65.最期の望み
「諦めろって……どういう意味だよ」
告げられた宣告を噛み砕くのに、数秒かかった。それをしっかり飲み込んだとき、僕は自分でも驚く位に低い声が出ていた。
だが、エリザはつい数分前のおちゃらけた雰囲気を完全に消失させ、至って真面目に口を開いた。
「そのままの意味よ。唐沢汐里から独立する。そうなった以上、ルイには回復の余地がない。限られた間だけ火を灯せる、蝋燭のようなものよ。そんな状態で……強襲部隊と戦っているなら……。生存している可能性は、ゼロだわ」
「――っ!」
信じたくない。だが、最後の別れを思い出し、僕は唇を噛み締め……。ようとして、鋏のような口がカチャカチャと音を立てた。そういえば今蜘蛛だった。
「け、けど。ルイなら……きっとまだ……!」
あの時のルイは……確かに死を覚悟していて。それでも譲れないものの為に、走り抜けようとしていた。そこに悲壮感が欠片もなかったのが手伝ったのだろう。僕は心の何処かでルイならきっと、僕が辿り着けるまで持ちこたえてくれる。いや、強襲部隊にだって負けない。そう、思っていた。
「ルイとは以前会った事があるわ。丁度、アリサちゃんが死んで、唐沢汐里と追いかけっこをしていた辺りかしらね。だから、彼の強さはよく知っている。まぁ、私にかかれば彼もふくめて皆等しく操れるんだけど……それでも。彼の強さは破格だった」
「――っ、それなら!」
「でもそれは、彼が万全な時の話よ」
僕の反論を、エリザは嗜めるように遮る。よく見ると、その横顔は寂しげだった。
「彼は、いわば宿り木よ。取り付いていた木から離れたら、枯れるのが同義。もう以前のように能力を節約して消耗を抑えるとか、そういうレベルじゃないの。呼吸するだけで、生きるだけで、その力は枯渇していく。……私とレイが、どれくらいやりあっていたと思ってるの? 向こうを観察する余裕なんかなかったけど……。恐らく、もう……」
いつかの京子の姿が脳裏によみがえる。あの時の彼女もまた、最後は時間切れでこの世を去った。桐原に寄生していた自らを引き離し、僕に向かって来た末の結末だった。
「……っ」
「行っても何にもならないわよ? それでも……」
「行く。……行くに決まってるだろ! もし本当にルイがあそこでやられたなら……」
その後に起こりうる恐ろしい未来に、身震いする。
彼はきっとそれすらも覚悟していた。だけど……。友達たる僕は、それを見逃せる訳もなかった。
闇夜を切り裂くようにエリザが空を翔る。僕はただ、その肩に捕まりながら、間に合ってくれと祈るしかなかった。
※
時は少し遡る。
レイを見送った唐沢汐里は、少し離れた場所からするざわめきに、ため息をついていた。
大方、少女の怪物が駄々をこねて、レイが宥めているのだろう。その方法が容赦なき捕食という辺りがあの少女らしく。顔をひきつらせながらも最善を尽くすのが、この上なくあの青年らしかった。
あの二人は心構えや力こそは見違えたが、互いの立ち位置は初めて汐里が対峙した時から、あまり変わっていないのである。
捕食者と贄から、夫婦へ。だが、やはり少女が青年を振り回す。そんな具合にゆっくりながら歩んでいく様を、汐里はずっと見てきたのだ。
「なのに……私達はいつまで経っても変われないのですね」
『変わってはいけないんだよ。僕は一応死んだ身で、君は生きているんだから』
己の身体の内へ汐里は語りかける。返事はそっけないもので、彼女はますます陰鬱な顔になった。
「私は……別に死んだってよかったんです」
『そうすれば、僕らは離れたままだね』
「……ですね。死後の世界は信じませんが、貴方はあの女のとこへ行く。ならば……自分の身に宿すしかないではありませんか」
『それを実行しちゃうのが君だよなぁ』
苦笑いを浮かべてる。そう思いながら、汐里は座ったまま、己の膝を抱え込んだ。
「貴方はこんなこと望んでない。レイ君が言う通り、眠らせてあげるべき。そんな事はわかっていたんです。でも……」
やはり、離せなかった。汐里はポツリと呟いた。
「死を待つだけだった自分が生き長らえて。その矢先に貴方がしっかりと、私の中で生きていると知った時……私、表には出しませんでしたが、泣きたくなるくらい嬉しかったんです」
汐里の独白に、ルイは何も言わなかった。
「…………もう、出れるんでしょう? さっさと行きなさいな」
『……汐里』
肩を震わせながら、汐里は言い放つ。ルイはもう準備は出来ている。だから、後はこれから来る分離の痛みに備えるだけだった。
「時間もありませんし。ああ、ご安心を。追いかけたりなんかしませんよ? ちゃんと見送ると、レイ君に約束もしましたし。てか、確実に死ぬ場所になんて、誰が行くもんですか」
『汐里』
声が少し掠れている事に、汐里は少しだけ可笑しくなる。痛いのなんてもう何度も味わっているのに、自分は恐怖しているというのだろうか?
