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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ四 愛憎の最終紛争
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71.エリザのルーツ

 半分崩れ、蜘蛛の巣まみれの外観になった挙げ句、汐里や叔父さん達。後からは僕まで大暴れした影響で、森島の屋敷は外も中も酷い有り様だった。

 もっとも、僕は今の廃墟じみた雰囲気の方が居心地よく感じてしまうのだけど。これは、心が怪物よりになってきている兆しなのだろうか。

「はぁ~い。ダーリン、お待たせ~」

 そんな屋敷でも、唯一無傷だったリビングルームにて、僕は寛いでいた。

 エディに拉致された後に散策してわかったのだが、この屋敷の内部は混沌としている。見かけは和風だが、内部は和洋折衷……。色々な部屋で溢れているのだ。

「ダーリン? ほら、お酒もってきたわよ~? 晩酌しましょう? 私、カクテル作るの上手なのよ?」

もしかしたら代々好みが違う家族が集まって、ここで暮らしていたのかもしれない。今は亡き友人、純也も和風の畳に憧れて、お洒落な洋風の部屋を無理やり改造して、親と喧嘩になったとかならなかったとか。

「レ、レイ? ほら見て! カクテルシェーカーよ。これで綺麗なのがいっぱい作れるの! よかったら私が手取り足取り……」

 因みに今いる場所は、エキゾチックな椅子とテーブルが目につく、アジアンな雰囲気が漂った部屋だ。……そういう感想しか出てこない。汐里とかリリカなら、もう少しお洒落な言葉で表現するんだろうけど。

 不意に、グスン。と、鼻を啜るような音がする。

 意識を向けないようにしていた方に目を向ける。両手にお酒のボトルを持ったエリザが、涙目になりながら僕を見ていた。

「……む、無視しないでぇ……」

「……さっさと座ろうよ」

 ため息混じりに奥の扉から現れたエリザに椅子を進める。

 するとエリザはパッと顔を明るくし、餌をちらつかされた野良猫のように、一直線に椅子に飛び付くと、嬉しそうに僕と向かい合う形で腰掛けた。

「フフ……夢だったの。旦那様と晩しゃ……」

「いや、旦那じゃないから」

「妄想くらい許してくれたっていいじゃないのよぉ……」

 ヨヨヨ……。と嘘泣きするエリザは放っておくことにして、僕はテーブルに置かれた品々を見る。カクテルグラスが二つに、叔父さんの部屋で見たことがある、氷を入れる小さな容器。確か、アイスペールだ。

 あと、お酒と思われるボトルが二本。

 一つは濃い目の藍色。縁日で売ってるラムネみたいに細長く、ラベルにはBlueと綴られている。

 もう片方もまた、青系の色だ。といってもこちらは水色。よく見るとロゴには蜘蛛が描かれていた。

「私の目の色と同じ、蜘蛛の王様の名を冠したお酒。これはもう私とレイが運命の……」

「TARANTULA……タランチュラか。初めて聞いたよ」

「……意地でも言わせないし、認めないのねぇ」

 ヨヨヨ……と、嘘泣きするエリザはもう放っておく。

 ただ、純粋に興味を惹かれたのは事実だったので、まじまじとお酒を見比べていると、エリザはにへー。としながらボトルを指でなぞる。

「正確にはタランチュラは商標ね。これ自体は、テキーラってお酒なの。正確には本物のテキーラと微妙に違うんだけど……。まぁ、今はいいわね」

 香りがついたテキーラって思ってくれればいいわ。そう言いながら、エリザは鼻歌混じりにカクテルシェーカーを取り出すと、わざわざ僕に見えるように三つに分解する。然り気無く中に氷水を入れていたらしく、それをアイスペールに入れてから、素早く新しい氷をシェーカーの一番大きい容器に何個か放り込む。

「こっちがボディ。蓋はトップで、穴が空いてるのがストレーナーよ」

 そう説明が入った後、銀色の目盛り付きのカップが隣に置かれる。ボトルが開封され、中が順番に注がれる。

 タランチュラ……もといテキーラ。次は藍色のお酒。最後に、これまたいつの間にか持って来たのか、市販のレモンジュース。

「本当はちゃんとしたテキーラがいいんだけど……まぁ、こういうのはノリよね」等と言いながら、エリザはそれらをシェーカーのボディに投入。ストレーナー。トップと重ねると、それを胸の前に持ってくる。

 その瞬間、場の空気が変わった。

 シャコン、シャコン。と、液体と氷がシェーカーの中で混ざる音が小気味良く響く。

 目を閉じたまま、楽しげに。だが、どこか蠱惑的にエリザはシェーカーを振るう。スナップを効かせた手つきは洗練されており、否応なしに目を惹き付ける。悔しいがとても格好よかった。

 スーツがパツンパツンで胸元が全開な上に、ガーターベルトまで装備しているという酷い格好でなければ……。だが。

 これならちゃんとしたの見繕って上げればよかったかな。なんて考えが一瞬だけ浮かび、僕はすぐにそれを取り下げる。

 バカが。何を考えているんだ僕は……。

「ん、そろそろかしら?」

 恐ろしい思考に僕が顔をしかめているうちに、シェイクは終了したらしい。

 そのままエリザはトップを外すと、寸分の狂いもなく出来上がったカクテルをグラスに注ぎ分ける。

 思わず見惚れるくらいに、綺麗な蒼いカクテルだった。

「エクソシストよ。気に入ってくれたら嬉しいわ」

 そう言って、エリザは僕にグラスを渡す。何だか口にするのがもったいなくて、しばらくそれを目で楽しんでいると、エリザはウズウズしたように自分のグラスを此方に近づける。

