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名前のない怪物  作者: 黒木京也
続章ノ三 強襲する悪夢
167/221

49.籠城と強襲

「さっそくで悪いが、服を作ってくれないか。寒くて死にそうだ」

 パンツ一丁のまま切実な表情で懇願する叔父さんに、僕は苦笑い気味で頷いた。

 季節は十月。叔父さんがいくら筋肉質だからって、限度というものがあるだろう。僕らみたいな怪物と違い、叔父さんは人間なのだ。寒さで死ぬとこは全く想像できないけども。

 ふい、と手を振るう。銀色は空を舞い、固さ柔らかさを調節しながら、叔父さんの身体にフィットする服を作れば、そこには、いつかのような青いツナギ姿を身に纏った叔父さんがいた。

「あ、スーツの方がよかった? ダメになっちゃったし」

「いんや、暖が取れて、動きやすいなら問題ない。懐かしいな」

 苦笑い気味に叔父さんが裾を引っ張る。

 実はここに来て早々にエディにノックアウトされたおかげで、叔父さんと共闘したのは、後にも先にもあの時の一回だけ。

 だからだろうか。どうしても、戦っている叔父さんというイメージを浮かべると、丸腰パンツ一丁で肉弾戦をしているか、ショットガンを肩にツナギ姿で戦地に乱入してくる情景が先行してしまうのだ。

「レイ、こっちはOKよ」

 後ろを振り向くと、リリカが首の骨を鳴らしながら、ふぅ。と、ため息をついていた。

 カイナと桜塚さん。熊とポニーテールの男性が、地面に転がされている。それに小さく頷いて、糸を彼等にまぶしていき、拘束は完了した。リリカが毒で麻痺させて、僕が糸で肉団子にする。

 その様子を叔父さんは顔をひきつらせながら眺めていた。一瞬だけ、桜塚さんを悲痛な表情で見る叔父さんは、彼が意識を失っているのをみて、小さく項垂れながら息を吐いた。思うところは、絶対にあるのだろう。だが、次に顔を上げた時、叔父さんの顔は刑事のそれに戻っていた。

「よもや敵を味方につけるとはな」

「味方にってか、隷属って言うか……」

 チラリと怪物の方を見る。彼女は僕の腕にまとわり付くように身体を擦り寄せてきた。今更だけど色々当たるから止めて欲しいが、今はそんなことよりも気になる事があった。過ぎた時間に反して話すべき事が多すぎる。まだ一夜しか明けようとしていないのに、ここに来てから叔父さんと話すのは、随分と久しぶりに思えた。

「ねぇ、叔父さん。あの……汐里は?」

 一緒じゃないの? そう僕が問えば、叔父さんは少しだけ渋い顔になる。

「……そう、だな。何処から話すべきか。一先ずついてきてくれ」

 ポンポンと、居酒屋で人を呼ぶように叔父さんが手を叩く。

「ハイ、ヨロコンデー!」

 と、木の上から現れたのは、オラウータンの顔にイソギンチャクを取り付けたような、奇っ怪な生き物……。

「ムロイ? ……いや、ネギシ?」

 どっちだ? 判別がつかない。

「ネギシデス、ダンナ。御嬢モ。ゴ無事デナニヨリ」

 因みに剛毛なのがネギシで、毛艶がいいのがムロイ。仄かにメントールの香りがするのがサトウらしい。今は亡きタナカは、ジンジャーの香りがしていたとか。よくわからないが、ともかく無事でよかった。

「ヒィ、フウ、ミィ。八名様、ゴ案内~!」

 先導するネギシの背後に叔父さんと僕に促されて怪物がついていき、その後ろにリリカと僕が、ズルズルと人質らを引き摺りながら続く。殿は洋平が務めた。最初はリリカが引き受けようとしたのだが、洋平はやんわりと彼女を押し止めた。彼にとって、やはり優先するのはリリカらしい。

「まずは、状況か。屋敷で待機していた俺達の元に、蜂が襲いかかってきてな。結論から言えば、俺と唐沢はなんとか命拾いした。唐沢は深手を負ったが、死にはしないだろう。今は他のカオナシが介抱している」

 その言葉に、リリカの身体がピクリと反応する。残る狼蜂の群れと、他の幹部達を差し向けた。彼女はそう言っていた。その相手たる叔父さんや汐里が生きていたという事は……。

