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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ四 愛憎の最終紛争
188/221

70.おやすみ

 月が落っこちてきそうな、静かな夜だった。

 冷たい外気を肺いっぱいに押し込めて、僕は涙を堪えながら目の前の存在を見る。

 巨大な蜘蛛の怪物は、僕が目の前にいるというのに、微動だにしなかった。赤い八つの目は、何処へ向けられているのか分からない。ふと、地面を見れば、お手玉と鞠が転がっているのが見えた。これで……遊ぼうとしたのだろうか?

「エデュウ…………エ、デ……」

 慟哭にも聞こえる、雑音混じりの声。

 吠えるように叫びたいが、その力ももうないのだろう。

 つがいが死ねば、原種は暴走する。

 その命が絶えるまで。

 考えてみれば、リリカ達に一度捕らえられて。その後エディとようやく再会し、すぐに暴走。ルイが駆けつけるまで強襲部隊と交戦していたのならば、どう考えても補給の時間はなく、その身に力が残っている筈もない。

 だからこそ、ルイ達が屋敷近くで戦っても、僕が屋敷を滅茶滅茶に荒らしても、無反応だったのである。

 彼女もまた……。限界なのだ。

「…………っ」

 確か、屋敷には繭があった。そう考えかけて、それは無駄なことだと察した。

 回復しても、素がこの状態ならば、どうあっても直ぐに体力は枯渇する。暴走は押さえても、いつかのルイや汐里と同じで、タイムリミットは存在する。

 何より、この子は原種だ。おそらくエディがいないとなると……。

 浮かんだ推測で無意識に唇を噛みながら、僕はそっと怪物蜘蛛に近づく。

 今からやるのは、完全な自己満足。

 本人が望んだわけではない、ただ僕がそう思ったからやるという、偽善な行為だ。

 だが、それでも。僕はそうしたかった。恨まれるなら、それでもいい。今まで何度も選択肢は経験してきたけど、本当はどれが正しかったかなんて、結局今も分からないのだから。

「……ごめん」

 痛くはしないよ。そう内心で呟きながら、僕はそっと蜘蛛の側面に歩み寄り、その毛むくじゃらな脚を一本掴むと、おもむろにそこへ歯を立てる。

 土や草。血と臓物の匂いに混じって、暖かいミルクとジンジャーの香りがした。

「……正気に、戻ろう」

 果たしてこの命令で正しいのか疑問だったが、どうやら大丈夫だったらしい。

 蜘蛛の身体がみるみるうちに縮んでいき、そこには裸身の幼女が手足を地面に投げ出していた。

「エ……ディ? …………エディ?」

 手を一振り。元着ていた服はちゃんと覚えていなくてイメージしずらかったので、無難なチェックのワンピースを着せてあげる。すると、優香ちゃんは目をしばたかせながら、胡乱な眼差しで辺りを見回した。

「エディ……。エディ? どこ……?」

 不安げな声が庭に響く。もういない存在を探して優香ちゃんは顔を動かす。次は身体を起こそうとしたのだろうか。だが、力が入らないのか手足を捩るのみに留まった。

 既に立ち上がる力すら残されていなかったのだ。

「……さむい、エディ……さみしいよ。……エディ」

 震える手で、小さな身体を抱き寄せようとして思いとどまる。僕なんかがそれをした所で、何の解決になるというのだろう。

 今僕に出来るのは、彼女の狂気を取り除いてあげること。ただそれだけだった。せめて暴走から解放する事で、エディだけでも思い出して欲しかったから。大切な存在を忘れたまま狂い死ぬなんて、あまりにも悲しすぎるし、何よりエディが報われない。

 きっと……ルイだってそうする筈だから。

「……優香ちゃん、だね」

「……………………エディ、どこ?」

「あー、うん。そっか。そうだよな」

 今頃目が覚めているだろうか。遠くに逃げてくれている少女の怪物を思い出す。彼女もまた、周りはサックリと無視する奴だった。もしかしたら、アモル・アラーネオーススの原種全てがそうなのかもしれないけど。

