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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ三 強襲する悪夢
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64.種明かしと次の地へ

 仇敵に嫌がらせのごとく体液を流し込み、一仕事終えた僕の口から「ふぅ……」とため息が漏れた。少しばかり、頭に血が昇っているようだ。一応回復手段を用意してあるとはいえ、大盤振る舞いが過ぎたかもと反省する。

 だが、それに見合う収穫はあったと思う。命と、その後の人生全てを賭けた勝負は、僕に軍配が上がった。思い描くこの騒動ではまだ前哨戦。だが、確実に一番の難関と見られたここを突破できたのは、大きい。

「……おい、いつまで寝てる。そろそろ起きてくれ」

 地べたに丸まるようにして倒れ、ヒクヒクと痙攣している戦利品……もといエリザに声をかける。が、当の彼女は息も絶え絶えで、未だにぐったりとしていた。

「もう……お嫁にいけない……」

「……行かせるわけないだろ」

「……っ!? そ、それって、俺が責任とるぜ的な……!」

「最終的に君が行くのは冥土だよ。入れるのだって鬼籍だ」

「あんまりよ!」

 涙目でハンカチをハンカチを噛むような勢いで、エリザがよよよ……。と、嘆くのを横目に、僕はふらつく身体をゆっくりと起こす。まずは……。前もって用意していた、回復地点に戻ろうか。

「立て」

「腰砕けになの。立てないわ」

「立て」

「だ、だって、レイが私に何度も何度も……いっぱい注ぎ込むから……」

「やかましい立て」

「……ひ、酷くない? せ、せめてお姫様抱っことか……」

「…………手足と頭があると運びにくいな」

「わかったわよぅ! わーかーりーまーしーたぁ!」

 半ばやけくそ気味にエリザは胸元と、下半身を隠しながら、ゆっくりと立ち上がった。恥じらうような上目遣い。……あれだけ痴女同然な行いをしておいて、こいつはどうして今更こんな態度を取るのだろうか。全くもって理解に苦しむ奴だ。

「ね、ねぇ。そのゴミでも見るような目、止めて? 泣いちゃう。流石にエリザちゃん泣いちゃう」

「いくよ。ここから百メートルも行かない場所に、回復用の拠点を作ってる」

「む、無視しないでぇ!」

「…………」

「無言も止めてぇ! 心見えないから怖いのよぉ! あ、あのね! せめてお洋服! お洋服を着せて!」

「その辺に草や蔦が生えてるよ」

「鬼ぃ! 悪魔! 亭主関白ぅ!」

 だが、考えてみればこんな素っ裸の女を後ろに引き連れていれば、僕の頭がおかしいと思われるかもしれない。それは少し嫌だった。

「リクエストは?」

「……ウェディングドレス」

「カーテンを作るからそれを……」

「もぉお! 何でもいいわ! 野暮ったいのでなかったら何でもいいからぁ!」

「……了解」

 といっても、僕もそんなに女性のファッションに明るい訳ではない。身近な女性……。怪物。いや、ダメだ。こいつにセーラー服は多分似合わない。

 次に汐里や雪代さん。リリカの顔が浮かぶ。

 リリカみたいなニットのミニワンピースとニーソックス。似合うだろうがコイツが調子に乗りそうなので却下。

 やはり無難に汐里や雪代さんみたいにスーツで……。

「あ……しまった」

「へ?」

 あれこれ考えながら糸を振るったせいだろうか。少し……採寸やらを間違えた。

 結果……。ちぐはぐな衣装が出来上がってしまう。

 全体的に小さいサイズになった、黒い上着とタイトスカート。元々エリザは身体のラインにメリハリがありすぎるので、服の胸元は弾け飛び、スカートの丈は限界まで短くなるという有り様になる。そこにストッキングではなくニーソックスという組み合わせてはいけないものが加わって……。

「…………これ、レイの趣味?」

「断じて違う。もういいや。めんどくさい。おい、目を輝かせるな腹立たしい」

「ウフフ……。じゃあ、そういうことにしておくわ。あっ、そうだ! オプションで是非追加してほしいの! チョーカーとガーターベルトがあれば、エキゾチックで素敵になると思うわ! 作って作って~!」