 静かに、手をいつでも鉤爪に出来るようにしておく。背後で洋平が息を潜める気配がし、うなじが少しだけひりついた。が、リリカは怪物の後頭部を見つめ、唇を噛み締めた。

「挑むだけ無駄ね」そんな呟きが小さく聞こえた。怪物は時おり僕がいるかどうか確認したいのか、ときどきクルリ。クルリと此方を振り返る。懐いた犬を何となく連想した。

「狼の蜂達は、唐沢の策で全滅させた。で、俺と唐沢はそれぞれ一体。蜂の幹部と対峙した。」

「……足利と、鈴芽だわ。それで、どうなったの?」

 震える声でリリカは問う。叔父さんはその意味を悟ったのか、少しだけ声のトーンを落とした。

「俺と小さい子どもは、狼が全滅した時に、ほぼ決着がついたようなものだった。反対側じゃあ、唐沢と、女の蜂がやり合っていたが、どんな様子だったかは知らん。その最中だ。奴らが乱入して来たのは。おかげで……とんでもなく厄介な事が起きてしまった」


 叔父さんはゆっくりと語り始めた。

 苦々しさを押し殺したような、陰鬱な声で。


 ※


「……とんでもねぇな」


 頭上を仰ぎながら、小野大輔は感嘆とも呆れともつかぬ一人言を漏らした。

 夜空には銀色の亀裂が入っていた。汐里がこの屋敷に着いてからせっせと何かをやっていたのは知っていたが、まさかここまで大がかりなものとは誰が想像ができようか。

 拠点すべてを覆い尽くすドーム状の巣は、汐里の腕一振りで立体パズルのように瞬時に組み上がり、外部から中の様子を窺わせない。

 蜂が得意とする高速移動を封じ込め、地上での戦いに無理矢理持ち込ませる、要塞戦術。

 加えてもう一つ。この要塞にはギミックが仕込んである。

 蜂にとってはこれ以上ない、劇的な逆転の切り札が。

 それを思えば、刑事としては汐里を捕縛すべきなのだろうが、彼女にかかれば証拠隠滅などお手のものだろう。もはや今は生き延び、この場で起きつつある異常な事態について、署長に問い詰める方を優先しよう。

 自身が既に一介の刑事から逸脱しつつある事実に大輔は自嘲する。何処か出来の悪いSF映画のキャラクターになったかのようだった。


 ブーン。という羽音がする。余計な思考はそれまでだった。怪物殺しの銃を構えたまま、大輔は目の前の敵を把握する。見た目は十代前半。中学生ぐらいの顔立ちの少年が、門の上に堂々と姿を現した。

「……籠城したなら、固まる。そう思ってたけど、案外バカなの? オッサン」

 先ほど投げたドラム缶を半分に切断したのだろう。簡易な盾を構えたまま、少年は鼻で笑う。敵の幹部の一人。名前は知らないし、知る必要もないだろう。

「玄関から入ってくるとは、お行儀がいいな。真っ正面から撃ち殺されるとは思わなかったのか?」

 怪物殺しの銃を上げながら、大輔は硬い声で言い放つ。一人で来た訳ではない等、百も承知。事実。夜風に紛れてガタガタと、屋敷の周囲で物音がしている。人狼達が、周囲から蜘蛛網を撤去しながら登ってきているのだ。

「……銃持ちはもう、オッサンだけだ。つまりオッサンを押さえれば、後はあの蜘蛛女と、変なオラウータンだけ。あんたは間違えたよ。蜘蛛女にくっついていればよかったんだ」

 目視で確認。狼が五体、塀を伝うようにして此方に来る。裏の方に同じくらいの数が行ったのも見えた。汐里もまた、捕捉されたのだろう。幹部の一人。女の方が行ったか。

 大輔は無表情のまま、開拓者(パイオニア)を握りしめる。盾が邪魔だ。だが、他の狼達は無防備。ならば、狙うは少年より狼だ。片手をズボンのポケットに。取り出したのは……本物の拳銃だった。