「思うがままに駆け巡って、好きに野垂れ死ぬがいいです。どうせボコボコにやられるんでしょうね。ああ、自分の娘に頭からバリバリ喰われちゃいなさいな。そっちの方が幸せでしょう? あるいはたどり着けもせずに無様に倒れちゃうのも……」
『……ねぇ、汐里』
「何ですか。さっきから何度も何度も。辛気臭い声だすの止めてくれません? イライラするので……」
『泣かないで。汐里』
困ったような。それでいて懇願するようなルイの声。その時汐里は初めて、己の頬を涙が伝っているのに気がついた。
「……え、あ……?」
しばし呆けていた彼女は、すぐに袖で拭い去ろうとする。だが、銀色の滴は止めどなく溢れだし、彼女の悲哀を浮き彫りにしていく。
やがて汐里は押し止めるのを諦めて、ゆっくりと己の肩を抱く。「今から口にするのはただの独り言です。貴方は気にしないでさっさと出なさい」と、呟いて。汐里は深呼吸した。
「行か、ないで……!」
慟哭と共に漏れた、か細い声。それを絞り出しながら、汐里は己の肩に爪を立てた。
「困らせるってわかってます。ちゃんと見送るのがいい女だって理解してます。でも……嫌なんです……!」
恥や外聞も、普段の理路整然とした口調をもかなぐり捨て、汐里はただ、己の本心を吐き出していく。嗚咽を漏らしながら、まるで地団駄を踏む子どものように汐里は頭を左右に振り乱す。
「酷いじゃないですか。貴方が死んでから、私頑張ったんですよ? 最後くらい一緒にいてくれたって。いいじゃないですか……! 愛してとはもう言いません。ただ……、昔みたいに一緒にいてくれるだけで……それだけでよかったのに……!」
隠せぬ想いを口にして、汐里は泣き叫ぶ。気が狂いそうになりながら、貴方しかいないのに……! 他にはいらないのに……! と繰り返す女は気がつけば、身体の半身が血にまみれていた。
「…………え?」
気の抜けたような声が汐里から漏れる。彼女の目の前には、同じように血まみれになったルイが、まるで女王に膝ま付くかのようにしゃがみ込み……。そのまま、彼はしっかりと汐里を抱き締めた。
「ふぇ? あっ……」
混乱し、目を白黒させる汐里。そこで彼女は、自分の首から肩にかけて、大きな裂傷が出来ているのを確認した。
それは、ルイが自分から分離したことと、いよいよ別れの時が来たことを意味していて。それを察した彼女は表情を曇らせた。
「痛かったよね。ごめん」
「身体の事ですか? 残念ながらちっとも。これだってそのうち再生しますよ。寧ろ…………今は心の方が痛いです」
その言葉に、ルイは辛そうに目元に皺を寄せる。だが、彼はもう心を決めていた。ここで迷うことは、彼女を更に苦しめる事になる。あくまでもさっきのは、彼女も自分で言ったように独り言なのだ。
「さよならだ。汐里。……僕は、行く」
「……ええ。わかってます。止まらないの位、わかってますとも」
「うん、ごめんね。どうしても譲れないんだ。あそこにいるのは……僕とアリサの娘だから」
本当に、最後の最後までブレない男だ。バカ野郎と、内心で悪態をつきながら、汐里は自分を抱き締めるルイの肩に顔を埋めた。
「貴方を、愛してました」
「……うん、知ってる」
「でも、欠片も振り向いてくれませんでした」
「アリサ以外は、やっぱり考えられなくてね」
「ええ、知ってます。それでも……です。あの女は大嫌いでした。死んでからも、ずっと貴方を縛り続けるあの女が憎たらしくて、気にくわなくて……羨ましかった」
静かに伝えたいことを告げていく。その度に、汐里は自分の中で事が整理されていくおぞましさを感じていた。
愛しているのだ。だからこそ止められない。それを受け入れている辺り、やはり自分は心底この男に参っているのだと自覚して……。こんな時だが、ほんの少しの幸福感を覚えた。
