66.手負いの戦士達
明星ルイの心は今、水をうったかのように静寂に満ちていた。
敵は四人。うち地球外生命体が三体。人間が一人。
一人は植物の類いとわかっている。他二人は不明。ただ、黒い肌の虎治と呼ばれた男は、単独で他の怪物にアドバンテージを有する蜂の幹部を撃退している事から、戦闘力はかなりのものと推測される。
「知らない名前だ。いや、資料をひっくり返せばあるのだろうね。あそこで暴れている怪物の父親だというのなら……アモル・アラーネオーススかな?」
ジョンの言葉に、ルイはただアルカイックスマイルを浮かべた。油断なく、全員の身体に視線を向ける。開拓者は、もう所有してなさそうだ。これで、交通事故のような突然死は防げるだろう。レイが交戦したというドローンの部隊が気になるが、この場にいる構成員の半分以上が怪物ならば、投入はあまりしたくないはず。つまり……。
「エディエディエディエデュゥウウ!」
「――ッ」
「来たか」
「めんどくさいなぁもう!」
ここからは、乱戦になる。ルイと、強襲部隊。そして、今まさに藪を打ち倒しながら現れた大蜘蛛による、三つ巴だ。
「資料を見た限り、こちらの蜘蛛が、あの父親を把握しているとは思えません! 総員で、あの父親……以降の標的名、〝銀〟とします。取り囲んで!」
「了解!」
「大蜘蛛と我々の間に銀を追い込む! 美優ぅ!」
「オーライ、虎さん!」
激を飛ばすかのように、沙耶が全体に指示を出す。ジョンが左へ。虎治が右へ。そしてルイの正面には美優が、それぞれ全速力で迫ってくる。
到達は美優が一番手。単調な突撃。これならばとカウンターの要領で、ルイは鉤爪を槍のように突き出して……。直後。それは硬質な高い音を立てて弾かれる。少なくとも、女の柔肌を刺し穿った手応えではない。
「甲虫か。カブトムシの雌……いや。違うね。頭部がおかしい」
弾いた美優は、既に怪物への変身を遂げていた。黒くて丸い、ずんぐりとしたフォルム。それはルイからの刺突を受け流し、衝撃を殺すように回転しながら地面に着地。虚空を泳いでいた虫にしては太い節足を動かして、黒光りする巨大な虫は、すぐに耐性を立て直し、ルイの方を見上げて身体を軋ませた。
一番近いのは黄金虫。その正体は……。
「スカラベ……いや、フンコロガシか」
「おい、何で言い直した。イケメンだからって許さねーッスよ?」
「……素敵なおみ足だ」
「ぶっ殺す!」
足をカサカサと動かして、美優は砲弾もかくやに木に体当たりを仕掛ける。稲妻のような音が響き、ルイが佇んでいた大木が倒壊した。
「――っと」
「予想外ッスか? スカラベは元々、極限の環境たる砂漠にて、自分の倍以上ある餌を運ぶんです。フィジカルの強さは……折り紙付きッス!」
思っていた以上の威力にルイが目を見開いていると、斜め下から裸の少女が飛び出してくる。木から引きずりおとされ、自由落下していたルイは、すぐさま片手を振るい……。
「遅い!」
それは、斜め下から伸びてきた、植物の蔦に絡めとられた。ジョンが此方に腕を伸ばしている。スーツの裾から繁茂したモウセンゴケの束が不気味に蠢いていた。
「ぐ……っ!」
逃げ場がないルイに、再びスカラベになった美優の突進がまともに直撃した。
内臓をシェイクされる衝撃がルイを襲う。
吹き飛ばされる勢いでモウセンゴケからは解放されたが、そんなものに安堵する暇はない。視界の端で、ジョンとは反対側の位置で虎視眈々と此方を伺っていた虎治が動いているのだ。
「チェックメイト」
その両手が鋭い獣の三本爪に変貌する瞬間に、ルイは反撃は間に合わないと判断し、両腕を交差させて防御姿勢をとる。虎治の爪がルイの腕に叩きつけられ、全身に鈍い衝撃と、熱した鉄を捩じ込まれたかのような痛みが走った。