「……ふざけてんの? 普通の銃は効かない。二丁に増えたって、数の暴力はどうしようもない」

「大真面目だ。どうした? 来ないのか?」

 挑発する大輔に少年は分かりやすく舌打ちし、見せつけるように手槍を振るう。

「男に興味ないんだよね。どうせならおっぱいのデカいおねーさんがいい。あっちの蜘蛛女はスズ姉が抑えてくれるだろうし。オッサンは……」


 死ねよ。

 シンプルな殺意を放ちながら、少年は蜂の羽を展開し、空を舞う。それが合図とばかりに他の狼達も、一斉に地を蹴ると、唸り声を上げながら大輔の元に殺到する。

 距離を確認。少年はすぐには来ない。動きで分かる。他の狼達がまず群がり、肉の壁もとい銃の的になった瞬間に接近し、大輔を刺し穿つ。そんなところか。制圧の仕方としては充分だが……。今回に至っては。


「ボウズ。そいつは悪手って奴だ」


 獰猛な笑みを浮かべながら、大輔は普通の拳銃を発砲する。何処を狙っているのかも分からない適当な射撃。気でも狂ったか。少年がそう思った瞬間――。〝屋敷全体がざわついた〟

「……は?」

 その場で異変に気づいたのは、少年だけだった。蜂の飛行を妨げる為だけに張られたであろう糸が、不気味に動き出している。

 絡めとる為か。少年はそう思ったのだろう。制止し、盾を構えつつ。糸の襲撃に備える。捕らわれる瞬間に蜂の姿になれば問題ない。だが……。

 〝合図用の銃〟を捨て、大輔は怪物殺しの標準を一体の狼へ。確実に一つ。更に同時に行われる攻撃にて、殆どの狼は死亡するだろう。

 怪物殺しの毒を持つ蜂は、普通の怪物種より弱点に対する拒絶が顕著だ。事実、オリーブの木々で回りをぐるりと囲まれていた分校に蜂達は入れなかった。運び込まれた感染者は能力が使用できず、やむ無く中から木を燃やすという暴挙に出た。

 それほどに、蜂はオリーブオイルによる攻撃は致命的なのである。ならば……。

 ほんの少しオリーブオイルを塗布した銃弾でさえ、蜂にとっては死を招く銀弾になりうることは疑いようもない。すなわち……。

「やば――」

 撤退を命じようにも、もう遅い。

 合図の発砲から、屋敷中の糸を裏にいた汐里が操作し、一斉に展開したのは、のべ五十丁は越える拳銃の群れ。蜘蛛糸により屋根や壁。空中に配置されたそれは、四方八方屋敷の外へと銃口が向けられている。

 かつて彼女が蜘蛛を根絶やしにすべく集めた、横流しの銃。それらが再び牙を剥く。

 文字通り、大輔が所定の位置から動かなければ巻き込まれない、急造した対怪物用仮設要塞による、一度限りの一斉掃射。それは蜂達からすれば、まさに死の雨と呼ぶに相応しかった。

「逃げ――っ!」

 全体は助けられぬと判断したのか、少年は素早く盾を構える。

 直後。夜空を引き裂くような爆発的な炸裂音が連続して響き。同時に無念と苦痛による断末魔がいくつも上げられた。

 嵐のような暴力は即座に静寂を招き。その中で再び何発かの銃声が鳴る。

「……」

 改めて唐沢汐里の驚異を再認識しながら、大輔は血と硝煙の臭いが漂う世界で嘆息する。

 狼は、大輔が見える範囲で全滅していた。

 無事なのは……。


「う……あ……!」


 ひしゃげ、ほぼ使い物にならなくなった盾を未だに抱き締めたまま、少年は虚ろな眼差しを大輔に向ける。外傷はない。だが、……。


「このアマァアア!」


 屋敷裏から、ヒステリックな女の叫びが轟く。向こうの幹部も仕留めきれなかったらしいが、あの様子だと、他の狼も戦闘不能だろう。大輔は冷静に一対一。プラスアルファと状況を分析し、気を引き締める。

 少年は動けない。これほどの銃撃と、死の予感に晒された事がなかったのだろう。アヒアヒと、怯えた表情のまま、その場に座り込んでいた。

 隙だらけ。ならば、制圧出来るだろうか。怪物にされた宮村についても、聞けることがあるかもしれない。絶望的だが、元に戻す方法も。

 殺すも捕らえるも怪物側からすれば同じと知りながら、大輔は開拓者(パイオニア)収穫者(リーパー)。麻酔銃に換装しながら、静かに歩み寄ろうとし……。


直後、「ギャギュギャギュギリィ!」というつんざくような奇声が耳に入り、ぎょっとして身構えた。

 何が……?