静かに、ルイの身体が離れていく。同時に、汐里も身体から力が抜けていった。痛みは凌駕できても、体力は確実に削れている。それが、自分と今まで一体になっていた存在が抜け落ちたならば、尚更に。
だが、それでも汐里は弱音を吐かず、立ち上がったルイを気丈に見上げたまま、笑ってみせた。
「……素っ裸でレディを抱き締めるなんて、減点ですね。少しじっとしていなさいな」
最後の力を振り絞り、汐里はルイに向けて腕を振るう。銀の糸が閃いた時、そこにはいつかのように白いYシャツと黒ジーンズという、ラフな出で立ちに身を包んだ、アルビノの青年が立っていた。
「凄いな。ピッタリだ」
賞賛するルイに、汐里はツンとそっぽを向く。彼女の涙は、いつの間にか引いていた。
「……汐里。いつかに渡した手紙、覚えてるかい?」
「燃やしました」
「oh……」
汐里の見も蓋もない返答に、ルイは思わず苦笑いを浮かべる。
カオナシが襲撃してきた時、初めてルイが現出した夜。その時に受け取った彼からのメッセージの事を言っているのだろう。本当は机に大事にしまっているのだが、それをいう必要はない。どうせこの男が言う事は、汐里もわかっているのだから。
「僕の気持ちはあの時と変わらない。汐里、どうか生きてくれ。レイ君やあの子の、傍にいて欲しい。今は無理でも、君なりの幸せを見つけて欲しい。君は……僕なんかを追いかけて終わるような女性じゃない。君みたいな凄い奴が、死んでしまうなんて、我慢ならない」
「……残酷なんですね。相変わらず」
鼻で笑いながら汐里はそう吐き捨てる。
いいから早く行け。そう顎でしゃくる汐里に、ルイは肩をすくめながら、そっと背を向けた。
「……ありがとう。君と友達になれて、本当に嬉しかった」
それだけ告げて、ルイは闇の中へ消えていく。それを見届けた汐里はゆっくりと、その場に身体を横たえた。
汐里は回想する。
喜んだ顔。困った顔。悲しみの顔。笑った顔。
一つ一つが頭に浮かび、それ全てがただ遠くから見ただけであり、自分が引き出した訳では無いことを思い出す。結局、自分は大嫌いな彼の彫像みたいな笑みを崩すことは叶わなかった。なのに……。それでも彼は、自分を友と呼ぶ。質が悪いことに本心から。嬉しくて。悔しくて。悲しくて……だが、それでも愛しかった。
「…………ばか」
それは果たして、彼に向けたものか。彼女自身に向けたものか。その答えを得ぬままに、汐里は意識を手放した。
※
それは、崩れた屋敷を中心に、広がる螺旋を描くように徘徊していた。
時折天に向けて糸を撒き散らしながら、八つ目を赤く発光させ。少しずつ。自身の領域を広げていく。
暴走したアモル・アラーネオースス。それは今、一つの山を白く染め上げながら、狩りを……獲物を探してしていた。
近場に生きた肉の匂いがプンプンする。今すぐ噛み砕きたくて堪らない。行き場のない謎の衝動に突き動かされるままに、ぐしゃぐしゃの肉団子に。近くにいるものへ死を。その思考の元に、それは動いていた。
銀色の網。怪物蜘蛛の領域。そこから少しだけ離れた位置に、三人の人影があった。
男が二人。一人は白スーツに、プラチナブロンドの髪を上品にセットした男。もう一人は浅黒い肌を更に際立たせるダークスーツ姿。若白髪か、染め上げたのかは分からない白い髪を刈り取り、坊主頭にしている。どちらも日本人らしくない容姿と、猛獣を思わせる、鍛え上げられたしなやかな肉体を有していた。強襲部隊所属、ジョン・杉山と、遠藤・アントニオ・虎治。二人とも怪物の力を有した、歴戦の猛者である。
「呆れた光景だ。まるでこの世の地獄だな」
「同感だ。虫けらの分際であんな大きくなるとは……。何を食べた?」
「つがいのワンちゃんでしょう? 殺されて頭おかしくなって、モグモグして更に暴走……。まさに愛と狂気は裏表って奴ッスかね。てか虎さん。今虫けらって言いました? 私や故・梓ちゃんディスってんじゃねーっスよ? 丸めてやりましょうか?」
