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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ三 強襲する悪夢
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61.夢遊病

 鉤爪を構えたまま、僕は考える。

 話がしたい……と。するとエリザは首を横に振りながら、フワリとその場に滞空した。

「ダメ。友達じゃ嫌なの。勿論、友達の期間を味わうのも素敵よ。憧れるし、出来るなら是非やりたいわ。けど……最終的に貴方はあの娘を選ぶんでしょう?」

「……ぞ。いやらしい能力だ」

 考えている事がお互いに分かる仲。確かに素敵なんだろうけど、エリザがやるこれはただの反則技。一方的に知られるこっちの身としては、たまったものではなかった。

「肯定。そうよね。私には初めから入る余地がない。……ねぇ、考えてすらくれないの?」

「……た。僕は……もう決めている」

「そんなの、今だけかもしれないじゃない。人間にだって、くっついた。別れたがあるわ。……ああ、でも貴方達はお互いがいなきゃ行きていけない……我が身を人質に取り合う関係なんて、嫌じゃないわけ?」

「……ぞ。その心を好きにいじくり回そうとしている君には言われたくないね!」

 ざわめくうなじを無視して、手を振るう。糸が鞭のようにしなり、エリザの方へ迫るが、彼女はそれを最低限の動きだけでかわしてしまう。

 パキリと、脳内で何かが砕けた音がするが、僕はそれに慌てずに、もう一度自分に能力をかけるため、〝キーワード〟を呟いた。

「…………きた」

 視界に刹那の空白が混じるが、それはもう仕方がない。元よりそうなるのも承知で施した策だ。

 この隙をついて彼女が接近してくれるなら、それでもいい。

「……っ、思っていた以上に、嫌なことしてくれるのね」

「……ぞ。所詮75点だろう? 簡単にねじ伏せられないの?」

「言ったでしょう? 唯一無二の75点。貴方みたいな人、私だって初めてなんだから」

 僕の挑発に肩を竦めつつ、エリザは中指と親指の腹をくっつけて、人差し指で僕を指差すという、奇妙な行動に出た。

 一瞬訳がわからずに眉を潜めていると、直後、今までにない圧力がうなじを通してのしかかってきて、バキン、パキャン! と、〝防壁〟が二枚。間をおいて更に一枚砕かれるのを感じた。

「なっ……ぐっ……きた!」

「凄いわ。これにも耐えちゃうの。あの娘の蜜……貴方を全快させてたのね。さっきより……素敵だわ」

「……るぞ! そりゃどーも!」

 能力発動。防壁の修復。押し迫る圧力に逆らいながらエリザを睨めば、彼女は嗤っていた。

 精神支配のランクが、いきなり一段階上がっている。恐らく目で見るよりも、明確な支点を作るという意味で、指差しという形で利用しているのだろう。そう直感した僕は、一先ずその見えざる手から逃れるべく、全力で走り出す。

「……貴方は、盲目になるの」

 脳髄に響くような、朗々とした声。それが僕の耳に入ったと同時に、パチンと指ならしの音がして。直後、僕の視界が闇に落ちる。が……。

「関係…………ない!」

 能力を全開にする。直感で奴の場所を割り出す。二時の方向、距離二十五。最適な位置へ跳躍する時。体内に仕込んだ策が発動し、僕の視界が回復した。

「――フッ!」

「……と、もぅ。乱暴ね」

 鉤爪を一閃するが、それは彼女が身体を丸め、蹴りあげた鳥の脚に阻まれる。羽毛と鱗で覆われたそれは、思いの外頑丈で、僕の爪が押し返された。

「今……きた。猛禽類……?」

「女をなんてものに喩えるのよぉ。可愛い雀ちゃんかも。お歌が上手なカナリアかもしれないわ。あるいは愛情深~いカラスさんとか」

「嘘つけっ! 僕は……ぞっ!」

 身体を反転させて、回し蹴りを繰り出す。空中に作った蜘蛛の足場を利用した不意討ちは、対洋平やリリカの為にとっておいた隠し技だ。だが、それも心を見透かすエリザには通用せず、彼女は再び音もなく僕から距離を取る。

「今……た! 逃がすか!」

「あはっ、捕まえてごらんなさい! ああ! ここがライ麦畑だったらよかったのに! でも捕まえたいのは私の方なのよねぇ……」

「訳のわからんことを……!」

 森だろうが茶畑だろうが僕がやることは変わらない。飛んで逃げるエリザに蜘蛛糸を駆使し追いすがる。

 とにかく短期決戦だ。最初に対峙した時よりも、精神にかかる負荷は少ない。使う能力が、アモル・アラーネオーススの力でも格段に燃費がいいのも幸いした。後は……。

「考えたわね。予め自分の中に能力をセットしておく。その防壁の数は百八枚。自身に課した命令は、完全な初期化と再起動。つまり、貴方は今、一秒間に入眠と覚醒を繰り返しているのね」

 エリザの命令、攻撃停止。

 が、僕の身体はそこで自動的に意識を眠りに落とす。

 再びの命令。その場で回転せよ。これは無効果。続けて僕の意識が覚醒し、一瞬の目眩に対して、全力で身体を動かせと直感する。

 動き、眠り、起きて、動く。このサイクルのうち、入眠と覚醒を全自動で行えるよう、ひたすら自分に時間差で能力をかけているのが、今の僕だ。

 確かに、通常よりは動きは鈍るだろう。だが……。

「私の操りに思考を割くよりはずっといいって訳ね。加えて介入する暇を与えず、不安定な意識は能力たる超直感でカバー。以降貴方は同じ命令を単純に自分へ繰り返し、防壁を修復しつつ、私に肉弾戦を仕掛るのに集中できる……と」