「エディは、僕の……お義兄さんなんだ」

「エディ……エディはー?」

「彼は……今、優香ちゃんの為に頑張ってる」

「エディがんばる? エディはどこでがんばってる? 優香(ワタシ)のとこ、きてくれない?」

 お義兄さんをスルーするのは予想できていたが、所在に関しては耳を傾けてくれるらしい。黒曜石の瞳が不安げに僕を捉えて、ほんの少しだけ潤み始めた。

 喉が詰まるような音が口から漏れた。優香ちゃんの呼吸が、浅く、不安定なものになる。ああ……もう本当に、すぐそばにまで死神が来ているのだろう。

 謀らずも匂いがわかるようになってしまったことに苦しみつつ、僕は平静を保ち、精一杯の笑顔を浮かべる。

「エディは……いま、こっちに向かってるよ。優香ちゃんを迎えに、走ってる」

「エディ、あしはやいの。じゃあ、すぐつくね」

「……っ、ああ、そうだった。凄い速くて、胸を突かれたこともあったなぁ」

「それでね。とってもつよくて、あたまもいいの!」

「……うん、知ってる。僕も何度も助けられた」

 僕が一つ一つ思い出しながら頷けば、優香ちゃんはまるで自分が褒められたかのようにデヘヘと笑った。

「オバケのおにいさんも、エディ好き?」

「オバ……まぁ、いいか」

 勿論だよ。と頷けば、優香ちゃんの顔がまた綻んで……。唐突に、咳き込んで血を吐き始めた。

「あ、れ……? 痛……」

「……っ、痛覚遮断。感覚鈍化」

 小さくそう呟き、現実に立ち返る事を取り除く。この子は、いつかの怪物と同じだ。自分の身に迫る危機に無頓着で、恐怖や武器の怖さを知らない、無垢な状態。だから、今自分の身体が死に向かっていることも分からないのだろう。

「……エディ、まだかなー」

「……もう、すぐだよ。でもね。きっとエディ、疲れて帰ってくると思うんだ。だから、優香ちゃん、元気にお出迎え出来るように……少しだけお昼寝しておこう」

 上手い言葉が選べずに、支離滅裂な理屈が飛び出す。だが、子どもそのものな彼女は素直に頷いてくれた。……そういえば、生まれた順番が分からないけど、僕の奥さんの姉か妹になるんだよな。そう思った時、しっくり来たのは何故か妹の方だった。