二人の会話に、その後方にいた女が喧嘩腰で割って入る。男性陣な比べて背の低い女は、見た目がどうにも幼く、高校生か中学生と言っても通用しそうな容姿をしていた。茶髪のポニーテールに、紫色のジャージ姿というのが、更にその第一印象を確固たるものにしている。鞍馬美優。彼女もまた、強襲部隊の一員だった。
「如月はカミキリ虫。お前は〝アレ〟……。正直、もう少し品のあるものになって欲しいものだよ。蝶とかその辺に」
「ハッ、これだから童貞は。女に幻想抱いてるんじゃねーッスよ。みーんな心にイチモツ抱えてるんですぅ。あんたのマラよりおぞましいものがあるんですぅ。残念でしたぁ」
「舐め犯すぞ便所女」
「やってみろ歯抜け野郎」
「虎治。Miss鞍馬。痴話喧嘩はその辺で」
睨み合い、火花を飛ばし合う虎治と美優を、ジョンが呆れ気味に諫める。目だけは蜘蛛の動向を観察したまま、言葉だけ。故にそちらで小規模なキャットファイト染みた取っ組み合いが始まっているのには、完全にノータッチを貫いた。
「てか、ジョンさーん。何でさっきから離れて観察を繰り返してるんッスか? さっさとやっちゃいましょうよぉ」
「それをしたいのは山々だがね……」
「後方で待機していたお前が駆けつけるまでの間、俺とジョンが散々試したのさ。どうにも奴は我々と馬力が違いすぎるようだ」
「馬力……?」
首をかしげる美優に、ジョンは肩を竦めながら握り拳を見せ、開いて閉じるを繰り返す。その度に、粘性を帯びた葉っぱや種子が地面にこぼれ落ちた。
「私の食虫植物で捕らえるには、サイズが大きすぎる。力自慢の虎治でも、薙ぎ倒される。開拓者の抹殺者では、瞬時に再生される。ノーダメージとは思えないが……連射する隙を向こうは与えてくれないんだ。物凄いスピードで蜘蛛糸とご本人が飛んでくるからね」
「……え、ダメじゃないッスか。どうするの?」
顔をひきつらせながら、虎治の頬をつねりあげていた美優が、少しだけ困惑の声をあげる。すると、虎治の拳が些か優しめに美優の頭頂に落とされた。
「それを何とかする為に、ボスが退却する時間を稼いだのだ」
みぎゃ! という悲鳴をあげる美優に、手のかかる妹でも見るような顔を向けながら、虎治が補足する。「そら、戻られたぞ」と、親指を向けるその先には……。キャリーバックを引きずった、パンツスーツ姿の若い女がいた。
「お待たせしました。皆さん」
黒髪を靡かせながら、女は一人一人に目を向ける。強襲部隊にて、怪物共の手綱を握る女性。竜崎沙耶は、その場に到着するなりいそいそとキャリーバックを明け始めた。
「Miss竜崎。他の皆は?」
「桜塚さんとカイナさん。磯貝さんに宗像さん。両名とも連絡はとれません」
「逃亡はあり得ないッスから……。まさか」
「……死んだか?」
「考えたくはありませんが、その可能性が高いです」
「恐らく未だに姿を見せない遠坂黎真か、蜂の女王様辺りかな。磯貝や戦い慣れしていないMiss宗像ならともかく、龍馬とカイナ嬢が遅れをとるとしたら……。どちらかがまだ生きていると見るべきだ」
神妙な顔をする怪物達の面々。それらを横目に、沙耶は淡々と作業を続けていく。組み上げられたのは、銃というには無骨すぎるもの。もはやバズーカ砲の類いにしか見えないそれを、沙耶はジョンを覗いた二人に手渡し、自らもそれを手に取った。
「背後からの攻撃は考えません。まずはあの暴走した蜘蛛を仕留めます。杉山さん。申し訳ありませんが、盾役を。消化や捕獲は無理でも、広範囲に広がって足止めは可能でしょう?」
「いかにも。その隙に三方向から抹消者で圧殺か」
「はい。勿論、油断はしません。撃った後、各々近づいてください。無いとは思いますが、生きていたらそのまま袋叩きにします」
