48.安堵の再会
「ここに来ているのは、カイナを入れた、怪物が六体。人間が三人。うち、人間一人と怪物四体が森島の屋敷へ。探知に長けた俺とカイナ。もう一人と怪物は森の中にて、お前たちの待ち伏せを行った」
「……森島にそんなに人を仕向けたのは?」
「中継拠点にするためだ。先月辺りより、この土地に蜂が巣を構え始めたらしいことは、既に強襲部隊の中では確定した情報であり、近々駆除が行われる予定だった。未確認であった、犬の怪物が現れるまでは」
「……エディか」
「名前などどうでもいい。犬が……後に調べてみれば家庭犬と狼だったが、それらが活発に動き回っていた。蜂のキャリアが人以外に及ぶものとは、当時は知られておらず、俺達は蜂と犬の縄張り争い。あるいは共存が起きた可能性も考え、先遣隊として小野大輔率いる第一探査組織、地球外生命体対策課を動かした」
「……貴方が強襲部隊にもかかわらず、叔父さんの部下になっていたのは?」
「監視のためだ。小野大輔。及び雪代弥生には、地球外生命体……アモル・アラーネオーススを秘匿している嫌疑がかけられていた。過去に何度か彼らが解決した地球外生命体との争いにおいて、その影……標的仮称コードR、Y、S。三体の姿は見られず、常に行動を共にしている訳ではないと判断。協議の結果、対策課では対処不能と思われる案件に関わらせ、無理矢理Rを引きずり出す案が採用された」
「Rは僕かな。引きずり出すって?」
「小野大輔が死亡。及び連絡が途絶えれば、君は動き出すだろう。それが、松井氏の推測だった。まさか最初からついてきてくれていたのは予想外すぎたが、これにより予定を繰り上げ、蜂……ウェネーヌム・ソリタリウス。名称不明の犬の怪物。そしてアモル・アラーネオーススの駆除。可能ならば捕縛を遂行できるようになった」
「……洋平が言っていた通り、最初から漁夫の利を狙っていたと。……今回の騒動は、強襲部隊が最初から仕組んでいたんだね。強襲部隊の長は、松井さん?」
「松井氏は、上司であり、実際に俺達を動かしてはいる。だが、最終的な最高権を持つ存在は、俺達には分からない。元はただの警察の鑑識だった氏が、ここまでの権力をいきなり持つのは、普通に考えれば不可能だ」
「でも、現実にそれは起きている……と。心当たりだけでもないかい? あと、松井さんは今どこにいる?」
「松井氏は……この地に来ている。もう一つ、実験したいものがあるという。その材料や資材を持った移動研究車両は、『大神村公民館』に運び込まれた。『プロジェクトBA』そう呼んでいた。詳細は俺も知らん。そして……松井氏の後ろには……」
「香山リカ。そう名乗る地球外生命体がいる」
何処と無く、畏怖を含んだ声色で、桜塚さんはそう言った。直後、何度目かのタイムリミットを告げる、バキンという音が僕の中で響き渡った。
※
「レイ、おかえり」
「あら、終わったのね」
能力による尋問を終え、気絶した桜塚さんを引きずりながら僕が戻ると、木陰にて休んでいた怪物の笑顔が花開く。膝上に乗せていたリリカをポイと横へ投げ捨て、嬉しそうに抱きついてきた彼女を受け止めると、胸の辺りにぐりぐりと頭を擦り付け始めた。
一方、地面に顔面から打ち付けられたリリカは、「ひゃぶっ!?」という声をあげながら、そのまま突っ伏して、フルフル震えている。やけにフリフリな可愛らしい服を着ているのは、怪物に着せ替えさせられた結果だろう。更にその横では、全裸の洋平が岩に真顔で腰かけていた。
「……服を俺にもくれないか」
「……リクエストはあるかい?」
適当でいい。と言ったので、一番イメージしやすい叔父さんのスーツ姿にする。浅黒い強面の男がそれを着ると、どうにも威圧感が増し増しになるのだが、リリカは「わぁ……」と、目を輝かせているので、問題ないだろう。
「回復……出来たんだね」
「全快とまではいかんがね。君が首尾よく蛇女と人間を確保出来たお陰だな」