「……乾杯するものが、ない」

「じゃあ、貴方の瞳に?」

「やめろ」

「ルイと、エディ。優香ちゃんや、ワンちゃん達に?」

「…………っ」

 歯を食い縛る。するとエリザは「ごめんなさい」と、小さく囁いてから。

「じゃあ貴方は心の中で。私も適当な理由を付けるわ」

 だから……ね? と、妙に甘えるような眼差しで、エリザは小首を傾げる。

 コイツは、嫌いだ。だけどお酒に罪はない。

 そう言い聞かせ、僕はゆっくりと、乾杯に応じた。

 ルイとエディ。優香ちゃん、タナカ。そして、散っていった名も知らぬ犬達に。

「……私の、陥落に」

 カチン。と、グラスが合わさり、静かにカクテルを煽る。

 思っていた以上に口当たりが爽やかで、さっぱりとした味に目を見開く。レモンとシトラスの香りが鼻を突き抜けて、無意識に「美味しい……」と、呟いてしまう。

 数秒後、ハッとするも時すでに遅し。エリザはとても嬉しそうに僕を眺めていた。

「……違うぞ」

「……幸せ」

「だから違う」

「それでもよ」

 そう言って、エリザもまた、グラスを傾けた。

「……てか、陥落に乾杯してどうするのさ」

「あら、どうして? 私は似たような力を持っていて。私を打ち倒してしまうくらいの人を探してたのよ?」

 充分じゃない。と、微笑むエリザに、僕はますます陰鬱な気分になる。コイツは……分かってはいたけれど僕を諦めた訳ではないのだ。

「……君は僕に殺される。さっきみたいに取り乱して、枷の継続を怠るような真似はもうしない」

「そうでしょうね」

「何故だ。あそこで抗えば……」

「貴方に信用して欲しかった……って言ったら、信じてくれるかしら?」

「いや全く」

「ちょっとは悩んでよぉ」

 ぷぅ。と、頬を膨らますエリザ。僕はその表情から、少しでも嘘を探すべく全力で超直感を働かせる。だが、ダメ。彼女を打ち破った方法を話してからだ。エリザから、全くざわめきを感じなくなった。〝能力が戻っていたと思われる時でさえも〟だ。

 こんなにも怖いのに、警戒できない。僕にはそれが、ますます不気味に感じた。

「そのまま……素直に考えてくれない? 私はもう本当に、貴方へ害意を向ける気はないって」

「散々ヘヴィな仕打ちしといて?」

「だって、まさか負けるとは思わなかったんだもの。段階的に強くなって、いつか対等に~って思ってたら……いい意味で裏切られたわ」

 苦笑いしながら、エリザは愛しげに唇を撫でる。破滅をもたらした筈の部位を撫でる仕草は、どこまでも清々しかった。

「今は、ね。もっとレイのこと知りたいの。……本気よ?」

「記憶覗いたんだろう?」

「大体はね。けど、貴方の口から話してもらいたいの。あくまで見えただけ。貴方は何を思い、何を感じたのか」

「君に話す理由がない」

「むぅ……強情だわ。じゃあ――私のことは?」

「興味ない」

「ねぇ、そろそろ泣いていい?」

 勝手にしろ。と、僕がそっぽを向きながらカクテルをまた一口。ちくしょうめ、美味しいなぁ。シェーカーとか買おうかな。

 そんな事を思っていると、「気にならない?」と、エリザが囁く。

「何が?」

「この世の神秘。レイ、貴方は怪物になりたてよ。ありとあらゆる非日常な存在が、人知れずひっそりと生きてきていた事。怪物もまた、神秘の一部に過ぎないこと。どれもしっかりと理解できていない」

 僕のグラスが空になったのを見て、エリザがシェーカーを再び振るう。「飲む?」と、問われ、僕は迷いながらもグラスを差し出した。

「言ってる意味が分からない」

「レイは私を怖がるわよね。でも……汐里ちゃんが言っていた言葉を思い出してみて。貴方の思考ごしに初めて聞いた時。私、凄く感銘を受けたのよ?」

「……汐里が?」

 正直、色々教えられすぎてどれなのか検討もつかない。するとエリザは注ぎ足した蒼いカクテルを楽しみながら人差し指を立てた。

「最強や無敵は、自然界では言葉遊びに過ぎない。ああ、まさにその通りよ。最強と言われた私ですら、どうにもならない存在なんて、この世にはきっと溢れている。ただ、住む世界が違いすぎて交わらないだけ」

 私より怖いものなんて沢山あるし、これからも現れるわ。だからこそ、私は同じ世界を生きていける伴侶を欲したの。

 そう言って微笑むエリザ。僕はその謎めいた言葉を噛み砕くので精一杯だった。

「分かりやすく言ってよ。君は僕に何を伝えたいのさ」

「……私の、ルーツを。どうしてこんなにも、理解者を得たがったのか。それはね……〝私の能力が効かない人間〟と、存在を見つけたのがきっかけだったの」

 それを頭で理解するのに、数秒を要した。

「……怪物じゃない、ただの人間が?」

 ありえないよ。と、僕が断言すれば、エリザは小さく首を横に振った。

「本当に人間だったのか……今思えば疑わしいわ。けど、あれらは私が及びもつかない領域にいた」

 カクテル……エクソシストの水面を見つめたまま、エリザは懐かしむように同じ色の瞳を揺らめかせて。


「唐突なんだけど、レイ。貴方、幽霊っていると思う?」


 いきなり斜め上に飛んだ話を投げつけてきた。

 

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