「ひゅ~、過激ぃ~」
「まだだ、ボス。抹消者着弾後、予想以上に奴の再生が早かったら?」
「……撤退します。その場合、体力切れを狙いましょう。山を下り、市街地まで到達する可能性がある上に、遠坂黎真らも気にしながら動かなければならないので、出来ればこの状況に持ち込まれたくは無いのですが……仕方ありません。最悪、村にいる松井さんにも協力を仰ぎます」
最後に出した男の名前を呼ぶときだけ渋面を作りながら、沙耶はてきぱきと指示を出す。三体の怪物はゆっくりと頷き、散開しようと踵を返し……。瞬時に身構えた。
「虎さん側!」
「わかってる!」
大きく下がりつつ、虎治は開拓者を構えようとして舌打ちする。ここでグレネードランチャーなどを放てば、あの蜘蛛に勘づかれる。だが、投げ捨てる訳にもいかない。その刹那の迷いが明暗を分けた。
銀色の流星が、べチャリという音を立てて虎治の開拓者に張り付き、そのまま彼の手を離れて宙に舞う。
「うぇ!?」
「――っ、Miss鞍馬! 離すな! 狙いは……!」
見えぬ敵の思惑にジョンが気づいた時には、美優の開拓者も空を飛ぶ。
直後……。ドシュンという、空気が抜けるような短い音が聞こえて……。
「身を護れぇええ!!」
ジョンの叫びが森にこだましたとほぼ同時に、暴力的な爆発音が響き渡る。土埃が巻き起こり、衝撃で大地が揺れた。
腕の中に沙耶を庇い、植物の障壁を幾重に重ねたジョンは、歯噛みをしながら呻きを上げるしかない。
最低最悪のタイミングで横槍が入ったと、内心で悪態をつきながら。
遠くで、蜘蛛が奇声を上げている。三十秒もしないうちに、彼女はここへ到達するだろう。よりにもよって、開拓者が二つ……いや、全てが失われた瞬間に。
「流石に投げ捨てたかい? Miss竜崎?」
「ええ、余波で暴発は笑えないので。やはり試作品というか、欠陥兵器ですね。換装に手間がかかる。壊れやすい。全装備もつとなるとかさばる。ダメなとこしか見えないわ。さて。――っ、番号っ!」
「壱! スミス!」
「弐! 虎!」
「に……あっ、参! 美優!」
「散開! 警戒! 索敵! せんめ……」
「この状況で大声はよくないよ?」
指示を飛ばす沙耶の耳に、嘲るような声と……パシュンという発射音がした。
二発目――!
そう直感すると同時に、身体が浮遊感に包まれた。
「Miss竜崎、少し飛ぶ」
腕から蔦を生やしたジョンが、その場で高く跳躍する。樹上に避難した途端に起きた爆風が、二人の頬を撫で、ジョンの腕の裾や頬に僅かな裂傷が刻まれた。
「Miss竜崎、怪我は?」
「ありません。もう私は守らなくて大丈夫です」
「そうはいかん、まだあと一発分……」
「襲撃を察知したと共に通常モードに戻しましたので、お構い無く」
「……流石。では――!」
素早くジョンが手を振るう。ヌメリある植物の壁。そこへ飛び込んできた影は空中で急停止し、そのまま何かへ巻き取られるように後方へ逆戻りする。
「……残念だ。貴方達を真っ先に仕留めたかった」
「いきなり王手は無理だろう? ゲームが成立しなくなる。だが……はて。君は誰だ?」
不適な笑みを浮かべつつ、ジョンは後退した襲撃者の顔を見て、怪訝な顔になる。
そこにいたのは、青年だった。
月の光を反射する銀にも金にも見える髪。整いすぎた顔立ちは、病的なまでに白すぎる肌と赤い瞳も相俟って、不気味な魅力を醸し出している。
両の手は黒い鉤爪。それはいま、銀色の糸が絡み付かせたまま、三丁の拳銃を粉々に握りつぶしていた。
無表情のまま破片を空にばら蒔き、青年はそこで初めて、彫像を思わせる笑みを浮かべる。
美しい青年だった。
血も心も凍りつくかのような、美しい青年だった。
「僕は、明星ルイ。娘を助けに来た――ただのお父さんだよ」