よく見ると、地面にぐったりと横たわるカイナの姿があった。
肩や脚、お腹など所々の肉が容赦なく抉られ、ジクジクとゆっくり再生している辺り、まだ息はあるらしい。
僕が桜塚さんの血を取り込み、その後怪物が僕の血を摂取。これにより僕らは回復した。蜂になった怪物ならカイナを食べても回復できるとは思うのだが、怪物はそれを頑なに拒み、結局、リリカと洋平が回復の為にカイナの肉を貪った。
歪んだ食物連鎖だとつくづく思う。
「蜜があれば、命も安泰で、回復量も素晴らしいんだが……女王が嫌がってな」
「……蜜って何処から出るの?」
「リリカは指先から出していたな。手や足の」
椅子にふんぞり返り、配下に施しをするリリカを想像し、僕は苦笑いする。確かにそれは怪物がやりたがらない訳だ。……僕だってやって欲しくない。
「蜜は一応身体の何処からでも出せるわ。まぁそれはさておき、皆大体回復できたのは収穫ね。これで大分動きやすくなったんじゃない?」
「そうだね。ともかく、急ごう」
叔父さんや汐里ならきっと上手く逃げてくれてる。今はそう信じるしかなかった。
桜塚さんをカイナの隣に横たえる。倒れ伏した桜塚さんを見たカイナは、何とかしてその身体を庇おうと身をよじる。だが、削り取られた体力と、逃亡防止にリリカに打ち込まれた毒針により、彼女は完全に弱り果てていた。
「……殺すのか?」
「後顧の憂いを断つ意味ではそうしたいですが……一応無力化して連れていきます。保険です」
「人質という奴か。奴等に効くかどうかはわからんが……まぁ、盾には出来るか」
本当に容赦がないなぁと笑う洋平に答えぬまま、僕はカイナに歩み寄る。
「悪いけど、一時的に奴隷になって貰うよ」
「……っ、用が済んだら殺すんでしょう?」
「ちゃんと働いてくれたら、そのまま解放してあげる」
そう告げると、カイナはまるで信用しないとでも言うかのように目を伏せた。
「身体を操っておいて、ちゃんと働いたら? 酷い言い方ですぅ。……言っておきますけど、カイナは戦力にはなりませんよ。ご主人様はともかく、怪物の面々は皆、逆らえないようになっているんです。元々カイナ達の命は、上の奴等が握っているんですから」
「誰かを人質にとか、そういう話じゃないの?」
僕がそんな疑問を口にすると、カイナは薄ら笑いを浮かべながら「違いますぅ」と、吐き捨てる。
「カイナ達の身体には、特殊な爆弾とナノマシンサイズの発信器が取り付けられてるの。だから強襲部隊に所属したら最後。組織からは逃げられないし、不要と判断されたら殺処分されちゃうんです」
告げられた真実に僕が絶句していると、カイナはようやく、桜塚さんの上にたどり着く。そのまま彼の心臓を庇うように身体を重ねながら、未だに此方からは目をそらさぬまま、気丈に僕を下から睨み付けた。
「わかりますかぁ? 貴方の手に落ちたと向こうに判断されたら、カイナはすぐに殺されるか、無力化される。それどころか、連れてるだけで、自分の居場所を露呈させることになりますよぉ?」
「それを言ったら、君達を連れていくメリットがないと僕が判断するだろう。結果……この場で殺すべきってなっちゃうんだけど」
少しだけ声が低くなっている。するとカイナは、そんな僕を見透かしたように舌を出した。
「はい。だから、交渉しているんです。カイナは、どうなっても構わないの。喋れる事ならペラペラ喋っちゃうし、何でもします。だから……ご主人様をここに置いていってください。危ないとこに連れていかないで」
「……それは――っ!?」
論外だ。そう告げようとした瞬間、僕は弾かれるように腕を振るい、カイナと桜塚さんを再拘束する。
泡立つような寒気にも似たうなじの違和感。直感的に、何かが近づいているのが肌を通して感じられた。
「――そこ!」
振り向きざまに糸を放つ。背後の茂みから、枝葉を踏み折るような音が断続して響き……。
直後。ウォー! という雄叫びを上げながら、黒い毛むくじゃらの巨躯が躍り出た。
熊だ。