「……行くぞ。時間がない」

「あん、いけずー」

 草木を掻き分けるようにして進む僕とエリザ。しばらくすると、ドーム状に糸を張り巡らせた、六畳程の即席前哨基地が姿を現した。

「……確か、唐沢汐里の策よね?」

「いざって時の為に、山とか市街地にいくつか作ってたらしい」

 糸で作ったハンモックと、血を固めた繭。アモル・アラーネオースス用のいわば休憩ポイントだ。我がお師匠ながら用意周到だが、この場においては助かった。

 食べて回復。休む時間は……少し惜しいので、さっさと次に行くとしよう。

 網の釣天井に安置された繭を全部とる。ここには多分戻ってこない。エリザとの戦いで消耗した分はさっさと回復させてしまうことにした。

「……ねぇ、聞いてもいいかしら?」

「無駄な話でないなら」

「純粋な興味よ」

「じゃあ却下」

「少し位優しくしてよ!」

「無理」

「あうぅ……」

 作ってやったチョーカーを弄くりながら、エリザは唇を噛み。

「これからのことよ。どうするの? 貴方に力を禁止されてるから、私は全く貴方の狙いが読めない。あとはあの時……貴方がどうやって私の能力を掻い潜ったのかも」

 知りたいわ。そう、言って、エリザはサファイアの瞳を細めた。とうとう強引に聞いてくるスタイルにしたらしい。

 僕は暫く考えてから、気がつけばため息を漏らしていた。

 まぁ、問題ないだろう。

「簡単だよ。君を利用して、カイナと桜塚さん以外の強襲部隊の面々を無力化する。そうしてルイの望みを叶える手助けするんだ。ついでに村に来てるらしい松井さんをもう一回懲らしめたいし、それに伴って二、三質問する。そうしたらこの村から脱出して……君を処分する」

 淀みなく全てを言い切る。エリザは黙って僕の話を聞いていた。

「私を……殺すの?」

「そう最初に言った」

 結局僕は、無力化したと思われる今ですら、エリザが恐ろしいのだ。彼女の力は見えなくて、だからこそ、一瞬で悲劇を起こす。あまりにも……危険な女だ。

「私は、もう何も出来ないわよ?」

「嘘だ。君はそうそう諦める性質じゃない。今だって必死に打開策を考えている筈。だからこそ、君は心が読めなくなってすら……そんなにも冷静だ」

 先の戦いで、彼女は能力が閉じられた事を怖いと言っていた。そんな彼女が、今は僕と毒を吐き合っている。内心でめぐまるしく頭を回しているのは明白だ。彼女は僕が僅かな油断を抱くその瞬間を待っている。それは、今もぎらつく双眸から容易に読み取れた。

「言った筈だ。君を使い潰して捨てるって」

「清々しいくらいに、酷いことを言うのね」

 苦笑いしながら、エリザは目を臥せる。諦感や絶望。悲しみは不思議と伝わってこない。かわりにどういう訳か、エリザは幸せそうに微笑んだ。

「……いいわ。それでもいい。貴方は私に勝った。もう私は貴方の奴隷なの。好きにする権利があるわ」

「……聞き分けがよすぎるな」

「疑わしい? けど本心よ。私は……本来なら貴方に殺されていたのでしょう? それが、何の因果かこうして行動を共にしている。それが私怨や私欲の為でも、私は……」

 白く柔らかそうな指が、僕の着せた服に触れ、ガーターベルトの紐を弾き、ニーソックスの(たわ)みを直す。最後にまるで宝物にでも触れるかのようにチョーカーを愛おしげに撫でて。エリザはゆっくりと僕の方へ顔を向けた。

「最後にお願い。このどうしようもない奴隷に慈悲を頂戴。貴方は……どうやって私の能力を打ち破ったの?」

 これだけは聞かせて欲しい。そう真剣な表情が物語っている。

 僕は最後の繭にかぶりつきながら、改めて、さっきの状況を思い出す。我ながら、本当に上手くやったと思う。

「きっかけは、カイナの締め付けだったんだ」

 僕の切り出しが予想外だったのか、エリザは首を傾げた。

「君の能力は凄いよ。おおよその作戦は通用しない。不意打ちなんてまず成功しないだろう。反撃を考えた時点で読めるなら、たとえ演技しても君は欺けない」

「ええ、そう。その筈なの。私に害意があったなら、いくら隠してもわかるのよ。事実、あの時レイは本気で私に屈服し、己を捧げようとしていた。あんなスピードで気持ちが切り替わるなんてあり得ない。そもそも、能力だって封じていたのよ。なのに……」

 どうやって? そう訪ねるエリザに、僕は静かに自分の頭に向けてピストルを向けるような仕草をしていた。

「僕が考えた夢遊病作戦。あれね。実はサブプランだったんだ。必要あれば力ずくで君を切り刻む、第二の勝ち筋。だけど、僕自身感じていた事がある。肉体的打撃より、君には精神的な……即ち操りの力が有効なんじゃないかって」

 そう、最初はエリザを操り、能力を切る。これに全力を向けたかった。だが、肝心の操りは、エリザに牙を通さねば無理。これを僕が念頭に入れている限り、エリザは絶対に僕に隣接しない。それは火を見るより明らかだった。