 上が凄まじいと、下がしっかりする。なんて、失礼すぎる理由だけれども。

「エディきたら……おこしてくれる?」

「ああ、勿論だよ。それは僕が約束してあげる」

 震えるなと、拳を握る。優香ちゃんはにっこりと笑い。やがて、静かに力を抜くように息を吐いた。

 瞼が閉ざされていく。僕はそれを静かに見つめていた。

 やがて、その場に生きている者が二人だけになる。

 一人は僕。そして……。

「ルイのこと、話さなくてよかったの?」

 背後で、鈴を鳴らすような声がする。もう一人は……エリザだった。

「ルイなら……きっとお父さんだよって然り気無く名乗りながらも、エディの事を話すか、聞いてあげると思ったんだ」

 現に優香ちゃんは、お義兄さんの下りは無視していた。

 怪物が、特殊すぎたのだ。本来のアモル・アラーネオーススは、きっとあんな感じなのだろう。

「最後の最後まで、優香ちゃんが幸せに眠れるようにする。僕が知るルイは……そういう男だから」

 そっと視線を、縁側で眠る親友に向ける。これで、よかったんだよね? そう心で問う。答えはやはりでなかった。

「レイ。……貴方――きゃ!」

 気遣わしげな声。近づいてくる気配に、僕は半ば反射的に鉤爪を振るう。

 空を切った爪は、行き場をなくし、ぼんなりとさ迷いながらも、切っ先はエリザに向けられた。多分、無意識だ。

「寄るな」

「…………下心があるのは否定しないわ。けど、待って。貴方……」

「口を開くな。僕を見るな」

「……っ」

 エリザは傷ついたような顔でその場に立ち尽くす。だが、僕はそれには何の感情も抱かずに、ゆっくりと、優香ちゃんを抱える。

 そっと彼女をルイのそばに横たえて、一先ず息を吐く。

 心の芯が凍りついていくようだ。その果てで粉々になってしまいそうで……。

「ルイは……こう選択した時点でこうなることもわかっていた。悔いなんてない筈よ」

 ブチン。と、何かが弾けた。燻っていた色々な感情が破裂して、気がつけば、僕はエリザの首を掴み、座敷に引き倒していた。

「お前が……! お前が僕にそれを言うのか……!? お前に何が分かる!」

「分かるわ。心が読めるんだもの。ルイは最後まで、後悔なんてなかった」

「そんな数値みたいに人の心を測るなよ!」

「読めちゃうものは仕方ないわ。後悔って、一番辛いわよね。だから私もいつだって、心に従ってきた」

「黙れよ! ルイは……ルイは……!」

「……ほら、いいから全部、私に出して。溜め込むと……酷いわよ?」

「何を……」

「泣くの、我慢しないで。いいじゃない。ここには私しかいないわ。後で捨てるボロ雑巾に、何を遠慮する必要があるの?」

 首を抑えられ、鉤爪を向けられても尚、エリザは笑っていた。それを見ているだけで、腸が煮えくり返りそうになる。誰のせいで僕がこんなに苦しむ羽目になったのか。

 彼女は〝分かっていて〟こう言っているのだ。

 僕を気遣いつつ。自分の主張も曲げず。歯に衣を着せぬといえば聞こえはいいけども、僕からすればその内に秘めた不気味さと謎すぎる一途さに、吐き気がするようだった。

 同時に――。彼女の言うとおり、今なら恥も外聞もなく泣けるような気がした。……ここで泣けば、すぐ立ち直れるか怪しいと、心では分かっていても。

 僕の下で切なげに笑う女の声。いつの間にか伸ばされ、まるで蜘蛛のように僕の頬へと指を這わせる仕草には、抗いがたい誘惑があった。

「……ぇ」

「なぁに?」

「……前……え……!」

 聞こえないわ。もっと近くで。と、まるでキスでも交わそうかとするように、とうとう僕の両頬に当てられた手を外し、そっと己の手を重ね合わせる。

 指と指が絡まり。そのまま――。僕はその白魚のような手を握り潰した。


「お前さえ……。お前さえ来なければ!!」


 叫びが屋敷に轟く。頭蓋骨が鈍い音を立てる。衝動的にかました頭突きにより、互いの額がバックリと割れた。

 それでも構わずに傷をかきむしるようにグリグリと額を押し付ければ、僕の喉から痛みと憎しみから来る呻きが漏れた。

 興奮で息を飲むエリザ。負の感情ですら喜ぶなら是非もない、喰らわせるだけ喰らわしてやろう。

「お前がいなければ……! ルイは残された時間を幸せに生きれたんだ! あの場にいた皆なら、強襲部隊なんてもっと簡単に蹴散らせた! ルイが優香ちゃんと会う時間だって取れた筈なんだ!」

「そうね。けど、それは結果論だわ」

「うるさい! 分かってる! 分かってるんだよぉ!」

 視界が歪んでいた。再び頭突きを下し、湿った水音がするが、エリザは痛がる素振りも見せず、僕を見つめていた。

 違うでしょう? 貴方が言いたいことは、そんなのじゃないでしょう? 存外に目で語る内容が分かってしまうのがおぞましい。肉体と精神を極限まで削りあった結果、目の前の女をある程度理解しつつあるだなんて、おぞましすぎて反吐が出そうだ。