「ぐ……あ……」
左腕の肉がごっそりと抉り取られる。壁打ちされたボールのように、吹き飛んでいたルイは急落下して地面に叩きつけられた。
追撃が来る――。
そう確信していたルイに、気を抜いている暇はない。悲鳴をあげる身体に鞭を打ち、何とか立ち上がったルイが見たのは……。此方に顔を向けたまま、後方へ跳ねるように離脱する強襲部隊の面々だった。
「なんで……――っ!!」
鎌首をもたげかけた疑問が、一瞬で押し戻される。とどめを刺す機会を放棄してまでこの場を離れた理由がすぐ後ろまで迫ってきていた。
「エデゥ……エエディュウウ……!」
八脚をくねらせながら、今度は巨大な蜘蛛が襲いかかってくる。鋏のような顎をガチャつかせながら、ルイの頭を噛み砕かんとする怪物は、もはや近くにいれば何であろうと食料に見えてしまうのだろう。
「――っ」
ルイと同じ深紅の複眼。暴走の果てに辿り着く色彩を、ルイは悲しげに一瞥しつつ、すぐに蜘蛛糸を手近な木に伸ばす。
巻き取られた糸を利用した緊急回避を経て、ルイは嵐を乗りきった小舟のように危うげによろめきながら、地に足を着けた。
「…………一か八かか」
自身の身体を把握したルイは、一縷の望みをかけて走り出す。このままでは部が悪い。だからせめて、自分の娘は安全な場所に避難させる必要がある。
「名前は……届かないよね。届くとしたら一匹……いや、一人だけか」
結局会うことが叶わなかった、もう一人の義息子を想う。彼もまた、無念のまま果てたのだろう。その事実にどうしようもない怪物特有のジレンマを感じながら、ルイは走った。
糸を、鉤爪をくぐり抜けて、蜘蛛の腹部へと這い上る。
サイズが大きい蜘蛛になるほど、ここは死角になる。蜘蛛の身体を熟知しているからこそ至れる、最適かつ最短ルートでそこにたどり着いたルイは、短く「ごめん」と呟きながら、毛むくじゃらな蜘蛛の腹に噛みついた。
時間にして五秒にもみたない攻撃は、蜘蛛が身体を震わせる事であっさり振り払われる。再び土の味を覚えながら地面を転がるルイは、短距離走を終えたランナーのように息を乱しながら、ゆっくりと起き上がった。
「〝お願いだ。今は家に帰るんだ〟きっと……。きっと迎えにいくから……。怖い奴らは、全部僕が打ち払うから……!」
祈るような、朗々とした声が、暗い夜空に吸い込まれていく。
蜘蛛は……幼女の怪物は少しだけ脚で頭部を掻くような仕草をし。やがてゆっくりと。先程までの荒ぶりが嘘であるかのような足取りで元来た道を引き返していった。
身体所有権の剥奪能力。暴走したアモル・アラーネオーススに通用するかは賭けだったが、一先ず女神はルイの方へ微笑んだ。
開拓者の銃弾を何発も受けていて、いかに暴走中とはいえ彼女が弱っていたこと。もう一つは、もしかしたらルイの血縁だからか。能力は通常よりも通りがよかったように思えた。
「…………さて」
一仕事終えたルイは、ゆっくりと振り返る。ジョン、虎治、美優の三人が、横に散開するようにしてルイとにらみ合う形になった。そこから更に離れた所で、沙耶が全体を見渡している。四対一。状況は絶望的だが、ルイは傷ついた身体を誤魔化すように彫像の笑みを浮かべ、強襲部隊の面々一人一人に注意を払った。
「……言葉が通じるとはね。蜘蛛特有のコミュニケーションかな?」
「いちいち説明はしないよ。あの子はお家に帰った。それでいいじゃないか」
「まるで雉だな。家族の身代わりになり、猟師の前に躍り出る様は、誇り高く見えるが……憐れだよ」
「何とでもいえばいいさ。……猟師って、君らのこと?」
「は? 他に誰がいるっていうんッスか? お兄さん、自分の置かれた状況……分かってます?」
軽口を叩きながらも、全く隙を見せぬジョン。