「――っ」
「新手か!」
僕が怪物。洋平がリリカを抱えて飛び上がると、現れた熊はカイナと桜塚さんを守るようにその場へ立ちふさがる。
大きい。普通の熊より、一回りも二回りも。だが、何よりも目を引くのは、まずは目だ。闇夜に煌々と輝く瞳は、炎のように赤い。
それが僕、怪物、リリカ、洋平と順番に向けられていた。
「宗像、さん」
カイナが弱々しい声でそう呟くと、熊は静かに後足を使い、器用に蜘蛛糸の拘束に爪を立てる。今解放されても二人とも動けないだろうが、それを許す訳にはいくまい。着地と同時に熊に攻撃を仕掛けんとして……僕は咄嗟に急停止した。
「リリカ、洋平! 木の後ろに隠れて!」
戻り、怪物を捕まえて素早く身を隠す。リリカは訳が分からずに目を白黒させていたが、僕の超直感を知る洋平は、即座に彼女の手を引き、僕らのすぐ近くの位置にある木陰に回り込んだ。
銃声が響いたのは、それからすぐ。まさに間一髪だった。
「あー、くそ。俺は射撃得意じゃねーっつのに」
スーツ姿に金髪のポニーテールという出で立ちの、柄の悪そうな男が、熊が現れた茂みから悪態をつきながら現れた。手には開拓者を構え、周りを見渡すようにしてため息をついた。
「悪いなカイナちゃん。信号弾が打ち上げられた場所からは随分と離れていたから、見つけるのに手間取った」
男はそう言って、銃口の標準を此方へ向ける。威圧するような眼光は、数多の修羅場を潜り抜けてきた事を実感させるだけの迫力を発していた。
「……明美ちゃん。あの一帯に突撃よろ。隠れ場所から引きずり出して」
僕らが動かないことを察したのか、男は熊に素早く指示を出す。身を震わせる熊は、今まさに全身に力を込めて、僕らがいる方に身体を向ける。此方に思考を巡らせる暇を与えない気らしい。
リリカと洋平の方を見る。二人はこちらを向いたまま、静かに頷いた。こちらも速攻だ。三人がかりでまずはあの男を……。
そう思った次の瞬間、男に向かって、何かが投げ込まれた。
飛来するそれはパタパタと風に靡きながらも、重石が入れられているらしく、男が横っ飛びにそれを避けると、ゴスン。と鈍い音を立てる。地面に落ちたそれは。
スーツのズボンだった。
誰もがそれに目を奪われていた。生まれた虚は、その場にいた全員の動きを止め、次の瞬間……。
「らぁああああ!」
雄叫びを上げながら、男のそばの茂みから、パンツ一丁の益荒男が、疾風のごとく乱入した。
「は、え? ぎぼっ!?」
開拓者を構えていた男は、ワンテンポ遅れて襲撃者に銃口を向けようとする。が、それよりも早く、突撃してきたパンツ男は強烈なボディーブロー。からの流れるような手刀で男の手首を強打し、開拓者を地面に叩き落とす。
パンツ男の攻勢は止まらない。素早く身を屈め、よろめく男に足払いし、青天井を味わせるや、回転しながら後ろに飛ぶようにして立ち上がる。目にも留まらぬ早業の後、その手には奪い取った開拓者が握られていた。
「ウ、ォ……!」
一番驚いていたのは熊だろう。味方を一瞬で無力化させられ、今や自分が命の危機に瀕している。事態についていけず、硬直したその隙を、そこに立つ人が見逃す筈もなかった。
「……悪いな」
立て続けに撃たれた二発の銃弾が、熊の後ろ足を吹き飛ばす。悲鳴を上げながら倒れる熊を一別しつつ、油断なく崩れ落ちた男の様子にも気を配る。痛みに踞っているのを確認したその人は、ようやく穏やかな表情でこちらを見た。
「……無事か? 二人とも」
その人が短くそう言うだけで、不思議な安心感が全身を包み込む。
戸惑うリリカや洋平を余所に、僕は少しだけ震えながら安全地帯からその人の前に進み出る。
何でそんな格好とか、今はどうでもよかった。ただただ溢れる安堵で少しだけ泣きそうになりながら、僕は何度も頷いた。
「うん、僕らは大丈夫。大輔叔父さんも、無事でよかった……」
僕の返事に、その人――小野大輔は、いつもの男くさい笑みを浮かべ、静かに親指を立てた。