「そう、名付けて〝夢遊病作戦〟インファイトに持ち込めば、君の精神支配は格段に鈍る。今まで誰も君に触れることすらできなかった筈なんだ。けど、急に全力で近づける奴が現れたら?」

 多分だが、そういう敵との戦い方に、エリザは慣れていない。身体は鍛えているのだろう。ある程度接近戦の心得だってある。だが……。

 スピードを上げる。急加速にエリザが目を見開いた時には、僕は既に鉤爪を振り下ろしていた。

 やはりだ。精神支配の能力は強烈。怪物として、身体能力も高い。だけれど……。

 ルイや大輔叔父さん。汐里に洋平の顔が浮かぶ。

 ボクシングや逮捕術。深い知略を駆使した戦闘スタイルに、恐らく軍用の格闘技。皆の達人級な動きや速さに比べれば、エリザのそれはワンテンポ遅い。すなわち……。

「今の僕なら……届く!」

 肉を引き裂く音がして、エリザの身体が空中でぐらりとよろめく。

 鉤爪が鮮血で染まっていた。手応えありだ。

 サファイアの瞳が揺らめき、彼女の白い手が切り裂かれた己の頬に触れる。じわりと滴る血を感じたであろう彼女は、そこで僕と目を合わせ……ニタリと。唇を三日月に歪めた。

「最っ高……! 最高だわ、レイ……!」

 恍惚した表情のまま、彼女は僕を指差す。パチンと指を鳴らしながら、彼女は早口で、まくし立てるように囁いた。

「私のものになって。私と一緒にきて。触って! キスして! 抱き締めて! 滅茶苦茶にしてくれたっていい! 愛して愛されて、ドロドロになるくらい蕩け合いたいの! ねぇ抱いて! セックスしましょ! 天国みせてあげるから!」

 立て続けに来る命令が、僕の脳に来る。が、無駄だ。一瞬でごっそり防壁が持ってかれたが、僕の修復の方が早い。

 僕はひたすら、頭で決めた対エリザ用の能力発動キーワードを二つ。交互に呟き続ければいいのだ。


『今起きた!』

『僕は寝るぞ!』


 仮にそれ自体をエリザが忘れさせても、一秒後に僕の身体は予めセットされた時限式の操り能力で初期化して、そこで再び僕は能力による壁張りをせっせと繰り返す。もはや自己暗示か自己催眠に近い方法だが……。

「私だけ見て!」

「了解……あ、僕は寝るぞ!」

「私の事だけ考えて!」

「今起きた! 断る死ねぇ!」

「大好きって言って!」

「僕は寝るぞ!」

「っ……もぅ! 貴方めんどくさいっ!」

「今起きた! 君には負けるさ!」

 エリザの顔に、ここにきて初めて焦燥が僅かに滲む。

 75点なんて評してくれたが、実際に対峙してみたら、結構厄介だった。そんなところか。

 追撃の鉤爪が彼女の腕を切り裂く。反撃に繰り出された鳥のキックは上体を後ろに反らしてかわし、そこから戻る反動でハイキックを繰り出す。が、そこには既にエリザは姿はなかった。

「それ、ムエタイの技かしら? どうやって……ああ。成る程」

「勝手に人の過去覗くなよ! 僕は寝るぞ!」

 鉤爪以外の攻撃は、全て予測されるのか、避けられてしまう。こればかりは練度の問題だろう。所詮DVDを見ただけの付け焼き刃だ。

 空へ更に上昇するエリザ。僕は蜘蛛だから木の上より高いところへは到達出来ない。そう踏んだのだろう。そこで僕の能力が枯渇するまでやり過ごす。彼女が考えたのはそんな所か。

「私達。この一夜で随分とお互いのことを知ったと思うの。これはもう結婚して夫婦になるべきじゃない?」

「ははっ、今起きた! 何て言ったの?」

「……それ、そのキーワード。私への嫌がらせも含んでるのね」

「お見通しか。まぁ、そうだよ。だって僕は……君が嫌いだからね」

 空に逃げても方法はある。鉤爪の標準をエリザに合わせ、一気に糸を噴射。

 桐原が使っていた、糸の超高速射出。ライフルの一撃に等しいそれを、エリザは両手をクロスさせ、己の肉体で受け止めた。

「っ……ぐ……! もうやめてあなた! 痛いの! そんなに出したら、エリザ……!」

「僕は寝るぞ!」

「わーお。酷い旦那様だわぁ……じゃあ夫婦の語らいの続きは、ベッドで……ね」

 よよよ……。と、泣き真似をしながら、エリザはその場から急降下。ここは部が悪いと判断したのか、早々に持久戦を諦めて森の中へと姿を消してしまった。

「…………っ、今起きた。絶対に逃がさないよ」

 僕もまた、それを再び追いかける。

 今のところ、押してはいる。が……。彼女からの精神干渉は、無意味と判明した今も続けられていた。

 まるで僕の作戦の粗を探るかのように。

「…………僕は寝るぞ。今起きた」

 うなじのざわめきは、どんどん強くなっていた。多分だが……エリザは今。対策を考えている。いや。あるいはもう……。

 森に入る直前に、僕に向けた彼女の視線を思い出す。

 茶目っ気を見せたつもりらしい態度と泣き真似の為に手で覆ったサファイアの瞳。指の間から覗くそれは……。獲物を見つけた猛禽類のそれだった。


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