見下した目を見せる虎治。
嘲笑を浮かべる美優。
沈黙を保ったままの沙耶。
それぞれの反応に、ルイは思わずため息をついた。
やはり最初の不意打ちでジョンと沙耶を撃ち取れなかったのが悔やまれた。あの二人がいなければ……随分楽だったのに。そう思わずにはいられない。何故なら……。
「状況か……君らこそ分かってるのかい? 少なくとも二人、僕に触れたんだよ?」
その言葉に、ルイ以外の誰もが眉をひそめる。何を言っているのだ。そんな空気が流れ始めた直後。不意に虎治と美優が、僅かによろめいた。
「むっ……」
「えっ……?」
ふらつく二人に、ジョンが反応しようとしたところで、「杉山さんは目をそらさないで!」と、沙耶が横槍を入れながら、奥から進み出てくる。
「……質問。二人とも、どんな感じですか?」
「少しだけ、ダルいな」
「何か、変ッス。よくわからないけど」
「……じゃあ、もう一つだけ。腕の傷に心当たりは?」
冷静に事実を告げられた二人が、唖然とした顔で己の腕についた傷を確認するのを、ルイはしたり顔で見ていた。
何をやったかは、今更口にするまでもない。
「……君は、成る程。毒蜘蛛か」
ジョンの目が細くなり、ルイは内心で彼に花丸をつけた。
ルイ自身の固有の力、蜘蛛の毒。深く入り込めば、怪物すら数日間身体が麻痺状態になる代物である。
美優が突進してきた時に一撃、唯一柔らかい虫の脚に向けて。虎治が空中で強襲を仕掛けてきた瞬間に、すれ違い様に。
流し込めた量は少量だが、それでも、二人の動きを鈍らせる事には成功した。
「……虎治。Miss鞍馬。油断しすぎだ。数の利に甘えるのはいけないな」
ため息をつきながら、ジョンが一歩前に踏み出す。
「私が先導する。二人は援護に。接近する必要はないよ。ただ、プレッシャーをかけてくれればいい」
両手を緑一色に染めながら、ジョンがニヒルに笑いかけてくる。ルイはそれを見ながら、覚悟を決めた。
呼吸すれば、肺が引き裂けそうになる。
腕を動かすのすら、激痛に苛まれ、能力を使う事に、意識が飛びそうになる。この身は既に限界が近く。だが、それでも心だけは未だに炎が灯っていた。
「……まだ、死ねないんだ」
鉤爪をギラつかせ、ゆっくりと腰を落とし……。そこで、ルイは予想外の蹴りを受けた。
「――っ、な」
「ごめんなさい、隙だらけだったもので。……体調でも悪いのですか?」
半歩下がらねば、脳を揺らされ、倒れ伏していたかもしれない。それほどまでに見事なハイキックは、ギリギリ狙いが逸れ、ルイの頬をパックリと裂く。
蹴りの正体は、竜崎沙耶が放ったもの。だが、彼女はついさっきまで、虎治と美優の傍にいたはず。あの位置から一気に距離を詰めた事実に、ルイは驚愕を隠せなかった。
「弱い怪物なら生身で捩じ伏せる身体能力。それがMiss竜崎だよ」
そして、その刹那を、ジョンが見逃す訳もなかった。掌をハエトリグサに変え、そのまま振り下ろしてくる。
多数の顎がルイの鉤爪に突き立てられ、火傷にも似た熱感を放つ。消化液だ。
「ぐ……」
「おっと、もう無理だ。これに捕まったなら、逃げられん。消化か、Miss竜崎に蹴り殺されるか。選びたまえ」
「どっちも、ごめんだね」
ジョンの体勢を崩すべく、ルイは足払いを試みる。だが、ジョンの足はその場に縫いつけたかのように離れず、僅かに繊維が軋むような音がしたのみだった。
根を張っている? ならば……。
「っ、と……その爪は流石に不味いな」
毒液を滴らせた鉤爪を突き立てようとした瞬間、ジョンはそれをもう片方の手を蔦に変え、押さえ込む。拮抗し、睨み合う両者。腕二本をお互い封じた。こうなれば、手数で勝るジョン達の方が有利になるのは明白だ。組み合う二人の周りを、沙耶と虎治、美優が取り囲む。
