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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ三 強襲する悪夢
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56.絶望への猶予

 身体が一気に強張った。

 ざわめきや痛みを通り越し、麻痺し始めたうなじはもう気にしない。何が来る。羽? 形状からして鳥だろうか? 心と鳥が関係あるか? と一瞬考えもしたが、カオナシ達や洞窟内で遭遇した黒タールを思い出して、僕は考察を放棄した。

「レイ、行くわよ? 多分長くは遊べないわ」

「……どこまでも見下してくれるね」

 僕がそう言って唇を噛めば、リカは静かに目を伏せて。

「当然よ。だって私……とっても強いもの」

 音もなく、リカがフワリと宙を舞い……途端――、その姿は消失した。

「は……? ――っ!!」

 呆けたのは一瞬。直後、僕の身体に危険信号が走る。

 身体硬直。

 思考中断。

 完全睡眠。

 能力停止。

 視界遮断。

 すぐに超直感を冴え渡らせる。立て続けに来た五つの命令に対する反転を、連続で身体所有の剥奪に取り入れた。だが、それをこなしきった瞬間に五感全てを剥奪する追加命令が下り、僕の精神は完全にそれの対処に費やされる。

 その時だ。

 第六感とでも言うべきか。枷による拘束がない状態で短時間に極限まで能力を研ぎ澄ました結果。僕の頭に予言めいた宣告が降りてきた。

 背後。気配を完全に絶った、回避不能の攻撃が来る。

「う……おぉ……!」

 わかっていてもどうにもならないものとは存在するものだ。今のリカが、まさしくそれだった。

 目が、音もなく此方へ迫るリカを捉える。だが、それだけ。身体が動かない。命令に抗い、身体を動かす意志が完全に混線を起こしている弊害だ。

 先手を取られた。せめて致命傷は……。

 そう判断し、何とか衝撃に備えて身体を防御の姿勢に持って行こうとした瞬間。リカの顔が目に入った。

 僕は心が読める訳ではない。

 けれども、何故かその時は、リカの気持ちが手に取るようにわかった。それは、死の刹那に全てがスローモーションに見える現象に似て。ありもしない。だが、確かな声が耳に届いた。

「――凄いわね。この姿の私に、反応されるとは思わなかった」

 末恐ろしくて。楽しみ。

 リカはまるで恋する少女のように笑いながら、その異形の姿を僕に見せつけるようにして迫ってくる。

 美しく艶かしい女の上半身。だが、背に広がる褐色の両翼が、彼女の異質さを物語る。何より――その脚だ。

 チュニックワンピースのスカートから覗く下半身は、さっきまでそこにあった、柔らかい女のものではなく、巨大な猛禽類のそれだった。

 大気に震える尾羽は、背中の翼と同じ褐色。発達した筋肉を感じさせる太腿から足首までは、羽毛に覆われている。その先は……。鉤爪が付いた、鱗状の肌を有す、鳥足だ。

 ギリシャ神話に登場する、半人半鳥の怪物、ハルピュイアを思わせる姿。

「あ……」

 攻撃手段を先読みする。あの爪は、僕を切り裂くものではない。恐らく……。

「伏せろ! レイ君!」

 上半身か下半身を諦めようとしたところで、背後から鋭い声がする。ほんの僅かだけリカが息を飲んだ気配がした時、身体を覆い尽くしていた重圧が消えさって。

 直後、視界を白が支配した。

「……布団」

「が、吹っ飛んだ。ってね。すまないレイ君、半分よろしく!」

 空を覆い尽くさんばかりに広がっているのは、ありふれた布団。よく見ればそれは蜘蛛糸で吊るされていて。僕らを丁度守る盾になっていた。それを呆けたまま見ていると、僕の身体にいくつかの重みが乗っかってくる。

