強襲部隊の女性を拘束していた筈の木が、ボッキリと折れていたのである。

「あの女の人って……」

「人間よ。竜崎沙耶。ありとあらゆる格闘技を習得している、強襲部隊の統率者。単純な白兵戦なら、怪物も捩じ伏せられる女の子」

「……僕、一応後ろ手に縛ってた筈なんだけどなぁ」

 女の子怖い。そう思いつつ、木の折れ目を見る。ハンマーで何度も打ち付けたような破壊痕だ。こうやって支柱たる木をへし折って、たわんだ糸から脱出したのだろう。ジョンが僕らの方に来たという事は、多分ああなると察知して撤退した。そんな所だろう。

 念入りに蜘蛛糸に閉じ込めた、スカラベの女の子が放置されているのを見ながら、僕はそう推測する。

 一応能力で周囲を伺うが、誰かが隠れている様子はなかった。

「…………さて」

 首の骨を鳴らしながら、僕はスカラベを封じた蜘蛛糸の櫃に近づいた。そこは僕が最後に見た時と変わらない。

 ただ一つ違うのは、中に封じた彼女が意識を取り戻し、這い出そうと蠢いている所だった。

 少しの確信と共に、繭へ耳を当てる。僕の気配を感じたのか、中身もまた、一段と激しく蠢いて……。

「I’m a B.A……」

 囁くような、女の声。わかってはいても、僕は思わず身震いした。近くで一緒に聞いていたエリザも、流石に顔を強ばらせていた。

「この子もかしら?」

「ああ。強襲部隊の怪物は、軒並みこうなっていると思っていい」

 もっとも、現状生存しているのは、ジョンにスカラベ。カイナに熊のみ。

 唯一自由なのがカイナであり、一緒にいるだろう叔父さんが気がかりだが、不思議と心配はなかった。

 普段のカイナは勿論のこと。ジョンのような状態になったカイナに叔父さんが負ける場面が、どうしても想像できないのだ。

 寧ろパンツ一丁にすら出来ずに、カイナが涙目でノックアウトされている姿ばかり浮かんできてしまう始末。

 うん、あっちは全く問題ないな。

 それよりも……。

「エリザ。限定的に能力への枷を解除する。ちょっとスカラベさんに精神操作を」

「……ここで?」

「ああ、必要だ」

 不思議そうな顔をしつつ、エリザは了承するように小さく頷く。そこにいるとはいえ、見えていない分集中する必要があるのか、サファイアみたいな瞳を細めて、エリザは繭を凝視する。

 そして……。

「嘘。なによこれ……」

 表情を凍りつかせ、エリザは震える指で櫃に触れる。今度は指を打ち鳴らし、「話をしましょう」と、語りかける。五感を揺さぶり、より深く精神に干渉するエリザの技。だが、それも目の前で狂うスカラベには入り込めなかった。

「やっぱり、か」

「何で……いえ、これは……」

 あの状態のジョンに、僕の操りの力は効かなかった。

 となると、必然的に似通った力であるエリザの能力も通らないということになる。

「思考が……多すぎる……っ!」

「どういうこと?」

 その理屈は、僕には分からない。だが、操作が無理ならばと精神を読み取ろうとしたらしいエリザは、青ざめた表情のまま、口元に手を当てた。

「1081人。今の私が精細さを保ったまま、一度に操れる数よ。けど、ここにいるスカラベちゃんの中には、それ以上の思考が集まってる」

「……色んな事を考えてるってこと?」

 よく分からなくてそう言えば、コツンと軽めの拳骨が飛んできた。

「おバカ。違うわよ。そうね。分かりやすく言うなら……このスカラベちゃんの動きを統括する脳が……今この子の中に少なくとも2162個以上存在するってこと」

 つまり、エリザが1081の意思に会話するよう働きかけても、残る1081以上の意志がそれを否決してしまえば、相手を操ることは出来ない。そういう理屈だろうか。

「強襲部隊の怪物達は身体に爆弾がいる。つまり、ナノマシンサイズの小さな怪物が入り込まされていて、人間側……つまり、竜崎さんや桜塚さん。あと松井さんもかしらね。そちらが働きかける事で、問答無用に殺せる。そういう触れ込みだったわ。けど……これは……」