 そう思った瞬間。屋敷の屋根に向けて、巨大な黒い塊が、隕石のように飛来した。

 雷をならしたかのような激しい地鳴りが響き、そこで大輔は初めて、何かが天井を無理矢理突破し、屋敷の中に入り込んだ事を悟った。

「……っ!」

 中には遊撃を命じられていたカオナシのサトウと、それが守る幼女蜘蛛。そして一般人たる森島美智子がいる。新手の襲撃でまともに戦えるのはカオナシだけ。前の蜂と、後ろの何か。大輔は素早く行動を決定する。

「――少し、寝てろ!」

 麻酔銃を発射。少年を昏倒させながら、素早く再び収穫者(リーパー)抹殺者(ニゲイター)に切り替える。コートの内ポケットに忍ばせた予備武装のサバイバルナイフの柄を指でなぞりながら、大輔は屋敷の中へと入ろうとして……。


「そこで止まりたまえ。Mr.小野だな? 身体に風穴を空けたくなければ止まってくれ」


 背後からした、よく通る男の声に脚を止めた。

 強張る身体。誰だ。一瞬考えた大輔は、少し前に署長から掛かってきた電話を思い出す。

 この場で乱入してきうるのは……。


「武器を捨てろ。コートと……一応上着もだ。そのまま頭に手を当てて、ゆっくり此方を見るんだ」


 屋敷の中へ隠れる? 微妙に距離があり間に合わない。ならばここは……。

 素直に銃を捨てる。コートを脱ぐ際に然り気無く、相手から見えぬように両肩の蜘蛛を指で押し潰した。

 蜂の幹部は撃破。

 強襲部隊襲撃。


 今大輔が出来そうなのは、これくらいだった。

 署長が言うには、情報を引き継げとのこと。ならば一応自分の安全はグレーながら保証されている。

 後は汐里が上手く逃げて、レイと合流するのを願う。

 自分が人質にされても、汐里ならば無関係を通すだろう。当初の予定通り、たまたまな共闘を主張することにして、大輔は相手の指示に従う。 

 ネクタイにワイシャツ、ズボンのみとなった大輔は頭に手を当て、ゆっくりと振り向いた。

「噂に違わぬ剛の者らしい。方法はどうあれ、まさか蜂を制圧していたとはね。Mr.松井の言葉は正しかったという訳か」

 優秀だな。君は。

 そんな惜しみ無い賞賛を受けながら、大輔は思わず眉を潜めた。

 そこにいたのは、三十代前半。あるいは二十代後半と思われる男だった。

 スラリと背が高い。が、決して痩せている訳ではない。白いスーツの上からでも分かる鍛え上げられた肉体。肌は白く、髪はプラチナブロンドで、確りと上品にセットされている。目は……暗がりだが、恐らく黒ではあるまい。顔立ちからして日本人には見えなかった。

 そんな男が月明かりの元で、大輔が持つもの同じ、開拓者(パイオニア)を構え、冷笑を浮かべていた。


「初めましてになるかな。私は強襲部隊、第一部隊の統率者を勤めさせて頂く……。ジョン・杉山だ。以後、お見知り置きを」


 綺麗なウインクをしながら、ジョンは銃を持たぬ方でこめかみと神経質そうに叩く。

 それを合図としたかのように、その広い背中に隠されていたのだろう。静かに。長身の女性が現れた。

 ジョンとは対照的なパンツルックの黒いスーツ姿。艶やかな黒髪のロングヘアはよく見れば一房だけ肩の辺りで結ばれている。

 純和風の空気が漂う美人。その切れ長の瞳は氷のように冷ややかな眼差しを持ち、大輔を射ぬいていた。

 一体何人いやがる。そんな悪態を飲み込みながら、大輔はただ向こうの動向を見守るより他にない。


「こちらは、私の副官、Miss竜崎だ。他に先程突撃したMiss如月を筆頭に、後方には更に二人、私の部下が控えている。つまるところ、君には逃げ場はないという訳だ。――それを踏まえた上で聞きたいのだが……」


 冷笑を消し、能面のような表情になりながら、ジョンは低い声で問い掛けた。


「アモル・アラーネオースス。遠坂黎真と、そのつがいは何処だ?」

 


  



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