 鉤爪を、振るいかけ、己の肩に刺す。かきむしるように傷を広げれば、そこから血が吹き出し、屋敷の畳を。組み敷いた女を汚していく。

「沢山……ルイには助けてもらったんだ……! 返し足りない位、色んなものを貰ったんだ……! だから……だから……せめて、大満足した彼を……見送ってあげたかった……!」

 頬を熱い滴が落ちる。後悔しても後悔しても、時は巻き戻らない。その現実が深々と、返しがついた銛のように僕を抉っていく。

 強くなったと褒められても、僕は結局、肝心のものは何も成し得ていないのだ。故に、僕が嘆く事はただ一つ。


「……僕が……僕がもっと強かったら……!」


 (ワタシ)がいるのに。と、少女の怪物なら口を尖らせるだろう。

 調子に乗らない。と、汐里は鼻で笑うかも。

 一人で背負うなと、叔父さんは肩に手を置いてくれると思うし、そうだ、そうでなきゃ困るのだと、リリカや洋平ならば頷くに違いない。

 そうしてカオナシ達は、ピュピュピュと鳴きながら、いつも通り。


 そんな光景が浮かんでは消える度に、僕は無力を痛感する。

 後少し、エリザを早く倒せてたら。

 もっと素早く強襲部隊を蹴散らしたなら。

 浮かぶのは後悔と、涙だけだった。

「望みが全て叶う人なんて、この世にはいないわ。何も失ったことがない人も。レイって意外と強欲だったのね」

「黙れ……!」

「嫌よ。能力で従わせたら?」

「……っ」

 やろうと思って、すぐに止める。手のひらで踊るのは御免だった。……そうだ、そろそろこいつの枷を更新しないと。

 こうして涙する最中すら機械的な使命感が芽生える辺り、僕も壊れてきたと思いつつ、エリザの腕を取る。

 封じなきゃ、ダメだ。だってこいつは……危険な奴だから。内包するこいつへの恐怖がぬぐい去れた訳ではない。今だって僕は怖くて堪らないのだ。こうして優しげな気遣いを見せて、背後から刺されでもしたら、全てが終わるのだから。

 白い腕にかぶり付き、そのまま体液を注ぎこむ。「はぅ……」と、悩ましげな吐息を漏らしながらエリザが身を捩るのを、僕はぼんやりと、何の感慨もなく見ていた。

 能力を丸ごと封じつつ、様々な制約を課す以上、燃費がいい支配の力でも、こうして時間で管理しなければならない。面倒ではあるが、背に腹は変えられないのだ。

「……泣きながらお姫様に噛みつく吸血鬼とか……素敵な物語になりそうだと思わない?」

「……お前が姫とか、国が滅びろ」

「容赦ないわぁ~」

 優しく指で涙を拭われる。振り払うにも作業中だからそのままだ。その内に調子に乗ったエリザに頭まで撫でられ始め、軽い殺意が沸いた。

「私にも望みがあった。レイにも、ルイにも。それがぶつかりあった結果が今よ。誰もが最高の時を目指して戦っていたの。嘆くも、後悔するも自由だけど、立ち止まるのだけは止めなさい」