 丁寧に、検分するようにスカラベを見つめるエリザ。

 その目は徐々に細められる。すると、何を思ったか、エリザはその場で一歩後退し、両手の人差し指を頭の両こめかみに当てて目を閉じた。

「エリ……」

「ごめんなさい、レイ。緊急事態よ。私に枷をはめ直すのは、もう少しだけ待って。……梟の力も、戻して。誓って貴方は襲わないわ。……性的には凄く襲いたいけど」

「安心してくれ、どちらもさせないように調整するさ」

 最後の言葉がなかったら、本当に少しだけ見直したのに。とは言葉にせず、僕は最新の注意を払って枷を緩める。

「……枷をつけられちゃうのも、緩められるのも好きになっちゃったわ。まるでベッドの上でレイに囁かれてるみたいな……」

「いいから早くやれ」

 ぷくー。と、頬を膨らませつつ、エリザは再び目を閉じる。

 褐色の翼が背中から生えて、まるで集音機のように広げられた。

 成る程。精神を観測し、干渉する。その繊細な作業をより精密なものにするのが、梟の鋭敏な感覚なのだろう。

 それは、時間にして数十秒。祈りを捧げるようなポーズで佇むエリザは、黙ってさえいたら。あと服をなんとかすれば、絵画に描かれた天使のようにも見えなくもなかった。

「…………うわー。今日は……何というか色々と劇的ね」

 そんなコメントを漏らしながら、エリザは頭を抱えた。

「何かわかったの? てか、何をしてたの?」

「ちょっとここから、限界まで精神観測の網を広げていたの。さて。レイ。悪いニュースと悪いニュースと……やっぱり悪いニュースがあるんだけど、どれから聞く?」

「……全部悪いじゃないか。……じゃあ、君のおすすめから」

 僕がげんなりしながらそう言えば、エリザは了解~。と、指を鳴らした。

「まず一つ。プロジェクトB.Aの怪物。これの正体について。信じがたいけどこれ……どうやら郡体の怪物らしいのよ」

「郡……体?」

「恐らくは、菌類の怪物と思われるわ。これが全身に回り、肉体の主導権を獲ている限り、私の精神干渉・精神観測。貴方がもつ支配の力はは全く効かないみたい」

 動きが単純なのが、まだ救いねー。と、宣いながら、エリザは肩を竦める。

「次。そんなプロジェクトB……いちいち長いわね。どうせ首謀者は松井さんだろうから、松井菌にしましょう。それに侵されたと思われる個体が……今は村中にひしめいている」

「…………は?」

 ひしめいている? 怪物しかこの場にはいないし、村は全滅して……。

 その時、不意に洋平から聞いた強襲部隊の話を思い出す。

「一般兵……。まさか、人間に感染させているのか……!」

「あるいは、ゾンビみたいに死体を動かすことが出来る。そのどちらかね。数は……うじゃうじゃして分かりにくいけど、要は細菌のコロニーで数えればいいのよね? 60人弱かしら?」

 ただの人間か、強襲部隊か。どちらにしろ、その数は脅威だろう。厄介な存在は殆ど潰したとはいえ、数の暴力で来られたらたまったものではない。これに関しては、後から考えよう。

 鉤爪を構える。ざわつくうなじは、この場に危険が迫っていることを表していた。

「で、最後の一つは……」

「それはいい。僕も――わかった」

「あら、流石ね」

 微笑むエリザの手を取り、柔らかな肉にかぶりつく。枷を更新すると、エリザは少しだけ息を乱し、悶えた。

「ゾクッてしちゃった」

「知らないよ。精神干渉と観測は、封じた。どうせ使えないし、この場じゃ混乱するでしょ? 梟の力だけ残して……あと、僕の半径百メートル外には出ないで」

「……それって、俺から離れるな。君が大切……」

「逃げたら面倒だから、自分で心臓抉り出すように設定したんだ。離れたら死ぬよ?」

「……酷くない?」

 これくらいで丁度いいよ。と突き放しつつ、僕は前方を見据える。

 十数人分の人影が、山道をノロノロと登ってくる。

 虚ろな眼は何も映さずに。ただ口から涎をたらしながら、老若男女入り乱れたそいつらは、獲物たる僕らを見て、ニタリと笑った。



「I’m a B.A」

「I’m a B.A」

「I’m a B.A」

「I’m a B.A」

「I’m a B.A」

「I’m a B.A……!」


 呪詛にも似た呻き声が、まるで輪唱のように巡り巡って、僕らの耳を塗りつぶす。

 吐き気を催すようなエコーの中に、僕は微かにカビか、湿ったおが屑のようなすえた香りを嗅ぎ取った。

 直感では、噛まれようが、引っ掛かれようが平気そうだ。感染力自体は弱いのかもしれない。

 だが、何故だろう。胸を……心臓を鷲掴みにするような不安感だけが、僕をさっきから蝕んでいた。

「……適当に蹴散らして、村まで走るよ」

「飛んでいけば早いじゃない」

「なるべく捕捉されたくないんだ。暗闇に乗じて、松井さんに一気に近づく」

「はいはーい。かしこまりっ!」

「……何でそんなに楽しそうなんだよ」

 ユルすぎる対応に脱力しかけて隣を睨めば、エリザはエヘヘ~と照れ笑い。無性に張り倒したくなるのを我慢していると、不意にエリザは浸るように胸に手を当てた。

「生きてるって、感じてたのよ。だって、誰かと共闘なんて初めてだもの。不思議ね。力なんて貴方に殆ど抑えられて。ただの可愛い梟ちゃんに成り果ててるのに……」

 背中で折り畳んでいた翼を再び広げる。女性らしい脚を凶悪な猛禽類のそれに変え、彼女は僕に向けてウィンクした。

「嬉しくて。ワクワクが止まらないの。私今、きっと世界中で一番の幸せ者だわ」

 まるで恋する乙女のように顔を綻ばせるエリザ。安上がりなことだと内心で呟きながら、僕は一歩前へ行く。

 眼前には蠢く人と怪物の混ざりもの。得体の知れない感情はあるが、それが足を止める理由になりはしない。

「背中、預けるわ」

「知らないよ。自己責任さ」

 短い言葉と刹那の視線を交わして。僕らは夜を切り裂くように飛翔した。

 

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