 怪物、叔父さん、ムロイにネギシ、サトウだった。

 そして、もう半分。リリカや洋平。強襲部隊四人を糸でぐるぐる巻きにしているのは……。

 月光を反射する、金色にも銀色にも見える髪。雪のように白い肌が、その美しさを引き立てていた。見るからに、この世のものとは思えない、整いすぎた容姿は、見る人によっては天使と喩えるかもしれない。それほどまでに、目の前にいる男は、異質な存在感を放っていた。

「久しぶり……でもないか。レイ君、助けに来た。早速だけど……逃げるよ!」

 僕の友人にして、お義父さん。明星ルイが、懐かしいアルカイックスマイルを浮かべながらそこに佇んでいた。


 ※


 香山リカは滞空したまま、小さく舌打ちした。

 決着がつく筈だったというのに、最悪のタイミングで横槍が入った。よりにもよって、〝多少厄介〟な明星ルイと唐沢汐里が。

 身体の持ち主たる汐里が深手を負い、気絶していたので変なイソギンチャク顔だけを無力化し、後は放っておいたのだが。どうやら間の悪い事にレイと戦闘をしている時に目を覚ましたらしい。

 あの時はレイを屈服させる為。彼をよく知るために、能力を全てレイに向けていた。お陰で、彼が躍り出てきた瞬間に、リカは思わず後退してしまい。結果、布団が空中に張られている。

 リカの精神干渉の力は、複雑故に視界が及ぶ範囲でなければ効果は上手く発揮されない。

 最も、一度完全に掌握さえしてしまえば、なかなか解除出来ぬ上に、遠くからでも操ることが出来るのではあるけれど。今回は、相手が悪かった。

「……うーん。遭う人みんなに最強最強言われてたけど……。これはそろそろ廃業かしら? 旦那様いるし。……うん。次からは最強夫婦を目指しましょう」

 邪魔が入ったとはいえ、リカはすぐに切り替えて、余裕綽々の態度に戻る。レイとルイは既に遠くへ移動していた。といっても、これは大して問題ではない。追跡は目を閉じたままでも出来る位に、容易なものだからだ。

 ルイが増えたくらいではどうとでも出来る自信があった。何よりも……。彼女が今、敢えて何もせずに佇んでいるのには、理由がある。

 精神観測に関しては、視界が隠されようとも把握できる上、範囲も広い。だからルイの思考を読んだ彼女は、今は何もしないであげることを選んでいた。

「…………ルイ。貴方、覚悟が出来たのね」

 重い決断……ではなかっただろう。それは、元々決定していた結末。だが、ある女の執念が、それを繋ぎ止めていた。

 彼と共にあるために。

 だが、それでも……限界というものは訪れる。謀らずも、リカが介入し、汐里の中のルイを完全に目覚めさせた事が、それを早めた。

 故に(ルイ)は……もう止まらないし、止まれない。

 リカは最強である。だが、無粋でもないつもりだ。

 〝旦那様〟が友人を見送る大切な時間を邪魔する気はない。

「……夫の涙を受け止めるのも、妻の役目よね!」

 ウキウキしながら、リカは音もなく飛翔する。つかず離れずを保ちながら。レイが再び一人になるその時まで。


 ※


「……ありがとう。正直、ダメかと思った」

「いいよ。あれは存在が反則だ。これくらいならば……ね」

 うなじは未だにざわつくが、さっきほどではない。きっとリカは追って来ようと思えば追えるのだろうが、それをしない。理由はわからないが、そうしてくれるならば、今は仮初めの安寧に身を委ねよう。

 予感はするのだ。来るときは来る。ならば、それまでに身の振り方を考える必要がある。

「…………どうしよう」

 頭を抱えるより他にない。

 叔父さんの当初の目的であった蜂の全滅。あるいは無力化は、エディをはじめとした多くの犠牲にて、辛うじて叶っている。

 けれども、ここに来て強襲部隊といった存在や、リカという強大な存在まで現れた。更にエディのつがいだった女の子の暴走まで。

 正直、胃が痛くなるような状況だった。

 今は確かに逃げられる。

 けど……問題は山積みで残ってしまう。

 リカはすぐに追い付くだろう。

 強襲部隊にも、僕の存在は知られている。なら、叔父さんもヤバイかもしれない。

 この件に関わらなければよかった? いや。確信がある。あのリカが暗躍していたのだとしたら、僕はどうあっても引きずり出されていただろう。最悪、叔父さんが死んでしまっていたかもしれない。