 心を読む。これに対する対策が必要だった。けど、操られない為の防壁をやろうが、奥底の心すら暴く以上無意味。そう思った時、僕の中に電流が走った。

 彼女すら。更には、〝僕にすら予想できなければ〟どうだろう? そう、丁度作戦と分かっていながらも、カイナの締め付けを本能的に防御したあの時みたいに。即ち……。


「反射。これならば、君に不意打ちをかけられる。そう思ったからこそ、僕は自分に命令した。いや、特定の刺激に対する反射運動を組み込んだ」

「……っ、確かに理屈は通る。でも、そんな作戦、貴方は〝考えてなかったじゃない〟私には、読めなくて」

「勿論、理屈を立てた時点で君にはバレるだろう。けど……それを僕すら覚えてなかったら?」

「…………まさか」

 僕の作戦をようやく理解したのか、エリザがワナワナと震え始める。ちょっとだけいい気味だった。

「そう。最初に立て続けに自分に施した命令。防壁を張るのはカモフラージュであり本命だった。それに隠れて、この命令を刻む為の」

 いくらエリザでも、目覚めの時間までは予測できないと踏んでいた。これが検討違いだったら破綻する、ある意味一番大きい賭けだった。だが、幸運にもエリザが僕の覚醒に気付き、その心を把握するよりも早く、僕は仕事を完成させた。反射の設定。そして……。


「僕自身の記憶の消去」


 無いものを読み取ることは出来ない。その理屈の元で、あのごり押しに近い夢遊病作戦を本命と思い込んだ。

 あれでエリザを倒せたならよし。無理だったなら……。

「夫婦になるんだ。キスくらいはするだろう? その瞬間、僕すら覚えていない、だが身体には刻まれていたあの反射が発動する。命じたのは噛みつきと操り。続けてエリザの能力を禁止。そして、その能力使用を更なる刺激に記憶の想起。ここまでが、一連の流れだった」

 簡単に言えば、自然界の野生動物の行動。これを利用した作戦である。

 食べるという行動すら、獣の中で多数の刺激が数珠繋ぎのように連鎖して起きる。僕の場合、そんな刺激の連鎖を意図的に作って、エリザの精神把握に先んじる速さを手に入れたという訳だ。

 だからこそ、エリザには完全に折れていた僕が、一瞬で変貌したように見えたのである。

 反射と記憶操作の複合技による、ハニートラップ。それが、エリザに仕掛けた本命の作戦だったのだ。

「負けるのすら……計算していた?」

「反射の刺激にキスを選んだのは、君の対応が少しでも遅れるように。あと、すぐ噛みつけるから。僕が完全に負けて、屈服した時こそ、君を確実に仕留める好機になる筈だからね」

 ただ一つ計算違いだったのは、彼女がなかなか唇にキスをしてこなかったこと。噛みつく以上、どこ構わずとはいかなかった。

 こいつが無駄なロマンチストを気取ったせいで、僕は散々弄ばれ、酷い目にあった。これだけが、唯一の計算違いだったと言えるだろう。

「……つまり、どっちに転んでも私の負けだったのね」

 僕が話し終えると、エリザは脱力したかのように息を吐いた。

 呆れと、悔しさ。そして何故か誇らしさや懐かしさに酔っているような顔で、エリザは空を扇ぐ。

「生きていて、操れなかったのは……貴方で三人目だわ。けど、私を完膚なきまでに打ち負かしたのは…………貴方が初めて」

 ずりずりとにじりより、僕に腕を回そうとするエリザ。僕はその手をペチンと叩き、そのまま立ち上がる。

 回復はした。そろそろ……。行かなくては。

 僕の意図を察したのか、エリザはなんなりと。と言うように小さく頷いた。それを確認してから、僕は彼女を使用する。

「命令だ。梟の能力禁止だけ解除。敵に気づかれないように、ルイが戦ってるところまで、僕を運んでくれ。彼を……助けにいく」

 バキン。と、音がして、エリザを縛り付けていた枷が一つだけ外れる。

 その瞬間、エリザの背に、見事な褐色の翼が広がった。

「掴まってて。ともかく、エディのつがいと、強襲部隊がやりあっているとこに乱入すればいいのね?」

「ああ、能力干渉は、僕が指示を出す」

 身体を蜘蛛に変え、エリザの肩に張り付く。

 風がふわりと渦を巻き、有翼の美女は音もなく空へ飛翔した。

 状況は分からない。だが、どうか……。

 そう僕が内心で祈った時だ。「レイ。先に、言っておくべきでしょうね」と、エリザは静かに囁いた。


「ルイは……もう諦めなさい」


 間に合わないわ。


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