「杉山さん、そのまま離さないで。全員で……嬲り殺しにします」
開拓者があったら楽だったのに……。沙耶のそんな呟きを聞いたルイは、表情だけに焦燥を浮かべた。使うならば今だ。背中から蜘蛛の足を出現させ、近づいてきた全員に毒液を流し込む。自分も深手は負うかもしれないが、時間がない自分には最善の……。
「いや、ストップだ。Miss竜崎。相手は蜘蛛だよ。背中辺りから爪を出す……位はやりかねん。私が限界まで弱らせよう。もう少し離れていたまえ」
「――っ」
思わず正面のジョンを見上げる。相変わらずな人好きのする表情。だが、目だけは冷たくルイを見据えていた。
周囲から気配が離れていき、その場は毒蜘蛛と食中植物の一騎討ちとなる。
「アテが外れたかな?」
「……本当に、嫌な人だ」
拮抗していた力が崩れ始める。両手が今やハエトリグサとモウセンゴケに捕らわれたルイにとって、とっておきの隠し弾だった爪が露呈した以上、このままでいる訳にはいかなかった。贅沢は言わない。目の前の男は、今後を考えればすぐに倒さねばならなかった。
静かに息を吐く。翼に似た蜘蛛脚の展開は、数ある力の中でも最も消耗が激しい。身体がもってくれる事を祈るしかなかった。
「いいだろう。君はここで確実に仕留める」
「出来るかな? 私は植物だ。私が毒で倒れるか、君が電池切れになるか。我慢比べと……」
「ウォオオォオオ!」
その時だ。切り裂くような雄叫びが轟いた。
その場にいた全員が身体を緊張させたその瞬間。二人が組み合う側面の茂みから、四つの影が弾丸のように飛び出して、次々とジョンの横腹へ突進していく。
「が……、ぬ!?」
苦痛の声を上げるジョン。それにより、植物の拘束が僅かに弱まった。好機と見たルイは、すぐさま鉤爪を引き抜き、反撃に転じる。狙うはジョンの胴体。中心に毒の一撃を喰らわせれば、いかに植物と言えども……。
「させるかぁ!」
だが、そこへ黒い稲妻が割って入る。虎治だ。黒い獣の爪がルイの鉤爪とぶつかり合い、耳を掻きむしるような不協和音を奏でた。
「邪魔を……!」
「不覚だよ。俺としたことが、ボスの前であんな無様……。だからお前は死ね!」
素早い、まさに獣の強襲を思わせる爪の連続攻撃。それを受け流しつつ、ルイは怪物としての膂力に任せた戦術から、本来使用していた技に切り換える。
バックステップで距離を取り、脇を締めて拳を顎下へ。敵から目をそらさずに、軽く息を吐き、すぐに吸う。
「……は?」
虎治が目を見開き、困惑の声を漏らす。柳の木を思わせる自然体だった相手が突然見せた、空気の変化。ルイが見せたボクシングのファイティングポーズは、一種の神々しさをもって、虎治の動きを止め……。
「虎さん下がってぇ!!」
悲鳴にも似た鋭い声がするが、ルイはもう意に介していなかった。
一気に距離を詰める。虎治が腕を上げた頃には、鋭いジャブが二発、彼の両頬を撃ち抜いた。続けてストレート。の前にルイは再び後退。その際に腕を鞭のようにしならせ、横から庇うように飛んできたスカラベにフリッカージャブの一撃。だが、これは大した打撃にはならなかった。
恐らく彼女本来の仕事は、頑強さを頼りとした盾役なのだろう。絶妙な衝撃の受け流しと、安定した硬さにルイは顔をしかめつつも、体勢を素早く整える。
当たり前な話だが、ボクシングのフォームは、拳を攻撃や防御に併用しつつ、そのパワーを最大限に引き出す為の理想的な動作である。そこへ切り裂き等を入れた所で、その力は半分も引き出せず、我流で振るうより少し強い程度。
故に強敵相手に拳闘戦術を取る際に、ルイは奇襲や毒を入れる時以外は殆ど鉤爪による刺突や斬撃は行わない。鉤爪の硬い表皮を強力なグローブとして利用するのみ。怪物としての力は、この時は単純なエンジンとして使用されるのだ。