 つまり……リカと強襲部隊を何とかしなければ、僕はもう、日常に帰ることは出来ないし、大切な人達を守れない。

「…………レイ君。方法は、いくつかある」

「……え?」

 思わず顔を上げれば、ルイが神妙な顔で此方を見ていた。

「正直、リカがこんなに君に執着するとは思わなかった。目的を僕は知らなかったからね。案外俗っぽい事を考えてたなんて、完全に予想外だ」

 血色の瞳を伏せながら、ルイは小さくため息をついた。

「だから、何よりもリカを最優先で何とかする。彼女さえ落とせれば、強襲部隊はもう来たら迎え打つか、逃げればいい。大輔叔父さんは……。後で話し合うなりがいいかな」

 確かに、リカを見た後なら、大抵の厄介ごとはどうとでもなる気はする。とんでもない話ではあるけれど。叔父さんについては、取り敢えず一緒に逃げてから相談だ。でも……

「ただ、肝心の彼女に勝てる気がしない。対策も何も……心が読まれるんじゃ……」

「……そう、なんだよね。僕とレイ君が同時に躍りかかったとしても、難しい」

「正面からじゃどうにも。僕は抵抗できても、ルイが操られちゃあ………………ん?」

 その時だ。僕の頭に、電流が走った。

「ねぇ、ルイ。今は汐里と自由に入れ替われるばかりか。汐里の中から多少の状況は把握できるんだよね? 汐里の方も」

「……うん、そうだね」

「強制的に入れ替わるのは?」

「出来る」

 その答えは、僕に一筋の希望を見出だした。その理屈でいけば、もしかしたら……!

「……っ! いけるかも! ルイ、僕らで……」

「レイ君。考えたことは大体わかったよ。けど……とても残念だけど、それは無理なんだ」

 ルイは肩を竦めながら、僕を諭すように首を横に振った。

「ど、どうしてさ? だって……」

「確かにそれならリカを倒しうる。彼女にとって厄介なのが二人になるわけだからね。けど……単純な話さ。それをやることは出来ない。だって……」

 ルイは静かに手を握り開く。そして小さく、「とうとう限界が来たんだ」と、呟いた。

「単純に、リカの前では長持ちせずに僕がやられて、君と彼女のタイマンに逆戻りなんだ」

 落ち着いて聞いて。そうルイが呟いた時。僕は猛烈に嫌な予感がした。そして……。

「レイ君。僕はね。多分もう次こそ長くない。そして……事と場合によってはもしかしたら、汐里の身体も」

 現実は、更に非情だった。

「……そん、な……」

 頭を、ハンマーで殴られた気分になる。

 突きつけられたものあまりにも重く。だが……この身体になった当初は、確かに約束されていた、いつか訪れる結末だった。

「レイ君。今から選択肢を提案する。……最終的には苦しい決断になるだろう。けど……君は決めねばならない」

 唐突に、僕が怪物になった夜を思い出した。あの時も、こんな感じで僕に道が示されて。僕は、沢山の犠牲を払いながらも……選んだ。だとしたら……。次は何を……。

「僕は、君とこの娘に生きて欲しい。捨て石にだってなれる。だから……一緒に考えよう。生き残る為の戦略を」

 ルイの言葉が、胸に突き刺さる。その戦略中に、彼が入らないことを僕は悟ってしまった。

 身体が震え出す。リカと対峙した時は、ただ死に物狂いだった。けど今は言える。明確に、彼女が怖いと。だけど……。

「わかっ、た……!」

 それでも僕は、立ち止まることは許されないのだ。



 

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