 それが強くなるという事よ。エリザはそう締めくくった。

 作業終了。身体を離し、僕はよろめきながらも深呼吸する。

「もう、いいの? もう少し泣いたり、休んだり……」

「しない。さっきので充分だよ。これ以上は……ダメだ」

 釈然としないが、吐き出してスッキリしたのは事実。口には出さないが、それだけは感謝しよう。心が沈んだままでは、これから先に支障が出る。嘆くばかりではいられない。

 ルイとの約束……。怪物と、幸せな日々を送るために。

「次だ。標的は松井英明。奴を探そう」

 立ち位置は謎だけど、絶対によからぬ事をやっている、狂気の研究者。未来の脅威というべきコイツを叩いて……一先ず出来る事は終わりだろうか。

「……ねぇ、レイ。出発前に聞かせて。私の何処が怖いの?」

 歩き出そうとしたその瞬間、後ろから呼び止められる。怪訝な顔で振り向けば、エリザが僕の噛みついた所に唇を落としながら、こちらを横目でじっと眺めていた。

「今、聞く必要ある?」

「聞きたくて……よ。だって松井さんをケチョンケチョンにしたら……悲しいけど私も用済みでしょう?」

 意図が読めずに、僕は眉を潜める。元より確かめるべきものを確かめる為に、エリザを利用するつもりだった。最初に宣言した通り、全てが終わったら殺す気なのも変わらない。

 それを彼女も分かっている筈だ。他ならぬ、僕が話し、彼女を縛り付けたのだから。では、この質問の意味は一体……。


「だって、ね。レイは気づいてなかったみたいだから言っちゃうけど……。さっき私を押し倒してた時……貴方の枷……外れてたのよ?」


 思案した瞬間に、一瞬で背筋が冷えた気がした。

 外れていた? 枷が……?

「……っ」

「心はもう読めないけど、分かるわね。貴方は今、有り得ないって思ってる」

 悪戯が成功した子どものように、エリザが笑う。だが、僕は笑える筈もなかった。だってそれが本当なら、あの時彼女は能力が戻っていて、十全にそれを振るえたという事になる。

「デタラメを……」

「言ってると思う? 直感はどんな答えを出してるかしら?」

「…………ぐ」

 僕の反論を、歌うように受け流すエリザ。この時すらうなじがざわめかないのが、何よりの証拠だった。

 よく考えてみれば、あの場で彼女もカミングアウトしていたではないか。心が読める。ルイが後悔していなかった……と。読めない筈なのに、あまりにも不自然な振る舞いを彼女はしていたのだ。

「ねぇ、レイ……どうかしら? アレ危機を察知するんでしょう? 嘘にだって、多少は違和感を発揮する筈。なら……」

「待て。君少し……黙れ」

 そうなると。更に深刻な事実が浮き彫りになる。そんな危険な状況で、僕の超直感が反応しなかった理由は何だ? どうして……。

 恐怖を殺し、思考を回す。考えられる答えにたどり着いた時、僕は愕然とした。

 だってそれは、認めがたいもの過ぎたから。

「理解した? なら、わかるわよね。どうして私は、敢えて貴方に枷をつけられてから話しているのか」

 柔らかな慈愛を感じさせる笑みを浮かべながら、エリザは祈るように胸元で指を組む。サファイアみたいな瞳が、真っ直ぐに僕に向けられていた。

「……お望みは何だ?」

「些細なこと。もう少しだけ、レイとお話がしたいの。危険な強襲部隊は倒した。松井さんは胡散臭くて酷い人だけど、本人の戦闘力は皆無よ。だから……羽を休めるつもりで、私の話を聞いてほしい」

「休息は……」

「レイ、気づいてないみたいだけど、貴方、相当疲労が蓄積してるわ。怪物の体力に胡座をかくのは今のうちに止めなさい。痛い目みるわよ」

 夜明けまで、まだ時間あるもの。エリザはそう言って、ダメ? というように首を傾げる。

 僕はそれに対して、渋面になっているのを自覚しつつ、己の身体を省みる。悲しいかな集中してみると、確かに身体の各部に淀みに似た感覚が存在する。要所要所で回復はしていても、身体は確実に蝕まれていたらしい。

「目的は?」

「そんなの決まってるじゃない。……全力で命乞いするのよ」

 確かダイニングあったわよね~ここ。と、楽しげに踵を返し、屋敷の奥へと進んでいくエリザの背中を、僕は黙って見つめていた。

 直感は悪いものがよく当たる。それでも、どうか外れていてくれと願いながら、僕は底知れぬ女奴隷の後に続く。

 やっぱり僕は、強くなってなどなかったらしい。

 ここはにべもなく断るべきなのだろうに。肝心な所で、まだ甘さが残っているのだ。

「……分かってるのかな。僕は君が嫌いなんだ。……諦めろよ」

 ため息を漏らしつつ気持ちを切り替え、僕は歩き出した。

 

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