長い年月をかけて磨かれた人の技術と、怪物としての単純な力の融合技。それこそが、ルイが隠し弾とした蜘蛛爪以上に信頼する、真の切り札であった。
「――フッ!」
強烈な踏み込みと、短い呼吸と共に放たれた、斜め下からの拳撃。それは、スカラベの美優が地面に落ちきるよりも早く、彼女の装甲を打ち据えた。突きや斬りを弾く自慢の硬さも、全ての力を集中し伝導する衝撃までは裁き切れない。
当たる直前に身体を動かし、威力を殺す美優に対して、ルイの拳は直撃してから更なる力を込め、打ち砕くもの。
そこへ急激な体重移動をかけたエネルギーの炸裂は、美優の身体全体を突き抜ける。
渾身の右アッパー。その威力は完全に美優の意識と、その身体を彼方へと吹き飛ばした。
「あっ、――」
悲鳴も漏らさず、空を舞うスカラベ。それに一瞥を向けることなく、ルイは虎治への追撃に入る。体勢を戻した虎治は、怒りの形相で再びルイに踊りかかってきた。
「銀……キサマァァア!」
バキリバキリという音を立てて、虎治の身体が軋みを上げる。骨格そのものが変化しているのか、彼自身の頭身が更に伸び、浅黒い肌には漆黒の体毛がみるみるうちに生え揃っていく。
後足で仁王立ちになる獣と思われる姿に、ルイはやりにくそうに舌打ちした。一度下がらざるを得ない。まずは見極める。そう判断したルイは、そこで初めて、謎の援軍に目を向けた。虎治の後ろでは、ジョンが腕を振るい、その周りにいた影を打ち払っている所だった。
「クソッ、ダメだ! ダンデス! 一旦引くぞ!」
「まずはあっちの、〝エディに似た奴〟と合流しよう!」
唸るような声が複数し、それらは風のように走り出し、ルイの傍に集結する。アフガンハウンド。ミニチュアシュナウザー。雑種と思われる和犬、シベリアンハスキー。大小様々な犬の小隊が、ルイを守るように隊列を組んでいた。
「お兄さん、大丈夫? 顔色悪いわ」
「オイ、コイツ人間……なのか? こんなロシアの美女より白い奴、見たことねぇぞ?」
「つべこべ言うな、シュバルツ。それよりも今は……確認だ。なぁ、白い兄さん。あんたは……彼処にいる奴らの敵か?」
シュナウザーとハスキーが鼻をひくつかせながらルイを見る。それらを諌めるように、強襲部隊に目を向けながら、犬達のリーダーと思われるアフガンハウンドが質問する。
犬が喋った。その事実に驚愕する前に、傍にいた和犬が「ああ、ビックリするよね。ごめん」と、優しい口調で話しかけてくる。
新手の怪物? いや、あり得ない。ここには蜂と蜘蛛、強襲部隊の他には存在しない筈。犬達もとい狼もまた、全ては蜂で……。
その時ルイは、大輔に捕縛された、蜂の感染者となった部下を思い出した。彼は、何処にいた? 森島の屋敷だ。その後の所在は……。
「まさか……君たちは……!」
ルイの声に、犬達は一様に尾を立てる。その顔は犬でありながら、何処と無く笑っているように見えた。
「不本意だけど、僕達は力を得た。主を殺めた忌々しい力だけど、今はどうしてかな。あの時の匂いとは違っている気がするんだ」
「もっと早く、この力を得たかったわ。そうしたら私達は、一緒に戦えた。かけがえのない友人を失わなくて済んだのに」
「スズナ。嘆くのは後だぜ。今俺達がやるべき事は、一つしかねぇだろう?」
「そっちの事情はさっぱり分からんが、助太刀しよう白い兄さん。アイツらは、エディの仇だ……!」
うなり声を上げながら、犬達は強襲部隊を睨む。闘志をみなぎらせた戦士達の身体には、まるで聖跡のように噛み傷が身体に刻まれている。それは彼らが、蜂の怪物として覚醒を果たしたことを意味していた。




